2007.05.08
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食育の実践例と課題、その大きな動き

食育基本法が施行されてから2年になろうとしています。2006年 11月には初の「食育白書」(平成18年版 内閣府)が発表され、一般書店でも食育に関する雑誌や単行本が増えています。 食の安全性や食料自給率に対する不安、子どもたちの心と体に与える影響など、食の問題が大きく取り上げられる中で、教育現場での食育の具体的な取り組みが始まっています。今回は、食育の現状と取り組み事例を取材し、その課題を探ってみました。

教育現場で食育を担う栄養教諭

 文部科学省は学校、家庭、地域の連携による食育の前進を目指し、その中核的な役割を担うものとして、平成17年度から学校栄養職員(学校給食の管理を行う栄養士、管理栄養士)を栄養教諭に育成する認定講習を行い、全国に栄養教諭の配置を進めています。
 栄養教諭は従来の学校栄養職員よりも一歩踏み込んで、子どもたちに直接食育指導を行うことができるいわば「食育の先生」で、学枚での食育指導計画を作り、食育授業を行い、他教科の授業でも関連する部分で食育に触れることや給食の時間に担任教員が食の指導を行うことを要請するなど他の教職員と連携しながら学校教育の中に食育を推進する他、家庭に向けた食育情報の発信や地域の生産者との連携などの役割も担います。

 こうした文部科学省の方針に対して、学校教育の現場では「これまでの栄養職員を栄養教諭として採用し直すと、一人当たり年間十数万円の給与負担増になる」という財政的な問題や、「栄養教諭になると、これまでの仕事量が倍増する」「複数の学校の給食管理を兼務しているので、子どもたちや他の教職員とのつながりを持つことは困難」という学校栄養職員もおり、栄養教諭が従来の給食管理の仕事と食育の仕事を両立させることは負担が大きすぎて難しいのではないかという懸念の声もあがっています。

 子どもたちの健全な成長のために、食育を重要な要素と捉えるならば、他の教職員の食育に対する意識を高めて栄養教諭のサポートを促すような施策、栄養教諭の補助をする補助教員の育成・配置、食育ボランティアの採用などを促進する施策も必要ではないでしょうか。

 現在、25道府県(2007年3月現在)が栄養教諭の配置を決めており、栄養教諭として教員免許状を受けたのは974人(2007年4月26日現在)です。平成19年度には、ほとんどの都道府県で栄養教諭が配置される見込みとのことですが、自治体によって理解に温度差があるようです。

学校、教育委員会、PTAの協力で、さまざまな取り組みが始まった

 『笑う食卓』や『食育の本』など、数多くの食育に関する雑誌や単行本の編集・発行人として活動している山口隆雄さんは、「多くの人が食べ物に関心を持っています。しかし、食が健康や環境、文化、家族のコミュニケーション、貧困や食料の問題、ファッション、住宅など、人間の生活のあらゆるものとつながっているということに気づきませんでした。それが今、ようやく分かってきたところです。例えば健康に関しても、薬に頼るのではなく食が問題なのだから、食を変えなければだめだということを認識するようになりました。 
 こうした食に対する意識の変化もあって、食育基本法が施行されて実質2年目を迎えたこの4月には、学校、企業、自治体が足並みを揃えて食育を開始し、全体として動き始めています」と言います。

 食育は一過性のイベントでなく、継続的に行われないと意味がないことが理解され、学校、教育委員会、PTAが協力して地産地消、食農体験、食文化の伝承、食生活の改善、親子の食育体験、給食を通じた地域住民とのふれあいなどのさまざまな取り組みを行っており、今後は年度ごと、学期ごとに大きく展開していくものと思われます。

 継続的な取り組みという点では、日々の活動の中で給食をどう捉えていくかということも大きな課題の一つです。

ランチルームの壁に貼られている食べ物の役割を表した表示。

ランチルームの壁に貼られている食べ物の役割を表した表示。

 山口さんは、「例えば、東京都江戸川区の小学校では、給食がとてもおいしいと評判です。それは、調理士さんと栄養士さんのコミュニケーションがよく取れており、食育に対する共通の意識、考えを共有して、本当に子どもたちの体によい給食を作ろうと努力しているからでしょう」と指摘します。

 調理士と栄養士のコミュニケーションがきちんと取れて、そこに他教科の教員が参加することで、給食を通してさまざまな取り組みができます。

 新潟県上越市の小学校では、20年以上前から「食糧その日」を決め、5年生になると子どもたちが1年間を通じて栽培・収穫した食材の量を4か月(120日)分と仮定して1日分(3食分)の食事の量を割り出し、その食料2日分(6食分)で1泊2日を過ごします。学校に隣接する畑で、子どもたちが栽培してできた食材だけですから、ほんのわずかの量です。
 この少ない量の食事でひもじい思いをした子どもたちは食料の大切さが身にしみて分かり、食事をよく噛んでゆっくり摂るようになり、食べ物を残さなくなると同時に、飢餓に苦しむ人々のこと、食物の大切さや食物を作る人々の苦労、食物として食べられる植物や動物の命についても理解するようになったそうです。山口さんはこの学校の事例を、教職員の協力・意識の共有によって生まれ、続けられている素晴らしい取り組みの一つとしてあげています。

子どもたちに食を教える親世代の食育も必須

 問題は、こうした学校での取り組みから、食育が家庭にどのように入っていくことができるかということです。
 「核家族で父親、母親、子どもの食事がバラバラになっていますから、食に対する意識がそれぞれ違います。そこでどうやって家庭での食に関する新しいルールづくりができるかということが課題です」と山口さん。
 例えば、学校で子どもたちが野菜について勉強し、そして野菜を育て、収穫したものを家に持ち帰ったのに、親が無関心であったり、それを腐らせてしまったのでは意味がありません。
 そのためにも子どもだけでなく、学校や家庭で子どもたちに食の大切さを教える親世代の食育も必須になっています。

 父兄や教員に「食育って何ですか?」と質問すると、返ってくる答えの多くが親子料理教室、農業体験、有機食品を食べることなどだそうです。
 山口さんは「これらも食育の一つですが、もっとグローバルな視点から食育を捉える必要があります。そのためには、国や自治体、学枚、家庭、地域、生産者、食品メーカー、医療機関などが連携して食育に取り組んでいく必要があると思います」と指摘しています。

小学校の多様な食育の実践事例

 東京都荒川区立ひぐらし小学校では、食育基本法ができる以前から、積極的に食育に関する取り組みを行ってきました。その事例は――

酪農家が乳牛を連れて学校を訪れ、子どもと牛の触れ合いの場をつくる「わくわくモーモースクール」
子どもたちがいつも食べているスナック菓子のメーカー社員に学校に来てもらい、スナック菓子について一緒に考える「スナックスクール」
子どもたちがよく食べる馴染みのお菓子について話し合う「お菓子の授業」
伝統的な食文化を伝承する「みそづくり」や「ぬかづけづくり」
食事のときのハシの使い方など、食事マナーを身につける「ハシの授業」
ニジマスの生産者が学校を訪れ、食と生物、環境のつながりを学ぶ「ニジマス」の授業
毎月1回、ふだんお世話になっている地域の方やお年寄りと一緒に給食を楽しむ「ふれあい給食」
誕生月が同じ子どもたちと教員が、一緒に給食を楽しむ「お誕生日給食」
歯の健康や食べ物をよく噛むことの大切さを学ぶ「カミカミスクール」
お父さんと子どもが協力して料理をつくる「父と子のクッキングスクール」
給食残滓を堆肥化し、その堆肥で野菜を栽培して食材とする食農体験
国語の授業と連携して、食に関する知識を高める「食育かるた」
心の教育として、酪農で乳を出さないオス牛の一生について考える授業

 ――などと、実に多様です。

食育を通して、子どもたちが自ら学び、意見を述べる

  ひぐらし小学校で食育指導をする宮島則子さんは、「今年(6月4日)の『カミカミスクール』では、神奈川歯科大学の先生や甘味料関連団体、ガムメーカーの方に来ていただき、1日中歯の健康や噛むことの大切さを学びます。当校では『ご・ず・こん』(ごま、豆、昆布)や大麦、旬の野菜をたくさん使います。それをよく噛んで食べることで、大脳が刺激され、集中力、学習能力を高めることにつながります。

 3年生の総合学習で行う『スナックスクール』は、食べ過ぎはよくないといわれるスナック菓子について、なぜ食べ過ぎはいけないのか、どれだけなら食べてもよいのかなど、子どもたちが自ら学ぼうということから、4年前にスナック菓子メーカーの方に学校へ来ていただいて始まりました。今年は、ポテトチップスに使われる塩の摂りすぎについて、きゅうりの塩もみを使い、きゅうりから出る水で血圧のことを学びました。

 また、『ふれあい給食』では、地域の高齢者が『長生きして、また来年も一緒に給食を食べたい』と、子どもたちと一緒に給食を摂ることをとても楽しみにしています。子どもたちも高齢者とふれあい、人と人とのつながりを学び、コミュニケーションを深めています」と、それぞれの取り組みの狙いや子どもたちが学び、身につけたことについて語ります。

ランチルームで行われた「お誕生日給食」のひとこま。お誕生日給食委員会の子どもたちが飾りつけをし、ハッピーバースデーを歌って、誕生月の子どもたちと教員を祝います。

ランチルームで行われた「お誕生日給食」のひとこま。お誕生日給食委員会の子どもたちが飾りつけをし、ハッピーバースデーを歌って、誕生月の子どもたちと教員を祝います。

 「お誕生日給食」では、お誕生日給食委員会の子どもたちがランチルームに飾りつけをし、ハッピーバースデーの歌を歌い、クラッカーを鳴らしてお祝いし、同じ月生まれの1年生から6年生までの子どもたちと教員が特別なデザートのついた給食をともに楽しみます。そして、給食を食べながら、子どもたちそれぞれが自己紹介をします。みんなの前で、自分のことをきちんと話すことで社会性を身につけることにつながります。

 「お菓子の授業」では2年生を対象に、宮島さんがショコラさんという人物に扮して、子どもたちが好きな馴染みのお菓子を取り上げ、「キノコの形をしているからキノコの栄養がたっぷり摂れます」「いろんな栄養素を含んでいると書かれているから、ごはんを食べなくてもいいんです」などと、子どもたちに盛んにすすめます。それに対して子どもたちは、「それはおかしい」「お菓子とご飯は違います」「それは間違っています」と反論し、議論をします。こうして子どもたち自身が積極的に食について考え、意見を述べることを学びます。

 「ハシの授業」では、ハシを使ってハンペンを切ったり、大豆をつまむなどの実習をします。自分のハシを上手に使って切ったハンペンを食べて、子どもたちは「ハンペンがこんなにおいしいなんて知らなかった」と感動したそうです。家に帰って、親に「ハシの授業」の話をし、親が子どもにハシの使い方を学ぶという例もあったそうです。

 乳を出さないオス牛の一生について学んだ授業の後で、「自分よりずっと幼いのに殺されて食べられちゃうので、とてもかわいそう。その分、自分が長生きしてあげようと思った」「肉になるだけではなく、皮もさまざまな物に使われていることを初めて知った」という子どもたちの感想があり、家に帰って家族と一緒に、お母さんのバッグやお父さんのベルトなど、牛が材料に使われている物を探して牛の命について話し合った家庭もあり、「(牛皮の)ランドセルがとても愛おしくなった」と、しみじみ語る子もいたそうです。

学校と家庭の距離を縮め、親子のコミュニケーションを深める「給食メモ」

「ふれあい給食」など、食育の取り組みを写した写真展示。

「ふれあい給食」など、食育の取り組みを写した写真展示。

  宮島さんは毎日、その日の給食の献立、子どもたちに必要な野菜や果物の量、そのうち給食でどれだけの栄養素が摂れたかを示す「学校給食メモ」を作って子どもたちに配っています。子どもたちはそれを家に持ち帰り、親に渡しています。また、希望者に配布している給食献立の料理法のプリントも、人気を集めています。こうした取り組みから学校と家庭の距離が縮まり、食を通して親子のコミュニケーションが深まって、その中で子どもたちは野菜や果物の知識を自然に覚えます。親も子どもたちにせがまれて、家庭での料理に張り合いが出ているようです。

 食育は、単に食べ物の知識を身につけさせるだけでなく、一つのことから食に関するさまざまなことに子どもたちの興味、関心を広げて、想像力や発想力を養います。
 宮島さんは「食べ方は生き方に通じると思います。食を通じて生きる力を育んでほしい」と言います。

 ひぐらし小学校では、食べ物に好き嫌いがあって給食を残していた子が、食べ物のことについて学び、がんばって給食を全部食べきると、「完食握手」として、宮島さんがその子の努力を讃えて握手をします。今や、多くの子どもたちが「完食握手」をしたくてがんばっているそうです。
 嫌いなものを克服することで得た達成感や満足感を生かして、困難に立ち向かう勇気や生きる力を育むように、教育現場では食育の取り組みにさまざまな工夫をしてほしいものです。

学校でできる食育実践例

  学校でできる食育はたくさんあります。さまざまな学校で行われている食育実践のいくつかを表にしました。
 このように食育は、それぞれの地域的特徴や子どもたちの年齢に応じて、さまざまな実践が行われています。より自由な発想で個性的な取り組みが望まれるところです。また、地元の食品企業やスーパー、食品店などで、食べ物がどのように作られ、売られているかなど、製造・流通について学ぶことも大切です。

自由な発想から生まれる食育への取り組みが大切

 食育基本法では、「食」は子どもたちが豊かな人間性を育み、生きる力を身につけていくために何よりも重要であるとし、食育を「生きる上での基本であって、知育、徳育、体育の基礎となるべきもの」と位置づけています。

 これに対して、「食育の『育』という言葉には、道徳観の押しつけが感じられる」「食を通じた日本的伝統、国粋主義の押しつけ」「食の乱れは国民(消費者)が悪いという、政治・行政の責任転嫁」「食育は国民運動ではなく、教育で解決すべき」「食生活は個人の判断の問題。国が介入して規制することは人権侵害につながりかねない」「食に対する価値観の押しつけはいらない」という意見もあります。

 一方、43年ぶりに全国学力調査が復活し、学力偏重に傾斜する教育現場の中で、「学力向上に直接つながらない食育がなおざりにされていくのではないか」という懸念を持つ人もいるようです。

 食育に対するさまざまな意見や見方がありますが、子どもたちの健全な成長に食育が大切なことは言うまでもありません。そのためには、企業の利益目的の食育活動や国・行政の押しつけ・規制のない、学校、家庭、地域の人たちの自由な発想から生まれる、地域に根ざした食育への取り組みが必要ではないでしょうか。

構成・文:矢崎栄司 イラスト:あべゆきえ

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