教育トレンド

教育インタビュー

2013.01.15
  • twitter
  • facebook
  • はてなブックマーク
  • 印刷

美馬のゆり 理系女子(リケジョ)的生き方を語る

論理的思考で、仲間と一緒に新しいものを創造する生き方はとても楽しい。

公立はこだて未来大学教授の美馬のゆり氏は『理系女子(リケジョ)的生き方のススメ』という本を出版しました。「リケジョ」とは理系出身女子の意味。その一人である美馬氏が自身のリケジョ人生を振り返りながら、その楽しい生き方を提案した書籍です。「実は、リケジョ的生き方はこれからの時代、年齢、性別、理系・文系関係なく、誰にでも必要な思考」と美馬氏。そのわけとは? リケジョ的生き方について詳しく語っていただきました。

リケジョ的生き方を老若男女全ての人にお勧めします。

学びの場.comいきなりですが、なぜ今、『理系女子(リケジョ)的生き方のススメ』という本を書かれたのですか?

美馬のゆりいくつか理由があります。まず、日本の中高生の理科離れ傾向と少子化です。これにより、科学技術立国である日本の将来が危ぶまれると思ったからです。そしてもう一つは、女性が生涯仕事を持って生きていくことが当たり前の時代になり、専門・技術を持って社会で活躍できる人材という意味で、理系女子が注目されてきたからです。
女性が仕事を持って生きていくことは国も推奨しています。私の周囲にも理系を選択し、専門的な仕事を持って楽しそうに生きている女性がたくさんいるので、その生き方をぜひお勧めしたいというのもありました。

学びの場.com長引く不況の中、女性が働かざるを得ない状況になってきている一方、若い女性の中には、専業主婦志向も出てきています。

美馬のゆり夫婦どちらか一人の収入だけに頼るのはとても危険だと思います。いつ勤め先が倒産するかわかりませんし、家計の担い手が病気や事故で働けなくなることだってあります。家庭を一人だけの収入で賄うのは、今の時代リスクが大きすぎます。
それに女性であれ男性であれ、何かしら専門を持って仕事をすることで、自己を成長させることができます。家庭内でも仕事を持つ者同士、議論し合えるような対等な関係は双方にとって大事だと思います。実は、私も大学卒業直後に専業主婦を経験しているのです。3か月しかもちませんでしたが(笑)。

学びの場.comでは、美馬さんがお勧めする“リケジョ的生き方”とは、どんな生き方を指すのですか?

美馬のゆりリケジョ、つまり理系女子とは理系出身の女子という意味ですが、私はそれに「リケジョ的」と“的”をつけました。ですから、理系出身の女子とは限定していません。また理系であっても、一人きりで閉じこもって、自分の好きな研究だけに傾倒しているオタクのような人はリケジョ的ではありません。私が考えるリケジョ的生き方とは、一つのことをじっくり納得がいくまで考え、そして、他人の意見にも耳を傾けつつ自分の考え方もシェア(共有)し、仲間と一緒に新しいものを創り出していくことができる生き方です。

学びの場.comその生き方は文系の人には無理なのでしょうか?

美馬のゆりそんなことありません。理系的とは、「論理的思考を備えた」という意味で、女子的とは「まわりの人を巻き込んで、仲間と一緒に新しいものを創り出す」という意味です。私の考えるリケジョ的生き方とは、この双方を兼ね備えた生き方を指しますので、文系の人も大丈夫です。
たとえば、私はよく仲間と一緒に美術館や博物館へ行きます。すると、各人がそれぞれの視点で展示を見るので、いつの間にか議論が始まり、自分とは違う他者の視点をお互いに知ることになります。そして「こういう展示の仕方を授業に活かすのはどうかな」といった新しいアイデアが生まれてくることもあります。
つまり、一人で考えているだけでは発想は広がりませんが、仲間と一緒にアイデアを出し合うことで、お互いが考えもしなかったような新しい発想が得られることがあるのです。変化の激しい時代を楽しく生き抜いていくには、既存のものや考え方に縛られていてはだめ。リケジョ的生き方は女子や若い人だけでなく、これからは老若男女、全ての人に必要なことだと考えます。

学びの場.comすると、リケジョ的生き方にはコミュニケーション能力も必要ですね。

美馬のゆりそうですね。まずは自分で考えて、その考えを仲間と共有するためには、その過程で自分の考えを論理的に整理して話す必要があります。コミュニケーションを円滑に進めるためには、相手の立場に立つことと、論点を整理してわかりやすく伝えることが必要です。

小学生も論理的文章の書き方を練習すべきです。

学びの場.com自分の意見を論理的に整理して相手に伝えるためには、どのような訓練が必要ですか?

美馬のゆり私は大学で、学生たちに実験レポートを書かせます。レポートを繰り返し書くこともよい訓練になります。私自身、学生時代は文章を書くのが苦手でしたが、何度も実験レポートを書いていくうちに、読み手を説得するのに有効な文章構成のフォーマットがあること、それに則って書くと文章もわかりやすくなることがわかってきました。レポートや論説文のような論理的な文章を書く訓練は有効ですね。これは書く力だけでなく、話す力にもよい影響を及ぼします。

学びの場.com小学生の頃からできる訓練はありますか?

美馬のゆり小学生にも論理的な文章を書く訓練が必要だと思います。これには、私がある読書感想文コンクールの審査員をした時のエピソードがあります。審査基準を知るため他の審査員の方々に一つ質問をしました。「私の息子が中学生の時、読書感想文の宿題に悩んでいたので、『ご冗談でしょう、ファインマンさん』を読んで、その中から自分がおもしろいと思った話を三つ抽出し、それらがなぜおもしろいかの共通項を見つけて説明すればいいとアドバイスしました。息子はその通りに書いたのですが、学校でこれは読書感想文ではないと言われたのです」と。そうしたら審査員の方々が「それはそうですよ」とおっしゃるのです。
彼らによると読書感想文の評価基準は、「その本を読んで、今の自分の生活や人生を振り返り、自分の明日が変わるという展開が好ましい。たとえば、いじめを受けてきたが、この本を読んだら、こういう生き方があるのだと気づかされた。だから明日から私はこう生きよう!」というものだと。
自分が読んだ本のおもしろさを抽出して伝える。ストーリーを明かさずとも、その本を思わず読みたくなるように解説する。そういう手法も感想文だと私は思います。国語の授業では情緒的な文章だけでなく、論理的な文章を書く訓練もさせた方がよいでしょう。それは、自分の意見を整理し、相手に正確に伝えるためのよい練習になります。

家庭教育で集中力、好奇心、論理的思考を身につけて。

学びの場.com現在、美馬さんが教える学生たちはリケジョ的ではないのですか?

美馬のゆりどうやら彼らは何か一つのことを集中して考えるということが苦手のようです。注意力が散漫なのでしょう。たとえばレポート提出の際、記述法が正しいかどうか、チェックリストを与えて確認させても、間違ったものが多く提出されます。「こうしてください」と具体的な指示を与えても、それが伝わっていないことが多いのです。

学びの場.com注意力が散漫になってしまう原因は何だと思われますか?

美馬のゆりある一定の時間、一つのことに集中する体験がないのでは? たとえば家庭で食事中にテレビをつけっ放しにしていたり、子どもだけでなく親もスマートフォンをいじっていたり。最近の家庭では何かをしながら他の事をするのが習慣になってしまっているのではないでしょうか。
家庭での時間にもメリハリをつけて、夕食なら夕食、テレビならテレビと一つのことに集中して取り組む習慣をつけた方がよいと思います。そして勉強の時間は、解けない問題や疑問に思ったことを、すぐ解答を見て納得するのではなく、とことん突き詰めて考えるのです。自分で解決できた時の喜びや快感、達成感を何度か経験した子は、じっくり考えるという姿勢が身につくと思います。

学びの場.comリケジョ的生き方ができる子どもを育てるためには、親の姿勢や家庭教育も非常に重要なのですね。

美馬のゆりそうです。父親・母親でもある教師の方は、まずは自分の子どもにリケジョ的思考を持たせるよう、まずは家庭内で実践してみてほしいと思います。
日本科学未来館の副館長時代に気づいたことですが、日本科学未来館の近くにあるテレビ局に遊びに来る親子連れは、未来館には来ませんでした。また、夜遅くに広いゲームセンターで我が子を野放しにして、親自身がゲームに熱中している姿をよく見かけました。
当時、彼らのような家族にも未来館へ来てもらうにはどうすればよいかと考えました。彼らに直接働きかけることは難しいので、そこで思いついたのが、教師などの知に関心の高い層に訴え、まずはそこの親子に足を運んでもらうことでした。そして子どもが未来館での楽しい体験を学校で話し、ゲームセンターで野放しにされていたような子どもにも届く。その子らが親に「連れて行って」とせがむ、という流れです。
教師の皆さんがご自分の家庭教育から見直して、親子で「なぜ? 不思議だね」と、知的好奇心いっぱいの生活を始めていただければ、家庭教育全体の充実につながっていくと思うのです。

学びの場.com美馬さんご自身も子を持つ母親ですが、我が子がリケジョ的生き方をできるように、家庭で実践されたことは何かありますか?

美馬のゆり家の中で子どもに意見を聞く時は、「うん」とか「あー」の返事だけでなく、きちんと言葉を使って親子で議論することです。我が家では、親子3人でソファに横一列に並んで座り、テレビのニュース番組を見ながら、各人がテレビに向かって文句を言っていました。「総理大臣のやり方はどうか?」とか「米大統領の発言はおかしい」とか。そして時々、互いを見ながら「それはそうだ」と同意したり、「私はこう思うけれど」と反論したり。テレビ番組をネタにして意見をぶつけ合っていました。物事を批判的に見て、意見をきちんと言葉で表現するということを、日常生活の中で自然とやっていたようです。

教師はオープンマインド、チームでよい授業をつくろう。

学びの場.com『理系女子(リケジョ)的生き方のススメ』執筆の動機として挙げられた、日本の中高生の理科離れの原因は何だと思われますか? 昨年3月に実施された「国際数学・理科教育動向調査」でも、「数学・理科を使うことが含まれる職業に就きたい」と答えた日本の中学生は参加国平均を大きく下回ったのですが。

美馬のゆりまず私が思うのは、小学校の教員養成制度の問題です。先日、小学校の教員免許を取得できる教員養成系大学に見学に行ったのですが、そこで「理数科目が苦手な人は?」と聞いたら、全員の手が上がって驚きました。中には、すでに教員採用試験に受かっている人もいて、これは大変だと思いましたね。
やはり授業は、教師が生徒と一緒に様々なことを探求していく姿勢が一番大事。教師自身が「おもしろい」と思いながら教えなければ、児童生徒が理科や算数・数学を好きになれるはずがありません。特に、数学や理科の概念をわかりやすく教えることはとても難しいので、小学校の教師の責任は重大なのです。それなのに、理数科目が苦手という人が多い。だとしたら、日本には大学や大学院で理数系を専門とした人がたくさんいるのですから、そういう人たちも小学校教師になれるようにすべきだと考えます。

学びの場.comすでに現場で教えている教師はどうすればよいでしょうか。

美馬のゆり海外の学校を視察して感じるのは、教師の皆さんがオープンマインドだということ。イギリスやアメリカでは教師の間に上下関係はなく、年上の教師でも何かわからないことがあれば、躊躇なく年下の教師に尋ねます。チームでよい授業をつくっていくために、議論をしたり考えたりということが自然にできていました。日本の教師も皆でわいわいと案を出し合いながら、子どもたちが食いついてくるようなおもしろい理科授業をつくっていってはいかがでしょう。私自身も大学で同僚たちとこれを実践しています。自分一人では到底出てこないアイデアがどんどん出てきて、創造的でおもしろいです。
そもそも理数系が苦手な教師は、まずはご自身が子どものような気持ちで科学に興味を持ってみてください。東京には科学館や博物館が充実していますし、地方であれば土日・祝日にリタイアした教師や研究者、技術者の人たちが科学のおもしろさを発見する実験教室などを開催していることがよくあります。地元の広報誌などで情報を得て、気軽に参加してみてください。

学びの場.com美馬さんご自身が教える立場で気をつけていることは何ですか?

美馬のゆり自分が今教えていることは、子どもたちにどんな力をつけるためのものか、ということを常に意識しています。その時の指針として非常に役立つのが、教育学者であるブルームの「タキソノミー(教育目標の分類学)」です。これは6段階に分かれており、「知識」「理解」「応用」「分析」「統合」「評価」となっています。知識を身につけ、その意味を理解することで応用し、出て来た結果を分析し、そしてさまざまな概念を組み合わせて(統合)新しいものを生み出し、価値ある評価を下す、ということです。今はこの中のどの段階に当たるのかを常に考え、最終的に評価まで行き着くような教育ができれば、子どもたちには将来生きていくために必要なスキルがかなり身につくと思います。

学びの場.comこのような論理的な目的の下に教えられた子どもには、リケジョ的な思考も自然と身についていきそうですね。

美馬のゆりそうあってほしいと思います。リケジョ的思考は誰にでも必ず役立ちます。日本では、受験が関係してか、すぐに自分が「理系」だ「文系」だと勝手に分類してしまうことが多いでしょう。児童生徒本人だけではなく、教師や親もそう見てしまう傾向があります。その結果、「理数は苦手、わからない」「リケジョ的生き方なんて、自分には関係ない」という人も多いと思いますが、それはもったいない。なぜなら、論理的思考を使って仲間とコミュニケーションをとりながら、新しいものを創造するということは、とても楽しい生き方だからです。どうか、まずは教師の皆さん、親御さんご自身が、リケジョ的生き方を実践してみてください。そうやって人生を楽しむ大人の姿が身近にあれば、子どもも自然とリケジョ的生き方に興味を持つようになると思います。

関連情報
『理系女子的生き方のススメ 岩波ジュニア新書730〈知の航海シリーズ〉』

『理系女子的生き方のススメ 岩波ジュニア新書730〈知の航海シリーズ〉』
美馬のゆり著/岩波書店/¥882(税込)
今の時代にこそ必要な“リケジョ的”見方・考え方・生き方を、リケジョの一人である著者が自身の歩んできた道を振り返りながら伝授する書。進路を模索する若者だけでなく、保護者、教師にも我が事として参考になる一冊。

美馬 のゆり(みま のゆり)

東京生まれ。ハーバード大学大学院、東京大学大学院、電気通信大学大学院修了。専門は学習科学、学習環境デザイン、科学コミュニケーション。公立はこだて未来大学の開学準備作業に携わり、2000年同大開学後は教授に就任。東京お台場の日本科学未来館の開館(2001)に際しても、総合監修委員会に参加。2003年10月から3年間、副館長を務めた。著書に『理系女子的生き方のススメ』(岩波書店)、『不思議缶ネットワークの子どもたち―コンピュータの向こうから科学者が教室にやってきた!』(ジャストシステム)、『「未来の学び」をデザインする―空間・活動・共同体』(共著、東京大学出版会)など多数。

インタビュー・文:菅原然子/写真:赤石 仁

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

ご意見・ご要望、お待ちしています!

この記事に対する皆様のご意見、ご要望をお寄せください。今後の記事制作の参考にさせていただきます。(なお個別・個人的なご質問・ご相談等に関してはお受けいたしかねます。)

pagetop