2003.02.11
  • twitter
  • facebook
  • はてなブックマーク
  • 印刷

ますます加熱しそうな中学受験を考える

一流企業にさえ入れば生涯安定した生活が得られるという神話が崩壊し、学歴社会の見なおしが図られているにも関わらず、中学受験熱は過熱するばかり。これからもこの状態は続くのだろうか...。

●首都圏で顕著な中学受験志向

 平成14年の首都圏小学校卒業者は29万人、その前年は30万6000人だったから、数だけ考えれば約5.3%減ったことになる。ところが私立中学への応募総数を見てみると14年が20万5000人、前年が20万1000人とわずかながら増えている。募集回数の増加もあるので、これから単純に受験者が増えたということはできないが、この数字を受験率で見てみれば14年13.3%、13年12.8%となり、割合としては確実に増えている。そしてこの13.3%という数字は、全国平均の5.4%に比べてはるかに高いのも特徴的だ。首都圏では7.5人にひとりは私立中学に行っている計算になる。

 私事で恐縮だが、私にはこの4月に小学校6年生になる息子がいる。彼も私立中学を目指して塾通いの毎日だ。クラスの3分の2が塾に行っており、その大半が中学受験をするのは確実。私自身は東京都出身、妻は横浜市出身で、二人とも高校まで公立だったので、息子が「中学受験」するなどまったく頭にはなかった。だが、息子が4年生になる直前、あちこちの大手学習塾のDMに引かれて、妻が説明会に行ってみると、ちょうど新指導要領前夜で、学習塾は「3割削減の危機」を解説し、「今後もさらに私立中学受験のトレンドは続くだろう」と主張していたという。

●中学受験の動機は?

 私立の中学を受験するのは小学生だから、子どもが自分の意志で受験を選択するとは考えにくい。だから私立中学受験は、親の考えを反映しているといえる。では子どもに私立中学を受験させる親の動機は何かというと、次の3つに代表されるだろう。

1)しっかりとした受験教育をしている学校に早く入学させ、大学受験で優位に立たせたい。

2)(中高一貫教育を前提として)高校入試のない学校で、伸び伸びした青少年期を送らせたい。

3)問題の多い公立中学を避け、きちっと生活指導をしてくれる学校で、いじめなどの心配のない学校生活を送らせたい。

 学力低下をきっかけとした最近のブーム以前には、「学校の教育理念に賛同して」というのが動機の主流で、今も特にミッション系の学校ではその傾向は強いようだ。

●私立中学の利点は、子どもの将来に対し多様な選択肢を提供してくれること

 確かに少子化の中で私学はどこも、多様化する教育ニーズに応える独自のバリューを造り上げようとしている。外部受験のサポートを強化する付属校、総合学習やボランティア活動に注力する進学校、受験英語と英会話をシンクロさせながら両方サポートしてくれる語学教育など、私立中学のカリキュラムを見ると、教育ニーズの多様化にすばやく対応していることが見て取れる。
 親から見ると、このような私学の動きは、12歳の時点ではわからない子どもの潜在能力や志向性に多様な選択肢を提供してくれる教育環境と映る。いちおう大学進学路線だが、もし途中で本人がやりたいことに目覚めたらそれにチャレンジさせたい、日本の大学に見切りをつけて留学するならそれも良し、と考えている親から見ると、私学の教育環境は大変魅力的なのだ。

●中学受験には弊害も

 それではこのように私立中学受験が進み、弊害がないのかといえばけっしてそうではない。まず当然起こってくるのが受験競争の低年齢化だ。国連子どもの権利委員会は1998年6月、日本の学校教育に関して「過度に競争的で、心身に否定的な影響を及ぼしている」と異例の改善勧告を行ったが、この原因のひとつが受験競争の低年齢化にあることは間違いない。また子どもに強度のストレスが蓄積することにより、いじめ・非行・不登校などの問題の原因になっていることも十分考えられる。学習塾にしてみれば、これから少子化で子どもの数(お客さん)が減ることを考えれば、受験競争の低年齢化は好ましいことかもしれないが、実際にその競争に参加させられ、ストレスを受けるのは子ども自身だ。

 また、中学受験の増加は公立の中学にも悪影響を及ぼしている。それは、公立の中学校が私立に落ちた者が行く学校という場所になることによって、「多様な文化の価値を知り寛容さを学ぶという民主的な社会、なかんずく地域コミュニティを形成する機能を失わせることになる」(「中教審一審議のまとめ」に対する意見について)からだ。公立小学校でも、児童の多数が塾に通っている状況で、どうしたら学校ならではの授業ができるか模索している教師も少なくない。

 さらに考えなくてはならないのは、私立中学を受験する子ども自体の問題だ。中学受験に失敗して自分に対する自信をなくす可能性があるのはもちろんのこと、中学に入ってから受験の影響が悪いほうに表れることもある。ある学習塾ではその影響を次のようなものとして挙げている。

1)塾で下位にいた経験が自信を砕き、やる気をなくす。

2)あまり苦労をせずに中学に受かったため、その後油断する。

3)「中学に入れば楽ができる」と言われ続けたため、遊びや部活動を口実に勉強をしなくなる。

●大切なのは子どもの将来にとって何が一番大切か見極めること

 こうして見てみると、子どものためによかれと思って勧めた中学受験が、かえって子どものやる気をなくしたり、ストレスになって重圧をかけてしまったりする可能性がけっして低くはないことを十分考慮する必要があるのではないだろうか。さらに言えば、日本の実社会では学歴信仰はとうの昔に崩壊している。受験の最終目的である一流大学に入学できたとしても、その後の幸せな生活が保証されている時代はもう終わってしまった。それならば、「生きる力」とは言わないが、社会に出て自分が何をするのかを学校にいるうちに考えて見つけ、それに必要な勉強なり技術を身に付けることの方がよほど重要だろう。
 ある教育評論家は、「学歴社会が崩壊して、それでもなんのために学ぶのかといえば、豊かな生き方をする、自己実現を可能にするために学ぶのです」という。中学受験をするのも悪くはないが、大学を出て社会人になってから先のことまで考え、子どもにとって何がいちばん大切で将来役に立つのか、その点をなおざりにして中学受験をさせても結果がどう出るかはわからないということだけは覚えておいたほうがいいだろう。

執筆:堀内一秀  イラスト:Yoko Tanaka

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

ご意見・ご要望、お待ちしています!

この記事に対する皆様のご意見、ご要望をお寄せください。今後の記事制作の参考にさせていただきます。(なお個別・個人的なご質問・ご相談等に関してはお受けいたしかねます。)

pagetop