2007.11.13
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家庭学習の充実を図り、学力の底上げを! ペアレントクラシーは義務教育の本質と矛盾する

43年ぶりに行われた全国学力テストの結果が公表され、今後の教育の課題も見えてきました。また、家庭の経済的要因が子どもの学力に影響を与えていることも分かってきました。今年度中に告示される予定の新学習指導要領では、学力重視の教育方針が打ち出される中で、個々の子どもたちの教育格差を解消し、全体の学力を底上げするため方策が必要です。

43年ぶりの全国学力テストでは、地域規模による大きな差は見られなかった

 新たな学習指導要領の内容を検討してきた文部科学相の諮問機関・中央教育審議会教育課程部会は10月30日、「審議のまとめ」(中間まとめ)を大筋で了承しました。それに先だって、43年ぶりに行われた全国学力テスト(全国学力・学習状況調査、2007年4月実施)の結果が10月24日に公表されました。

 小学6年と中学3年の約221万人が受け、知識に関する問題についての平均正答率は70~80%、知識の活用力を問う問題では平均正答率は60~70%という結果が出ています。

 ■小学校
 国語A(知識)81.7% 国語B(活用)63.0%
 算数A(知識)82.1% 算数B(活用)63.6%

 ■中学校
 国語A(知識)82.2% 国語B(活用)72.0%
 算数A(知識)72.8% 算数B(活用)61.2%

 都市と地方との教育格差がいわれている中で、公立小・中学校の都道府県別平均正答率はほとんどが±5%の範囲にあり、大都市、中核都市、町村、へき地などの地域の規模等による正答数や正答率などにも大きな差が見られず、「昭和30年代に比べて、地域間の正答率の差は、かなり縮小している」という文部科学省関係者の声もあります。

 その一方で、「問題が比較的やさしいので、地域間および学校間での正答差はそれほど大きくはならないだろうと思っており、だいたい予想通りの結果でした」「もう少し問題の難度が上がると、地域間での差、学校間の差がもっとはっきりと出てくるはずです」と指摘する声もあります。

世帯所得や家庭の教育環境が学力差を生み出す

 学習状況では家庭の経済的要因が子どもの学力に影響を及ぼしている一端が明らかになりました。
 例えば、(1)学習塾(家庭教師を含む)で、学校よりも進んだ内容や難しい内容を勉強している、(2)朝食を毎日食べる、(3)学校に行く前に持ち物を確認する、(4)家の人と学校での出来事について話をする、といった子どもの正答率が高い傾向を示しています。

 学習塾に通わせたり、家庭教師を雇ったりするには、かなりの経済的な負担がかかります。また、毎朝学校に行く前の決まった時間に朝食を摂り、持ち物を確認し、家族と学校での出来事について話をするには、家庭生活が安定していて、家族に時間的な余裕が必要です。

 お茶の水女子大学が「21世紀COEプログラム」の一環として行った『青少年から成人期への移行についての追跡的研究JELS第4集 細分析論文集(1)』 (2005年刊)によれば、(1)家庭での平日の平均学習時間が長い、(2)学習塾へ通うなど学校外教育費支出が高い、(3)家計水準が高い、(4)親の学歴が高いほど、子どもの学力が高い傾向にあることが分かりました。

学力の底上げには、家庭学習時間を増やすことがポイントに

 新たな学習指導要領では、選択教科や総合的な学習の時間数を削減し、国語、算数、社会、理科などの主要教科を中心に、現行よりも授業時間数を10%増やす予定です。一方で、学校週5日制はそのままの予定です。

 これに対して、「それでは、1日当たりの子どもたちの学校での学習負担が大きくなるだけで、家庭での学習時間が減ってくる。これで、果たして全体の学力が上がるのか?」という疑問の声や、「できる子とできない子の学力差を埋めるには、学校での授業だけでは困難」という指摘もあります。

 今、日本では世帯所得をはじめ、社会のさまざまなところで格差が生じてきています。その結果、ペアレントクラシー(親の富と願望による子どもの将来選択ができる階層)ともいわれるように、世帯所得、塾や家庭教師にかける費用などの学校外教育費支出、親の学歴が高く、子どもへの期待と教育投資が大きいほど子どもの学力が高くなる傾向が出てきているといわれます。
 こうした家庭の子どもたちは、通塾の時間も含めて家庭学習の時間が多い傾向にあります。

 義務教育の目標は、家庭的な条件にかかわらず義務教育期間中に一定の水準以上の教育を全ての子どもたちに受けさせることです。ですから、一定の学力水準に達しない子どもをそのまま放置しておいてよいということにはなりません。

 しかし、「教員の業務がますます多忙化する中で、勉強の苦手な子どもへのきめ細かな手当は難しい」「現行の学校教育の範囲でできることは限られており、教員数の大幅増員がなければ、習熟度別指導や少人数指導などはできない」「一定の学力水準に達しない子どもたち全てを引き上げることは困難」「学力重視の教育方針では、学力の低い子どもは切り捨てざるを得なくなるのでは?」という教員の声もあり、現在の学校教育の実状から考えて、通塾などが困難な子どもたちの家庭での学習時間を増やし、学習の質を上げることが大切になります。

 家庭での学習時間を増やすには、子どもの家庭での生活実態と学習できる環境にあるのかどうかを把握する必要があります。
 ところが、今ではほとんどの学校で家庭訪問が行われなくなっています。その代わりに親が学校まで出向いて保護者面談が行われていますが、20~30分程度の面談では家庭の状況や親の教育観、子どもの家庭での学習状況を細かくつかむことはできません。子どもたちの家庭での生活や学習状態を掴みづらくなっています。

 しかし、子どもの家庭での生活や学習状況がきちんと把握できなければ、子どもたちに効果的な家庭学習の指導をすることができません。
 国や自治体は、学力の底上げのために、教員が家庭学習の指導ができるような基盤作りをする必要があるのではないでしょうか。

 文部科学省が2005年に行った「義務教育に関する意識調査」では、家庭で平日、ほとんど勉強しない子どもが、小学生で11.9%、中学生で22.4%。勉強時間が30分以内という子どもは小学生で27.3%、中学生で12.7%でした(塾で学習する時間も含む)。ほぼ半数が1日30分以内の勉強か、ほとんど勉強していないという結果が出ていましたが、今回の学力テストの学習状況調査では、「1日当たりの児童生徒の学習時間に増加傾向がうかがわれる」とのデータが出ています。

 調査目的や方法、対象人数などに違いがあるため、一概には言えませんが、最近、子どもの学力低下に歯止めがかかったといわれる状況には、家庭学習増加の効果が現れているのではないかと思われます。学力の底上げに、子どもが家庭で学習できるような環境整備がぜひ必要ではないでしょうか。

 小学校の36%、中学校の19%が、スクールボランティアなどによる補習授業のサポートを行ったと答えています(全国学力テストの学習状況調査)。
 また、不登校児童数が減少した要因として、スクールソーシャルワーカーの存在があげられています。文部科学省もその成果を認めて、成功事例を検証して学校への配置を促進する方向のようです。

 このスクールボランティアやスクールソーシャルワーカーの役割を拡大して、子どもの家庭生活のケアの他に、家庭学習の相談やサポートに活用する方法もあると思います。社会経験が豊富で、子育ての経験もある60~70代の熟年世代が教員に代わって家庭を訪問し、子どもの家庭生活や学習状況を把握し、学校と相談の上で子どもには適切な家庭学習指導を行い、親に対しては、子どもが家庭で学習できる環境作りのサポートをできるようにするシステムも必要と思います。

目的意識を持たせることで、家庭学習の意欲を高める

 子どもの「学習行動と意識の調査」(前出JELS)よれば、「教科書や本を読んでいて、登場人物や書いてある内容に興味がわいてくる」「生きものや科学のことを調べたり考えたりするのが好きだ」「社会や歴史のできごとを調べたり考えたりするのが好きだ」「自分の気持ちや考えをうまく伝えられたらいいなと思う」というような意識や興味をもつ子どもたちは学力が高い傾向にあるといいます。何事かに興味や関心を持つことが、子どもたちの学習時間、成績(学力)にも影響するのでしょう。

 東京都内の公立中学校教員は、「親の学歴が大卒でなく、かつ通塾していなくても、家庭での学習量が多く、自分で勉強をしようという意欲が強い子どもは学力が伸びます。特に、中学から高校と上級校に進むにつれて学力が高くなる傾向があります」と言います。

 また、「自分は何のために勉強をするのかという目的意識を明確に持つと、子どもたちの学校での学習態度がずっと粘り強くなり、家庭での学習にも集中できるようになります。目的意識が強ければ強いほど宿題や難問に取り組む意欲が強く、1日の勉強時間が長くなり、テレビやゲーム、友人の誘惑に負けずにがんばりがきくようになります。また、勉強に限らず部活でも同じことがいえます。部活で活躍したい、好成績を上げたいという願望が強いほど熱心に練習しますし、進学を希望する学校が、部活が強くて学力レベルも高い場合には、練習に加えて家庭での学習にも集中するようになります」と、同僚の教員は指摘しています。
 学校での指導の中で、子どもたちに目的意識を持たせることができれば、家庭学習時間を増やす要因になるでしょう。

 今回の全国学力テストでは、家で学校の宿題をする子どもの方が国語、算数とも正答率が高く、読書が好きな子どもの方が国語の正答率が高い傾向にありました。家庭で、子どもたちがきちんと宿題や自習、読書ができるような環境を整えるために、親への働きかけやアドバイス、サポートも重要です。

 学力重視で、所得水準が高く教育環境に恵まれた家庭の子どもの学力だけが伸び、家庭的要因に恵まれない子どもとの学力格差が広がるのでは義務教育の本質から外れてしまいます。
 全体の学力の底上げをはかり、どの子どもにも一定水準の学力を身につけさせるために新学習指導要領の中で何ができるか、問われてくるのはないでしょうか。

矢崎 栄司(やざき えいじ)

硬派な大学生向けフリーペーパー、エコロジーと国際化の情報誌(『アップデイト』)などの編集人を務め、政治・経済・環境・エコロジー・教育・市民活動等社会問題全般について取材活動をする。およそ20年間に渡って環境、食、有機農業・有機流通にかかわり、社会問題としての視点から執筆・講演活動を行うほか、自ら米づくりや環境と動物福祉をテーマとした放牧養豚事業の企画作りをするなど、日本の食農の未来に新しい提案を行っている。
編・著書に『緑の企業になる方法』、『日本人は国境を越えられるか』、『女は地球を愛してる』、『危機かチャンスか、有機農業と食ビジネス』(以上ほんの木)、『おいしいねと喜ばれる食ビジネス7つの秘訣』(成文堂新光社)などがある。

構成・文:矢崎栄司 イラスト:あべゆきえ

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