教育トレンド

教育インタビュー

2016.03.15
  • twitter
  • facebook
  • はてなブックマーク
  • 印刷

松田 悠介 TFJのミッションを語る。

教育の力を持ってすれば、貧困の連鎖を断ち切ることも不可能ではありません。

松田悠介氏は、学生の就職先としてグーグルやアップルを凌ぐほどの人気を誇るアメリカの教育系非営利組織に感銘を受け、その日本版Teach For Japan(ティーチ・フォー・ジャパン、TFJ)を20代で立ち上げた元体育教師。子どもの6人に1人が貧困状態にあるとされる今、TFJは熱意ある優秀な人材を教師として学校現場に派遣し、厳しい状況に置かれた子どもの学習を支援することで、教育格差の解消に取り組んでいます。TFJの設立に至った経緯や、その具体的な取り組み、NPOとして社会課題に取り組む意義、日本の教育が抱える問題などについて、熱く、詳しく語っていただきました。

すべての子どもが質の高い教育を受けられる社会を目指して

学びの場.com教育に関心を持ち、Teach For Japan(ティーチ・フォー・ジャパン、TFJ)を立ち上げるに至ったきっかけを教えてください。

松田 悠介すべての始まりは、一人の体育の先生との出会いでした。中学時代の私は勉強もスポーツも苦手ないじめられっ子だったのですが、先生はそんな私とまっすぐに向き合い、期待をかけてくれました。そして、答えを教えるのではなく半歩先を照らすことで、私が自分で解決の糸口を見つけられるよう導き、現状を打開する手助けをしてくれたのです。結果、私は自分の力でいじめを克服することができ、それは人生の大きな財産となりました。そして、「先生のような教師になって、自分のように弱い立場にいる子どもの力になりたい」という目標も生まれました。私が先生にしてもらったように次代を担う子ども達を助けることで、先生への恩返しにもなると考えたからです。
その後、私は中学校の体育教師になったのですが、そこで転機が訪れました。偶然、学級崩壊の現場を目撃してしまったのです。その先生は終始、黒板に向かって板書し、子ども達と向き合って授業をしていなかったにも関わらず、学級崩壊の責任を子どもに押しつけていた。これは、私にとって非常にショックな出来事でした。
私は、学級崩壊の原因は教師の側にあると思っています。教師が学習者であり続け、日々、授業を改善しようと努力し続けていれば、その姿勢は子ども達に伝わり、彼らは一生懸命に学ぼうとするはずだからです。ところが、勤務の多忙化や組織文化の影響などにより、よりよい学習環境を築こうという情熱が教師から失われていってしまっている。そこで私は一旦職を辞し、教師が初めて現場に入った時の熱意を持続できるような仕組みを作ろうと決意したのです。

学びの場.com学校現場の現実を知り、新たな目標を見出されたのですね。

松田 悠介まずは学校経営について学ぶ必要があると思い、最もカリキュラムが充実しているハーバード教育大学院に留学しました。そこで出会ったのが、TFJのベースとなる教育系非営利組織Teach For America(ティーチ・フォー・アメリカ、TFA)です。TFAでは、イェールやハーバードといったアメリカ国内の一流大学の卒業生を、教員免許の有無にかかわらず2年間、アメリカ各地の教育困難校に常勤講師として赴任させるプログラムを実施しています。教育への情熱と成長意欲を兼ね備えた人材を選抜・採用し、事前研修だけでなく期間中のサポートも行うことで、教育の質を担保しています。プログラム修了後も約6割の人が教育現場に残って課題解決に取り組み続けており、別の道に進んだ人も、政治家や弁護士、ビジネスリーダーなど、それぞれの立場から教育格差の問題に取り組み、子ども達の支援を続けています。
経済的に厳しい環境に置かれた子ども達に情熱を持って向き合い、質の高い教育をもって、その可能性を広げるためのサポートをする。そんなTFAの取り組みは、私が日本の教育に対して抱いていた問題意識とピタリと一致するものでした。私は子どもに真剣に向き合う教師が足りないということに加えて、大学生の頃に運営していた無料の学習塾で一人親家庭の子ども達に接した経験から、経済的に豊かではない家庭の子どもに教育ができることは、もっとあるはずだと考えていたからです。そんな思いから、2012年にTFJを立ち上げました。2013年度から本格的にフェロー(教師)の派遣をスタートし、この2016年度で4期目となります。

学びの場.com日本で子どもの貧困がメディアに大きく取り上げられるようになったのは、ここ数年のことですが、松田さんはずいぶん前から認識しておられたのですね。

松田 悠介実は、日本における貧困は最近始まったものではなく、貧困率もアメリカのそれと大差ありません。ただ、貧困世帯が特定の地域に集中しているアメリカとは違い、日本では各地に分散しているので、気づきにくいのです。今、日本人の認識も変わり始めてきましたが、ようやく課題が表に出た所ですから、重要なのはこれからです。

情熱ある多様な人材を、常勤講師として現場へ派遣

学びの場.comTFJでは、TFAの教師派遣プログラムを日本の教育現場に合わせた形で実施されています。そのビジョンや仕組みを教えてください。

松田 悠介「すべての子どもが質の高い教育を受けることができる社会の実現」をビジョンに掲げ、教育格差の問題が特に深刻な地域の教育委員会から依頼を受けて、フェローを常勤講師として2年間、現場へ派遣しています。フェローの赴任先の選定は教育委員会と連携して行います。
フェローとなる人材は、教育への問題意識と情熱を併せ持つ社会人や新卒者をTFJが独自に募集・選抜し、赴任前研修や赴任期間中のサポート、プログラム修了後の支援を行います。応募時点での教員免許状の有無は問いませんが、派遣の際には特別免許状や臨時免許状などの制度を活用します。現在、フェローを派遣しているのは小学校(全科)と中学校(英語)のみですが、担任も受け持つこともあり、保護者対応まですべての業務を行っています。

学びの場.comあえてNPO法人として活動しているのはなぜですか?

松田 悠介受益者からいただいたお金でサービスを展開する民間企業の方法では、教育格差の問題は解決できないからです。受益者が支援の対象なわけですから、彼らからお金をいただくことはできません。そこに、助成金や寄付をいただくことでサービスを提供するNPO法人の役割があるのです。
現在、TFJは所轄庁が認める認定NPO法人として、年間で企業や個人からの寄付金や助成金を1億円ほど得ています。フェローの給与は雇用先の教育委員会が負担しますが、スタッフの人件費や運営費、研修費などは、これらのお金で賄っています。

学びの場.comフェローの選抜では、どういった資質や能力を重視されるのですか?

松田 悠介まず大前提として、学級崩壊が起こっているようなハードな現場にも耐えられる気力・体力と、これからの教育に不可欠なICT活用能力が必要です。その上で重視するのは、「その人が教育で実現したい“志”がTFJの理念とフィットしているか」「自ら学び続け、目標の達成に生かしていく“学習能力”が備わっているか」の二つで、模擬授業や集団討論、面談などを通して見極めます。

学びの場.com採用選考の倍率は、どれくらいなのでしょう?

松田 悠介各自治体の教員採用試験よりは高めです。2016年度採用では13倍くらいでした。

学びの場.comかなりの難関ですね。その後、フェローは赴任前研修で何を学ぶのでしょうか。

松田 悠介3週間の合宿形式で基本的な指導スキルや知識などを学び、教育実習も実施します。特別な支援を必要とする子ども達の指導に関する講義や、自分が教師として実現したいビジョンを明確にしたり、目標達成のために周囲を巻き込んでいくリーダーシップについて学んだりする時間も設けています。ただ、研修はあくまでも準備期間ですから、フェローには現場に入ったら子どもと向き合い、自ら課題解決をしていくよう伝えています。

学びの場.com社会人経験者のフェローには、どのような年齢層やキャリアの方が多いのですか?

松田 悠介20代後半が最も多く、総合商社や旅行会社、IT企業などで働いていた人、海外でプロサッカー選手をしていた人、青年海外協力隊や東日本大震災の被災地支援で活動していた人など、経歴は様々です。社会に出てから教職に関心を持った人が多いので、新卒者を含めた1~4期のフェロー55人のうち、応募時は約7割が教員免許状を持っていませんでした。

「子ども中心」の授業で学習環境や意欲の向上を図る

学びの場.com子どもの学習環境を改善するために、フェローの方々は現場でどのような対応をされているのでしょうか?

松田 悠介「スチューデント・センタード(子ども中心)」であることを大切に、授業を実践しています。これからの時代に求められるのは、一人ひとりが自分や他人の個性を理解し、協働する力。それを子ども達に身につけさせるには、個々の学び方の特徴に対応し、すべての子どもの可能性を広げるような教育実践が必要です。
例えば、特別な支援を必要とする子ども達の中には、授業に集中できずに立ち上がってしまう子もいます。そんな時、これまではT2の先生などが立ち上がった子を無理に座らせ、授業に集中させようとしていました。でも、それではスチューデント・センタードではない。このような場合、フェローは子どもの気持ちになって考え、15分ごとに1分間の自由時間を設けるといった対策を講じます。わずかな自由時間があるだけでも、その子どもは次の15分間を集中できたりするのです。

学びの場.com専門的な知識が十分でなかったとしても、フェローは持ち前の学習能力によって解決策を見出すのですね。他に、フェローが実践していることはありますか?

松田 悠介高い期待値を持って子どもに接することです。例えば、授業でプレゼンテーションをさせたら、ある子どもが泣いてしまった。そこで「この子は人前で話すことが苦手だから、次からはやらせないようにしよう」と判断しては、子どもの可能性を狭めることになってしまいます。そんな時、フェローは諦めずに子どもとコミュニケーションを取り、「折り紙が得意なの? じゃあ、今度皆に金魚の折り方を教えてよ」……などと、得意なことや関心のあることから行動へと導いていく。プロジェクターにつないだタブレット端末の画面に向かって折り紙を折らせれば、それがそのままプレゼンテーションになり、子どもは過度に緊張することもなく、成功体験として心に刻まれていくでしょう。
あとは、ICTをうまく使うこと。あるフェローは、100人の社会人にインタビューして1人当たり3分の動画にまとめ、それを朝の会や学活の時間を利用して、子ども達に1本ずつ見せていくというキャリア教育を行いました。職場体験となると大掛かりですが、これなら子ども達は教室にいながらにして、色々な職業や生き方を学ぶことができます。

人としてひと回りもふた回りも大きくなる2年間

学びの場.com期間中に脱落してしまうフェローはいないのでしょうか。

松田 悠介毎年、一人いるかいないかという程度ではありますが、期間を満了できないフェローはいます。中には学級崩壊を引き起こしてしまった人もいますが、そういった事態も起こりうると想定し、スタッフが問題の改善に向けた研修やコーチング、授業見学・フィードバックといったサポートを行っています。それでも状況が改善できなかったり、モチベーションが続かなかったりする場合には、そのフェローが現場を離れていくこともあります。

学びの場.com赴任したフェローと受け入れ先の教育委員会や学校、それぞれの現場からは、どのような感想や評価の声が聞かれますか?

松田 悠介フェローからは、「教師という仕事の大変さとやりがいがわかった」「修羅場を体験して人間的に何倍も大きくなった気がする」といった感想が多いですね。受け入れ現場からは、「引き続きフェローを紹介してほしい」という声が増えています。ある中学校では、うちのフェローが英語を教えている学年で、英語の学力テストの結果が県平均を26ポイントも上回ったと喜んでいただきました。

学びの場.comプログラム修了後、そのまま教師を続ける方はどれくらいいらっしゃるのですか?

松田 悠介1期生の11人は修了後、7人が教育委員会に採用される正規の教員として、そのまま教師を続けています。ハードな経験をした分、達成感も大きかったのでしょう。彼らはきっと、どこの学校に行ってもやっていけると思います。また、厳しい教育現場を知ったからこそ、よりよい教育サービスが作れるはずだと、プログラム修了後に起業や民間に転職をしていったフェローもいます。

優れた人材を育成する教育の力を、今一度、日本の強みに

学びの場.comTFJのアドバイザーも務めておられる慶應義塾大学准教授・中室牧子氏の著書『「学力」の経済学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)に、「教員免許を持たないTFAの教員が教えた生徒と教員免許を持つ教員に教えられた生徒の成績にはほぼ差がない」という研究結果が紹介されていました。これはアメリカの事例ですが、ここまでのお話からも、「教員免許は必ずしも必要なものではないのでは?」との印象を受けました。

松田 悠介教員免許の質の担保については、日本でも色々と議論されていますが、TFJとしては今後、教員養成や育成の市場を広げていきたいと考えています。これまで、教員養成は大学、現場に入ってからのサポートは教育委員会が担当しており、市場原理が全く働いていないのです。

学びの場.com4期目を迎え、ビジョンの実現に近づいているという実感は?

松田 悠介まだまだではありますが、手応えは感じています。更なる前進に向け、2017年度からは要望の多い中学校の理数系科目にも対応していきたいですし、赴任前研修も内容・期間ともに拡充していこうと考えています。
また、2015年から10月5日を「教師の日」とし、頑張っている先生を応援するプロジェクトを日本でスタートさせました。教師の日は社会全体で先生に感謝する日として、海外では広く知られている記念日です。いくつかの自治体では、この日を条例にしようという動きも出ており、個人的には国の祝日にできるように本格的に広げていきたいと思っています。

学びの場.com最後に、読者の先生方へのメッセージを。

松田 悠介今、子ども達に必要なのは「何を学ぶか」ではなく「どう学ぶか」。学習指導要領には「何を教えるか」は定められていても、「どう教えるか」が厳格に定められておらず、それを考える権限は教師に与えられています。けれど、その教え方の部分で求められているものと提供しているものとの間にギャップが生じ、文部科学省が教え方を学習指導要領に盛り込み始めるという事態を招いています。教師が創意工夫して子どもの学びに貢献してきたからこそ、日本は戦後30年も経たないうちに世界が驚くような経済大国になりました。その教育の力を今一度、強みとするために、「どう教えるか」を共に考えていきましょう。

松田 悠介(まつだ ゆうすけ)

Teach For Japan 創設者・代表理事・CEO(最高経営責任者)
1983年、千葉県生まれ。日本大学文理学部体育学科を卒業後、体育科教諭として中学校に勤務。その後、千葉県市川市教育委員会教育政策課分析官を経て、ハーバード教育大学院へ進学。卒業後、外資系コンサルティングファームを経て、Teach For Japan を設立。著書に『グーグル、ディズニーよりも働きたい「教室」』(ダイヤモンド社)がある。経済産業省「キャリア教育の内容の充実と普及に関する調査委員会」委員。

インタビュー・文:吉田教子/写真:赤石 仁

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

ご意見・ご要望、お待ちしています!

この記事に対する皆様のご意見、ご要望をお寄せください。今後の記事制作の参考にさせていただきます。(なお個別・個人的なご質問・ご相談等に関してはお受けいたしかねます。)

pagetop