教育トレンド

教育インタビュー

2003.05.13
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若月秀夫さん 教育を変えるには、教師を変える必要がある

学級崩壊、いじめ、不登校など、急増する問題に対応が求められている。そんな状況に対して徐々に変わりつつある教育現場だが、その急先鋒ともいえるのが東京都品川区。学校選択制、外部評価制度、中高一貫教育など、先進的ともいえる改革案を次々に打ち出している。そもそもどうしてこのような改革案が出てきたのか、改革の中心人物である若月教育長に話を聞いた。

教師が変わらざるをえない仕組みを作る

学びの場.com品川区では全国に先駆けて画期的な改革案を採用していますが、こうした教育改革を始めた理由はそもそも何なんでしょう?

若月秀夫さんよく品川区は教育改革を進めているといわれますが、自分としては教育改革というより学校を変えたい、だから学校改革と呼んでもらいたいんです。今進めていることはすべて、校長を含めた教師を変えることを狙いに始めたことです。  学校教育とはなにかと考えていくと、最後は教師という人間の問題に行き当たります。教材や教育法を云々する人もいますが、いじめや不登校の問題などはそんな小手先の技術では解決できません。では教師はどうあるべきなのか? 私は「教師とは人間の根元に対する問に答えられる存在であるべき」だと思います。今の教師には、そうした力が不足しているのです。  そこで、教師の意識を変える方法を考えました。教師を集めてこんこんと説明してもいいんですが、人間の意識はそう簡単に変わるもんじゃない。たとえ「よし、明日から変わるぞ」と思っても三日も続かない。それで考えたのが、教師自身が変わらざるをえない仕組みを作ることでした。それが学校選択制なんです。

選択制の導入で学校が変わった

学びの場.comそれで実際に学校選択制を導入されて、教師の意識は変わりましたか?

若月秀夫さん学校選択制を導入していちばん変わったのは校長先生です。こう言っては悪いですがそれまでの校長は、校長になること自体が目的の人が多かった。だから校長になってしまうと目的は達成したわけですからあとは保身に走ってしまう。  私自身も校長になりたくてしかたありませんでしたが、それは自分の理念や夢を実現したいからで、校長になることはあくまで手段に過ぎませんでした。その手段がいつの間にか目的になってしまい、本来の目標を忘れてしまった人が多かったんです。  ところが選択制を導入すると、学校は子どもや親から選ばれるように努力するようになる。つまり校長が本来の目的に気がついて努力するようになったんです。校長が変われば教師も変わります。すぐにわかる変化としては、教師の服装や言葉遣いが変わりました。まあ、残念ながら教師全員というわけにはいきませんが……。

学びの場.com教師の側からも、いろいろな反応が出てきているのではありませんか?

若月秀夫さん教師には4つのタイプがあると思います。そのタイプによって反応が違います。まず1番目は理想追求型。これは自分の目指すべき教育の理想をもっている教師なので、今の変化は大歓迎してくれます。次が専門家志向型。これは自分の専門だけやっていれば幸せというタイプで、勉強を教えるのはうまいんですが、心の教育などは苦手です。このタイプはうまくすると学校の特色づくりに役立てるので、自分の目標と合致すれば頑張ります。3番目は立身出世志向型。今までの校長に多いタイプですが、学校の人気を上げることが自分の評価につながるとわかれば努力します。そして最後に安定生活志向型。これは生活の安定を願って教師になった人ですから、学校選択制には大反対です。中にははっきり「いまさらそんなことを言われても困る」という教師さえいます。そして残念ながら、この最後のタイプが全体の半分くらいいるんです。

親が子どもの教育に関心を持つようになった

学びの場.com学校のほかにも変化は表れていますか?

若月秀夫さん子どもを学校に通わせている家庭が変わりました。いただく手紙でよくあるのは「夫婦げんかが多くなった」というものです。これまでは夫婦の間で子どもの教育について話し合うことがほとんどなかったのに、学校選択制になって変わったのです。親が学校の情報を集め、話し合いをするため、夫婦間での意見の食い違いが多くなるんですね。これまで親は子どもの教育に関して悩んだり困ったりすることが少なすぎましたから、これは家庭の教育力を高める上でよかったと思っています。

学びの場.com学校間の格差を生む、という批判もあるようですが?

若月秀夫さんでは、現在は学校間に格差はないんでしょうか? 現実として、公立の学校でも歴然とした格差があって序列化されています。ただこれまではそれを見ようとしなかった、あるいは見えにくかっただけで、暗黙の了解だったものが明らかになったにすぎません。  ですから、現実には存在する格差をこれまで学校はなくそうとはしなかった。学校選択制になればどの学校も努力をしますから、今ある格差を縮めることになるし、独自性や特殊性を打ち出した学校も増えるはずです。ですから選択制は格差を広げることにはならない。

学びの場.com小中一貫教育についてはどうですか?

若月秀夫さん6・3制の制度ができた当時小学生だった人はもう63歳になっています。だからこれも現状に合わせて変える必要があると感じました。現在のままだと小学校と中学校で学習内容のダブりもあるし、生徒の発育状況に合っていないんです。ですから、現状に合わせ、中学2、3年は自分の生き方や進路をじっくりと見極め、そのための学習にのみ集中して、自分の進路を決めるようにさせてあげたい。  実験的に小中一貫校を作ってみて、その成果は各小・中学校にフィードバックしていきます。将来的には地域の実情に合わせて、小中一貫、小中連携、現状のままの学校をバランスよく組み合わせていきたいと考えています。

最大の敵は、残念ながら教員

学びの場.comこれだけ改革を進めていくと、反対も多いのではないでしょうか?

若月秀夫さん文科省は反対していません。責任をとってはくれませんが、応援はしてくれます。文科省自身改革は必要だと感じているが、自分から進んでやるわけにはいかないので、品川区のように下から改革が進んでいるのを待っているんです。  本当に足を引っ張っているのは教員です。ほかへ異動したいという教師も多い。でも、そういう教師は異動してもらって構わないと思います。それで本当にやる気のある教師に品川区に来てもらえれば、教師の質は上がっていくわけですから。


 「品川区にいづらい教師は出ていってもらって結構」と言い切る若月教育長。改革の成果は着々と上がっているようだ。以前、品川区の改革について取材に来た新聞記者が、子どもと一緒に品川区に引っ越してきたのもうなずける。あなたも品川区への転居を検討してみますか? というのは冗談で、このような改革が全国的に進んでいけば子どもたちにとって望ましい環境が整っていくことだけは間違いなさそうだ。

若月秀夫(わかつき ひでお)

1945年生まれ。'72年青山学院大学文学部教育学部卒業。卒業後渋谷区立長谷戸小学校教諭。以後、品川区教育委員指導主事・指導課長、東京都教育委員会主任指導主事、渋谷区神宮前小学校校長を経て、'99年6月、品川区教育長に。 現在、中央教育審議会臨時委員。

取材・構成 /堀内一秀

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