2004.02.03
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公立の中高一貫教育は、これから有力な選択肢に?

自分の子どもが中学・高校に入学する年齢になった親にしてみれば、子どもを中高一貫校に入れるべきかどうか、悩むのは当然のことだろう。しかし、国立大学の付属は入学試験のレベルが高いし、私立になれば経済的負担がばかにならない。こうした状況の中、文部科学省は公立の中高一貫校の設置を進めている。

■最終的には500校が目標

 東京大学が2002年11月に行った「学生生活実態調査」によると、回答者のうち私立の中高一貫校出身者が初めて過半数を超えた(50.3%)。国立大学付属の中高一貫校出身者も10%台になり、60%以上が一貫校出身者になったことになる。これとは反対に、公立高校出身者の割合は減る一方だ。東大に限らず、国公立大学・有名私立大学でも同じような傾向が目立つ。

 もちろん、大学受験が高校教育の目的のすべてではないが、その比率は決して低くはない。自分の子どもが中学・高校に入学する年齢になった親にしてみれば、子どもを中高一貫校に入れるべきかどうか、悩むのは当然のことだろう。しかし、国立大学の付属は入学試験のレベルが高いし、私立になれば経済的負担がばかにならない。こうした状況の中、文部科学省は公立の中高一貫校の設置を進めている。

 公立の一貫校には3つの種類がある。ひとつの学校として6年間教育を行う「中等教育学校」、同一設置者による中学と高校をつなぎ高校の入学選抜をしない「併設型」、中学と高校が課程や生徒の交流・連携を深める「連帯型」の3つだ。1999年4月宮崎県五ヶ瀬中等教育学校が開校したのを皮切りに、文部科学省は全国で500程度設置したいとしている。

 全国的に見てみると、2003年度までに設置されたのが26校、2004年度以降も42校の設置が計画されている(連携型を除く)。東京都では2005年度に白鴎高校をもとにした一貫校をはじめ、2010年度までに11校が設置される計画になっている。

■一貫校の魅力とは?

 公立一貫校の魅力は、何よりも経済的負担が少ないことだ。「いい大学に入れるためには私立の中高一貫校に」と考える親に、新たな選択肢を提供することになる。そのほかにも、中高一貫教育の利点は多い。

 まず、中学・高校と分断されることなく6年間を通じて系統的なカリキュラムを組むことができるので、その分時間的な余裕が生まれる。その時間を、体験学習、地域の学習、国際化・情報化に対応した学習などに与える、というのが文科省の大きなねらいだ。

 高校受験もないので、受験のための勉強に時間や労力を費やす必要もない。また、単独の中学・高校と比較すればより広い年齢層の人間と交流することになり、社会性や人間性がつちかわれるともいう。

 東京都で第1校目になる白鴎高校をもとにした一貫校では、地域の学習や体験行事に加え、日本の伝統文化理解のために、邦楽、三味線などの科目も設ける計画だ。

■問題点は?

 こうしてみると、私立の中高一貫校のような環境で月謝も安いのだから、いいことだらけのように見える。しかし、問題がないわけではない。いろいろ指摘されているが、まず大学進学のエリート校になるのではないか、という心配がある。ゆとりある教育や体験学習も魅力的だが、親が大学受験に無関心だといえばうそになる。文科省のねらいはそこにはないのだが、ゆとりが大学受験に向けられエリート校になる危険は大きい。それでは、国立大学の付属一貫校と変わらなくなってしまう。

 これに対し実施に向けて準備を進めている台東区中高一貫6年生学校開設準備室では、「一貫校設置といっても、まったく新しく学校を作るのではなく、あくまで白鴎高校の内容を引き継いで踏襲するような形になる。だから、受験に強いという現在の態勢は大きくは変わらない。ただし、6年一貫で余裕が出た分、教養を深めたりするほうに回すことができ、それが特徴になるのではないか」という。

 それに対応して、受験の低年齢化も心配されている。実は公立の中高一貫校では、それを避けるために学力試験で選抜できないよう決められている。そのため、「適性検査」という名前で思考・判断・表現力、課題解決能力などをみたり、抽選なども行っている。しかし一部の地域では、この「適性検査」をターゲットにした教室を開く塾が出てきている。

 首都圏に多くの校舎を持つ四谷大塚では、「現在のところ、中高一貫を対象にした教室の設置は予定していない。これから先のことになるとどうなるかはわからないが、しばらくは様子見ですね」という。前出の準備室も、「そのうち塾が適性検査を目標にすることは考えられる。ただしそれはたとえば自分で考える練習とか、自分の考えたことを発表するためのトレーニングになるだろうから、教科書にも出てこないことを暗記しなくてはならない従来のような受験競争とは違ったものになるはず」という。

 現在、私立の一貫校が大学受験で台頭しているため、一貫校は中学・高校よりいい、というイメージが広がっているかもしれないが、6年一貫にはそれなりの問題もある。たとえば、高校受験がないため中だるみが起きる、生徒間の序列化が進みやすい、年齢差の大きな団体をまとめるのは難しい、などだ。また、小学生段階での進路選択は難しい、ということもある。ただし、私立の場合は、長い歴史の中でこうした問題に直面し、試行錯誤を繰り返し解決策を探ってきた。それを公立が形だけまねて、これらの問題に対応しきれるのか、という不安の声も聞かれる。

 このように見てくると、公立の中高一貫校が全国にたくさんできることは、中学進学時の選択肢を広げる、という意味では多大いに意味がありそうだ。ただ、それが全国に普及しいろいろな問題解決の方法を確立したものになるまでの過渡期は、問題が噴出することも考えられる。

 子どもが中学に進学するのは人生で一度しかない。だからしばらく様子を見て検討する、というわけにはいかないが、少なくとも、「受験に強い私立の中高一貫校が公立の値段で」とだけ判断するのはまだ早すぎる。卒業生が大学へ行き、社会に出たときにこの試みがどのような結果を生むのか、慎重に見守っていきたい。

執筆:長橋由理 イラスト:Yoko Tanaka

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