2006.07.18
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学校選択と中学校受験

中学校の選択肢が多様化している。公立では、中学校選択制を取り入れる自治体が急増しているが、一方で今年度、私立中高一貫校の受験率も過去最高を記録したという。子どもたちにとって、学びの選択肢が増えるのは良いことだが、「学校を選ぶ」ということに慣れていない多くの親は、子どもたちを巻き込みながら、「中学校選び」という新しい課題に直面し混乱しているように見える。

他人ごとではなくなった「中学校選び」

 小学6年生の娘を持つ親でありながら、進路を選ぶのはもう少し先のこと、と考えていた私だが、ふとしたことで我が子の中学校選びという課題に直面することになった。

 とりたてて教育熱心でもないが、子どもの成長を普通に気にかけている親のつもりだった。1年生から通いはじめたピアノと英会話、補習目的で4年生からはじめた通信添削学習。学区の中学の様子は気になりながらも中学受験は全く意識せずに5年生を終えるころ、市内で転居することになった。4月早々転入した小学校で、学校選択制度にもとづき9月中旬までに入学を希望する学校を決めるように、という教育委員会からのおたよりが配られた。それを持ち帰った娘が、友だちの多くが従来学区の中学には行かないと言っている、と半べそをかいている。新しい街で感じる不安は親も同じだ。なぜ、多くの子どもたちが学区の中学に行きたがらないというのだろう?

学校選択制で学校をどう選ぶ?

 居住地の自治体がすでに小中学校で学校選択制を導入していることは、以前からわかっていた。それぞれ特色ある学校に対し、個々の目標にあった学校を選ぶことができる。学校間にも競争原理を導入し、より一層の教育の質の向上につながるなどメリットが挙げられる反面、地域とのつながりが希薄になる、学校間の格差が拡がるなどのデメリットも指摘されている学校選択制。子どもたち、そして親たちは何を基準に選択をしているのだろうか。

 学校選択制に関するアンケートを実施した横須賀市(平成17年2月中学1年生に実施)の場合を例にとると、学校を選んだ理由のベスト3は、「学校の近さや通学のしやすさを考えて」69%(295人)、「仲のよい友だちと同じ学校に通学したかった」が68%(291人)、次いで、「地元の中学校だから」が55%(238人)。学区外の市立中学校を選んだ人(54人)だけでみると、「仲のよい友だちと同じ学校に通学したかった」が57%(31人)で一番多く、「部活動の状況」33%(18人)、「家の人にすすめられた」30%(16人)が続いている。
 一見すると、「部活動」以外では、「学校独自の魅力ある指導方針や学習内容が気に入ったから」などの積極的な理由で選ぶことは稀であるようだ。まだ個々の学校に「特色」と呼べるだけの個性がないのか、あるいは情報開示が不足しているからなのかは分からないが、少なくとも今の公立校における学校選びは、どちらかというと「××校には行きたくない(行かせたくない)」という消去法的に活用されているケースが目立つ。

「なんで友だちは学区の中学に行かないんだろうね?」と娘に尋ねた。部活がさかんな隣町の学校に行きたいらしい、私立中学を受験すると決めている、など動機はさまざまのようだが、近隣の親たちにも話を聞いてみると、どうやら学区の公立中学へのあまり望ましくない風評というのも一因にあるようだ。親として評判の良くない学校に子どもを通わせることだけは避けたいのが人情だ。教育委員会や学校側からそれぞれの学校の特長や問題点、これから取り組もうとしている課題なども含め、正しく開示されなければ、根拠の無い風評によって学校が選ばれてしまう(あるいは選択から外れてしまう)というのは仕方の無いことかもしれない。

中学受験という選択肢

 近くに良い公立校がない場合、「私立中学」という選択肢が浮かび上がってくる。近隣の親たちからも「受験する人も多いらしい」という声が挙がっていた。「中学受験」か。学校選択制などなければ何も考えずに学区内の中学校に子どもを行かせたであろう私も、この制度をきっかけに、私立中学(中学受験)も含めた「中学校選び」というものを考えざるを得なくなった。

 中学受験の現状はどうなっているのだろうか。思い立って調べてみると、少子化といわれるなか、首都圏の中学受験者数は、増え続けているらしい。全私学新聞(2006年03月13日2015号)によると、今年3月の小学校卒業生約294,000人のうち中学受験率は18.0%(昨年16.2%)と過去最高を記録。東京都では28.0%、つまり小学校卒業生の三人に一人が中学受験をしている数値。神奈川では13.4%(同13.7%)、千葉11.5%(同11.0%)、埼玉14.8%(同14.0%)となっている。
 こうした数字を目にし、受験ドラマ、なんていう言葉を聞くと中学受験は熾烈なもの、というイメージを抱いてしまうが、幼い子どもに過酷な思いをさせてまで、なぜ中学受験という道を選ぶのか? それを選んでいるのは果たして誰なのか? 

 そこで、この春子どもが中学受験を経験した首都圏(東京、埼玉、神奈川)に住む親たち5人にお願いして、一人ひとりにじっくり話を聞いてみた。その結果、必ずしも中学受験=難関校というわけではなく、どの家庭でも、各学校の校風、建学の精神、学習カリキュラムなどを検討し、子どもの置かれる環境を少しでもいい方向に、と真剣に考えた結果、中学受験の道を選んでいることがわかった。

きっかけはまず親

 「子どもが言い出すまでは、受験を勧めなかった」という親も、「よく考えると子どもにシグナルを送って、そうなるようにしむけていたと思う」と話す。やはり、中学受験の第一歩は親の気付きからのようだ。「公立小学校に入学して教科書の薄さに驚いて心配になった」「学区の公立中学の環境に不安があった」「一番目の子どもを公立校に行かせた後悔から」など私学受験に目を向けたきっかけは、ここでも「公立校を選択肢から消去する」ことから始まっている。

「公立中学の指導では高校受験も危うい、という危機感から私学を選んだ」というある親は、子どもの成績が芳しくないときに、『塾に行かせてないのですか?』と担任教師から言われたという。そして「公立中学はあてにならないと最初の子のときに達観した」のだそうだ。

 最初から志望校を1校に決めて臨んだというふたつのケースに出会った。ひとりは「親が通った学校で、同じような環境で育ってほしかった」というケース。もうひとりは、「上の子の高校進学のために見学に訪れた学校が、下の子に合うかもしれないと思い、本人を連れて行ってみた。在学生の案内ですっかり本人が行く気になって、急きょ受験を決めた」と言う。ふたりとも塾には通わせることなく、この春希望の学校に進学した。

 学びの場.comが中学受験を経験もしくは準備中の親を対象に、動機や対策を尋ねたWEBアンケートでも、各家庭ごとにさまざまなケースに応じて親が主導的に判断をしたり、子どもを誘導していることが見て取れる。動機としては、地域の公立校への失望や公立へいくとイジメが心配などの「消去法」からはじまり、大学受験を視野に、中高一貫教育の魅力、親の母校だから、という声が多かった。その他、友人間のクチコミ、塾の模試をきっかけになど他者から影響を受けたことがきっかけになるケースも目立った。子ども本人が希望したから、という声もあるが、この年代の子どもがどこまで主体的に、私立中学進学を望んだかという点においては、疑わしい面もある。(アンケート結果の全文は、こちら

進学塾は必須なのか

 私立中学を受験させようと思ったら、避けて通れないのが塾という存在。先に挙げたように、全く塾に通わせずに入学を果たしたという羨ましい例もある反面、先のWEBアンケートでは「塾に行かせないと受験は無理」と言い切る親が多い。学校の授業だけをしっかりとやっていれば入れるという学校は稀で、進学塾であれ、家庭での学習であれ何らかの受験用の対策を打たなければ望みの中学へ入ることは極めて難しいことなのだろう。また、進学塾の豊富な情報、志望校にあわせた受験ノウハウの指導も魅力となっているようだ。

 塾通いの低年齢化が進み、今や中学受験を目指すなら、小学3年2月から、と言われるなか、厳しいスケジュールや塾内での競争の激しさに、あまり早くから準備をはじめた親子には疲れが出る場面もあるという。思うように成績が上がらず、受験をやめる、やめないで親子喧嘩に発展する家庭も少なくないらしい。しかし、終ってみれば、親子一体となった「中学受験」という特殊な経験を通して、親子ともども成長できた、と納得している人も多いようだ。

本当に大切なことは何なのか

 「子どもに合った、子どものためによりよい教育環境を」という思いが、親たちを中学受験に向かわせる。しかし、公立校で多様な人たちにもまれて育つという経験は私立校ではできないこと。公立校にも私立校にもそれぞれに良さはあるはずだ。大切なのは、「子どもがその学校で何を得たいのか、あるいは何を失いたくないのか」をはっきりとさせ、「これから選ぼうとする学校で、それが本当に実現できるのか」を親子できちんと見定めることではないだろうか。私学に行きさえすればよりよい教育が受けられる、いじめもなく明るい未来が開かれる、というのは幻想に過ぎない。また、公立だから荒れている、学力がつかない、と決めつけるのも早計だ。まずは判断に必要な情報を集める努力をすること。情報が足りなければ積極的に情報の提供を求めること。最低限これだけのことはしないと学校選びに悔いが残ることになるのではないだろうか?

わが家の選択

 「今からでも間に合うよ。せっかくだからトライしてみたら?」とこの取材中、何人かの友人に娘の受験をすすめられた。
 かくいう私は、中学受験を経験し、中学からキリスト教系の小中高一貫校で学んだ。小学6年になったときに転居し隣区の公立校に転校。丁度、校内暴力が取りざたされていた時代で、ある事件を耳にした母親が、「いい環境を求めて」「子どもに合うと思われる校風の私学を」と望み、塾の夏期講習を皮切りに中学受験に急きょ参戦したのだ。合格したことで、小学校最後の1年を共にした友だちとは泣く泣く離れるという経験もしている。

 これまでは、我が子の受験など考えもしなかったが、今回の学校選択制度をきっかけに、娘と何度か進路について話すことになった。私のほうも、娘の得意なことや好きなことにあらためて目を向けてみた。わが家の経済状況についても振りかえることになった。伸ばしたい、良くなってほしい、その思いは確かにある。親にしかできないこと、親にはできないことを考える機会にもなった。
 娘にとっても、自分の好きなことをあらてめて考えるよい機会になったようだ。が、娘の結論は、「好きなことを伸ばすための勉強は、中学受験をしなくてもできる。高校受験をがんばることにして、地元の公立中学に行ってみる」というものだった。娘が自分なりに出した結論を、親としては尊重し、応援したいと思っている。

詳細データ:「学びの場.com WEBアンケート(中学受験・塾について)

参考資料
  • 「小・中学校における学校選択制等の実施状況について」(文部科学省調査)

文:森川千鶴 イラスト:paru

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