教育トレンド

教育インタビュー

2014.07.15
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芳川 玲子 子どもの折れやすい心を語る。

対策には、学校と家庭が一緒に子育てしようという意識改革が必要

芳川玲子氏は臨床心理士、学校心理士スーパーバイザーとして、悩みを抱える多くの児童・生徒、そして彼らへの対応に悩む教師の相談に乗っています。昨今、すぐ「心が折れる」「くじける」「へこむ」「がんばれない」といった子どもが増え、そこから立ち直れない「回復力」の弱い子どもも目立つようです。このため、従来通りの指導法が通用しないことに悩む教師も多いと言います。「折れやすい心」の背景には、社会的問題も大きく関与すると見る芳川氏に、現状と対応策について伺いました。

主な原因に、親の放任、過干渉

学びの場.com心が折れやすい子どもが増えているというのは、本当なのでしょうか?

芳川 玲子多くの現場教師の方がそうおっしゃっています。また、カウンセリングの場でも感じます。小学校では、教師が少し大きい声で注意しただけで萎縮してしまい、教室に入れない。そして不登校になってしまうケースもあり、フォローが大変になっています。また中学校では、悪さをするが底力もあるような、いわゆる「お山の大将」タイプがいなくなったと聞きます。皆とグループ行動をしているときは突っ張っていても、一人ひとりを呼び出して話を聞くと非常にひ弱。一人では何もできない生徒が増えているのです。

学びの場.comこのような子どもたちはいつ頃から目立つようになってきたのでしょう?

芳川 玲子不登校の子どもが増え始めたのが1998年頃、その前後から子どもの非行問題も増えてきました。心が折れやすく、且つ立ち直りの遅い子も大体その頃から目立ち始めました。ストレス耐性が極端に低い子どもたちです。

学びの場.com何が原因でしょうか?

芳川 玲子一つは貧困家庭の増加です。日本は1985年以降、子どもの貧困率が徐々に上昇し、現在の相対的貧困率(国民一人ひとりの所得を高い方から順番に並べた中央値に満たない人の割合)は16.0%(2009年厚生労働省)。中でも子どもの貧困率は15.7%で、OECD加盟国の中でも高い割合です。そして、「子どもがいる現役世帯」のうち「大人一人」、つまり片親家庭の貧困率は50.8%と非常に高くなっています。これは、離婚をした際に母親が子どもを引き取る場合が多く、女性は正社員になれず非正規で働くケースが多いため、年収が二人親世帯よりも極端に少ないことが関係しています。すると、母親は生きるために働くことで精一杯になり、子どもと十分向き合えない傾向が出てきます。
子どもにとって乳幼児期の母親との安定した関係はとても大切で、その後の成長にも大きく関わることは実証されています。その時期、親がいい意味で「親ばか」になって、子どもに無償の愛を注ぐことで、子どもの自尊感情が築かれるのです。それにより「自分は大丈夫、生きていていいのだ」という気持ちが確立され、将来、一時的にへこんでもすぐに回復する力の源になります。
一方、親との接触が少なく、十分愛情を受け取れないような環境で育つと、子どもの心の芯がもろくなり、ちょっとしたことで心が折れ、且つ回復に非常に時間がかかるようになります。教師の中には、そのような子どもの親子関係を見て、「保護者が子どもに無関心で困る」と考える方もいますが、実は無関心・放任の奥には、貧困が隠れているケースも多いことを頭に置いていただきたいと思います。
もう一つの原因は、過保護・過干渉の家庭です。特に母親が自分の子どもに必要以上に干渉し、いつまでも乳幼児期のように子どもに密着して世話を焼き過ぎると、子どもは精神的に窒息します。子どもが自分自身で考え、自律的に行動し、多少失敗しても立ち直ろうとする、内的な力を着けていくためには本来、親は子どもの心の成長に合わせ、少しずつ手を抜いていかなくてはなりません。
また、過干渉の親には、子どもがかわいくて干渉し過ぎるというよりは、自分の不安から、もしくは世間体を気にしすぎる余り、子どもが勉強できないと自分も格好悪いというような、非常に狭い教育観で子育てをする傾向があります。すると、「勉強大丈夫なの?」「宿題やったの?」という所にのみ気にし、本当の意味で子ども自身を褒めていないため、結果、やはり自尊感情が育たず、子どもの心は萎縮していくのです。例えば、教師が教室である子どもを注意したときに、その隣にいた過干渉家庭の子どもの方が過剰に反応して教室に入れなくなるというケースもあります。

学校はどう対応すべきか?

学びの場.com放任と過干渉ですか……。この両極タイプが一つのクラスにいる場合、現場の教師はどう対応すればよいでしょうか?

芳川 玲子貧困家庭による放任の場合、学校だけではフォローが大変です。教師はスクールソーシャルワーカー(SSW)に、このような家庭をつないでいただければと思います。貧困家庭の親たちは、様々な公的サービスの存在を知らないことが多いからです。
例えば、病気になっても病院に行く金銭的余裕がない保護者がいたら、教師はまずSSWにその状況を伝えます。SSWは事前に市町村の福祉課に話をつけておいて、それから実際にその保護者と一緒に福祉課に行くので、行政の対応がスムーズになり、生活の質を上げるための支援も早く受けられるでしょう。そして、保護者に子どもと接する余裕ができ、結果的に子どもの心も安定していくでしょう。

学びの場.comでは、過干渉の家庭には学校はどのような支援ができるでしょうか?

芳川 玲子過干渉家庭の場合、特に母親は子育ての様々な悩みを一人で抱え込んでいることが多いのです。そのような母親が、教師に悩みを打ち明けたり、相談を持ち掛けたりできるような、フランクな雰囲気づくりをまずは行ってください。
精神的にたくましい子どもの多くは、ある程度家庭で育てられてから学校に上がってくるので、教師は最近の心の折れやすい子どもを見ると、つい「もう少し家庭でできることがあるのでは」と思いがち。しかし、そういう意識を持つ教師には家庭はなかなか相談をしづらいので、意識を変える必要があるのです。
また、相談される雰囲気をつくるだけでなく、積極的に助言してみることも大切です。教師は勉強だけでなく、子どもの発達段階に応じて、例えば「小学校○年生ではこう自立させる」等、成長を想定した教育を学習指導要領に沿って実践しています。多くの保護者は「教師は勉強を教えて成績をつけているだけ」と勘違いしているものですが、教師は過干渉な保護者には「この学年では、こうした接し方をしてみたらどうでしょう」と提案してみるのです。子育ての悩みを受け止め、アドバイスしてくれる人が身近にいるだけで、このような親は安心できるでしょう。特に核家族化の進む現代では、子育ての相談相手を見つけられない親が多いので、家庭と学校の両者が協力して、子育てしようという意識改革を行うべきだと考えます。

学びの場.com他に、学校現場で行われている実践例はありますか?

芳川 玲子横浜市では市の教育委員会が2007年に、子どもたちがいじめ問題や日常生活の様々な問題を自らの力で解決できるよう年齢相応の社会的スキルを育成することを目的に「子どもの社会的スキル横浜プログラム」を開発しました。きっかけは、いじめの深刻化やいじめからの不登校等の増加と、これらの要因となる子どもたち自身の問題への対処力や課題解決能力の低下、つまり「社会的スキル」が身に付いていないことへの危惧でした。私は、心が折れやすく、回復力も少ない子についても、この社会的スキルが身に付いていないケースが多いと考えています。
社会的スキルが身に付いていない背景には、就学前、乳幼児期に人格形成の土台となる体験が十分にできないまま年齢だけ高くなってきたことがあります。土台とは、乳児期に無条件に親に愛される「被受容体験」。これは人との基本的な信頼関係を築く基盤となります。次に幼児期前期に食事時間を守ったり、トイレを我慢したりという「がまん体験」。自分で自分をコントロールすることから、自律した生活の基盤となります。幼児期後期に他の子どもたちとぶつかり合い、じゃれ合う「群れ合い体験」。これは、人との距離の取り方や関係性を学び、相互理解の基盤となります。この三つの土台が未完成なまま小学校に入学する子が多くなっており、その結果、自己中心的な行動をとる、逆に周囲に流されて自分の意思が持てない等、集団との折り合いをつけられなくなっているのです。
そこで、同プログラムでは、まず教師がこの三つの人格形成の土台について研修等で学び、次に児童へのアンケートを通じて発達課題の積み残しを具体的に把握し、児童の問題行動の背景がわかりやすくなるようにしています。その上で学級経営をすると、声掛けの仕方の選択肢が広がり、成績についても、勉強に身が入らないのは「怠けているからではなく、この子は自己肯定感が低いから自信がなくてなかなか集中できないのか」というように、児童への理解がより深まり、それに伴って対応も適切にできるようになります。

国の教育予算を増やし、幼児期教育の充実を

学びの場.com小学校入学段階で、まだそれ相応の社会的スキルが身に付いていないということは、それ以前の幼児教育の重要性も感じます。

芳川 玲子その通りです。海外では就学前教育に投資することが、自尊感情を育むためにも有効であると気づき、特に先進国の多くはこの時期の教育費を無償化しています。日本はその点ずいぶん遅れており、国の教育予算(幼児教育だけでなく、高等教育まですべて含めて)は全体のわずか0.4%。ほとんど公的なお金をかけていません。家庭の教育費負担を減らすことは、貧困の連鎖を断ち切ることにもつながりますし、現場の教師の数を増やしてよりきめ細かい教育指導ができるようにする等、教育費の国家予算を増やすことは急務だと考えます。
私が時々視察する台湾では、台北市は市の予算のうち25%を教育予算に充てています。小学校低学年では一クラスの人数を25人までとし、きめ細かい指導を可能にしています。このように、就学前や低学年の頃に目や手をかけ、家庭問題等も早期発見することで、心の折れやすい子どもを改善することも可能になるはずです。

学びの場.com国の政策を動かすためにも、社会全体がもっと教育や子どもに関心を持たなくてはいけないということですね。

芳川 玲子そうです。世の人々は、問題のある子どもを前にすると、「家庭教育がなっていない」「学校の教師の力不足」等と、すぐに犯人を限定しようとするでしょう。ですが、それでは何の解決にもなりません。心が折れやすい子どもの背景にある貧困の問題も、過保護・過干渉の親の問題も、家庭だけ、学校だけではもはや解決できないのです。両者が協力し合うのはもちろんのこと、国の教育予算を増やす等、大きな事柄を動かすためには、直接子どもと関わっていない社会人一人ひとりが関心を持つことです。

芳川 玲子(よしかわ れいこ)

東海大学文学部心理・社会学科教授、医学博士・臨床心理士・学校心理士スーパーバイザー。東京大学大学院教育学研究科修了後、神奈川県平塚市教育研究所教育相談員、横浜国立大学大学院教育学研究科助教授等を経て、現職。専門は学校カウンセリング、臨床心理学。カウンセラーとして日々多くの園児・児童・生徒、教師の相談に乗る。横浜市学校問題解決チーム委員、茅ヶ崎市青少年教育相談センタースーパーバイザー等、社会活動も多数。著書に『傷つきやすさからみた思春期の登校拒否』『学校心理士の実践―幼稚園・小学校編』(共著)等。

インタビュー・文:菅原然子/写真:赤石 仁

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