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教育インタビュー

2021.08.23
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東京都杉並区 探究学習を支える学校図書館と学校司書

第51回学校図書館賞を受賞した、学校図書館サポートデスクの支援活動とは?

学校図書館の発展を目的に、学校図書館の振興に業績を示した個人や団体を顕彰するために創設された「学校図書館賞」。第51回は、選考委員全員一致で、杉並区立済美教育センター学校図書館支援担当の実践「杉並区の学校司書配置の成果と杉並区立済美教育センター学校図書館サポートデスクの活動」が受賞した。2012年度から全ての区立小中学校計63校へ学校司書(週5日・1日6時間勤務)を配置し、毎月学校司書研修を行っている杉並区。その中心を担うのが、済美教育センター学校図書館サポートデスクで、正職員の係長を含む5名のスタッフが担当。具体的にどのような支援が行われているのか、学校図書館支援担当係長の奈良氏、元小学校教員で週1回勤務、全国学校図書館協議会学校図書館スーパーバイザーの福田氏、学校司書数名に取材することができた。

他の自治体を凌駕する手厚い支援活動

杉並区立済美教育センター学校図書館支援担当係長 奈良 史香氏

学びの場.com

―学校図書館サポートデスクとして、学校司書へどのような支援を行なっているのか教えてください。

奈良氏

月1回の定例研修、年6回程度の選択研修などの企画や運営を行っています。購入図書や除籍図書の選定相談、学校図書館システムの操作相談、館内のレイアウト相談、学校図書館を活用した授業実践への助言・見学などが主な支援内容です。また、学校司書から毎月提出される「学校図書館活動報告書」で授業との関わり方など日々の活動を把握する体制を整えています。電話や学校図書館システム上でのメールなどによる相談も随時受け付けています。

学校ごとに異なるニーズに対応できるようサポート

学びの場.com

―購入図書について、サポートデスクが推薦図書や、古いので除籍すべき図書、不適切な図書などのリストを示しているのですか。

奈良氏

購入図書については各学校の校長決裁で、サポートデスクはリストのようなものは一切作成していません。杉並区では、学校の主体性を重視しており、標準服もなく私服の学校もあるし、校外学習に行く場所も学校によって異なります。学校図書館に置く本の選定基準や廃棄基準も各学校で作成しています。

学校司書が配置されたばかりの頃は、本棚の配置やラインナップが古いままなので相談に乗って欲しいという依頼が多くあったようです。

福田氏

研修では選書をテーマとすることもあります。とはいえ “この本を入れるべき”というものではなく、同じテーマの本をいくつか比較したり、同年度に発行された本の中から数種類比べたりして選書眼を鍛えるというものですね。

杉並区学校司書ハンドブック

学びの場.com

―毎月「活動報告書」を提出するということでしたが、学校司書はサポートデスクに所属し、各校に派遣されているのですか。

奈良氏

教育委員会が直接雇用しています。サポートデスクは、学校司書を支援する役割です。各校への訪問の際には、校長、副校長に学校司書活用の働きかけもしています。民間業者からの派遣だと、上長はその企業になりますが、杉並区では学校の一員として、学校経営方針のもとで働くことを重視しています。

学びの場.com

―「学校司書ハンドブック」の内容を紹介いただけますか。

奈良氏

これはサポートデスクのスタッフが半年かけて手作りしたもので、令和2年4月に完成し、配布しました。今年度も学校図書館システムの更新に合わせて改訂し、学校司書研修の場で説明しました。図書資料の選定・廃棄の考え方、修理、環境整備、教育活動の支援、著作権、学校司書の勤務条件など、学校司書として携わることをほぼ網羅しています。“困ったらこれを読んでね”という存在です。製本せず、ファイルに綴じてあり、内容は毎年少しずつ更新して入れ替えていく予定です。

多彩で実践的な研修

選択研修「自立した読み手を育てる」講座の様子

学びの場.com

―学校司書研修では読書活動や授業支援の手法から、ICTの活用までプログラムの内容が多岐にわたっていますが、どのように企画されているのですか。

奈良氏

学校教育に求められる最新の情報をキャッチし、「合理的配慮」や「LGBTQ」など、時代に沿ったテーマを重視しながら、プログラムを企画しています。また年度末に学校司書へアンケートをとっており、そこからの意見も反映させています。近年では著作権が問題になりやすいため、タブレット端末に取り込んでいいかなど、授業中の本の適切な活用方法への指導についても注力しているところです。

学びの場.com

―今年度は、コロナ禍により学校司書研修にも大きな変更があったと聞きますが、どのように運営されているのでしょうか。

奈良氏

杉並区では小学校40名、中学校23名の学校司書が在籍しています。今までは63名全員が一つの会議室で研修を受ける回もありましたが、密となってしまうため、現在では3チームに分け、別々の日に開催したり、オンラインやオンデマンド形式で実施したり、工夫しています。講師がいる会議室を撮影し、それを別の会議室に同時中継することもあります。

2020年3~5月の学校休業中は、研修会も中止し、子ども向けの本の推薦文を書く、授業で使えるWebサイトを調べるといった課題を出しました。

学びの場.com

―講師はどのように依頼しているのですか。

奈良氏

学校図書館支援担当の中には、学校図書館に関連する組織に所属したり、外部の研修講座に参加したりするスタッフもおり、そこから情報を得て講師を選定し、年度末から講師交渉を始めています。

学びの場.com

―学校司書が週1回ずつ各校を巡回しているといった自治体も少なくありません。杉並区が予算を確保し、学校司書を全校に配置し、手厚くサポートする体制が整えられたきっかけがあるのでしょうか。

奈良氏

杉並区では2000年から全国に先駆けて「ブックスタート(全ての赤ちゃんと保護者が本を通して楽しく温かい時間を持つきっかけ作りを応援する運動。0歳児健診の時などに自治体が絵本を配布する)」をモデル実施するなど、本に親しむ素地がありました。子ども読書年や子どもの読書活動の推進に関わる法律をきっかけに学校図書館を充実させようという機運が高まったのではないかと思います。

「探究型学習」を支援するGIGAスクール時代の学校図書館

学びの場.com

―今や1人1台端末が配布され、インターネットで何でも簡単に検索できる時代ですが、学校図書館の存在はやはり大きいのでしょうか。

福田氏

図書資料は印刷物であり順次古くなるものなので、インターネットも上手に併用することが有効な情報検索方法であると思います。一方で、インターネットの情報は正確だとは限りません。また、大人にとって簡単に理解できる内容であっても、子どもには難しい表現や言葉であることも少なくありません。正しい情報かどうかや、自分にとって適切な情報かどうかの判断方法を教えることも、今後教育現場で大事なポイントと言えるでしょう。

本やパンフレットから情報を集め、まとめカードを作って情報を整理するといった体験が土台にあると、パソコン上でもうまく情報を扱えます。

学びの場.com

―杉並区では、児童生徒用タブレット端末に「図書館」というアイコンを作ったそうですが、どのように活用されているのでしょうか。

奈良氏

「ようこそ図書館へ」というアイコンをタブレット端末に入れており、学校図書館の蔵書検索ができます。たとえば「SDGs」に関する本は学校図書館内に何冊ぐらいあるのか、その中で自分が使えそうな本はどれかということも、教室にいながらにして検索可能です。子どもにとってより学びやすい環境になりましたね。

杉並区立済美教育センター 学校図書館支援担当、全国学校図書館協議会学校図書館スーパーバイザー 福田孝子氏

学びの場.com

―「主体的、対話的で深い学び」につながる学校図書館のあり方についてお聞かせください。

福田氏

学校図書館には「読書センター」「学習センター」「情報センター」という3つの機能があります。この3つをインフラとして有効に機能させるには、情報のプロである学校司書の存在が欠かせません。この「情報」には、紙の資料も電子資料なども含まれます。文部科学省が推進しているように、これからの時代に求められるのは単なる知識の詰め込みではなく、子どもたち自身が思考しながら、問題解決能力を持って学びに取り組める体制づくりです。探究型の学習で、子どもたちが自分で課題を設定して、解決していく学びの支援をしていくのが学校図書館の大きな役割ではないでしょうか。

教員が資料を活用した豊かな授業を行うためにも、子どもが主体的に学ぶためにも学校の図書館が充実していることが不可欠です。それには資料そのものの充実と、学校司書の存在が大きな柱となります。学校図書館は“読書の場”というイメージを持たれがちですが、学習センターや情報センターとしての役割や、教育に寄与するという目的もあることをもっと重要視すべきですね。

学びの場.com

―杉並区の学校図書館や学校司書に対する支援体制に対して、福田さんはどのような印象を受けられますか。

福田氏

サポートデスクは大変フラットな組織で、各スタッフが知恵を出し合いながら、学校司書をサポートしている体制が印象的です。私が関わらせていただくのは週に一回程度ですが、それぞれの個性やアイディアを取り入れ、これまで以上に学校司書を支援できるように貢献したいと思います。

学校司書インタビュー

学びの場.com

7月29日に開催された選択研修「自立した読み手を育てる」講座に参加された学校司書の皆さんに話をうかがった。

質問1

やりがいを感じるのはどんな時ですか。

  • 子どもに本を薦めて「面白かった」と言ってもらえた時ですね。また授業支援を行なった時に先生から「資料がとても役立った」などの言葉にもやりがいを感じます。
  • 図書館便りに載せた本が「面白かった」と言いに来てくれたり、図書館に来ると落ち着くと言われたりする時です。また子どもの成長過程を継続して間近で見られることもやりがいの一つです。学齢が上がるにつれて、できることが増えていくので、こちらからの働きかけも積み重ねていけることが学校ならではの面白さですね。
  • 読書が嫌いだった子に本を紹介して「本ってすごく楽しい!」と言ってもらえる時ですね。中には「宝物のような一冊に出合えた」と伝えてくれた子もいました。
  • 生徒の興味関心に寄り添った結果、生徒の学びを広げ深めることができたと感じた時です。卒業してから訪ねてくれて、学校図書館で出会った本や調べ方が、高校生になった今でもとても役立っていると言われました。
  • 学校図書館の資料を使ってもらって、授業に役立っていると実感した時です。さらに先生と協働で授業を作り上げた時はもっとうれしいです。
質問2

印象に残っている研修を教えてください。

  • 教科書に掲載されている作品の写真家が招かれた回が印象に残っています。本を読むだけでは得られない、作家ならではの言葉や面白いエピソードが聞け、さらにそれを生徒にも伝えられたので貴重な研修でした。
  • 出版されたばかりの本を参加者が評価するという研修が印象に残っています。他の方の感想や意見を聞ける機会はなかなかないので、深い学びとなりました。
  • 特別支援学校の先生が招かれた研修が印象的でした。個に応じた支援をするという仕事は、それまであまり知る機会がなかったので大きな学びとなりました。特別支援学級でのお話会や、識字障害の子が図書館に来た時にも対応できるようにしたいです。
  • どの研修も実りがありますが、東京都立多摩図書館や国際子ども図書館を訪問したのは、とても有意義な体験でした。様々な図書館を知り、その役立て方を学びました。
  • 著作権の研修が「奥が深いなあ」と印象に残っています。知っているようで曖昧だったことを、学校の先生にきちんと言葉で説明できるようになりました。授業支援報告会などの研修は、司書同士の情報交換の機会にもなり、お互いに刺激を受け合っています。
  • 読書会の研修が印象に残っています。研修では私たちが子ども役でしたが、学校でそのまま実践できました。
  • 授業支援の事例報告会では、今まで気付かなかったやり方や有効な図書、Webサイトを知ることができ、日々の業務に生かしています。
記者の目

学校司書に話をうかがったところ、「子どもと本をつなげる楽しさ」を主張する人が多いのが印象的だった。これも多彩な研修をはじめとする、学校図書館支援体制の活動が深く影響していると考えられる。こうした杉並区の実践ノウハウや研修プログラムは、他の自治体からお手本として注目が集まるに違いないだろう。

取材・構成・文・写真:学びの場.com

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