2006.06.20
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増える指導力不足教員

最近、生徒の学力低下とともに、指導力不足の教員が増えたとの声を聞くことが多い。実際に、指導力の足りない教員は増えているのだろうか? また、そうした傾向に対して、どのような措置がとられているのか?

小中学生のお子さんをお持ちの保護者の方なら、授業参観に行って先生の教え方に疑問を持ったり、個人面談などで先生と話をして不安になった経験はないだろうか。いわゆる「ゆとり教育」による学力低下も問題だが、最近ではこうした指導力不足の教員が増えていることが問題になっている。特に公立の小中学では教員を選ぶことはできないので、問題のある教員に当たってしまった場合の影響は計り知れない。そこでまず、指導力不足教員の実態について、文部科学省の資料を見てみたい。

文部科学省が2005年4月1日時点でまとめた、「指導力不足教員の人事管理に関する取組等について」という資料がある。これは47都道府県、13指定都市教育委員会を対象に調査したもので、指導力不足教員の認定者数、それに対する取組みなどが示されている。

幅のある「指導力不足教員」の定義

結果を見る前に、そもそも「指導力不足教員」とはどういった教員を指すのかはっきりさせておきたい。指導力不足教員の定義は各教育委員会によって定められ、教育委員会が設けている判定委員会によって「指導力不足教員」が認定される。定義は各教育委員会によってさまざまで、定義の違いによって判定基準にかなり差があることをうかがわせる。いくつか例を挙げてみると、


「病気・障害以外の理由により、児童生徒との人間関係を築くことができないなど児童生徒を適切に指導することができないため、当該教員が担当すべき授業を他の教員が分担して行うなどの状況にある者のうち、継続して特別な指導・研修を要すると認定された者」(北海道)

「教員に求められる指導力に問題があることにより、児童又は生徒を適切に指導できない教員(問題の原因が精神性疾患等に起因する者を除く)」(山形県)

「指導が不適切である教員、教員としての資質に問題がある教員、精神障害等により指導力を発揮できない教員」(福島県)


「教員として必要な学習指導、生徒指導面の資質や学級経営能力が不足あるいは欠如しているため、子どもたちの心身を傷つけたり、保護者の疑問・不安・不信を招く指導を繰り返し、『学級崩壊』や『授業不成立』などのように、子どもたちが教育の成果を享受できない状況、いわゆる『教育阻害状況』を生じさせている教員」(京都市)

このように一概に「指導力不足」といっても、定義にはかなりの幅がある。常識的に教員として問題がある要因は含まれているが、どこで線を引くかは各教育委員会によってまちまちだ。また、その原因が精神性傷害にある場合どうするか、なども判断が分かれている。

ここでは各教育委員会の定義を簡単に紹介したが、教育委員会によってはかなり細かい規定を設けている。横浜市の例を見てみると、「指導力不足教員の具体的事例」として、1)学習指導を適切に行えない教員、2)児童・生徒指導を適切に行えない教員、3)学級経営を適切に行えない教員、とし、各項目について細かい事例が列挙されている。例えば、

・板書、印刷物等に誤字脱字が多い(学習指導)
・児童生徒の作品やテストを長期間返却しない(学習指導)
・問題の原因や責任を保護者・家庭に転嫁しようとする(児童・生徒指導)
・乱暴な言葉遣いで児童生徒に接する(児童・生徒指導)
・児童生徒を見下した言い方をしたり、高圧的・感情的な言動が多い(児童・生徒指導)
・いじめ、不登校等に対する適切な対応ができない(学級経営)
・児童生徒および保護者の願いや求めに対し、冷淡かつ機械的に対応しようとする(学級経営)

などで、これらの項目をもって「指導力不足」と認定されるのであれば、該当する教員を何人か挙げられる保護者の方は多いのではないだろうか。つまり、指導力不足教員の統計を見る際には、こうした定義の差がかなりあることを念頭に置いておく必要がある。

増えている「指導力不足教員」

2004年度、各教育委員会によって「指導力不足教員」と認定された数は566名だった。全国で566名という数が絶対数として多いか少ないかは意見の分かれるところだろうが、過去5年間の推移を見てみると、毎年、新規認定者が加えられ、指導力不足教員数は増え続けている。

認定制度が広がり認定者の数が増えたと見ることもできるが、2000年からの4年間を見ると、ほとんど倍々ゲームで認定者が急増していることがわかる。認定者の年代別構成比を見ると、20代1%、30代15%、40代50%、50代34%である。これを、教員1万人あたりの認定者発生率で見ると、20代0.8人、30代4人、40代8.6人、50代8.5人となる。認定の基準や方法によるところも大きいとは思うが、それにしても、若い教員を指導する立場にある40代、50代のベテラン教員が高い比重を占めている。その数が、全指導力不足教員の8割を占めていることは驚きである。

こうして「指導力不足教員」の認定を受けた者のうち3分の1は認定前退職、依願退職など何らかの形で退職している。そして残りの3分の2は基本的に1年以内の研修を受けることになっている。

一方、地方公務員の採用については条件附採用制度がとられ、1年間の条件附採用期間を経て問題があった場合には正式採用にならない。2004年度、正式採用とならなかった教員の数は全国で191名だった。これは全採用数19,565名中約1%に当たる。そして、この条件附採用期間終了後採用とならなかった者の数も、ここ5年で4倍近く増えている。先ほど見た統計ではベテラン教師の指導力低下が問題だったが、これから教師になろうという者についても問題のあることがわかる。

指導力低下への対策

さて、今見てきたような教員の指導力低下にはどう対処していったらいいのか。大きく分けてふたつの方法があるだろう。ひとつは、(1)既に教員になっている者に対する対処で、もうひとつは(2)これから教員になろうとする者への対処だ。

(1) 既に教員になっている者に対する対処については、まず、指導力を向上させるための研修などの工夫が考えられる。現に問題意識を持った地域では、教育委員会のサポートのもと教員向けの研修を自主的に行い、指導力の向上に努めている。ただ、こうした研修に参加するのは自ら問題意識を持った教員で、自分で指導力のなさを意識していない教員に対しては効果がないのでは、という疑問はぬぐいきれない。

次に、指導力に欠けた教員への対処がある。先の指導力不足教員認定のような対処は必要だろうが、まだまだ認定のハードルが高すぎるという意見も少なくない。基準や判定にしても、現在は各教育委員会でまちまちな感がぬぐえないので、そのあたりの検討も必要だ。中教審は教員免許更新制の導入を盛り込んだ教員免許制度の改革案を提出しているが、これ以上教員の指導力低下が続くならば、検討されてしかるべきだろう。

(2) これから教員になろうとする者への対処については、現在の教員免許状の取得に必要な単位や履修科目の中に、コミュニケーション能力、プレゼンテーション能力、ストレス耐性、社会人としての常識的な判断力などを含め、本来、教員に必要な能力や資質、適性を育成あるいは評価するための要素をもっと加えていくことができないものか。これによって教職課程の履修段階で教員としての適性や指導力が欠如・不足している者がふるいにかけられることになり、また、免許の意義・価値を高めることにもつながり、結果的に、よりプロ意識の高い教員を生み出すことになるのではないか。

さらに、教職大学院創設という方法も検討され始めている。これは時代の変化に対応するため、より高度な専門性と人間性・社会性を備えた教員を養成するための専門職大学院で、早ければ2008年度から設置される。社会人経験のある教師を求めている私立学校が多いことから、大手学習塾を経営する株式会社で教職大学院の設立を目指しているところもある。社会経験のある教員免許所持者が教員になれば、学生からそのまま教員になるのに比べ、指導力などの面での向上が望まれる。

教員も職業である以上、安易に退職が勧奨されるようなことがあってはならないと思う。しかし、資質や指導力に問題のある教員が教職を続けることは何よりも教えられる子どもにとって大きな不幸だ。小学生で問題のある教員に当たってしまったら、子どもの将来にも影響しかねない。また、適性ややる気のない教員がそのまま教育現場にいることによって、やる気のある教員までも意欲をそがれてしまう危険性もある。少しでも早い改革が待たれるが、保護者としても、ただ制度の改革を待つだけではなく、せめて自分の子どもが教わっている先生については、しっかりと知っておく必要があるだろう。

文:堀内一秀 イラスト:paru

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