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教育インタビュー

2016.09.21
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田中俊之 男性学を語る。

教員には、土日は休んで教員以外の世界を広げてほしい。

『男が働かない、いいじゃないか!』という刺激的なタイトルの本をご存知ですか? 男性が男性である故に抱える問題に着眼した「男性学」の研究者、田中俊之氏の近著が、昨今、注目を集めています。男女共同参画社会の実現が急務とされる中、男性学の視点から働き方を見直し、多様な生き方を提言しているのが田中先生です。男女共同といえば、教員の職場は、男女雇用機会均等法が施行されるずっと前から男女平等。「夫婦共に教員」も少なくありません。教員達こそ男女共同参画社会のモデルになる? そして今、教員に求められることは?

男が男である故に抱える問題

学びの場.com始めに男性学の成り立ちと、その背景から教えてください。

田中俊之男性学の前にお話ししておかなくてはならないのは、ウーマンリブと女性学の登場です。日本では1970年代ですが、その背景には、女性が差別されている明白な現実がありました。当時、女性は結婚したら退職するのが当たり前でしたし、入社前から雇用条件で差別されていました。女性が女性である故に抱える問題や差別の実態と原因を明らかにし、解決策を模索してきたのが女性学です。  80年代になると、ジェンダーという言葉が聞かれるようになります。女らしさは生来のものではなく、社会によって作られたものである。同じように男らしさも社会が作り出したものであるという考え方です。この認識から、男性が男性である故に抱える問題や差別について考える「男性学」が立ち上がってきました。

学びの場.com男性が男性である故の問題とはどんなものでしょうか。

田中俊之一番身近で大きな問題は、働き過ぎです。今でも定年まで働く女性は少なく、職場差別の現れと言えますが、裏返すと、定年まで働かない男性は珍しい。つまり、定年まで働かない男性は普通じゃない、と見られるわけです。例えば、私は『男が働かない、いいじゃないか!』なんて本も書いていますが、男性は「もう仕事を辞めたいな」と思っても辞められないのが現実です。  今の社会では、家庭を持った男に仕事をしないという選択肢はありません。それも非正規雇用ではダメで、正社員、フルタイムで40年以上働くのが「当たり前」。しかも労働基準法では1日8時間、週40時間が原則で、それ以外は時間外手当が支払われることになっていますが、これはサラリーマンの感覚から完全にズレています。1日8時間週40時間は最低限で、それ以上働くことが常識化しています。これが働き過ぎ問題の基底にあります。

今、なぜ「男性学」なのか?

学びの場.com男性の長時間労働の問題は以前から指摘され続けてきました。それが今またクローズアップされているのはなぜでしょうか?

田中俊之それは平成26年度内閣府の「男女共同参画白書」に、初めて男性側の問題が特集されたことに、よく表れていると思います。男女共同参画基本法が制定されたのは1999年ですから、ようやく男性側の問題に着目したわけです。  白書の序文にこう書かれています。一つは、製造業、建築業など男性労働者をかつて大量に雇っていた産業が衰退していること。もう一つは、全産業において男性の給料が下がっていること。この2点でわかるように、一家の大黒柱としての男性は今、大ピンチなわけです。40年間フルタイムで働ける雇用先が減った上に、給料が下がっているのですから。もっとも重要な点は、それでも男性がフルタイムで働いて家族を支えるべきという「男性稼ぎ手モデル」が変わらないことです。これは男性にとってかなりシンドイ状況でしょう。

学びの場.com「男がつらい」状況ですね。

田中俊之生きづらいです。日本の男性の人生には「卒業⇒就職⇒結婚⇒定年」という道があり、この道を歩むことが「普通」でした。実際、男性が定年まで必死に働けば家族皆が食べていけたので、辛くても、自分の人生を仕事とトレードする価値があったと言えます。ところが今、男性はかつての「普通」や「当たり前」と言われる人生を歩むことが難しい。真面目に働いた所で、いつ非正規になるかわからないし、給料は上がらない。そんな仕事に人生捧げて働く価値があるのか、コミットする意味があるのか? という悩みを抱える人々に、男性学が大いに響いているのだと思います。

学びの場.comそもそも男性が「定年まで正規でフルタイムで働くのが当たり前」となったのは、いつ頃からでしょうか?

田中俊之性別役割分業の歴史を振り返る必要があります。高度経済成長期以降、人が会社に雇用されて働くようになると、職住分離が始まります。男は職場、女は家庭です。性別役割分業が顕著になり、経済的な基盤がしっかりしていますから、またそれが機能するわけです。男の役割は外で働くことであり、仕事が評価の対象になります。現在、イクメンがもてはやされていますが、無職のイクメンは褒められません。日本では働かない男が一番問題であり、社会的信用は非常に低い。よくテレビニュースで犯人が無職の男だと、ああ、やっぱり……というコメントが出ますよね。これが無職の女だったら、そうなるでしょうか?

共働きの教員夫婦。家事と育児はどっちの仕事?

学びの場.com教員の雇用条件は昔から男女平等で、夫婦共に教員という家庭も少なくありません。それでも家に帰ると、家事と育児は妻という夫婦が多いようです。女性からすると理不尽に見えますが、田中先生はどう思われますか?

田中俊之それはやはり男性の一般論からお答えした方がいいでしょうね。まず前提として、男性は長いこと、働いてさえいればよかったのです。働いてさえいれば「オレは家庭での役割を果たしている」と思えた。だから家はくつろぐ所であり、仕事する所と思っていない。そういう男性の一部が教員になるわけですから、教員だから家でも妻と平等に家事をしなければ、という意識はないと思います。もちろん、そうでない男性もいますよ。教員や公務員の雇用条件は男女平等で、先進的なのですから、彼らが男女共同参画社会のモデルを示すことはできると思いますよ。

学びの場.com素朴な質問ですが、世の男性は「働いてさえいればいい」と、本当に思っているのでしょうか?

田中俊之そこは難しい所ですね。男性も、薄々気がついてはいるのですよ。こんな仕事ばかりしている人生で良いのか、毎日あんな満員電車に乗らなきゃいけないのはおかしいじゃないか、1日12時間働くなんておかしいじゃないか、オレの人生これでいいのか? と。  しかし、そのような疑問を持った所で、家のローンはある、子どもの養育費はかかる。もう中高年の男性達は、引き返せないわけですよ。疑問を持っても、明日も満員電車に乗って会社に行かなくちゃいけない現実は変わらない。だったら働いてさえいればいいと思って働いた方がラクですよね。でも、その結果、定年後、気がついたら友達もいない、近所付き合いもない、やることがない、オレの人生これで良かったのか……の深い穴です。典型的な男性問題です。  特に教員のように、なりたい職業に就いた人は要注意かもしれません。というのは、生活の全部が「教員」になっても、オレはやりたいからやっている、使命感を持ってやっている、と正当化しやすいからです。部活動の土日のボランティアが成立してしまうのも、使命感に支えられて疑問を持ちにくいからではないでしょうか。でも、土日も部活動をやっていたら、友達付き合いや近所付き合いをする時間はないでしょうし、趣味の時間もないでしょうし、そうなると定年後、友達がいない、やることがない……と。

学びの場.com子ども達には、男は働いてさえいればいいという価値観に染まってほしくありません。教員達が気をつけるべき点は何でしょう。

田中俊之教員の役割は大きいですよ。教員が、いかに多様な世界を知り、価値観を理解しているかが重要だと思います。例えば、いつも学校のことばかり考えて、話す相手も学校の先生で、あとは保護者や地域ボランティアの人……、これでは世界が広がらないですよね。学校周辺の社会、教員社会しか知らない教員が、子ども達に「社会ではこうですよ」と教えることはできないと思います。企業人にも言えることですが、その人が就活セミナーなどで学生に向かって「社会では~」と言う所の社会は、その人の会社か、せいぜい業界の話に過ぎないことが多い。企業人はともかく、教員が学校でそんな話をしたら、子ども達に間違ったメッセージを送ることにもなりかねません。  とは言っても、今、確かに教員達は余裕が無さすぎですよね。ですから、せめて土日は休みましょうと言いたいです。地域の人と交流して、生まれも育ちも学歴も職歴も違う、色々な価値観の人と知り合うことが必要だと思います。

やりたいことは自分で決めればいい

学びの場.comところで田中先生は今年の1月にお子さんが生まれて、イクメンになられたと伺っています。実際にイクメンされて、いかがですか?

田中俊之大変ですねえ、やっぱり。私は大学教員なので恵まれている方だと思いますが。ほとんどの一般企業の場合、男性は子育て中だからといって職場で配慮されることはないわけです。ないどころか育休を取ると左遷されたり、出世コースから外されたりしています。一見もてはやされていますが、イクメンはひどい目に遭っていると思います。  そもそも長時間労働の問題が解決していない中で「イクメンになろう」と奨励するのは、本来おかしいのです。「長時間労働をやめてイクメンになろう、家事・育児をやろう」でなければ意味がないのです。父親になって実感できたことは、長時間労働が諸悪の根源であるということです。ただ実際に、今ある長時間労働を「おかしいじゃないか!」と言い切るのは、先程お話しした、家庭のある男性からすると勇気がいることだと思います。

学びの場.com田中先生の『男が働かない、いいじゃないか!』に「働く、働かないは自分で決める」と書かれていました。キャリア教育的には議論される点だと思いますが。

田中俊之そうでしょうね。でも私は小学生にも、こう言ってほしいと思っています。特に男の子は働くのが当たり前と思っていますから。結果的に、ほとんどの子は働くことを選ぶと思います。大切なのは、自分で選択した上でコミットするのか、当たり前だからコミットするのか。そこには雲泥の差があります。自分の選択だという自覚があれば、同じ働くにしても気概が違うでしょう。選ぶということは、その選択に責任を持つことですから。  だから好きなことをやればいいのですよ。特に男性は。1日12時間、40年以上、会社にコミットしていれば生きていける時代は終わったのですから。逆説的ですが、これから男性は自分の好きなことに素直になれるわけです。だからこそ、「やりたいことを自分で決める」ことが重要です。見つからない子には、見つける手助けをしてあげることが、これからますます教員に求められる役目だと思います。

田中 俊之(たなか としゆき)

武蔵大学社会学部助教。社会学博士。
1975年生まれ。武蔵大学人文学部社会学科卒業、同大学大学院博士課程単位取得退学。博士(社会学)、社会学、男性学、キャリア教育論が主な研究分野。男性学の視点から男性の生き方、多様な生き方を提言している。著書に『男がつらいよ』(KADOKAWA 2015年)、『男が働かない、いいじゃないか!』(講談社 2016年)、『不自由な男たち その生きづらさは、どこから来るのか』(小島慶子と対談、祥伝社 2016年)など。

インタビュー・文:佐藤恵菜/写真:赤石 仁

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