教育トレンド

教育インタビュー

2014.01.14
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鈴木 寛 熟議教育を語る。

互いに意見を表明し、話し合い、学び合う力を身に付けることが必要です。

鈴木寛氏は前参議院議員で元文部科学副大臣。教育通として知られ、議員時代には「コンクリートから人へ」の理念の下、高校無償化、小学校1、2年生の35人学級、3年間で1万人超の教員定数改善......等々の実現に尽力されました。同時に、複雑化した現代の社会課題を解決するためには、人々が「熟議」を重ね、自発的行動を起こすことが重要と主張。学校現場やネット上で熟議を実施し、市民の声を政策に反映させました。すずかん教育論の核を成す熟議とは? なぜ教育に必要なのか? 熟議の原点から活用法まで伺いました。

熟議とは?

学びの場.com鈴木さんは長年、熟議教育の必要性を主張していらっしゃいます。そもそも熟議とは何でしょうか?

鈴木 寛熟議とは、「熟慮して、議論すること」です。基本的に自分の属するコミュニティの問題について、当事者として考え、意見を出し合い、解決策を考える取り組みです。

学びの場.comなぜ今、熟議なのですか?

鈴木 寛近代の始まりから二百数十年経ち、世界は今、大転換期に差し掛かっています。全ての先進国が高齢化や環境問題、財政赤字等の問題に直面し、これまでの国家システムはもう限界に来ています。日本も欧米に追い付け追い越せで経済成長を目標にしていた時代は終わり、今はお手本のない中で自分たちの属する社会をどのように作っていくかを考えなくてはならない時期です。つまり、「容易には解決できない課題とどう付き合うか」という力が、このポスト近代には求められています。そのためには、個人が仲間と共に議論し活動すること、つまり熟議することが重要なのです。

学びの場.comなるほど。そこで鈴木さんは週末ごとに全国の学校で熟議を開催したり、ネット上で政策について議論をするサイト「熟議カケアイ」を開設されたりしたのですね。リアル熟議には2010年から2012年までに約8,000人が参加されたそうですが、何歳くらいからできるのでしょうか?

鈴木 寛最年少は7歳でした。この子は、同じ議論の場にいた校長先生をも唸らせるような発言をしました。そして終わってから「今日はすごく楽しかった。私はこれからも議論をしようと思います」と感想を言ったのです。子どもに潜在する能力の大きさにはつくづく感心させられます。

学びの場.com熟議の原形は、1995年に主宰された「若者塾」とのことですが。

鈴木 寛通産官僚時代の山口県庁出向中に、吉田松陰の松下村塾を訪れたことがきっかけで、「国をつくるのは、法律や霞が関ではなく、人だ」、「若者の持っているエネルギーこそが国を動かす原動力なる」と気づき、人材育成の重要性に目覚めたのです。そこで、東京に戻ってから大学生を中心とした若者塾を開きました。月曜から金曜までは、当時まだ出始めだったパソコン通信のメーリングリストを使って議論し、土曜日には実際に集まって夜を徹して話し合いました。テーマは「自分の属する社会を良くするためには何ができるか」。大阪にも若者塾ができ、最終的には100人を超えました。
そのメンバーの中から、東京ではITベンチャーを起業した人、大阪ではボランティア活動のNPO法人を立ち上げた人が出てきました。議論したことを実際に活動に移す。ポスト近代社会に必要な行動をすべて実行していたと言えます。若者の力は無限大であるということを実感しましたね。

学びの場.com熟議は、学校現場でもできますか。

鈴木 寛できます。クラスには少なくとも一人はファシリテーターになれる子がいるものです。その能力を担任が見極め、テーマをポンと与えて、あとはすべて任せてしまうのです。すると、ファシリテーターの子から広がり、他の子からも引き出されていくでしょう。子どもの力を信じて任せてしまえば、しっかり議論を進めていけると思います。
先述した通り、ポスト近代には「前例のない難問を、熟議しながら取り組んでいく力」が必要です。そのためには、学校で熟議教育を推進していく必要があると考えます。

学びの場.com鈴木さんはコミュニティ・スクールの法制化にも尽力されましたが、それも熟議教育の一環ですか?

鈴木 寛はい。地域住民・保護者・教員が熟議しながら学校運営を支えるのがコミュニティ・スクールです。これには、地域や保護者のボランティアの力が欠かせません。彼らが主体的に学校運営にかかわることにより、地域社会と学校との信頼関係が深まり、学校を中心とする地域社会の再生にも役立つのです。
この地域ぐるみで子どもを育てる学校コミュニティには、新しい学びのスタイルが必要です。それは、従来の一斉画一化した教育から、「個別化・協働化・双方向化」の教育にパラダイムシフトすること。例えば、教科書・教材は「○○君用」にカスタマイズし、それぞれの子どもに応じた学び方を特注するのです。さらに、子どもが自分の学びを自分で構成できるようになると、ポスト近代社会を生き抜く力にもなると思います。
ところが、現状では政治家や識者らが教育論を語る時、個人の体験に基づく思い込みを一般化して「日本の教育はこうあるべき」とすることがほとんどです。これが日本の教育現場を混乱させている一因と言えます。年齢や立場、地域等により一人一人違うのですから、「日本の教育の全てを知っている人は誰もいない」ということを自覚すべきでしょう。これからの教育は、徹底した個別化を実現すべきなのです。

熟議の精神は中高時代に育まれた

学びの場.com鈴木さんにとって、熟議の原点とはどこでしょうか?

鈴木 寛主に、灘中学校・高等学校時代だったと思います。この学校は、生徒の自主性を重んじる自由で伸びやかな校風で、確か僕が通っていた37年前当時は、校則が一切ありませんでした。勉強でも学校生活でも強制されず、生徒は自分で判断して行動します。その代り、自分の行動にはすべて自己責任を持つことが求められました。
例えば、文化祭や体育祭、部活動等には教員は一切関与せず、どれも生徒の自主運営。僕は“祭り”とつく行事の実行委員会にはすべて名を連ねていて、予算折衝やら配分等、何から何まで仲間たちとやっていました。僕、“お祭り男”だったんです。何しろ、当時のあだ名は「エンジョイ鈴木」でしたから(笑)。そういったイベント企画・立案・開催という活動の中では、必然的に皆で熟議するわけです。熟議しなければ、何事も進まないので。
所属していたサッカー部ではマネージャーを務めていて、練習計画や試合のアポイント取り等、通常は監督がやるような仕事をすべてやっていました。ある時は「どうすれば我が弱小サッカー部が強豪校に勝つか」をチームメイトで徹底的に分析し熟議しました。そして、相手校の主力選手が国体出場直後で疲れている時にこちらのピークを合わせていく、という作戦を立てました。その結果、その年はなんと神戸市1部リーグで優勝したのです。

学びの場.comそれはすごい! では、勉強面ではいかがでしたか?

鈴木 寛当時は大学の講義のような授業が多く、本当に面白かったです。例えば、歴史の先生は中国史だけでも延々2年間やります(注:灘校は教科担任が中学高校6年間持ち上がりの完全一貫教育)。特に男子校だったこともあり、「歴史は夜つくられる」とおっしゃって、玄宗皇帝に寵愛を受けた楊貴妃の話等、多感な中高生を強く引き付ける話術にとても長けていました(笑)。毎回、大河ドラマを見るような楽しさで、誰も寝ていませんでしたね。また、この先生が素晴らしいのは「年代は覚えなくてよい。ただ、起こったことの順番は大事だ」とおっしゃるのです。おかげで、歴史の要点は強烈なエピソードと共に覚え、一つの物語のように頭に入りました。すでに中高生で学問の真の面白さを知ったようなものです。

一方、受験勉強にも独特の校風が影響していました。灘校は、柔道の精神である『精力善用』『自他共栄』を校是としています。つまり「世の中の役に立つことのために能力を使いなさい」「互いに信頼し、助け合うことができれば、自分も世の中の人も共に栄えることができます」という精神が、伝統的に受け継がれています。このため生徒は皆、自分が志望校に合格することよりも、自分の学年から何人が志望校に入れるかが最重要事項だったのです。だから、それぞれの得意科目を分業して、お互い徹底的に教え合っていました。
中高時代は文武両道で、仲間同士が互いに意見を表明し、話し合い、学び合う力を身に付けていったと思います。僕にとって、熟議の原点はここだと言えるでしょう。

教員の悩みに答える

学びの場.comさて、ここからは現場の教員が今抱えている疑問や課題について、いくつかご意見を伺いたいと思います。まず、教員免許更新制についてはどうお考えですか?

鈴木 寛いらないと思います。免許更新ではなく、在職10年くらい経ったら1年ほど現場を離れ、大学院で学び直し、それ以降の教員人生の中で自分は何を中心にしていくかを考える時を持ってはどうか、と考えています。

学びの場.com次に、教員の定数改善についてです。多忙化改善のための近道は、教員の人数を増やすことだと思いますが、いかがでしょうか?

鈴木 寛増員は絶対必要だと思います。私が文部科学副大臣在職中にも、小学校1年、2年生は40人学級をすべて35人学級にし(学級編制の標準の引下げは31年ぶり)、3年間で1万人超の教員定数改善も実現しました。これも、ネット上の「熟議カケアイ」にお寄せいただいた声を反映させたものです。ただ、当時マスメディアがあまり報道しなかったので、一般の方々にはそれほど印象強く残っていないかもしれません。

学びの場.com小学校英語、道徳の教科化についてはどうお考えですか?

鈴木 寛教科化はどちらも必要とは思いません。英語教育については、学びたい子が学べるような個別化や多様性を持つべきだと思います。すべての児童に一律に学ばせるという考え方はやめるべきだと考えます。
道徳を身に付けること自体はとても大事なことだと思っています。ただ、それは教科化すれば身に付くのか? そんな単純なことではないでしょう。教科化したところで、従来の一斉教授では、子どもの耳の右から左に抜けていくだけ。道徳にこそ熟議教育が必要なのです。人は、ジレンマに陥ったり葛藤したりすると、初めて真剣に考えるようになるものです。AもBも正しいが、それらは相反する、どうすればよいか? このような問題について、皆で熟議を重ね、取り組んでいくしか、道徳を身に付ける方法はないと思います。

学びの場.com現場の教員たちは、保護者対応や教育現場へのバッシング等で苦しい立場に立たされる場合が少なくありません。マスメディアの情報も「今の日本の教育は危ない」という傾向が強いのですが、これについてはどう思われますか?

鈴木 寛マスメディアの流す情報は商業主義的なものが多く、大衆受けしそうなものが記事になる傾向があります。「教員の不祥事」というと、マスコミはすぐ食い付くでしょう。しかし実際は、不祥事を起こした教員は数人、100万人中では0.00000数%に過ぎません。残りの99.99999%の教員は毎日真剣に仕事をしているのです。そのことの方がすごいのに、そんな報道はしないわけです。1920年代に米国のジャーナリストであるリップマンが著書『世論』で「マスメディアには期待できない」と述べています。「編集者は読者のステレオタイプを利用する。それを矯正するどころかむしろ強化する可能性がある」と。その結果、イメージ情報を無批判に受け入れてしまった大衆は教員批判に走る。「モンスターペアレンツ」化した人々も、学校や教員も、その最大の犠牲者と言えるでしょう。

学びの場.comマスメディアからの情報しか得られない一般の人々は、どうすれば生の情報を得られるのでしょうか?

鈴木 寛先にコミュニティ・スクールの必要性について述べた通り、ボランティアで学校運営に直接かかわることで真実を知ることができます。現在、約1,500校のコミュニティ・スクールがあり、約650万人ものボランティアが学校を支えています。この人々は、マスメディアの情報に左右されません。なぜなら現場を、40人近い子どもたちを前に、45分の授業を1日何コマも成立させている教員がどれだけすごいかを知っているからです。
マスメディアの一方向の情報に対抗するためには、自分の目で見た学校や教育について、口コミ(ネットも含め)で周りの人に伝えていくことが大事だと思います。学びの場.comのようなソーシャルメディアの役割も重要です。ポスト近代のメディアは、パーソナル(個人的)でインタラクティブ(双方向)なものであるべきなのです。
教員の皆さんは今抱えている問題を、政治や制度への不満にばかりしていないで、周りの人に知ってもらう努力をすべきでしょう。教員、保護者、地域という学校現場にかかわる人々同士で熟議を重ね、その内容を現場改革に活かす。それが、これからの時代に有効な教育改革と言えるのではないでしょうか。

鈴木 寛(すずき かん)

前参議院議員・元文部科学副大臣。1964年兵庫県生まれ。灘中学校・高等学校、東京大学法学部卒。通産官僚を経て中央大学講師、慶応義塾大学助教授。2001年参議院議員初当選(東京都)。以来、文部科学、医療を中心に活動。2007年再選。文部科学副大臣を2年間務める。超党派スポーツ振興議連幹事長、東京オリンピック・パラリンピック招致議連事務局長。超党派文化芸術推進議員連盟幹事長、現在は大阪大学招聘教授、慶應義塾大学特別招聘教授、中央大学客員教授。著書に『「熟議」で日本の教育を変える』、『テレビが政治をダメにした』、『熟議のススメ』等。

インタビュー・文:菅原然子/写真:赤石 仁

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