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教育インタビュー

2011.07.19
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長澤 悟 学校建築を語る。 地域を支え、心をつなぐ学校づくり

長澤悟さんは学校建築計画の第一人者で、東洋大学教授。先ごろ報告をまとめた文部科学省の「東日本大震災の被害を踏まえた学校施設の整備に関する検討会」でも座長を務めるなど、学校施設に関する同省の各種有識者会議の主要メンバーとして長く活躍されています。今回の震災で改めてその重要性がクローズアップされた「学校」という存在と、学校建築の在り方について語っていただきました。

「学校は、学校だ」

学びの場.com東日本大震災では、ピーク時に622校が避難所となるなど、改めてその重要性が認識されたように思います。先生はどのように受け止めていますか。

長澤 悟私は恩師である吉武泰水(やすみ)先生(東大名誉教授、建築計画学の草分け)から、2003年に亡くなる前に相談することがあって長電話した時、「学校は教育施設ではない。学校は学校としか言えない」と言われ、それ以来この言葉がずっと心に残っています。 単なる「教育施設」であるなら、教育機能を追求して、いかに効率的に運営できるか考えればよい。でも学校は、そんな単純な存在ではありませんね。誰しも日曜日の夜に「明日も学校が休みならいいな」と思った経験があることでしょう(笑)。そんな憂鬱な場所にもなりますが、学校は友達と会える楽しみな場。子ども達にとっては“やっぱり明日も行きたい”場所なのです。今回の震災でも、辛いニュースや写真ばかりが続いた新聞紙面に、学校再開に笑顔をはじかせる子ども達の顔が載っているのを見て、気持ちが本当に明るくなりました。そういう力を持つ学校の計画は、地域の人が集まってみんなが熱い思いを語りながら進めるものです。

ある小さな村の小中学校の学校づくりでは、夜の会合に晩酌をやった人達もいました。みんな勝手なことを言うのではないかと役所の人が心配してくれましたが、一杯飲んだ後でも来てくれることの方が嬉しいじゃないですか。こういうのは学校だから言えることだと思います。あらゆる年代の人々にとって、自分のものだと思える場。一言では言い尽くせない、みんなの心の拠り所となる存在。それが「学校」なのです。 そして、いったん事ある時は、みんなの足は自然に学校に向く。今回の震災でも、多くの人がまず学校に駆け込みました。学校は、地域の人々や子ども達にとって最後の砦ともなる頼られる存在であり、心の支えなのです。それだけに、津波で学校にいた多くの人が亡くなったことには心が痛みました。

学びの場.com文科省も最近、コミュニティーの中の学校という意義を強調しています。

長澤 悟去年スイスの学校を訪れる機会がありました。深い山の中に点在する学校のひとつで、「日曜日でもどうぞ」と言われ、行ってみますと集落の人がふたり待っていて、鍵を開け、嬉しそうに案内をしてくれました。子どもの数は1年から6年まで合わせて18人、先生ひとりという複式の極小規模校です。まさに「地域立」の学校で、統廃合して効率化するという発想はあり得ない。つまり、教育、学校の観方が違うのです。

 考えてみれば学校は本来、地域の文化を伝える場、地域の中で生きる術を教える場でした。地域の人が教えることに携わり、学校を維持し管理する。一方で、外から来る先生は、子ども達だけでなく地域の人達からも尊敬される。そういう状況は、日本でも昭和40年代まではありましたね。

安全は、開いて守る

学びの場.com学校の安全をどう守るか、ということも改めて課題になっています。

長澤 悟今年の6月に、大阪教育大学附属池田小学校の児童殺傷事件からちょうど10年目を迎えました。事件当時、「開かれた学校」が事件を招いたと言われました。でも学校を開くということは、無防備とは全く違うのです。 たとえば子どもの保護ということに厳しい英国の小学校を訪れたら、学校の門扉は閉められていないし、塀も蹴倒せるような木の柵でした。しかしこの柵にはとても重い意味がありました。この柵の中にいる大人はお互いに厳しく注意し合い、共通の意識を持って子ども達を見守る。柵の内と外は別世界なのです。施設任せは、時に油断を生む可能性があります。施設と人の意識が一体になって子ども達を守ることが大切なのです。施設だけで子どもを守ろうとすれば閉鎖的になるだけで、かえって人々の心が学校から離れてしまう。それに通学路の安全ということになれば、地域の人達の力がなければ確保できないでしょう。意識を高く持つことが大事なのです。これは災害に対しても同じです。

一方、「学校のために何かしたい」と思っている人、それができる人達はたくさんいます。学習ボランティアの活躍も盛んになっていますので、地域の人達の居場所となるサロンのような場所が学校にあるといいですね。いわば「学校サポータールーム」です。日常的に地域との関係を保っておくことが、緊急時の安心・安全や円滑な活動にもつながります。つまり「開いて守る」といった発想が必要ではないでしょうか。学校を開くことが、さらに積極的な地域との関係づくりにつながり、学習の面でもよい影響をもたらしてくれるはずです。

学びの場.com建物の安全性の面では文科省が、2015年度までのできるだけ早い時期に公立学校施設の耐震化を完了させる方針を打ち出しました。

長澤 悟この数年間、学校施設整備は耐震化を喫緊の課題として進められてきました。今回の震災では耐震補強された学校は潰れることはありませんでした。しかしまだ震度6強で倒壊の危険がある建物が約20%、1万棟ほど残っていますから、さらに急いで耐震化する必要があります。 その次に大きく控える課題が老朽化対策です。耐震補強された学校は、昭和60年以前に建てられた従来型の学校ですから、新しい教育に対応した施設・環境整備がまず課題となります。

キーワードは「協同」「協働」「共同」

学びの場.comなるほど、学校建築も教育の変革に対応していかなければならないと。

長澤 悟学校施設の在り様は、教育方法や学校活動に対して、直接にも、潜在的にも大きな影響を与えます。片側片廊下の従来型の校舎は、量的な整備が急がれた時代に一斉授業を前提にして作られたものです。現在求められているような、子ども達がグループで話し合って発表したり、先生方が協力し合って教えたりする学習活動に制約を与え、また抑制する力となってしまいます。 オープンスペースが広がった80年頃は、全国的に学校が荒れた後で、教育を変えなければという意識が国民的に広がっていたことが背景にあったと思います。教育を変える強い意志がなければ、学校建築も変わりません。

学びの場.comでは、これからは何が課題になりますか。

長澤 悟キーワードとして、三つの「きょうどう」を考えています。第一は、子ども達の「協同」。お互いの意見や存在を認め合いながら共に育っていくことです。自分の意見が受け止めてもらえることは、学習する喜びにつながり、自信にもつながります。 第二は、教師の「協働」。一人ひとりが頑張るだけでなく、学校の目指す教育目標を共有しながら、協力して子ども達を伸ばしていくことが求められています。学校は教師が協力し、組織として動き出すと、大きな変革のパワーを持つと思います。 第三は「共同」で、学校全体が「協同」「協働」をベースにして、地域も巻き込んで、「学びの共同体、育てる共同体」となることです。そのようなキーワードで教育や学校を捉え直していくことが必要です。

学びの場.com話は変わりますが、原発事故に伴う節電で、エコスクール(環境を考慮した学校施設)にも注目が集まりそうです。

長澤 悟文部科学省の進めるエコスクールには「やさしく造る」「賢く・永く使う」「学習に資する」というコンセプトがあります。その上に、「喜び」を加えたいですね。 私は今、地域の木を活かした学校づくりもテーマに取り組んでいるのですが、木を使う校舎に足を踏み入れた時、子どもだけでなく大人も嬉しくなります。地域の木でできていれば興味を持って、森林の保全や地球環境にも関心が広がります。居心地がよいだけでなく、施設自体が環境学習の教材になる、というのが学校のよさです。

学びの場.comそうして地域も巻き込んでいくのですね。

長澤 悟学校に対しては、みんな共通体験を持っていますから、意見が言いやすい。しかも建築という形で数年後には必ず成果が表れ、公共ホールなどと違って常にフル 稼働が約束されています(笑)。もちろん大人も含めて地域のみんなが、利用することができます。地域との「共同」をベースに、まちづくりの機会として、学 校づくりを活かしていきたい。それが「学校は学校だ」という学校を実現することになると思っています。

長澤 悟(ながさわ さとる)

東洋大学理工学部建築学科教授・木と建築で創造する共生社会研究センター(WASS)センター長。1948年神奈川県生まれ。東京大学工学部、同大大学院博士課程修了(工学博士)。東大助手、日本大学教授などを経て、99年より東洋大に。日本建築学会賞作品賞、同業績賞、日本教育研究連合会表彰など受賞歴多数。著書に『やればできる学校革命』(日本評論社)、『学校づくりの軌跡~福島県三春町の桃戦』(ボイックス)ほか。

インタビュー・文:渡辺敦司/写真:言美 歩

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