教育トレンド

教育インタビュー

2011.01.18
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滝井 章 若手教師の育成法を語る。 教師に一番必要なのは「感性」です。

滝井章さんは長年小学校教師として経験を積み、現在大学で教師の育成に携わっています。近年、大都市圏を中心に若手教師の増加、そして多忙化によりベテラン教師の指導技術が彼らに伝承されないという現象が生まれています。以前は、学校現場で身に付けていった教育理念、技術、実践力を、若手や新人教師にどう伝えればよいか、お聞きしました。

若手の育成まで手が回らないほどの多忙化

学びの場.com近年、学校現場の多忙化などにより、ベテラン教師から若手教師へ指導技術を伝える機会が少なくなっていると聞きます。長年小学校教師を務められたご経験から、実際どのような状況なのかをお聞かせいただけますか。

滝井 章確かに、現場の多忙化は顕著です。学校現場へ入ってくる段階の人たちの力量が落ちているとは思いません。大学の教育内容も昔からあまり変わっていませんし。以前と比較して一番変化が激しいのは、若手教師を受け入れる学校側が非常に多忙化している、という点です。  多忙化の原因の一つは、学校に課せられている役割がとても大きくなったことです。保護者からの問い合わせ、教育委員会から通知される調査や報告書の作成など。今はこれらの書類やデータを家に持ち帰れないので、教師は学校で膨大な仕事をこなすのに手いっぱいです。そうなると、若手の教師に指導や助言をする時間的な余裕も、そして心の面でのゆとりもありません。  そこに加え、もう一つの課題は若手教師の増加です。東京では、一つの学校にいる先生の半分以上が、その学校が1校目、という場合があります。通常、1校目の新人教師には、校務分掌をあまり割り振らず、なるべく学級の子どもたちと一緒にいさせたり、授業の教材研究を優先させてもらえたりしたのですが、今は新人や若手教師たちが学校行事などでイニシアチブを取らざるを得なくなっています。そのため、新人教師が学校へ入ってから伸びる部分の保障がなくなってきていると言えます。

学びの場.comそして、若手教師の休職や退職者も増えていますね。こうした多忙化はすぐに改善できるものでもないように思えますが、では若手教師を伸ばすための方法はないのでしょうか?

滝井 章学校現場へ入る前、つまり大学教育の内容を変える必要があると思います。これまでの教官から学生への通り一遍の教科教育法などではなく、教師にとって一番大切な「感性」を身に付けるための授業をしなくてはなりません。具体的には、学生に「子どもの視点で考えさせる」訓練をさせるような内容です。かつては教員になってから先輩に伸ばしてもらえたこうした部分を、どこかで保障してあげなければ、教師になろうとする学生がかわいそうです。教師として充実感を持って日々を過ごせなければ、本人もさることながら、その教師に習う子どもたちがもっと不幸ですから。

教師が感性を身に付けるためには…

学びの場.com教師にとって一番大切なのは感性とのお話でしたが、現場では具体的にどういった場面でそうした感性がものをいうのでしょう?

滝井 章たとえば朝、教室で登校してくる子どもたちを迎えますよね。その時、いつもより小さい声で「おはよう」と言う子がいたら、すぐに普段との違いをキャッチできるかどうか。授業中も「あ、あの子はまだここがわかっていないようだ」ということが瞬時に感じられるかどうか。こうしたちょっとした変化を感じられることが教師にとっては非常に重要です。そして気になる子が、教師によって元気を取り戻せれば、今度はそれを見ているクラスの子どもたちの中にも自然と優しさや思いやりが広がり、いい学級づくりにつながります。

逆に、感性がない教師が担任だった場合、子どもたちは「先生は自分たちのことをしっかり見てくれていない」とすぐに察知します。そしてだんだんと投げやりになり、学級経営は困難になります。授業でも、子どもの「なぜ?」「どうして?」をすくいとれないため、子どもが学ぶことを楽しめず、学級崩壊などにつながる可能性があります。

学びの場.comなるほど。感性は教師の生命線ですね。そうした感性を身に付けるために必要なのは「子どもの視点でものを見る」訓練とのことでしたが、具体的にはどのような方法があるのですか?

滝井 章私の場合、算数科指導法の授業などで、「この問題を出した時に、子どもたちはどんな解き方を考えるだろう」ということを学生に考えさせ、何通りも解き方を出させます。実際の学校現場でも、授業準備ではそういった視点が大切になってきますから、学生時代に体験させておけば、教師になってからもすぐに役立てられると思います。  ほかにも美術館や音楽会に積極的に行かせ、画家や作曲家の考えを想像する、ということをやらせます。美術館で絵を前にしても、その画法を見て授業に生かそうとしてしまいがちですが、そうではなく、まずはその絵を見て、画家は一体この絵で何を表現したかったのか、どこを重点的に描きたかったのか、ということを、画家の立場に立って想像してみることを薦めています。音楽会でも、プログラムを見ないで曲を聴き、自分が作曲家だったらどんな曲名をつけるかを考えて、聴き終わってから実際の曲名を見てみることを薦めています。  こうしたことが相手の立場に立ってものを考える訓練になり、ひいては感性を身に付け、磨くことにつながります。講演会などを聞きにいくのもよいでしょう。特にクリティカル・シンキングのできる人の話や、これまで自分がまったく興味のなかった、または知らなかった分野の人の話を聞くと、新しい視点や発想を身に付けられるのでとても有益です。

学びの場.com滝井さんご自身はそうした感性をどのように身に付けられたのですか?

滝井 章私は大学時代に苦情処理のアルバイトをしていました。そこで、まずは客の話を一度受けとめて、それから客の立場に立ちながら必要事項を伝えることが大事だと学び、相手のことを考える感性が鍛えられたと思います。  学校での子ども同士のけんかや、保護者からの苦情に対しての対応も同じです。それぞれの言い分を一度すべて聞き、その後こちらから話をするのが基本。そうすると保護者は、自分の話を聞いてもらえた、理解してもらえたという安心感を持ち、こちらの言うことも気持ちよく聞いてくれます。  そうした姿勢で学級経営をしていると、子どもたちは学校が楽しくなります。学級通信をたくさん出すよりも、私は子どもたちが一番の学級通信だと思っています。学校が楽しければ、子どもは家に帰った時に「今日こんなことがあった。この授業が楽しかった」と保護者に話しますよね。保護者はそうした子どもの話を聞き、様子を知ることで、「ああ、担任の○○先生は子どものことをよく見てくれている」と思い、信頼につながります。

授業を見せることが一番の育成法

学びの場.comすでに現場に入った若手教師たちは、感性を身に付ける、または磨くために何をすべきでしょうか。

滝井 章ベテランの教師たちの授業を見ることが一番です。授業にはその授業者の精神、哲学、人間性が必ず表れるので、見て学べることはとても多い。できれば、クラスづくりの段階の時期(年度初め)から見ることをおすすめします。以前、私の授業を見に来た方に「あの教材を使えば、子どもたちが生き生き学習するのか」と言われたことがあります。教材も大切ですが、実はもっと大切なのはクラスづくり。授業の中でも、ノートを書き終わるまで待ってあげるとか、自信なさそうな子に「もう一度言ってごらん」と励ましてあげるとか、そういうところを見てほしい。そうやって子どもたちとの信頼関係を築いてきた積み重ねがあるから授業も活発になっていたわけで、教材が第一なのではありません。

学びの場.comあるベテランの教師が「自分が学んできた技術などを若い教師に伝えたいと思っても、なかなか受けとめてもらえない」と言っていました。

滝井 章教師として成長したいと思っていなければ、授業も見ないでしょうし、アドバイスも受けとめようともしないでしょう。  私は昔、てんぷら屋さんのカウンターでてんぷらを食べた時、とてもおいしかったので作り手にそのことを伝えると、「お客さんだって、ここで揚げていれば上手になるよ」と言われました。つまり、カウンターの中にいれば、客の満足そうな、または不満そうな表情が見える。客みんなが笑顔になって帰っていくことを目指して頑張るから、必然的に腕も上がっていくのだと。教師もまったく同じだと思います。授業を受けた子どもたちが「楽しかった!」という表情をしてくれることが、教師の喜びです。その表情を引き出したいと思えば自分も成長しようと思えるのです。教師にとっての教師は子どもたちです。

学びの場.comなるほど。徹底的に子ども中心に考えることが大事なのですね。さて、新学習指導要領では、教える内容が増えることで、これまで以上に教師が多忙化するのではないかと危惧する声もあります。

滝井 章前回の改訂では、子どもたち自身がじっくり考える時間を作るために、ゆとり教育を目指しました。ですが、それができなかったから今度は教える内容が 増えた、という発想では、また詰め込み教育に戻る危険性があります。今回の改訂で教師に求められているのは、「人に言われた通りに、教科書にある通りに、 内容は全部教える」というのではなく、教師自身が主体的に「子どもたちにどんな力をつけたいから、何を教える」を見定め、そのためには「教科書のどの部分 を使うか? どこに重きをおくか?」ということを考えて教育課程を組み、年間指導計画を立てることです。  教師が主体者となって教えなければ、子どもたちが主体的に考える力、つまり前回の改訂に続き、今回の改訂でも強調されている「生きる力」は身に付 きません。これができないと、また10年後に内容を減らしましょうということになりかねない。教師自身にきちんとした教育理念があれば、指導要領が変わっ ても、教える内容が変わっても、授業づくりの視点は揺らぎません。教師志望の学生は大学の授業で、もう現場に入っている若手教師は授業見学などで、教育理 念を自分なりに形成し、今回の指導要領改訂というこのチャンスを、自信をもって生かしてほしいと思います。

滝井 章(たきい あきら)

25年間の公立小学校教諭を経て、2009年より國學院大學人間開発学部教授。これまでに、学習指導要領小学校算数解説作成協力委員、文部科学省教育課程実施状況調査小学校算数問題作成委員および分析委員、TIMSS国際調査協力委員などを務める。また、算数のおもしろさを伝えるために、NHK教育テレビ「わかる算数4年生、5年生、6年生」「わくわく授業」などにも出演。各地での研究授業や講演の講師も務めている。教科書『たのしい算数』(大日本図書)、『クラスを育てる算数授業』(東洋館出版社)など著書も多数。

インタビュー・文:菅原然子/写真:言美 歩

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