2004.06.08
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小学校の英語教育で、「英語が使える日本人」は実現するのか?

「日本語もしっかりしていないうちに英語を教えるのは逆効果ではないか」、「中学からで十分間に合う」......反対する親も多い中、文部科学省では、小学校での英語の必須化の検討に乗り出した...。

 最近にわかに、英語の授業を取り入れる小学校が増えている。京都では「小中一貫教育特区」として認定を受けた4小学校で英語の授業がスタートした。滋賀県長浜市でも特区を活用して英語の授業が始まるほか、大阪府池田市でも2つの小学校の全学年で英語の授業を始めた。さらに群馬県太田市では、すべての授業を英語で行う「群馬国際アカデミー」が来年開校する予定だ。

 このような動きもあり、文部科学省は小学校段階で英語を必修化することの可否を検討する方針を決め、中央教育審議会に調査グループを設置し、1年後をメドに基本的方針を決めることにしている。

 一部の学校だけの動きだけならともかくとして、すべての小学校で英語が必修科目になれば、さまざまな影響が出てくることは間違いない。必修科目化については、河村文部科学大臣が指示を出して検討を始めたものの、省内にも「時期尚早」の声が少なくない。今回はこの「小学校での英語教育」について考えてみたい。

 日本の英語教育に関しては、文部科学省が「『英語が使える』日本人の育成のための行動計画」を策定し、これから進むべき方向について検討している。現在、小学校に導入された「総合的な学習の時間」で「英会話」を取り入れた学校は約半数に達する。しかしその実態を見てみると、未実施43.9%、1~11時間(年間)35.3%、12~22時間13.0%と現実的にはほとんど効果を上げる以前であることがわかる。そこで必修科目、という考えが出てきたといえる。

 小学校で英語を教えることに対し親はどう見ているかというと、現代教育新聞社が行ったアンケートによれば、約4分の3が「賛成」か「まあまあ賛成」で、「反対」「疑問・不安に思うは4分の1に過ぎなかった。まあ、小学校から英語を教えてくれて、それによって子供が英語のできる人になれるなら、何となく賛成、というのもうなずける。ただ、小学生の子供を持つ保護者に限ると、「反対」「疑問・不安に思う」が41.6%に達し、不安を隠しきれない当事者の正直な気持ちが垣間見られる。

 小学校での英語教育にはさまざまな利点・欠点が指摘されているが、そのごくごく一部を見てみよう。まず利点としては、「より英語ができるようになる」ということが挙げられる。とくにリスニングやスピーキングに関しては、小さな子供の方が音に慣れやすく、話すことに対しても積極的なので効果は高い。また、異なる言葉を学ぶことで、異文化に対する理解力が高まる、という点も見逃せない。先ほど見た親のアンケートでも、「本格的な英会話レッスンより、異文化に対して自然な興味を抱くこと」を期待した回答が多い。また、異なる言語を学ぶことで、思考形式の幅が広がることも指摘されている。

 これに対して反対の声も多い。その主なものを挙げると、「日本語もしっかりしていないうちに英語を教えるのは逆効果ではないか」、「中学からで十分間に合う」というものだ。最初の疑問に対しては、もちろんある程度の日本語が確立していることは大切だが、言語の習得としては英語を学ぶことによる利点の方がはるかに大きい、というのが定説になっている。「中学からでも……」はその前提条件として、中学からの英語教育がこれまでのものより、もっとヒアリングやスピーキングに重点を置いた、「英語が使える」ようになる効果的に変われば、が必要だろう。

 今見たのは小学生から英語を教えて効果があるのか、という視点に立ったものだが、これに関しては「小学校から教えた方が効果が上がる」といっていいと思う。しかし考えなくてはいけないのは、「では実際にそんなことができるのか?」という運用上の問題で、こちらの方がかなり深刻だ。まず小学校で教える場合には担任が教えることになるが、そのための研修や、教育課程の変更がうまくできるのか。ゆとりの時間でただでさえ学力低下が問題視されているのに、さらに科目を追加させて結局すべての学力がさらに低下してしまうのではないか。教科書の検定は、中学との連携をどのように調整していくのか。

 もし現実に小学校で英語を教えるとなると、現在実験校で進められている取り組みが発展した形を取ることになると思われる。愛知県春日井市の春日井小学校では年間56時間英語の時間を取っているが、初めは試行錯誤の連続だったという。現在ではかなり方法論が確立し、英語を聞かせることに重点を置き、話すことよりも英語の音に慣れることを目指した教育を進めている。小学校のレベルで考えれば、子供に無理にしゃべらせて英語嫌いにしてしまうより、音に慣れさせて中学でさらに発展した内容を学ぶ、というのは自然な姿だろう。ただしこれが必修科目化されると評価の問題が出てくる。評価のためにテストをすることで、英語に慣れて好きになる、という目標がかえって達成されないのではないか、と危惧する声も少なくない。

 逗子市にある私立の聖マリア小学校では、1年生から週3時間、先生が英語だけしか使わない授業をしている。担当している非常勤講師の粕屋先生によれば、「心を込めて英語を使う体験を多くさせたい。自分の思ったこと、感じたことを英語で表すのが大切なので、スキットを使った不自然な練習などはしない」ということだ。実際子供たちは、自分たちが使える単語を駆使して、見事に自分が感じたことを表すというが、そうした方法論を確立し実践できるようになるまでの教師の苦労を考えると、これを全国すべての小学校で実施するのはほとんど無理、と思わざるをえない。

 このように見てみると、確かに小学校から英語を教えれば今よりも英語のできる子供が増えるだろうが、はたしてそれを必修科目にするための体制ができているのか? という疑問を打ち消しきれない。もちろん、とりあえず始めてしまって徐々に体制を作っていけばいい、という考え方もあるが、中途半端な指導で中学に入る前から英語が嫌いになる子供が増えたら、これは逆効果になってしまう。

 そして大前提として、「本当に日本人がみんな英語ができるようになる必要があるのか」という問題がある。ある統計によれば仕事で英語を必要としている人の割合は、仕事をしている人全体の13%程度だという。考えてみれば、日本で暮らしている限り大学を卒業してからほとんど英語は使わない、という人の方が圧倒的に多い。

 とはいえ、今の子どもたちが大人になる頃には今以上に国際化が進み、英語を使う機会は確実に増えるだろう。アジア諸国の中でも英会話力については日本人がもっとも遅れているとも聞く。やはり、できないよりはできたほうがいいのである。となれば、ぜひ、子どもを英語嫌いにせず、また、他の学力も低下させずに、中学校ともうまく連携できるようなカリキュラムを考えて欲しい。そして子どもたちが、無理なく本当に「英語が使える日本人」となれるような英語教育に取り組んで欲しいものだ。

執筆:堀内一秀 イラスト:Yoko Tanaka

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