教育トレンド

教育インタビュー

2016.01.19
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向井 千秋 グローバル時代の教育を語る。

英語を使いこなし、分野の枠を越え、世界を舞台に活躍できる学生を育てたい

向井千秋氏は日本人女性初の宇宙飛行士であり、宇宙医学研究の第一人者。2015年春より東京理科大学の副学長に就任し、国際化推進と女性活躍推進という新たなミッションに携わっていらっしゃいます。グローバル社会に向けて大学教育、大学入試、高校教育の一体改革が進められる中、まさにグローバルに活躍されてきた向井氏が、日本の理科・科学教育にどう取り組まれているのか。宇宙飛行士時代の経験も交え、縦横無尽に語っていただきました。

宇宙での経験を活かして取り組む、大学の国際化

学びの場.com現在、東京理科大学(以下、理科大)の副学長としてご担当されている「国際化推進」では、ご自身のご経験を活かし、どのようなことに取り組まれているのでしょうか?

向井 千秋宇宙開発は国際協力や分野横断的なアプローチが欠かせない領域です。私は専門分野の医学でJAXA(宇宙航空研究開発機構)での宇宙医学の研究や有人宇宙飛行に携わってきました。そこでの経験を理科大で伝えたいと考えています。
有人宇宙飛行というとロケットの開発ばかりに目が行きがちですが、人が宇宙に長く滞在するようになった今、地球からの支援に頼らずに安心安全で快適な生活環境を整える技術の開発が急務となっています。それにはセーフティネットとしての医療や情報通信技術も含めた、衣食住にまつわるあらゆる知見が必要です。理科大では様々な分野で最先端の研究が行われています。今は研究室単位に留まっているそれらの知見を、宇宙滞在技術を創造するユニットに結集し、学術横断的に取り組むことができるようにする。それにより、世界が驚くような研究成果を上げられるのではないかと期待しています。

学びの場.com実用英語の教育にも力を入れておられるとのこと。具体的な取り組みをお聞かせください。

向井 千秋海外大学との連携強化による留学プログラムの充実に力を入れています。2015年度からは、アメリカのテキサス州立大学アーリントン校への留学を一部の学科で新たにスタートしました。このように海外大学との連携を強化して学生を送ったり、逆に受け入れたりすることで、英語でプレゼンテーションやディスカッションができる、理系学生に必要なツールとしての英語力の向上を目指しています。さらに、今後は大学間での単位互換を可能にし、学生が自由に行き来して学べるようにしたいと考えています。

学びの場.com英語のみで授業を行う大学も増えています。理科大での導入予定は?

向井 千秋授業も含めて英語しか使わない、国内での短期合宿を計画しています。理系の学問は専門用語が多く、日本語で学んでも単位の取得が大変なほどですから、英語で知識を深め、さらに英語をツールとして使いこなせるようになるには、授業だけでは難しいのです。そのため、授業以外にも英語でコミュニケーションする時間が必要になるのですが、実習にかなりの時間を拘束されることもあり、短期合宿という形を採用しました。

学びの場.com理科大は、2016年度から大学院博士課程の授業料などを実質無料にする方針を打ち出されました。これも国際化推進の一環とのことですが、どのような狙いがあるのでしょうか。

向井 千秋優秀な人材を集め、理科大の国際的な研究力を高めるのが目的で、アメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)のように、学生からの授業料に頼りすぎない大学を目指しています。具体的には、入学金の免除や返済不要の奨学金の給付を博士課程の学生全員に行う他、一部の学生を大学が研究補助者(リサーチ・アシスタント)として雇い、その対価として報酬を支給する制度も導入します。そして、産学官連携の研究プロジェクトに優秀な学生を採用し、優れた研究成果を生み出して収益につなげることで、学生への経済的支援も果たすことができる。こうして大学の国際競争力を高めながら、世界を舞台に活躍できる学生を育てていこうと考えています。

大学入学から就職に至る、理系女子の新たな流れを作りたい

学びの場.com理系女子として第一線で活躍してこられた向井さんが、理科大で目指す「女性活躍推進」とは?

向井 千秋これまでは、理系大学に入る女性を増やそうという入口の部分に関する取り組みが中心で、就職という出口の部分については、あまり語られてきませんでした。しかし、勉強したことを活かして自己実現していけるような就職先がないと、大学に入ってきてはくれません。そこで理科大では、理系女子学生が選択する専門分野と産業界のニーズとの間にあるギャップの解消などに取り組み、「大学入学(入口)」から「就職(出口)」までの新たな流れを作ることを目指しています。

学びの場.com理系女子学生と産業界のニーズとの間にあるギャップとは、どのようなものなのでしょう。

向井 千秋例えば、バイオテクノロジーを学ぶ女子学生が多い一方で、学んだ技術がそのまま活かせる医薬品や化粧品業界などの求人は少なく、人材の需給にミスマッチがあるのです。また、自動車や土木等の重工業には女子学生の採用が少ないという実態もあります。しかし、最近ではバイオマス発電やゴミ処理など重工業の分野でもバイオテクノロジーが必要な領域が生まれていますから、バイオテクノロジーを学んだ女子学生が重工メーカーで即戦力となるために必要なことを学ぶ補習講座などを大学が用意し、両者をマッチングできればと考えています。彼女達には「この学部を出たからこの業界へ」と縦割りで就職先を探すのではなく、もっとしなやかに自分の可能性を求め、広げてほしいのです。

学びの場.com目標の実現に向けて、どのような取り組みをされているのでしょうか。

向井 千秋女性活躍推進について考え、発信する場として、2015年度より「東京理科大学 女性活躍推進 シンポジウム」というイベントをスタートさせました。第一弾は「創ろう! 新たな理系女子スタイル ~拡がる! 無限の可能性~」と題し、理系女子学生が選ぶ専門分野と産業界のニーズとの間にあるミスマッチについて話し合いました。イベントでは私がモデレーターを務め、内閣府、経済産業省、企業、教育界などから招いたパネリストによる、理系女子の育成・進路に関する課題提起とパネルディスカッションを実施。さらに、「人財育成」「教育」「グローバル」「ネットワーク」「女子高校生と保護者の広場」の各テーマに分かれてワークショップを行い、理系女子の未来像や解決すべき課題など、理科大の一年間の決意とする提言をまとめました。こうした取り組みを毎年、テーマを変えてやってみて、5年後の2020年には、入学から就職に至る理系女子学生の新しい流れを形にしたいと考えています。

学びの場.com面白い取り組みですね。パネリストとして招く企業というのは、どのような基準で選ばれるのですか?

向井 千秋女性の登用が進んでいない企業をターゲットにしています。第一弾のシンポジウムでは、重工メーカーの株式会社IHIの方をお招きしました。女性がすでに活躍している企業の話を聞いた所でブレイクスルーできませんから、IHIさんには単刀直入にお願いし、これからの企業ということでご登壇いただきました。学生の意見も取り入れたいので、理科大の学生にもパネルディスカッションに参加してもらっています。

目標を高く設定していれば、国籍や分野の壁は自然に越えられる

学びの場.com冒頭で、宇宙開発には分野横断的なアプローチが欠かせないと伺いました。向井さんが様々な人々と連携して仕事をされる中で、特に大事にされていたことは何ですか?

向井 千秋人とのつながりですね。人は一人では何もできませんから。よく帆掛船に例えるのですが、どんなに良い船でも、風が吹かなければ前には進めません。船が良ければ追い風が少なくても前に進めるかもしれませんが、周りの追い風を受ければ、ものすごい勢いで前進します。何をするにしても、周りの人々と価値観を共有しながら自分の進む道を目指していかないと、目標は達成できないと思います。
私が搭乗したスペースシャトル・コロンビア号とディスカバリー号の乗組員は7人でしたが、それは氷山の一角。実際にはもっともっと多くの人々が地上でミッションに関わっており、皆で力を合わせないと仕事は成し遂げられませんでした。

学びの場.comこれからの教育では主体性や多様性、協働性を育てることが一層求められます。そのような大きな組織で国籍や分野を越えて働くことは、まさにその体現と言えますね。大変なこともおありだったのではないですか?

向井 千秋国籍や分野の枠を越えることが大変に思えるのは、それを目標にしているからでしょう。国籍や分野の壁を越えた先に目標があれば、それは単なる通過点に過ぎません。宇宙空間で宇宙飛行士が行う仕事には様々なものがあります。私のような搭乗科学技術者の仕事は、地上で研究者達が立てた仮説を検証するための実験を行うこと。多くの人々が費用と時間をかけて準備した研究ですから、責任は重大です。実験を成功させることが最大のミッションですから、国籍や分野の壁など気にしてはいられないのです。
私がコロンビア号に搭乗した時は、2週間の搭乗期間に100くらいの研究を行う計画で、文字通り分刻みのスケジュールで作業をしていました。その研究の一つひとつに、地上にいる色々な国の研究者達のチームがあります。宇宙船では同じ機材を複数のチームの研究で使うこともあり、時には想定外のアクシデントが起こったりもするので、クルーと地上チームが常に連携して事に当たらなければ、ミッションは成し遂げられません。

学びの場.comアクシデントというのは、よく起こるものなのでしょうか。

向井 千秋私達は地上であらゆる事態を想定した訓練を積んでいくのですが、未知の領域に足を踏み入れるわけですから、想定を上回る事態が起こることはままあります。
例えば、遺伝子の配列がすべて明らかにされている純系のメダカで宇宙放射線や重力による生物への影響を調べる研究では、メダカの健康状態が悪くなり、先送りして他の研究を行ったことがありました。また、電気泳動装置という、主にタンパク質やDNAの分離に用いられる日本の機材が壊れてしまい、その調整に時間を取られたこともありました。冷却水を循環するS字構造の配管に気泡が入ったことで、正常に稼働しなくなっていたのです。ただ、これによりS字構造の配管は無重力下では問題があるということが初めてわかりました。宇宙で使う機材というのは、逆さにしても使えるようなものでないとダメなのですが、地上で逆さにして稼動実験をするのが難しいものもあるので、このような事態も珍しくないのです。

学びの場.comなるほど。そのような状況では、国籍や分野がどうのと言っていられませんね。

向井 千秋人が二人以上集まれば衝突するようなことはいくらでもありますが、そこでケンカをしていては仕事が進みません。「今は研究を優先しようよ」となります。そのせいか、7人で狭い宇宙船の中にいてもケンカは起こりませんでした。もちろん議論はしますよ。私が科学者の観点から「こうしたい」と言っても、パイロットの立場としては安全上、受け入れられないこともあります。自分の意見をきちんと言える人でないと相手から信用されませんから、そういう時は、むしろ納得のいくまで議論した方がよいのです。

五感を磨き、自分で考え、判断し、表現できる子どもの育成を

学びの場.comこれからのグローバル時代を生き抜くためには、知識と技能に加えて、先に語っていただいた主体性、多様性、協働性を含めた様々な力が必要となります。向井さんがお考えになる、今の子ども達に必要なこととは何でしょうか?

向井 千秋自分の五感を使うことだと思います。自然に触れる機会が減っているといっても、季節が移り変われば都会でも枯葉が落ちたり、空気が冷たくなったりするのですから、何か感じることはあるはずです。偉い人がこう言っていたから、有名なブランド品だから、というのではなく、自分が見て聞いて感じたものをもっと信じて、表現してほしいですね。
知識と技能も必要ですが、それらはツールですから、後から身につければよいと私は思います。エベレストを登るとなったら、酸素や食料など、持っていかなくてはいけないものを考えるでしょう。それと同じように、目標に向かって進んでいくための道具として必要な知識や技能を学び、活用すればよいのです。

学びの場.com子ども達の五感を磨くことは、思考力や判断力、表現力を養うことにもつながりますね。そのためには、どのような教育が求められるでしょうか。

向井 千秋何かを感じる心を育む情操教育でしょう。子ども時代は、楽しい時には笑い、怒る時には怒り、喜怒哀楽をはっきりさせた方がよいと思います。怒りや哀しみの感情には負の側面もありますが、それを感じることと、感情をコントロールすることは、また別ですから。
そもそも私自身が、すごい感激屋さんなのです。映画を観れば1~2週間は主人公になりきって暮らしているほどですし、何かにチャレンジしている人を見れば「自分も何かやらなくちゃ!」と気持ちが奮い立ちます。やりたいことといっても、何も大きなことである必要はないのです。習い事や料理がうまくなることでも、英単語を覚えることでも、どんなことでもいいから始めてみると、毎日が楽しくなってくる。そうすると、人は過去を振り返らず、ポジティブに前を向いて生きていけると思うのです。
最近、私が一番感動したのは、マララ・ユスフザイさんと一緒に2014年のノーベル平和賞を受賞した人権活動家、カイラシュ・サティヤルティさんのスピーチです。彼は強制労働によって自由を奪われた子ども達を救い出す活動をしており、「怒り」がその原動力になっていると言うのです。本来は楽しく遊んだり学んだりしていられる時期に、子ども達が暗い所で強制的に働かされていることへの怒りの感情が、自身の活動のエネルギーになっている、と。この彼の「怒り」は素晴らしいものだと思いませんか?

学びの場.comはい、コントロールされた、とてもポジティブな「怒り」ですね。では最後に、向井さんの今後の抱負をお聞かせください。

向井 千秋最初にお話しした、宇宙での滞在技術を進めていきたいですね。これは理科大だけでなく、日本がやるべきことだと思っています。それは、日本がエネルギー資源や食糧のほとんどを海外からの輸入に頼る国であり、3.11を経験した災害大国でもあるからです。地球からの物資に頼らないと生きていけない国際宇宙ステーションがエネルギーや食糧などの自給率を高めて行こうとする方向性は、日本にも求められるもの。隔絶された環境でも安心安全で快適に過ごせる技術は、ライフラインを切られてしまった災害被災地でも活用できます。エネルギー効率を高める技術、代替エネルギーの活用、屋内での野菜栽培技術など、日本が貢献できる分野はたくさんあると思いますから、今後の展開に期待しています。そして、このようなグローバルな舞台で活躍できる人材を輩出できる大学づくりに貢献していきたいと思います。

向井 千秋(むかい ちあき)

東京理科大学 副学長。慶應義塾大学医学部卒業後、1977年から1985年まで、同大学病院に心臓外科医として勤務。1985年、宇宙開発事業団(現JAXA)より宇宙飛行士に選定され、1994年にスペースシャトル・コロンビア号、1998年にスペースシャトル・ディスカバリー号に搭乗し活躍。2004年、フランス北東部ストラスブールの国際宇宙大学教授に就任。2012年よりJAXA宇宙医学センター長を務め、2015年、東京理科大学の特任教授から副学長に就任。同年、レジオン・ドヌール勲章「シュバリエ」を受章。

インタビュー・文:吉田教子/写真:赤石 仁

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