教育トレンド

教育インタビュー

2003.09.09
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ジョエル・ハーバーソン ミネソタ科学博物館~地域と学校に聞く多彩な教育プログラム

毎月各界でご活躍の方々にご登場いただき、ご好評いただいているインタビューコーナー。今回は、5月31日に、東京ファッションタウンビルで行われたイベント「New Education Expo 2003 in 東京」の中からミネソタ科学博物館教育技術研究員ジョエル・ハーバーソンさんの講演の内容をご紹介いたします。

湖に囲まれた美しい街。北海道ほどの寒さの地にあるミネソタ科学博物館は、全米でもその教育プログラムの充実と多彩なことで知られている。同館の教育技術研究員のジョエル・ハーバーソンさんは、博物館と学校教育との連携の実際、またインターネットを使った世界的規模に広がるプログラムの実例を紹介した。ここでは、その講演の抄録として学校や地域社会との連携に触れた一部をお届けする。


博物館と学校

ジョエル・ハーバーソンわれわれの博物館が、学校教育や地域社会に果たす役割、そしてアメリカ全土で起きている博物館と学校教育のトレンドを紹介したいと思います。きっと、われわれが直面している問題と日本での問題には共通点があると思うからです。日本では、教育カリキュラムが変わり、今まで以上に博物館への期待が寄せられていると聞いていますが、これは博物館にとって非常に大切な課題です。   アメリカでは小学校の教員1,000人に対して1つの博物館が存在しています。ミュージアムは、特に小学校に対していろいろな教育サービスを提供するセンターの役割を果たしています。ミネソタ科学博物館も、まさに学校の役に立つためにあり、学校がなければ博物館は存在できないほどです。学校を焦点にした活動があるがゆえに、博物館は活動が続けられるのです。
 ただ、そういった活動の資金をだれが提供するのでしょうか。アメリカでは、自治体や政府が資金を全額だすような博物館と、まったく受けていない博物館に大きくわかれます。ミネソタ科学博物館は、民間の非営利団体です。一部州政府から間接的に資金を受けることはありますが、定期的なものではありません。資金を調達するには競争ベースの助成金を受けるか、企業、民間セクターからの支援、あるいは入館料を収入源にするしかないのです。  アメリカでは博物館、動物園、水族館、自然センターなど学校以外の科学学習施設を非公式な科学学習センター(Informal Science Center)といい、予算の80%を地域社会から得ています。特に学校からの収入が多いです。アメリカでは生徒が博物館に行くための予算を学校が決めています。学校の資金と子どもたちの入館料、それに地域で親たちが集めた資金を組み合わせてまかなうこともたびたびあります。
 また、博物館への来館者の約90%が幼稚園から小学生6年生といった初等教育の児童たちです。この年齢層は、生涯にわたる行動パターンを作り出すという意味では大切ですが、もっと重要なのは中学生、高校生たちです。彼等にもっと頻繁に来館してもらいたいのですが、この層になるとあまり来なくなる。これがジレンマのひとつで、どうやって高校生に博物館というところは十分楽しめると認識してもらうか、また物理学の先生にどうアピールするかなど、今までの常識をうち破る新しい考え方の醸成がわれわれの直面する大きな課題なのです。

教員と連携する博物館

ミネソタ科学博物館では、多くの教員が自らの専門知識を伸ばすために教員達がワークショップに訪れます。アメリカでは、毎年小学校の教員の20%が博物館で科学の専門知識の開発プログラムを修めています。私の博物館ではもっと高い割合になっており、ミネソタ州で最も充実しています。一般科学、生物、数学、宇宙科学、地球科学、環境科学など、いろいろな分野の専門プログラムを提供しています。また、私たちはいろいろな学問分野の専門家の会議を開催しています。  そして、多くの博物館では「インターンシップ」と「レジデンシー」を行っています。
 インターンシップは、ある教員が夏休み中などに博物館で過ごして自らの学校の教材プログラムや博物館向けの教材プログラムを開発したり、先生がほかの学校で使えるような教材プログラムを開発したりするものです。その先生自身のメリットにもなりますが、われわれも学校と直接的なパイプを継続できるという大きなメリットがあります。つまり、それらの先生方が、博物館の大変力強い営業マンになっていく。彼らは博物館を知るだけではなく、スタッフや事務員とも知り合いになるので、学校での教育支援もしやすくなるのです。  特に教員向けのレジデンシーは、通常1年間継続されます。言わばサバティカル(研究休暇)ですが、1年間教員が教室を離れて博物館で仕事をする。あるいは博物館と一緒に協力して、学校が使えるようなプログラムを開発する。多くの学区では、教員がそのようなレジデンシーを博物館で修めるための資金を学校側が出していました。しかし最近景気が悪くなったので、民間の寄贈、寄附、それから企業からの寄附金などによってこれを継続できればと願っています。レジデンシーは、特に教員にとって大変価値ある体験であると多くの人たちが評価しています。学級に戻ったときに、博物館の提供できる資源に精通しているだけではなく、博物館の新しい利用法もわかっているというのは、彼らが新たに教鞭を取るときに大変大きな推進力となるのではないでしょうか。
 そのほか多くのミュージアムがコミュニティーエデュケーターと呼ばれる人たち、地方政府の職員だったり、放課後の支援を行ったり、地域社会で活躍している人たちに対してもプログラムを提供しています。  また、見落とされがちなのが、教員志望の人たちと仕事をする必要性です。われわれは、将来の教員を育成しているような大学と連携して、できる限り博物館を使ってもらうようにしています。彼らの専門領域の能力開発のために博物館を活用してもらう。そうすれば彼らが実際教員として就職したときに、もう頭のなかに博物館というのは定期的に利用すべきところとインプットされているはず。特別なときに出かけていくのではなく、当然のようにミュージアムを使うことを学んでほしいと思っています。  こういった将来の先生たちがミュージアムにとって強力なセールスマン、PRの担い手になってくれると思っています。  
 また、学校への直接的なサービスとして、当館のスタッフに名を連ねている学校の教員たちが学校におもむき出張展示会や出張講話を1週間~1カ月程度行う。これは特に博物館から遠く離れたところに住む子どもたちにとっては初めてまたは唯一の博物館と接触する機会になっています。

地域の社会的弱者へのサービス

ジョエル・ハーバーソンアメリカはまた、移民の国でもあります。その結果、文化的に豊かで多様なのです。われわれは、それに対応するため社会的な弱者層に対して特別なプログラムを設けています。たとえば週末に地域のアメリカ系アフリカ人、アメリカ原住民にしぼったプログラムを行う。また、低所得層の家族の子どもたちで、比較的新しくアメリカに来た移民層の人の特別なニーズに対応することも必要です。その特別なニーズとは、多くの場合に言語です。たとえば私が住んでいるミネアポリス地域ではスペイン語圏からの移民が大変多く、ラオスやカンボジア、東南アジアの難民も多い。われわれのミュージアムでは英語だけでなく彼らの言語を使うプログラムを行っています。ちなみに、今最も人口が増えている移民群が、東アフリカからの移民です。われわれとしてはそのようなあらゆる移民層、そして歴史的に見て社会的な弱者、あるいは恵まれないとされてきた方々のニーズに対応していく努力をする必要性があるのです。
 家庭の問題、学校でのいろいろな問題などなんらかの理由でそうなるのでしょうが、こういった落伍者的な生徒たちが、博物館を第二の家として集まってくれる。学校教育では提供できないような新たなニーズをこの博物館は満たしているわけなのです。  博物館は、いろいろな子どものそれぞれのユニークな学習スタイルを満たす場でもあります。従来の形式の教室での授業ではあまり効率よく学べないけれども、博物館だと大変よく学習できるという場合があります。われわれは課外授業を博物館で行っています。「ユースサイエンスセンター」といい、これは文字通り近隣の子どもたちが放課後に集まって、好きなだけ時間をそこで過ごし、いろいろな形でこの博物館活動に参画していくものです。こういった子どもたちが、この博物館で何らかの価値や働きがい、参加しがいを見出してそこで活動を展開しているのです。

研究機関との協力

ジョエル・ハーバーソン研究機関との連携は、博物館をいきいきとした場所にするために大切です。われわれの地域にミネソタ大学という非常に大きな大学があります。とかく研究者というのは、研究に没頭するあまり、その成果を伝えることに精力を払わない。そこで博物館が登場するのです。ただ、博物館を啓蒙普及活動の場にするためには、博物館側も会議に出席したり、いろいろな研究の諮問委員会に参加したりする必要があります。  ミュージアムのスタッフは科学について学習する必要がありますが、このプロセスはまた、われわれにとって専門知識の開発にもなるのです。ミュージアムの専門家は一般の人にとって何が重要かを見分け、詳細すぎるところは一般の人向けにわかりやすくすることができます。研究者は詳細な知識を豊富にもっているけれども、こういったことは大抵、彼らにとっては難しいことです。われわれは研究コミュニティのメンバーであり、研究者にサービスすると同時に、研究者が市民に提供するサービスを手伝うことにもなっているのです。  それから、博物館に勤める専門家として私も非常に興味を持っているのが、日本の博物館の専門家たちとやりとりをして、お互いから学ぶということです。われわれは日本科学技術振興財団と連携してきました。将来は、学びあうだけではなく協力してプログラムを作り、地域社会に役立つもの、それぞれの国に役立つものを作りあげていくことができるでしょう。それも対話の機会、そして交流の機会があってこそ、初めてできるものです。これまでも、展示会の共同開発やアウトリーチ、普及啓蒙活動、あるいは映像の共同制作をしてきました。

インターネットと博物館

ジョエル・ハーバーソン次にインターネットについて話をさせてください。インターネットはどの博物館にとっても素晴らしいメリットがあります。展示場に一定の量の資料を詰め込むのはとても難しい。なぜなら、展示スペースは限られていて、展示をしようとしても、そのスペースが確保できないことがあるからです。しかしインターネット上の空間には限りはない。なので、われわれはそれを利用し、展示の補足説明をよく行います。インターネット上の資料は、実は展示場にはない、独立した資料であることも大変多いのです。われわれは先生が教室で使えるようなアメリカのカリキュラムの標準に沿ったたくさんの教材をもっており、さらにオンライン教材で70mmフィルムや展示で教材を補っています。
 単に展示品だけではなく、一般の方々、教員に対して、博物館というのは大変重要な価値ある資源であり、教育資材として大変大きな価値を持つ、役割を担えるということを納得していただくことが大切だと思っています。

※ 本文は、月刊ミュゼより許可を得て短縮し、話しことばふうに変えています

関連情報
ミネソタ科学博物館(Science Museum of Minesota)
ミネソタ科学博物館は、1907年、ミネソタ州セント・ポール市に設立された、中西部北部でもっとも人気のある博物館で、毎年100万人以上が訪れ、屋内スペースは約3.2ヘクタール、収蔵資料は175万点にもなる。特に人類学、生物学、古生物学などに関するコレクションや研究が充実している。1999年12月にリニューアルし、人気の恐竜・化石展示が拡張され、地元のミシシッピ川についてなど新しい展示も加わった。  なお、スタッフ数は計718名(以降、数字は2003年7月現在)。うち、子ども・家族の担当が111名、“ユース・サイエンス・センター”に67名、来館者サービス担当に63名を配置するなど、教育普及に力を入れている。

ジョエル・ハーバーソン(Joel Halvorson)

ミネソタ科学博物館(Science Museum of Minnesota)教育技術研究員。インターネットを取り入れた科学教育開発など多くのプロジェクトを推進してきた。学校現場の経験をいかし、ミュージアムと地域の連携に取り組んでいる。セント・トーマス大学(ミネソタ州セントポール市)にて文学修士取得(教育技術専攻、教育デザインの指導免許取得)。その後、ミネソタ州教育免許状(数学)取得。高等学校で8年間数学を指導した経験がある。

記事制作&提供・月刊ミュゼ編集部 ※ 本文は、月刊ミュゼより許可を得て短縮し、話しことばふうに変えています

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