教育トレンド

教育インタビュー

2013.07.16
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辻 太一朗 大学教育と就活の連携問題を語る。

なぜ日本の大学生は、世界で一番勉強しないのか?

辻太一朗氏は、NPO法人「大学教育と就職活動のねじれを直し、大学生の就業力を向上させる会」代表として、大学教育と企業採用の新たな連携や関係構築を提唱する第一人者。このほど『なぜ日本の大学生は、世界でいちばん勉強しないのか?』を上梓し、小学生よりも勉強しない大学生を生む日本社会の構造に鋭くメスを入れています。就職においてもグローバル競争時代に入り、大学教育の在り方に転換が求められている今、大学教育と就職をめぐる日本社会の現状と課題、解決策について伺いました。

大学生が勉強しても報われない日本の社会構造

学びの場.com『なぜ日本の大学生は、世界でいちばん勉強しないのか?』の中で、日本の大学生が勉強をしない原因は、企業・大学・学生の間の「負のスパイラル」という構造にあると指摘されています。これについてご説明いただけますか。

辻 太一朗日本の大学教育と就職には、さまざまな問題があります。大学教育については、これは主に文科系学部の話になりますが、勉強しなくても簡単に卒業できる大学が多いことが問題です。加えて、研究などを重視して授業に不熱心な教員が多い、大学で学んだことが実業で活かせない、といったこともあります。

就職に関しても、活動時期の早期化・長期化をはじめ、大学間の格差、学生の大手企業への集中、日本経団連の採用に関する倫理憲章を遵守する企業の採用活動の遅れなど、多くの問題が存在しています。
これら問題の元凶は、大学の成績に対する日本社会の期待感の低さや、信頼感の欠如にあると私は考えます。日本ほど大学の成績を人物の判断材料に活用しない国はないのです。このため、企業は採用活動において、学生の成績ではなく課外活動ばかりを評価します。すると、学生は課外活動に力を振り向け、楽に単位が取れる授業を選ぶようになります。そうなると、教員も学生を集めるため単位を取りやすい授業をすることに流れ、学生への評価も甘くなりがちです。

この繰り返しによって学生の質はどんどん低下し、成績への信頼感はさらに失われていきます。これが「負のスパイラル」です。企業・大学・学生の誰が悪いというのではなく、3者それぞれが自分たちにとって一番合理的だと思うことをすることで、日本は「大学生が勉強をしても報われない社会」になっているのです。成績への信頼度を高めて、この構造を変えない限り、大学教育や就職についての根本的な問題解決は成されないでしょう。日本の文系学生と優秀な海外の大学生との差も開く一方でしょう。

学びの場.comグローバル化によって海外の学生と日本の学生が同じ土俵で戦わなくてはならなくなったことで「負のスパイラル」、つまり大学教育と就活の問題が明らかになったのでしょうか?

辻 太一朗グローバル化だけでなく、就職サイトを利用した就職活動の比重が高すぎることも一部の学生に就職の負担を大きくさせています。
前述の通り、企業にとって大学の成績は信頼できないので、応募者を多数募り、各社独自の基準で選考しなければなりません。とはいえ、面接に割ける力は限られていますから、早くから募集をかけてエントリーシートや筆記試験で選考する必要があるのです。
そこで活用されるのが就職サイトです。就職サイトというのは、本来、優秀な学生を採用するためには多額の掲載費用もいとわない企業に適したもの。あまり採用コストをかけられない企業にはなじみにくいものです。
大手企業は偏差値上位大学でキャリア志向の強い人材を求める傾向にあります。しかし、偏差値中下位大学の学生や、仕事と生活のバランスを重視する学生までもが、就活の身近なツールである就職サイトを見て、大手企業に集中しがち。このため、就職サイトにあまり適さない企業や学生は採用・就職に必要以上に苦労し、就活問題が助長されていくのです。

学びの場.com就活解禁時期をさらに遅らせるという議論が行われていますが、それでは事態は好転しないということですね。

辻 太一朗そうです。正確に言うと就職解禁時期を遅らせただけでは問題は解決しないということです。就活開始時期を後ろ倒しにしたことで、授業の出席率が上がったというデータはありますが、その分、バイトやサークルの時間も増えていますので、特に変わりはありません。自主的な学習時間が増えることもないようです。
ただ、私は学生を学業だけに集中させることには実は反対なのです。なぜって、それは学生を甘やかすことになるからです。社会人が「仕事に集中できるような環境を作ってくれ」なんて言えますか? よく、「就活があるから授業に出られない」と言う学生がいますが、体育会系の学生は就活があるから大会に出られないとは言わないでしょう。困難な状況で努力してこそ人は伸びます。大学時代には、学生は勉強だけでなく、社会に出る前の課外活動にも取り組むべきだと考えます。

今、必要なのは「考える力」を伸ばす大学

学びの場.com大学で学んだことが実業で活かせないことについて、教育者側にどのような課題があるとお考えですか。

辻 太一朗大学進学率の増加による卒業後の進路の変化に伴い、知識教育に加えて汎用的能力を身につけさせることが必要だったのに、それができなかったということです。1960年に8.2%だった大学進学率は、2010年に50%を超えました。大卒者の進路は、大学進学率が高くなかった昔は学者、研究者、弁護士、会計士など、大学で学んだ知識を活かす知識技能者が多かったのですが、現在、最も多い就業先は「その他実業」。実業に必要な力は何かといえば、コミュニケーション能力、論理的思考力、問題解決力などの汎用的能力です。
ハーバード大学教授のマイケル・サンデル氏は、知識をベースに考える力や応用する力を高めさせるような授業を行い、課題を出しています。日本でも今、専門知識と汎用的能力の両方を教え、それをきちんと評価できる教員が求められています。

学びの場.com小中高の教員は教員免許を持っている教育のプロですが、大学教授や講師は必ずしもそうではありません。そうした原因もあるのでしょうか。

辻 太一朗確かに、大学の教員は研究者でもありますから、これまで教えるスキルは身につけてきませんでした。でも、今後は研究・教育の双方でプロフェッショナルになることが必要だと思います。教員に指導方法を身につけさせたり、ティーチングアシスタントをつけてあげたりといった支援を、国や自治体が行ってほしいものです。また、大学教員の評価についても、研究のみでなく、教育する能力の高さをきちんと評価すべきでしょう。欧米の大学ではリサーチ(研究)とティーチング(教育)のそれぞれどちらかに特化して、大学の特色を明確にしている場合もあります。日本の大学でも特化まではしなくても、ある程度の色分けをすることは検討すべき点ではないでしょうか。

学びの場.com今後、大学教育には何が必要でしょうか。

辻 太一朗どういう教育をするかは、大学ごとに違ってよいと思います。例えば、同じ経済学部でも、東京大学が圧倒的な知識教育で学者や研究者を育成するなら、早稲田大学や慶應義塾大学は知識と同時に論理的に考察する力を身につけさせ、コンサルティングや金融、メーカーの総合職に適した人材を輩出するような授業を行う。また、別の大学ではグループディスカッションやフィールドワークに力を入れてコミュニケーション能力に優れた人材を育て、サービス業界への進路を強みにする。
いずれにせよ、知識を応用して正しくものを判断できる「考える力」を育成し、厳正に評価する授業が必要だと思います。企業も「考える力」を採用時の判断基準にしていますので、大学の成績が「考える力」を計る指標として信頼されるようになれば、企業は採用の参考にするでしょう。そして学生は良い成績を取ろうとよく勉強するようになり、実業にも通用する能力が身につく、まさに「正のスパイラル」が回りはじめるはずです。

学びの場.com大学の個性も含めて、今よりも豊かで多様性のある高等教育機関に変わる必要があるのですね。

辻 太一朗そうです。文系の学部間に特色が表れてくれば、学生は社会人としての将来も見通して大学を選ぶようになるでしょう。また、大学ごとに輩出される人材の特色が明確になってくれば、企業も自社に適した人材を選びやすくなりますから、採用もバラエティに富むようになるでしょう。成績への信頼度が高まり正のスパイラルが回れば、学生が大学を、企業が学生を、それぞれの嗜好に従って選べるようにもなるのです。

負のスパイラルを解消し、理想の就職の実現へ

学びの場.comでは、社会の成績への信頼度を高めるには、具体的にどのような課題をクリアする必要があると思われますか。

辻 太一朗負のスパイラルを早く解決するには、企業が成績を活用することが一番です。これまで、私が代表を務めるNPO法人「大学教育と就職活動のねじれを直し、大学生の就業力を向上させる会」では、各企業に採用の際、成績を活用するようお願いしてきました。しかし、企業も人手不足の折、賛同はしてくださっても、なかなか実行するのは難しい。それなら、企業が採用選考時に大学の成績を活用しやすくするための仕組みを作ろうと、データサービスの提供を開始しました。これは大学によって異なる成績表記を同一フォーマットに標準化するというものです。

具体的には、このサービスの利用企業が応募学生に成績入力を要請するメールを送ると、応募学生はデータベースのURLにアクセスして自分の成績を入力し、企業に送信するという仕組みです。送信された成績は標準化されてデータベースに保管され、企業は随時閲覧することができます。また、その企業に応募した全学生の成績を集計し、大学・学部・学科ごとの評価分布をまとめたデータも提供されます。
成績データには「考える力」を評価した授業の成績も含まれているので、学生のデータが増えるに従って集計データの信頼性が高まり、成績への信頼度も上がります。こうして企業が大学の成績を参考にするようになれば、学生は学業に真剣に向き合うようになり、教員のモチベーションも上がって、よりよい授業につながっていく。それにより、企業の成績への期待感も一層高まっていくと期待しています。

関連情報
『なぜ日本の大学生は、世界でいちばん勉強しないのか?』

『なぜ日本の大学生は、世界でいちばん勉強しないのか?』
辻 太一朗・著/東洋経済新報社/¥1,575(税込)
日本の大学生が勉強しないのは今に限ったことではない。しかしグローバル化時代、このままでは日本の大学は国際的な競争力を失ってしまう!「勉強しない大学生」への警鐘を鳴らし、その原因と解決策を豊富なデータと共に紹介する。

辻 太一朗(つじ たいちろう)

1959年、大阪生まれ。京都大学工学部卒業。(株)リクルートで全国採用責任者を務めた後、99年(株)アイジャストを設立、2006年(株)リンクアンドモチベーションと資本統合、同社取締役に就任、採用コンサルタントとして活躍。10年(株)グロウスアイ、11年NPO法人「大学教育と就職活動のねじれを直し、大学生の就業力を向上させる会(略称DSS)」を設立し、大学教育と企業採用の連携を支援する活動を展開。著書に『面接官の本音』シリーズ、『採用力のある面接』など多数。大学での講演や面接トレーニングの実績も多い。

インタビュー・文:吉田秀道/写真:赤石 仁

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