教育トレンド

教育インタビュー

2008.11.04
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NHKドラマ『瞳』作者・鈴木聡 家庭・地域教育力の今を語る 魅力的な大人は、子どもに背伸びをさせます。

『瞳』はNHK連続テレビ小説としては珍しく、里親制度を題材にした社会派ドラマ。東京・月島を舞台に、子どもたちを巡る現状や家族の在り方を描き、好評を博しました。脚本を担当された鈴木聡さんに、取材・執筆を通して見えてきた昨今の家庭・地域における子育てや教育問題などについて語っていただきました。

家庭教育は「普通のこと」の積み重ね

学びの場.comNHK連続テレビ小説『瞳』では、里親制度が取り上げられました。取材などで見えてきた現在の日本の家庭教育の現状についてお聞かせいただけますか。

NHKドラマ『瞳』作者・鈴木聡東京都には、養子縁組を目的とせず、親と暮らせない事情のある子どもを里親が預かり家族同様に育てるという「養育家庭制度」があります。ドラマを書くにあたり、実際にその説明会や、里親を経験された方の体験発表会などに行ってお話を伺いました。  現在東京都だけでも、家庭で生活できない子どもが約3,900人もいるんです。お母さんが子育てに自信が持てなくなって預けたり、子育てよりも自分の生活を大事にしてしまい、子育てを放棄したり、という例は増加しているようです。こうした子どもたちを施設ではなく、一般家庭で育てるのが里親制度です。  『瞳』では、自分たちの子育てを終えた夫婦が里子を育てていますが、妻が急に亡くなり、もう里親ができなくなるというときに、孫娘の瞳が来て、祖父と一緒に里親をする、というストーリーにしました。実際、自分の子育てを終えた夫婦や、子どもが持てない30代くらいの夫婦などが里親になることを希望するケースが多いようです。

学びの場.comなぜこの制度は一般家庭で育てることを重視しているのでしょう。

NHKドラマ『瞳』作者・鈴木聡一般家庭で育つことで、自分が将来家庭を持つときに、具体的なイメージを持てるからです。施設では親子で入浴したり、夕飯の献立をその日に考えて買い物に行くような経験はなかなかできないので。里親制度の説明会でも、担当者が「一般のご家庭でする普通のことを普通にしてください」と何度もおっしゃっていましたね。

学びの場.comドラマの中で主人公・瞳が、自分が幼い頃に離婚した両親に向かって言うセリフ「家族はほうっておいてはできない。努力して作るものなんだよ」が大変印象的でした。

NHKドラマ『瞳』作者・鈴木聡そうですね。里親家庭では、一人ひとりの子どもと家族の絆を作っていかなくてはならないので、血が繋がった親子よりも頑張るんです。ドラマの中で勝太郎は、毎日ご飯を作って一緒に食べることで、家族の土台を築いていました。だから瞳にも、ちゃんと帰ってきてご飯を作れとか、帰ってこられないときは事前に伝えなさいと言うわけです。それでケンカになったりもしますが、勝太郎にはそれが家族なんだ、という信念があるんです。

学びの場.com家庭教育とは、そういった普通のことを日々積み重ねていくこと、ともいえますか。

NHKドラマ『瞳』作者・鈴木聡そうだと思います。里親制度の担当者の方が、何度も「普通のことを普通に」と繰り返していたのは、逆に、今はそうしたことが一般家庭でできにくくなっている、ということなのかもしれませんね。

コミュニケーションの基本は場の共有

学びの場.com鈴木さんも毎日ご家族で食事をなさるのですか。

NHKドラマ『瞳』作者・鈴木聡芝居や放送に関わる仕事をしているので、普段はほとんど家で食べることはできません。でも、このドラマは家で書いていたので、その間はほぼ毎日自宅で妻と息子と一緒に夕飯を食べました。  これがよかったんですね。そんなに特別なことなんて話していないんですよ。中学生の息子の部活の話を聞いたり、僕の仕事のグチを聞いてもらったり(笑)。あとはテレビのお笑い番組を見て「おお~、このコンビ、実はすごいな」と言い合ったり。他愛のないことですが、こうやって普段から場や空気を共有することが大事だと思いました。それができていないと、いざじっくり話し合わなければならないような問題が生じたとき、全然話せないんじゃないかなあ。

学びの場.com普段からのコミュニケーションが大事なのですね。コミュニケーションといえば、一本木家の里子の友梨亜が、内向的で心を閉ざしがちな友人に積極的に関わっていくシーンがあります。

NHKドラマ『瞳』作者・鈴木聡今は、友達と表面的な付き合いしかしようとしない子が増えていると聞きます。人間関係を築くときって、こちらが傷つくリスクが必ずありますよね。そのリスクを避けているのだと思います。でもやっぱり、傷つくリスクも承知の上で、人は人と深く付き合っていかなければ、人生つまらない。挨拶をするだけではなくて、朝まで酒を飲むくらいの仲になったほうが断然面白いでしょ(笑)。

学びの場.comそうした関係性はどうすれば築けるでしょうか。

NHKドラマ『瞳』作者・鈴木聡そこまでの深い付き合いになるためには、一緒に一つのものを作り上げていくのが一番です。僕の場合は、芝居やテレビドラマですし、『瞳』の中ではダンスがそうです。そのほかスポーツでも仕事でも、同じ目標に向かって頑張った仲間とは、苦労を共にした達成感から心が一つになり、とても強い結び付きが生まれます。それに、言葉では伝えきれない複雑な感情も、体を一緒に動かすことで表現し合えたり、わかり合えたりするんです。  学校の先生方も、今は小さなことですぐに親が学校に怒鳴り込みにくるから、真正面から生徒たちとぶつかっていきにくい状況なのかもしれませんが、学校でこそ保身にならず、子どもたちとも深く関わっていってほしいものです。

子どもの周りにたくさんの魅力的な大人を

学びの場.com『瞳』の中では、一本木家のご近所さんたちが何かと世話を焼いて一緒に子育てをしていました。非常に地域教育力が高いですね。

NHKドラマ『瞳』作者・鈴木聡『瞳』は月島の長屋が舞台でしたから、自然と隣近所も一緒に子育てをしていました。町全体で子どもを育てていると、親にも子にも、安心感があると思います。  僕は昭和34年生まれで西荻窪で育ちました。小さい頃はコンビニもスーパーもなくて、ちょっとしたお使いでも必ずお店の人と何か話さなくては物が買えませんでした。タバコ屋に行けば、そこのおばさんに「あら聡ちゃん、おばあちゃん具合悪かったみたいだけど大丈夫?」と聞かれる。肉屋でも、魚屋でもそう。いちいち話さなくてはならないのは面倒くさいけれど、それが当たり前の時代でした。こうやって地域の誰もが自分のことを知っていてくれたから、外でも安心して遊べたのだと思います。  それに、家族に何か問題が起こったときでも、親子だけではストレートで感情的になりがちなところを、近所のおじさんやおばさんが一枚かんでくれることで、いったん冷静になり、うまく解決する、ということがあります。『瞳』の中では勇次郎やウメといった同じ長屋の人々がその役割を果たしていましたね。

学びの場.com今は、隣の家の人の顔も知らない、ということが当前のようにありますが、どうすれば地域とのつながりは生まれるでしょうか。

NHKドラマ『瞳』作者・鈴木聡たとえばお父さんであれば、地元に行きつけのバーを持つとかね。僕も最近地元でよく飲むんですが、そこで友達になった人と映画を観にいったりするんですよ。あとは今、地元が大事、という流れがわりと出てきていますから、親子で地元の行事に参加するというのもいいと思います。案外身近なところから地域との結び付きは作れますよ。

学びの場.comそういった地域や大人の中で、子どもはどのように成長していくのでしょう。

NHKドラマ『瞳』作者・鈴木聡身近な大人や、大人の世界が魅力的に見えれば、子どもはそこに少しでも近づきたいと思って頑張りますし、それが成長につながるのだと思います。  僕は中学生の頃から先輩に教わったジャズを聴いていましたが、ジャズって初心者には全部同じに聴こえるんですよ。でも我慢して聴いているとだんだん違いがわかってくる。大人の世界はちょっと頑張らないと楽しさがわからないですよね。その世界を知りたいとか、ああいう大人になりたい、と思ってする“背伸び”は必ず成長につながります。  だから、子どもにはできるだけいろんなジャンルの大人に出会ってもらいたいですね。親はその機会を作ってあげたらどうですか。たとえば自分の友達を自宅に呼んで家族ぐるみで付き合うのもいいでしょう。

学びの場.com魅力的な大人にはどうすればなれますか。

NHKドラマ『瞳』作者・鈴木聡自分の仕事にプライドを持っていることが大事だと思います。「俺はこれにかけているんだ」というくらいに。みんながみんな好きな仕事に就けているわけではないので、難しいかもしれませんが、「この仕事はいやいややらされているんだ」という疲れた大人を見ても、子どもは魅力を感じません。今はまず、お父さん、お母さんが子どもから少しでも憧れられる大人になることが大事だと思いますよ。  そしてもちろん学校の先生も! 先生方には、自分が教えていることが、どれだけ面白いかを子どもたちに伝えてほしいと思います。「歴史ってこんなに面白いんだよ」と先生が嬉々として授業をすれば、子どもたちも自然と勉強するようになるでしょうし、そうやって楽しんで教えている先生自身の魅力を、子どもたちは絶対感じ取るはずですよ。

関連情報
NHK連続テレビ小説『瞳』 (2008年4月~9月放映) 東京・月島で洋品店を営む一本木勝太郎は養育家庭として、親と暮らせない事情のある3人の里子を育てている。一人娘の百子とはある出来事を機に17年間絶縁状態。ある日、妻が急逝し、養育家庭の要件を満たせなくなった勝太郎は、葬儀の席で17年ぶりに再会した20歳の孫娘・瞳に里親の補助者を依頼。ヒップホップダンサーを目指す瞳は悩みながらも、里親としての第一歩を踏み出すことに。

鈴木 聡(すずき さとし)

1959年東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部在学中に”演劇集団てあとろ'50”にて脚本・演出を担当。卒業後、博報堂にてコピーライター、クリエイティブディレクターとして数多くのCMを制作。1983年、劇団サラリーマン新劇喇叺屋(現ラッパ屋)を結成、主宰。身近でリアルなコメディを提供する脚本家として、映画、テレビドラマ等幅広く活動している。第41回紀伊国屋演劇賞個人賞受章。NHK連続テレビ小説『瞳』は、『あすか』(’99年10月〜放送)に続いて二作目。

写真:柳田隆晴/インタビュー・文:菅原然子

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