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教育インタビュー

2015.09.15
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露木 和男 体験型理科教育を語る

子どもは自然の神秘と出会い、驚き、自ら学ぶ力を呼び起こすのです。

露木和男氏は早稲田大学にて教員養成に携わる傍ら、「早稲田こどもフィールドサイエンス教室」の総合監修者として、自然に触れて学ぶ体験型の理科教育を実践しています。子ども達の理科離れが指摘されて久しい今日、学校教育ではアクティブ・ラーニングという課題解決型の主体的な学びが推進されています。露木氏の実践には、子ども達が思わず夢中になり、自ら考え、解決していく授業アイデアが溢れています。体験型の理科教育が子ども達にもたらすものとは? 子ども達が主体的に学ぶ理科授業の秘訣とは? その実践のために教師が取り組むべきこととは? 露木氏に伺いました。

自然観察が子ども達の「知りたい」気持ちを呼び覚ます

学びの場.com「早稲田こどもフィールドサイエンス教室」の監修を始められたきっかけを教えてください。

露木 和男私が早稲田大学に赴任した際、都内で実験教室を行っている方から「野外に特化した実験教室を始めたい」とお話をいただいたのがきっかけです。子ども達が自然の美しさや不思議さを体で感じ、自ら問いを見つけ、解決していく力を育む機会にしようという趣旨に賛同し、教室の立ち上げから監修に携わらせていただいています。
今、学校では授業で子ども達を野外へ連れ出すことが本当に少なくなっています。私も小学校の教員時代に経験しているのでわかるのですが、野外授業というのは天候に左右されますし、準備にも手間と時間がかかるので、実施するのは容易ではありません。しかし、野外授業には知識詰め込み型の学習にはない驚きや感動があります。それを、私は早稲田こどもフィールドサイエンス教室という場で子ども達に体験させてあげたいと考え、活動しています。

学びの場.comフィールドサイエンス教室での体験を通して、子ども達にどのような変化が見られましたか?

露木 和男泊まりがけで尾瀬へ自然観察に行った時のことは、今も強く心に残っています。その教室には特別な支援を要するお子さんも参加していたのですが、ささいなことでケンカばかりしていたその子が、帰る頃には穏やかな顔になっていたのです。それを見て、自然の持つ不思議さや神秘さには、何か子どもに働きかけ、成長させるものがあるのだということを実感しました。
これは、アメリカの作家で生物学者でもあったレイチェル・カーソンが、著作『センス・オブ・ワンダー』の中で述べていることに通じるものです。“センス・オブ・ワンダー”とは「不思議さや神秘さに目を見張る感性」のことで、彼女は自然の様々な事象に触れ、体験、体感することの大切さを、次のように語っています。
「地球の美しさと神秘とを感じとれる人は、科学者であろうとなかろうと、人生に飽きて疲れたり、孤独にさいなまれることはけっしてないでしょう。たとえ生活のなかで苦しみや心配ごとがあったとしても、かならずや、内面的な満足感と、生きていることへの新たなよろこびへ通じる小道を見つけだすことができると信じています。」(新潮社刊『センス・オブ・ワンダー』上遠恵子訳から引用)
例えば、モンシロチョウを見ても今までは何とも思わなかったのに、青虫から蝶になるまでの過程を観察すると、「何てすごいのだろう」と思う。今まで何気なく見ていた自然が驚きの対象になったことで、子ども達は自分には知らないことがたくさんあることに気づきます。それによって子ども達の「もっと知りたい」という気持ちが呼び起こされ、学ぶことが楽しくなるのです。

学びの場.com子ども達が主体的に学ぶことへの原動力になるのですね。

露木 和男そうです。わからないことは、ダメなことでも、がっかりすることでもありません。わからないことがあるから知ることができるのであって、それは喜びであり、未来への希望なのです。ですから、自然に触れて“センス・オブ・ワンダー”を磨くことが大切なのです。ただ、子ども一人で感性を磨くことは難しいので、共に感動する親や教師、仲間が必要になります。

思いやりの心やコミュニケーション能力も養う、体験型の理科授業

学びの場.com露木さんは早稲田こどもフィールドサイエンス教室をはじめ、様々な場で体験型の理科授業をされていますが、具体的に、どのような授業を実践しておられるのでしょうか。

露木 和男6月に東京都江戸川区の子ども未来館で行った授業では、両生類の誕生の学習として、湿地にトウキョウダルマガエルを獲りに行きました。カエルを見たことがない子どもも多く、いきなり捕まえるのは難しいと思い、まずは私が自宅から持ってきたアマガエルを一人ずつ触ってみることから始めました。次にグループに分かれて輪を作り、真ん中にアマガエルを放して飛び跳ねる様子を観察したり、捕まえる練習をしたり。それから湿地に向かい、グループでカエル獲りをした所で、カエルの体の作りや進化について話をしました。

学びの場.com段階を追ってカエルとの距離を縮めていくことで、子ども達の苦手意識や抵抗感をなくしていくのですね。

露木 和男はい。最初は不安だった子ども達も、体験を通して「カエルは噛みついたり刺したりしないから大丈夫だ」ということがわかり、最後には捕まえられるようになります。
「不安を抱く」という心理は、相手を知らないことから生じるものです。相手について知ることで、安全なものかどうかを判別できるようになりますし、偏見をなくすことにもつながります。例えば、ゴキブリは嫌われ者ですが、あれも立派な生態系の一部です。それを知った上で「やっぱり苦手だ」というのであれば問題はないのですが、何も知らないのに苦手意識を持つというのは、いじめの心理と同じです。ですから、生き物や植物を観察することが大切なのです。子どもは観察することで対象の本質をとらえたり、見えないものを洞察したりします。これによって対象への共感が生まれ、相手を思いやる優しさが子どもの内面に育つのです。

学びの場.com近年、学校教育では子どものコミュニケーション能力の育成を図る取り組みが活発に行われていますが、自然に触れる理科教育ではコミュニケーションのベースとなる精神面が養えそうですね。

露木 和男自然に触れ、相手の生き方に共感することは、子ども達のコミュニケーション能力の育成にもつながると思います。子ども達を野外に連れて行くことが難しくても、生き物を教室に連れてきたり、学校の敷地内で植物を育てたりすることで、子ども達の心に訴える授業が実践できるでしょう。

子ども達がイキイキと学ぶ理科授業の秘訣とは?

学びの場.com先程カエルの授業のお話を伺いましたが、そういった授業での子ども達の反応はいかがですか?

露木 和男子ども達にとって自然は驚きの連続ですから、すっかり夢中になり、話も喜んで聞いてくれます。
例えば、三浦半島の海岸で行った授業では、ヒザラガイという小判のような形の生き物を観察しました。何も説明をしないまま、まず子ども達にヒザラガイを採らせてみるのですが、堅く岩に張り付いているので、素手ではとても剥がせません。そこで、私が道具を使ってヒザラガイを岩から剥がすと、子ども達はワーッと盛り上がります。ここで初めて、生態について話をします。「この生き物は、昼間は潮間帯の岩場でじっとしているけれど、夜になると歩き回って岩に生えているコケを食べ、同じ場所に戻ってくるのだよ」と。あれほど堅く岩に張り付いている生き物が動くということに、子ども達はまず驚きます。さらに、ヒザラガイは体の中で鉄を合成し、それを口元に集めて歯にすることで、岩に生えたコケをこそげとって食べているという事実を伝えると、子ども達はさらに驚き、授業を楽しんでいました。

学びの場.comどうすれば、露木さんのように子ども達が楽しく理科を学べる授業が実践できるのでしょうか。

露木 和男いえ、いえ、いつもできたというわけでも、私自身、授業がうまかったというわけでもありません。ただ私は「前提」「矛盾」「再構成」という二重否定の弁証法で授業を考えてきました。そのことにより、いくらかは授業が見えるようになったのだと思っているのです。
「明かりのつく・つかない」で電気を通すものと通さないものがあることを理解させる小学3年生の授業であれば、空き缶は金属ですから子どもは電気を通し、回路の一部に入れても明かりがつくという「前提」のもとに実験をします。ところが、ここでつくと思っていた明かりがつかないという「矛盾」が発生します。そこで、空き缶の表面の塗装を剥がしてみると明かりがつく。これが「再構成」で、子ども達は「やっぱり金属は電気を通すのだ」という知的感動を得ることができます。
同じ実験を、太刀魚でもやってみたこともあります。刀のように輝く魚を見て、電気が通ると思う子どもが多いのですが、生物ですから電気は通しません。ところが、鉄の歯を持つヒザラガイのように、生物でも電気を通す例外もある。このように驚きと感動を盛り込んだ授業をすると、子ども達は理科に関心を持ってくれると思います。

学びの場.com空き缶を魚に変えることで電気と生物の二つの単元が重なりますが、いつもこのように単元横断的な授業を行っていらっしゃるのでしょうか。

露木 和男もちろんいつもというわけではありませんが、そうですね。特に、生物の単元ではよく地球史に結びつけるようにしています。先にお話しした両生類の誕生の授業であれば、カエルの進化の話をした後、実際にカエルのお腹と自分のお腹を触らせて「カエルには肋骨がない!」と確認させるといった具合です。肋骨がないというのはカエルの進化にとって大きな意味を持ちます。地球史につなげる理科の授業については、色々な場所でお話をさせていただいているのですが、肯定的に受け止めて下さる先生が多く、授業のヒントとして広がってきています。

学びの場.com今、教育界では子どもが自ら課題を見つけ、答えを見出す学習が推進されていますが、露木さんの実践事例は、どれも参考になると思います。

露木 和男では、もう一つ実践事例をご紹介しましょう。小学4年生の「物の温度と体積」という授業では、金属を温めると体積が膨張することを、金属球を環に通すことで調べる実験が一般的です。しかし、私は金属の棒を用意し、「これを使って確かめてみよう」と、実験のやり方から子ども達に考えさせる授業を行いました。すると、「金属の棒に針を付け、側に風船を置く」「金属の棒に接するようにコロを置く」など、実に色々なアイデアが出ました。実験の準備ができたら、1班ごとに私が回って金属を熱し、順番に確認していくわけです。

学びの場.com1時間の授業で実践できますか?

露木 和男できます。実験の方法を考える所から任せるので、冒険ではあるのですが、子ども達は見事、時間内に自らの力で解決してくれました。皆盛り上がって、達成感を持っていました。

学びの場.comそうした授業のアイデアは、どこから湧いてくるのでしょうか。

露木 和男私は小学校教員として37年間勤め、うち24年間勤務していた筑波大学付属小学校では研究授業をする機会が多く、その度に誰もやったことのない授業を考えて実践してきましたから、その経験からでしょうか。金属の膨脹実験も、「ありきたりの授業ではつまらない」という思いから考案したものです。

学びの場.com授業力を付けるには、自分の授業を公開するというのも一つの方法ですね。

露木 和男そう思います。ただ、「うまくいかなかったらどうしよう」という不安から、やりたがらない教師も多いですね。少しでもそうした先生方の後押しになればと、授業作りの講座などに参加し、指導案を作ったり、模擬授業を行ったり、授業アイデアの提案を行っています。

子ども達を自然の中へ連れ出し、その面白さを伝えてほしい

学びの場.com今の小中学校の理科教育において、どのような点が問題だと思われますか。

露木 和男指導案に「○○の子はA、そうでない子はB」などと評価基準が書かれていることがあります。このように教師が客観的に子どもを評価する風潮は問題だと思います。ある中学校の理科の先生が、「ワークシートのメモ欄にたくさん書き込むと点数が上がるよ」と子ども達に呼びかけた所、びっしりメモを取る子が増えたと嬉々として話しているのを聞いてショックを受けたことがあります。これでは教師が点数をぶら下げて子ども達を操作していると言わざるを得ません。
また、自然に親しみ、観察する授業が少なくなっていることも問題です。観察というのは対象を客観的に見るだけでなく、対象とのかけがえのない関係を作っていくためのプロセスです。仏教に、自他の区別を超え、すべての生き物に慈しみの心を持つという「自他同一」の教えがありますが、これこそが日本の理科教育における観察の姿なのです。昔から今まで飼育・栽培の授業が脈々と続いてきたのは、日本に自然との一体感を大切にする文化があったからだと思います。ところが、今は大人も子どもも自然から離れてしまっている。これは日本社会全体の問題だと思います。

学びの場.com自然との一体感を取り戻すためには、どのようなことに取り組んでいけばよいのでしょうか。

露木 和男学ぶことが何かの役に立つという効率や合理性にとらわれず、子ども達を自然の中へ連れ出して、純粋にその面白さを伝える以外にないと思います。そうした大人が増えていけば、日本独自の理科教育を復活させることもできるはずです。今から始めれば、まだ遅くはないと私は思っています。

学びの場.com最後に、読者の先生方へメッセージをお願いします。

露木 和男今の先生方は忙しく、色々な課題を抱えて大変だと思いますが、だからこそ、教師という仕事の面白さ、素晴らしさがあるのだと思っています。そのためには、教師自身、自分から色々なものに関わって楽しむことが大切です。座学ではなく、自分の足で稼いだものであれば、分野は何でも構いません。そうやって体験して学ぼうとすることで、子どもがどのように世界を見ているかが理解できます。そうすれば、子どもが主体的に取り組める、創造的で楽しい授業を考えることができるのだと思います。

露木 和男(つゆき かずお)

早稲田大学 教育・総合科学学術院教授
神奈川県足柄上郡開成小学校・上大井小学校に13年間、筑波大学附属小学校に24年間勤務。2009年より現職、大学及び大学院で初等教育学(理科教育)を指導。八洲学園大学非常勤講師、日本女子大学非常勤講師も兼務。日本初等理科教育研究会理事長、『初等理科教育』編集長、『理科の教育』編集委員などを歴任。各地で自然観察会や野外授業などを実施し、子どもの自然体験の重要性を訴え続けている。著書に、『心の宇宙、そして授業』『毎日の授業、その思想』『フィールドサイエンスのすすめ―自然で学ぶ、科学の好きな子に育てる』『理科・一瞬の授業』など多数。

インタビュー・文:吉田教子/写真:赤石 仁

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