2007.01.09
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教育改革は誰のため? 現場で苦しむ、教員、子どもの声を聞け! 中学校は選んで入る時代へ!?

教育基本法が60年ぶりに改定され、いよいよ教育改革がスタートしますが、「現場の声を反映していない」という声も多いようです。 安倍政権、教育再生会議が掲げる教育改革とは何か、その中身と問題点を探ってみましょう。 ますます過重になる教員の業務、一向におさまらないいじめ、虐待、不登校、受験ストレス......、教育現場の問題点解消に、何が役立つでしょうか。

格差拡大、差別化を助長する教育改革!?

 2006年12月15日、教育基本法が改定されました。この新教育基本法のもとで、安倍首相が唱える「教育改革」が行われることになります。

 教育基本法の改定に先立つ2006年10月 18日、安倍政権の重要課題である教育改革を議論する「教育再生会議」の初会合が開かれ、安倍首相は所信表明の柱の1つとした「公教育の再生」の実現に向けて、「教員免許更新制」「学校、教師の外部評価制度」などを検討するよう指示しました。

 安倍首相が教育改革の中で導入を唱えているのが、(1)教員免許更新制 (2)学校選択制 (3)学校評価制 (4)教育バウチャー制です。

<教員免許更新制>
 不適格教員を教育現場から排除するための制度として教員免許更新制の導入が、すでにスケジュールに入ってきています。2006年7月の中央教育審議会答申では、免許に有効期限を設け、免許状の取得後も、その時々に求められる教員として必要な資質を保持できるように定期的に必要な刷新をはかるとして、(1)免許状の有効期限を10年間とし、(2)有効期限内(10年間の直近の2年間)に免許更新講習(30時間)を受講・修了する必要があり、(3)更新の要件を満たさなかった場合には、免許状は失効し教員資格を失う(現職の教員にも適用)とされ、2008年4月からの実施が検討されています。

 免許更新制が実施されると、更新時に受講する講習の内容、評価基準の妥当性が極めて重要になり、免許更新の拒絶(失効)を恐れて、教員が萎縮し、教育現場での自由な発言や行動が抑えられるという懸念も出てきます。

<学校選択制>
 学校選択制が導入されている地域では、進学実績のある伝統校や施設のよい学校などが選ばれ、荒れていると噂のある学校や小規模校、施設の古い学校などが敬遠されています。その結果、親・子どもに「選ばれる学校」と「選ばれない学校」の固定化が進み、学校間の過度の競争や学校格差の拡大、差別化を招くという懸念の声が上がっています。

 また、競争力強化(学力強化)のために、小学1年生から長時間授業を行う例や学校の特色づくり、保護者へのピーアール活動などのために教員の業務が激増し、多忙化している現実もあるようです。 こうした弊害から、競争原理による学校選択制の導入に否定的な学校関係者が少なくありません。

<学校評価制>
 教職員やPTA・保護者などの当事者による学校評価に対して、第三者機関、あるいは国・行政が設置する機関による評価は、学校、教員を上から評価する仕組みで、学校の差別化・序列化につながり、「よい学校」「だめな学校」というレッテルを貼り付けることになります。こうした上からの評価は、生徒よりも、文部科学省や教育委員会へと顔を向け、顔色をうかがう校長、教員をさらに多く生み出すことになりかねません。

 また、学校が評価を上げるために、トラブルを背負い込むことを避けて問題のある生徒の入学を拒否したり、退学させるということも考えられ、学校による生徒の淘汰につながる恐れがあります。

<教育バウチャー制>
 教育を受ける子どもにバウチャー(利用券・クーポン)を割り当て、親が子どもを入学させようと選択した学校にバウチャーを提出し、学校は入学する生徒数(バウチャー数)に見合う予算(補助)を国から受け取るという仕組みです。私立学校にも公立学校と同じ予算が配分されるようです。

 バウチャー制によって、(1)親が子どもを行かせたい学校を選べるようになる(学校選択の拡大・親の満足度上昇)、(2)より多く生徒を集める学校間の競争による教育の質の向上(学力アップ等)、(3)特色のある学校づくりが期待できる、などのメリットがあるとされています。

 一方、人気があって生徒が集まる学校は予算が多くなりなりますが、人気のない学校や人口減少が著しい過疎地域の学校は生徒が減った分だけ予算が減少しますので、教育にお金がかけられず、学校の人気や地域による教育格差を生み出します。

 私立学校に行けるのは、バウチャーのほかに入学金、授業料などを払える経済的に余裕のある家庭の子どもですから、私立学校はその分だけお金をかけた教育ができます。都市部では、経済的に余裕のある家庭の子どもの多くが、「学力が低下している」「もめ事を起こす生徒がいる」などの、問題のある公立学校を敬遠して、私立学校に移っています。教育バウチャー制の実施とともに、さらに公立離れに拍車がかかります。

 地方では、生徒数の減少にともない学校の統廃合が行われて、これまで歩いて通える距離にあった学校がなくなり、バス通学や親の送り迎えが必要になるなど、長距離通学を余儀なくされる子どもたちが増えています。教育バウチャー制によって、地方の小規模校の淘汰が進むと、子どもたちの負担がさらに増し、教育難民化する恐れもあります。

 また、子どもの教育のために地方から都市部に移住する家族も増えており、地方の過疎化にいっそう拍車がかかり、地方教育の切り捨てが急速に進みます。

 安倍首相は「教育再生の最終的な大目標は、すべての子どもに高い学力と規範意識を身につける機会を保障すること」と述べていますが、安倍首相及び教育再生会議が唱える「教育改革」では、その言に反して、教育格差がさらに拡大し、地方が切り捨てられ、教育を受けられない教育難民を生み出しかねません。

公立小中学校の3分の2が反対した新教育基本法

今回の教育基本法改定については、実際の学校教育の現場から切実な要望の声があったわけではありません。また具体的な問題解決のために緊急性があったともいえません。むしろ教育現場の賛同のない政治的な思惑による改定ともいわれています。

 新聞各紙でも報じられましたが、東京大学大学院教育学研究科基礎学力研究開発センターが、2006年7~8月にかけて全国の公立小中学校1万800校を対象に行った調査(学力問題に関する全国調査、約4800校が回答)によると、教育基本法の改正に3分の2(66%)の学校が反対しており、「教育改革は、学校が直面する問題に対応していない」(79%)などの回答が大多数を占めています。

 また、中央教育審議会が答申し、教育再生会議の重要なテーマとなっている教員免許更新制については「更新制にすべきと思わない」(59%)が多数を占め、学校選択制についても、「一部の学校で教員の士気が低下する」(73%)「学校の無意味なレッテル付けが生じる」(88%)「学校間の格差が広がる」(89%)など、マイナス面を懸念する回答が多くありました。 低下したといわれる子どもの学力についても、20年前と比較して学力が「上がった」(11%)、「変わらない」(42%)を足すと、「下がった」(47%)を上回っており、教育現場では学力の低下が強く指摘されている世論とは少々認識が違うようです。

 今後予想される教育改革に伴う教育の将来像については、「子ども間の学力格差が広がる」(88%)「地域間の教育格差が広がる」(84%)「公立校と私立校の学力格差が広がる」(77%)と、大多数の学校が格差拡大を懸念しています。(基礎学力研究開発センター

 2006年12月に「学びの場.COM」が実施した、教育再生会議の提案についてのアンケート(何でもアンケート)でも、賛成32.6%で、反対50.4%と、反対が半数を超えています。反対の意見には、「現場の状況が反映されていない」「今一番必要なことは、子どもたちとじっくり向き合うこと」などが寄せられています。

 こうした指摘のように、安倍首相や教育再生会議が唱える教育改革の中身には、「現場の声や子どもたちとじっくり向き合う」という基本的な姿勢が置き去りにされているように感じます。

教育現場で苦しむ教員たち

 今、緊急を要する教育現場の問題は、教育に市場原理を持ち込み学校間で競争をさせることではなく、いじめや虐待から子どもたちを守り、不登校をなくして、全ての子どもたちが安心して学校生活を送り、教育を受けられる環境づくりをすることです。

 また、教育現場でさまざまな問題に突き当たり、過剰な業務やしがらみから受けるストレスにあえいでいる教員がたくさんいます。もちろん、教育者として不適格な教員も中にはいますが、大半のまじめな教員ほど教育の理想と現実の狭間で悩み、苦しんでいます。

 新教育基本法の成立を報じた2006年12月16日の新聞に、「2005年にうつ病など精神疾患で休職した公立小中学校の教職員の数が前年度比619人増え、過去最多の4178人に上った」という記事が載っています。その原因について、文部科学省は「多忙や保護者、同僚との人間関係など、職場の環境が年々厳しくなっていることが背景として考えられる」としています。

 アメリカの学校を視察したことのある教員は、「アメリカでは、担任教員の他に補助教員、カウンセラー、図書館司書やメディア専門員、第2外国語指導教員、ボランティア・スタッフなど、担任教員以外のスタッフが充実しており、1クラス30人以下なので、担任教員は教えることに専念できる教育環境が整っている。日本では1クラス最大40人の生徒で、カウンセラーなどの教員以外のスタッフも少なく、担任教員がそれを全てこなすのは物理的に無理」と嘆いています。

  文部科学省は、今後、「教員が悩みを相談しやすい学校環境づくりや、専門医らによるカウンセリング態勢の強化などの対策を促す方針」とのことですが、まずは、教育現場で最も必要とされていることに耳を傾け、教員が働きやすい教育環境を整えることが先です。

 また、教員としての評価につながりかねない国や行政が設置する相談機関への相談やカウンセリングにはハードルの高さを感じるのでないでしょうか。

話す相手がいなくて、居場所を失っている子どもたち

 2006年は、いじめによる自殺の連鎖、子どもの虐待死などの痛ましい事件が相次ぎました。

 また、7月には16歳の少年が、自宅に火をつけ、2階で寝ていた母親(義母)とその子どもの親子3人が焼死するという事件がありました。逮捕された少年の父親は、小学生の頃から夜遅くまで少年の勉強をみては厳しく叱責したり、暴力を振るっていたといわれています。

 事件が起きた日は、高校の保護者会で、中間試験の結果が父母に報告される予定で、母親から父親に中間試験の成績が報告され、叱責されることを極度に恐れた少年は、「母親がいなければ」という、せっぱ詰まった気持ちで、母と妹たちが寝ている自宅に火をつけたものと思われます。

 一見裕福で、恵まれた境遇にあると思われていたこの少年ですが、母親からも同じように成績や学習態度を責められ、学校では競争が厳しく、悩める自分の心の内を話せる相手がおらず、家庭にも学校にも居場所がなかったのでしょう。

 この少年に限らず、いじめられている子どもたち、虐待されている子どもたち、不登校の子どもたち、あるいはいじめる側の子どもたちも含めて、今、多くの子どもたちが自分の居場所を失い、話を聞いてくれる人がいなくて、ストレスを溜め込み、息苦しい環境から逃れられずに、独りもがいています。

 こうした、居場所のない、話し相手のない子どもたちには、素直に自分の心の内をさらけ出すことができる相手が必要です。かつては、同居していたおじいちゃんやおばあちゃん、あるいは近所の人たちが聞き役になってくれたこともありましたが、核家族化でおじいちゃん、おばあちゃんといっしょに住むことはなくなり、地域との付き合いも疎遠になって、心の内を素直に話せる相手がいなくなってしまいました。

子どもも教員も、自由に話せる場が必要

 こうした、いじめや虐待、受験、不登校、性などに悩む子どもたちの心の内の声を受け止める窓口の一つとして、「チャイルドライン」があります。

 チャイルドラインは、電話をかけた子どもの名前や住所、学校などを聞かず、ただ、ひたすら子どもの声に耳を傾けます。相談ではなく、話を聞いてもお説教をしたり、行動を指図するようなことはありません。電話をかけてきた子どもの匿名性、プライバシーを守り、話すのも、電話を切るのも子どもが決めます。

 チャイルドラインは、ヨーロッパで始まりました。1997年に、問題を抱えて悩んでいる子どもたちが、心の内を誰かに話すこと、話せたことで自らの力で問題に立ち向かっていくことを支えようと、世田谷の市民団体がイギリスのチャイルドラインを視察して、日本でも実施をめざし、その活動を自民党の小杉隆衆議院議員(元文部大臣)、社民党の保坂展人衆議院議員などが超党派の「チャイルドライン設立推進議員連盟」を設立してサポートしました。1998年に日本で初めてのチャイルドライン(世田谷チャイルドライン)が開設し、1999年には、チャイルドラインを広げ、全国組織化を進めるためにチャイルドライン支援センターが設立されています(2001年にNPO法人)。

 現在、チャイルドラインを実施する市民団体は、34都道府県63団体(2006年12月)に上り、子どもたちを支え、育ちやすい環境をつくろうとめざす人たちが子どもたちの話を聞いています。2005年には12万件を超える電話で子どもたちの声を受け止めています。

 子どもは、自由に話すことによって、心の重荷をおろし、息苦しさから解放され、生きる意欲を取り戻します。

 「いじめホットライン」「いじめ110番」「いじめなんでもそうだん」「児童虐待電話」「子ども悩み相談」「こころの相談電話」など、各地の市町村でも電話相談を行っていますが、行政の電話相談は、お説教や行動に対して指図をしがちで、「必ずしも子どもたちが心の内を自由に話しているとは限らない」という声もあります。

 心の内を、自由に誰かに話したい、話す相手がほしいと思っているのは、子どもだけに限りません。企業社会の中で規則やしがらみ、成果主義にがんじがらめにされている多くの大人も表面を装いながら、本心は心の内を話せる相手を求めています。もちろん多くの教員も同じでしょう。

 前述のように、うつ病など精神疾患に陥る教員の急増が伝えられますが、その数字は氷山の一角に過ぎず、多くの教員が水面下で仕事上のストレスや悩みを抱えながら子どもたちと接しているのです。

 教員の匿名性とプライバシーを守り、自分の教員としての評価を気にせずに、その心の内にあることを話せる「チャイルドライン」のようなものが、教員にも必要ではないでしょうか。

地方の公教育充実を

 地方が過疎化し、住む人がいなくなると、自然環境の保全や景観整備がなされず、地域の文化も失われます。地方の充実なくして、美しい国づくりはありません。

 地方で人々が生活を営むには、まず、小規模でも子どもたちが、伸び伸びと育ちながら学力が向上するような質の高い教育を受けられる学校が必要です。それが、子どもがいる家庭を持つ人たちやこれから子どもを産み、育てようとする人たちが安心して住むことができる最も大事な条件の一つです。

 施設の充実はもちろん、教員の人数も十分に確保し、教員がゆとりをもって子どもたちの教育に当たれるよう、国は優先的に予算を地方の公教育に振り向けて教育環境を整える必要があります。

 政治家や産業界は、格差や差別を生み出す競争原理による学力の向上など、目先の施策にとらわれずに公教育のあるべき姿を見つめ直すべきでしょう。

※「チャイルドライン」の名前は、営為や悪意に使われないために、特許庁から認証を受け、登録商標になっています。チャイルドラインを名乗っての活動は、チャイルドライン支援センターの許可が必要です。

構成・文:矢崎栄司

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