2005.06.07
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学力低下は回復しつつあるのか?

学習指導要領の変更による、いわゆる「ゆとり教育」で子どもの「学力低下」が話題になって久しい。その後、2002年には文科省が「学びのすすめ」を発表したが、その成果は上がっているのだろうか? 2004年2月に全国で実施され、この4月に結果が発表になった学力テスト(小・中学校教育課程実施状況調査)の結果を見て考えてみたい。

 テスト(調査)は、小学校5、6年生が2004年2月17日、中学校1、2年生が2月17日、3年生が1月22日に全国で一斉に行われた。対象となったのは、小学校3,554校の21万1,000人、中学校が2,584校の24万人となっている。調査科目は小学校が国語・算数・理科・社会の4科目、中学ではそれに英語が加わる。

 テストの結果を見る前に、今回のテストがどのような意味をもつのか考えてみたい。1998年10月、新学習指導要領が告示された。その後、2001年からは教職員の定数改善計画が推進され、少人数指導などへの対応が進められている。そして、2002年1、2月に前回のテストが実施され、2002年には新学習指導要領実施、2002年12月にテストの結果が公表されている。また、2003年度からは学力向上フロンティア事業、学習意欲向上のための総合的戦略などを含む学力向上アクションプランが実施された。

 こうした一連の流れを見てみると、今回のテストは、前回(2002年度)に行われたテストから2年経っており、「ゆとり教育」で指摘された学力低下がどの程度回復したか、というのが大きな焦点になっている、ということがわかる。

 テストの結果について、詳細について興味のある方は、
http://www.nier.go.jp/kaihatsu/katei_h15/index.htm
に細かいデータが掲載されているのでそちらを参照してほしい。概要について、文部科学省では次のように分析している。まず前回の調査との同一問題に関して経年変化を見てみると、

・有意に上回る問題数約43%
・有意に下回る問題数約17%

となり、全体の傾向としては学力が回復していることがわかる。ただし、問題がないわけではない、記述式の問題について正答率と無回答率を見てみると、全体としては正答率が前回を上回り、無回答率が上がっているが、国語の記述式問題だけは正答率が下がっている。

 今回のテスト、前回のテストに加えて、前々回のテスト(小学校は1994-95年実施、中学校は1995-95年実施〉の結果も合わせて見ると、別の側面も見えてくる。全体的な傾向としては、今回のテストの結果は前回、前々回よりもよいのだが、一部の科目では前回の結果は上回っているものの、前々回の結果を下回っている。いい方を変えれば、学力低下は回復傾向にあるが、まだゆとり教育以前には戻っていない、ということができる。

 学習に対する態度を見る、質問紙調査の結果はおおむね好調だ。「勉強が大切・好き」「授業がわかる」児童の割合は増加傾向にあり、「学校の授業以外ほとんど勉強しない」児童の割合は減少傾向にある。

 こうしてみると、全体的には学力低下が止まり回復しつつある状況がうかがえるが、予想正答率に対し正答率が低かった問題に注目してみると、現状では不充分な点、課題が浮きぼりになってくる。主な点を挙げてみると、小学校国語の論理的に考える力、中学校国語の読解力、小学校算数の式の意味を理解して解く問題、中学校数学の多面的、論理的な思考力などだ。これらは新過程で重視された項目だけに、ゆとり教育が学力を低下させただけでなく、その代わりに伸ばそうと思った能力を伸ばせなかったことをうかがわせる。

 こうした結果に対して、文科省ではどのように考えているのか。初等中等教育局教育課程科で主に理科を担当している、清原洋一教科調査官にお話を伺った。

「PISAやTIMMSそれから今回の国内でのテストの理科についての結果を見てみると、国際調査ではあまり大きな変化がなく、国内のテストで同一問題の結果では定着の度合いが上がった、と見ることができると思います。また、PISAとTIMMS、教育課程実施状況調査は、それぞれテストの性格が違っていることにも注意をする必要があります。

 PISAは『生きるための知識と技能』を問うテストで、どちらかというと21世紀型のテストだといえます。ですからここで問われる読解力は『書かれたテキストを理解して、利用し熟考する能力』のことで、国語で通常言われる読解力とは違います。また、科学的リテラシーというのは、『自然界の変化について理解し、意思決定するために知識を使用し、課題を明確にし、証拠に基づく結論を出す』というものです。

 PISA調査で、読解力について低下傾向でした。科学的リテラシーについては、前回も今回も1位グループに入っていますので、とくに低下の兆候は見られません。ただ、結果をよくみると上昇している面もありますが低下傾向の部分もあります。具体的には論述形式の問題で成績が下がっています。ただし、今回の公表問題に論述式の問題はありませんでしたので詳細な分析はできません。前回公表された論述式の問題、例えばオゾンの生成について論述する問題では、完全正答率が一番良い半面、無解答の率も一番です。ただし、これについては、間違ったら恥ずかしいのでわからないことについては答えない、という文化的な背景もあると思われます。

 一方のTIMMSは小学校4年生と中学校2年生を対象に数学と理科の定着度を見るもので、調査としての歴史があり従来型の問いが多く出題されます。こちらの結果は、中学校の理科は順位としては4位から6位となりましたが点数はほとんど変わっていません。小学校の理科では少し点数が下がっています。

 次に今回発表した国内調査についてですが、理科についていうと、前回と共通した問題については、明らかに成績が向上しています。ただし、解答状況をよく分析すると課題となる点がいくつかみられます。たとえば『質量の保存』を理解しているか問う問題で、閉じた容器の中での反応では成績がいいのに、ふたが開いているとか、沈殿ができるという条件が加わると成績が下がっています。またグラフを描く問題でも、あらかじめ数値の振ってあるグラフ用紙には描けても、自分で目盛りを割り振る問題になると成績が下がっています。これには、いくつかの原因があると思いますが、ワープロが普及してしまったために、先生があらかじめ目盛りを振ったグラフ用紙を用意してしまっているといったことも関係していると思います。

 ただ、子どもの状況をみると今と昔ではだいぶ違ってきています。例えば、自然に触れる機会といったことでも状況は異なると思います。ですから、以前と同じように指導をしても必ずしも同じ結果にならない、ということも考える必要があると思います。

 それから最後に、こうした調査結果の一般での受け取り方についてですが、順位や点数などを見て、一喜一憂することにはあまり意味がないと思います。それより重要なのは、何ができなかったのか、その原因は何か、ということです。そこから教育の改善に有効なものが得られるからです。調査には限界があることも踏まえ、短絡的な判断が一番危険です。調査の結果から次にどのように改善すればよいかを考えながら、教育の場で活発に意見交換をすることが大切だと思います」。

以上のようなお話しを伺ったが、こうした結果に対して、対策について教育行政や学校が取り組んでいくのはもちろんだが、家庭でできることがないかといえばそうではないだろう。質問紙調査の結果によれば、「勉強が大切・好き」と答えた児童生徒はテストの点が高い傾向にある。また「朝食をかならずとるか」という基本的な生活習慣を問う質問に対して、生活習慣が身に付いているとうかがえる児童・生徒もテストの点が高い傾向にある。

 きちんとした生活習慣が身に付いていて、勉強が大切・好きと考える子どもはテストの点がいいという、言ってみれば当たり前の結果かもしれない。しかし、これは家庭での教育が子どもの学力と密接に関係していることを示している。学力低下を指導要領や学校のせいにするだけでなく、家庭での教育のあり方を改めて見直してみる必要があるのではないだろうか。

 そういうと学習塾や家庭教師が必要だと考える人がいるかもしれないが、それだけではないだろう。いくら学習塾に通ったり家庭教師を付けても、それだけでは勉強ができるようにはなっても好きになるとは限らない。学習の本質に目を向けるならば、学習の重要性をどう子どもに認識させるか、学習のおもしろさにどう気づかせるか、ということがもっと大きな課題であるような気がする。今回の調査結果を見て数字の上がり下がりを見て騒ぐのではなく、今の子どもにどんな学力が必要なのか考え直してみることが、調査結果を前向きに活かしていくことにつながっていくだろう。

文:堀内一秀 イラスト:Yoko Tanaka

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