2007.09.11
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インド式計算法の出前授業が算数嫌い・理数離れを防ぐ!?

インド式計算法とインド系インターナショナル・スクールが今、注目されています。また、世界中でインド人IT技術者が活躍しています。なぜインドでIT技術が発展したのか? その秘密は数学を重視したインドの教育にあると言われています。今回は、そのインド式計算法の出前授業とインド式教育法について取材しました。

理数系の教育に力点を置くインドの教育

 日本在住30年で、インドと日本の教育事情にくわしい江戸川インド人会の会長を務めるシャグモハン・S・チャンドラニさんは、「インドの学校では歴史、数学(算数)、語学(ヒンディー語、英語、地方言語)をしっかりと教えます。古代インドでは天文学が発達しました。天文学には時間の計算が重要で、そこで数学が発達しました。また、数学のゼロの概念は紀元前2世紀頃にインドで定義されたと言われています。こうした背景から、インドの学問は伝統的に論理的な理数系に力点がおかれ、1947年のイギリスからの独立以後も、政府が理数系の教育に力を注いできました」と言います。それが、現在のIT産業の発展の基礎となったようです。

基礎学力を重視、ハイレベルな教育イメージのインド系学校

グローバル・インディアン・インターナショナル・スクール(GIIS)東京校

グローバル・インディアン・インターナショナル・スクール(GIIS)東京校

 現在、日本には2校のインド系学校(インド系インターナショナル・スクール)があります。そのひとつ、江戸川区瑞江にあるグローバル・インディアン・インターナショナル・スクール(GIIS)東京校 は、2006年7月に開校した幼稚園から高校までの一貫校です。GIISは海外に赴任するインド人の子どもたちにインド国内と同じレベルの教育を受けられる環境を作るために設立されたNPO法人でシンガポールに本部があり、シンガポール校、マレーシア校を開校しています。2008年4月には横浜校が開校予定です。

 現在通っている児童・生徒数は約150人。授業は全て英語で行われており、ヒンディー語やフランス語の語学授業、ヨガなどの授業もあります。クラスは年齢にこだわらず、学力に応じて分けられています。
 GIIS日本の代表を務めるニヤンタ・デシュパンデさん は、「インドと同じ教育を行っており、基礎体力をつけるのと同じように、早い段階から子どもたちに基礎学力を身につけさせます」と教育方針を説明します。

GIIS日本代表のニヤンタ・デシュパンデさん。『脳をきたえるインド数学ドリル』など著書・監修書も多数。日本の子どもたちの算数嫌いを解消するために出前授業も積極的。

GIIS日本代表のニヤンタ・デシュパンデさん。『脳をきたえるインド数学ドリル』など著書・監修書も多数。日本の子どもたちの算数嫌いを解消するために出前授業も積極的。

 インド人の子どもだけでなく、バングラディシュやネパール、日本人の子どもも通っており、「子どもを入学させたいのだが、どんな教育をしているのか内容を知りたい」という日本人の親からの問い合わせも多いとのことです。

 インド系学校への関心の高まりは、(1)英語を用いた教育、(2)数学を中心に、早期からしっかり学習させる教育方針、(3)ITで発展している国のハイレベルな教育イメージ、(4)学力低下が言われる日本の教育に対する疑問、などがあるからでしょう。

インド系学校で教える2桁九九と計算法

 インド系の学校といえば、インド式計算法や2桁九九が話題になります。日本では子どもたちに1桁の九九(1×1~9×9)を教えますが、インドでは、学校や家庭で2桁の九九(1×1~19×19あるいは20×20まで)を教えます。

 また、日本では九九を4×1を「し いち が し」、4×2を「し に が はち」、4×3を「し さん じゅうに」、4×4を「し し じゅうろく」とリズムをつけて語呂合わせで教えますが、GIISの教科書では、1×4=4、2×4=8、3×4=12、4×4=16、~9×4=36、~19×4=76のように、1を4倍すると4、2を4倍すると8、3を4倍すると12、4を4倍すると16、9を4倍すると36、19を4倍すると76というふうに教えています。

 3桁の掛け算「434×278」の計算例をみると、掛ける数278を、200+70+8に分解し、434×8、434×70、434×200を計算し、それを合算して答を出す方法を示しています。
 こうして、数字を分解・整理することで計算しやすくなり、暗算でもできるようになります。

インド式計算法には、さまざまな方法がある

 ニヤンタさんは「インド式計算法や算数の本がたくさん出版されていますが、それらの計算方法は必ずしもインドの学校で教えている方法だけではありません。その多くが、インドで昔から伝承され、祖父母や親から口伝えに教わった方法です。一つの問題でも、さまざまな解き方や計算方法があり、なぜそうなるのか、答を導き出すまでの過程を考え、その原理を理解すれば計算も速くなり、問題を解く能力も高まります」と言います。
 以下、インド式計算法の例をあげてみましょう。

1の位の数を足すと10になり、10の位の数が同じ場合の掛け算
例:75×75
1) 1の位の数同士を掛けます。5×5=25。
2) 次に10の位の数と、その数に1を足した数を掛けます。7×(7+1)=7×8=56。
3) この2つの数をそれぞれ1と10の位、100と1000の位に並べて足すと答が出ます。25+5600=5625

10の位が1の場合の2桁数同士の掛け算
例:12×16
1) 掛けられる数12に、掛ける数16の1の位の6を足します。12+6=18
2) 上の数を10倍します。18×10=180
3) 1の位の数同士をかけます。2×6=12
4) 上記の2つの数を足すと答が出ます。180+12=192。暗算でもできます。

自分が一番やりやすい方法で計算法を見つけよう

 計算問題を解くにあたって、1)まずは式をじっくり見て、数字を分解・整理してみる、2)どの計算法則にあてはまるかを考える、3)暗算しやすくなる方法を考える、4)暗算の途中に覚えきれない繰り上がりの数は書き留め、5)答を出すことが大事です。

 日本の場合、多くの人が問題を見るなり筆算を始めることが多いようですが、まず、数を分解・整理して、どの計算法(法則)にあてはまるかを推理し、暗算を活用して計算をショートカットして答を導く、これが上手なインド式計算 の秘訣のようです。

 ニヤンタさんも、「自分にとって一番やりやすい方法を選べば、暗算でもできます。小、中学生のときにこのおもしろさに気づけば、算数離れは起きません。インド人が特別なのではなく、練習すれば日本人もできます」と指摘します。

 インド人は2桁九九を丸暗記しているから数学が得意なのではありません。また、計算術を知り、その使い方に慣れるだけで計算力が飛躍的に伸びるというものではありません。
 問題から答を導き出すプロセスを考えることが本当の勉強になるのです。計算式を暗記して、それで答が出ればよしとするのでは暗記型学習から脱皮することはできません。

「これはマジックだ!」インド式計算法に子どもたちもびっくり

 「10年前に日本に来て、子どもたちの算数離れが進んでいると聞いてショックでした。ですから、私はIT企業で働いているときから、日本の子どもたちの算数離れをくい止めるためにも、算数の面白さを伝えたいと思ってきました」とニヤンタさん。
 最近、テレビ番組や雑誌でインド式計算法が取り上げられ、地域の公立小学校からも、ニヤンタさんにインド式計算法の出前授業や講演をしてほしいという申込があります。
「私が学んできた計算の方法を伝えることで、日本の子どもたちが算数をより楽しく身近に感じ、興味を持つ手助けになればと思います。学校からの要請があれば積極的に子どもたちに算数のおもしろさを伝えに行きます」と、ニヤンタさんは出前授業に意欲的です。
東京都江戸川区立下鎌田小学校6年生からのお礼の文集

東京都江戸川区立下鎌田小学校6年生からのお礼の文集

 今年3月に、ニヤンタさんの出前授業を受けた東京都江戸川区立下鎌田小学校6年生の子どもたちから感謝の文集が寄せられています。その中には、驚きの声とともに、「算数がおもしろくなった」「算数が好きになった」という声がたくさんあります。(以下、その一部を紹介)

●「筆算のやり方を教えてくれた時『すごい!』と思いました。(後で)違った数字の問題を何問も作り、試してみました。すると、みんな合っているので、びっくりしました。数学の発見するおもしろさを教えてくれてありがとうございました」

●「いつもは筆算でやっていた計算が、あんなに楽に暗算で計算できるなんて驚きました。おかげで、簡単に暗算で計算できるようになりました。ソロバン教室の暗算でも、教えていただいたやり方でやっています。そのため、難しかった暗算でもスイスイ楽に解けるようになりました」

 下鎌田小学校副校長の春日静子さんは、「今までにない計算方法や問題の解き方を見て、子どもたちは『数のマジックみたいだ!』と、驚いていました。ニヤンタさんの授業のあとで、『おもしろいので』と教わった計算方法をやってみる子や本屋さんに行ってインド式計算法の本を買って、実際に計算ドリルをやるという子もいます。最近は、インド式計算法を分かりやすく紹介するマンガ本も出ています。子どもたちが数に興味を持ち、数と仲よくなれるとてもよい機会でした」と振り返ります。

出前授業がきっかけで国際交流が広がった

 下鎌田小学校では出前授業をきっかけに、インドに関心を持ち、インドについて調べる子どもたちも出てきてインドとの国際交流が広がっています。
 「子どもたちが、インドという国についてどんどん興味を膨らませています」と春日さん。
 6年生の総合学習で、GIISの先生を招いてヨガの勉強をしました。また2年生では、親子でチャパティー(インドの食べ物)作りを行う予定もあり、体育館や校庭のないインド系学校の子どもたちといっしょにバドミントンをしたりと交流が始まっています。
 インド式計算法の出前授業が、インドと日本の子どもたちの相互理解のきっかけにもなっています。

止まらない理数離れ‥‥技術大国日本の未来に不安の声

GIIS東京校の廊下

GIIS東京校の廊下

 国際教育到達度評価学会(IEA)の調査(国際数学・理科教育動向調査 2003年)でも、数学や理科を好きという日本の小中学生の割合は年々低下し、国際的にも平均を大きく下回り、数学、理科の勉強への積極性や自信も国際的にかなり低いという結果が出ています。
 また、数学や理科が楽しいと思う生徒の割合が、中学校2年生では小学校4 年生の半分以下に低下してしまっています。技術大国と言われた日本の未来を危ぶむ声も聞かれます。

 子どもが算数嫌いになる原因として、「授業がつまらない」「問題の解き方、計算方法が分からない」「丸暗記で原理が分からない」「算数のおもしろさが分かっていない」「算数を学ぶ意味が分からない」「文系は受験に必要ないから」などがあげられています。
 最大の原因は、「授業に、子どもたちが興味を持つような工夫がないこと」という声もあります。

証明問題を重視するインド、日本はマークシート方式に問題?

 マスコミなどで、インドの教育は「19×19までの掛け算(2桁九九)を覚えているからすごい!」といった取り上げられ方をされていますが、「インドのIT技術者が優秀なのは2桁九九を暗記しているという理由からではありません。インドの教育の本質は過程(プロセス)を大事にすることです。数学(算数)教育に代表されるように、子どもの頃から論理的思考力を養うということにあります」と、前出のチャンドラニさんは指摘します。

 インドでは、単に九九や公式を暗記させるのではなく、問題と答を先に教えて、自分自身で答が導き出される過程(プロセス)を考え、計算法則や原理を探して記述させる証明問題が高校や大学の入学試験で重視されています。こうした算数(数学)教育のあり方が論理的な思考を育てていると言われます。
 日本で行われているような、答さえ合えばよいというマークシート方式では、論理的な思考や理数的な頭脳を育てるのは難しいという指摘もあります。

算数嫌い、理数離れを防ぐために

 文部科学大臣の諮問機関・中央教育審議会は、学力向上のために小学校の授業時間を増やすという次期学習指導要領の素案をまとめました。
 また、内閣の教育再生会議の第一次報告では、学習指導要領を改訂して読み書き計算能力や、対話・意思疎通能力、問題解決などの基礎を重点的かつ効率的に学ばせるとし、小学校高学年の理科、算数などについては専科教員を増やすことを提言しています。
GIIS東京校の廊下の掲示物

GIIS東京校の廊下の掲示物

 しかし、授業時間を増やし、専科教員を増やしても、授業内容そのものに工夫がなければ理数離れは止まらないのではないでしょうか。その意味で、子どもたちの算数嫌いを解消するために、インド式計算法や和算、ソロバン、古代ギリシャや中国などの伝統的な計算法の要素を授業に取り入れ、数の持つおもしろさを教えていくことも一つの方法ではないでしょうか。 

 前出のように、子どもが算数嫌いになる原因として、「授業がつまらない」「問題の解き方、計算方法が分からない」「丸暗記で原理が分からない」があげられていますが、答を早く出すことや知識量を競うことで、基礎的な学習がおろそかになっているからではないかと思われます。
 一つの問題を解く過程をじっくりと時間をかけて学習することのほうが、子どもたちの論理的思考力が育ち、証明能力、問題解決能力を高め、数のおもしろさを知ることができるでしょう。

 現在のグローバル化した社会では、宗教や経済、政治など異なる社会システムで育った人たちが共存しています。その中で、ある結論を出すには、筋道を立てて説明し、結論が合理的であることを証明する証明能力が求められます。算数(数学)に限らず、問題提起から結論に至るまでのプロセスを大事にし、論理的な思考力、証明能力を身につけることこそ、今の日本の教育に最も求められていることではないでしょうか。

構成・文:矢崎栄司 イラスト:あべゆきえ

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