2013.02.12
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採用試験の倍率低下で懸念される「教員の質」

教員免許の修士レベル化か、更新制の強化か――再びの政権交代で、改めて教員の質をどうやって向上させるかがクローズアップされている。しかし、そんな政策論議の一方で、現実に新規採用者の質の低下が進行しているという指摘がある。しかもそれは目下の政策論議とは全く関係のない、採用試験の倍率低下という理由でだ。

採用数を決めるのは、子どもの数と退職者数

 文部科学省が毎年発表している「公立学校教員採用選考試験の実施状況」によると、2012年度の競争倍率は小学校4.4倍(前年度比0.1ポイント減)、中学校7.7倍(同0.1ポイント減)、高校7.3倍(同0.4ポイント減)、特別支援学校3.4倍(同0.1ポイント減)などとなっていた。関係者以外がこの数値を見れば、なかなか狭き門だと思うだろう。

 しかし受験者の中から優秀な人材を採るには3倍以上ないと難しい、というのが採用担当者の経験則だ。3倍を下回った場合、質に不安を感じる者でも募集定員を埋めるために採用せざるを得ない、ということでもある。しかも、これらの数値はあくまで全国平均であって、都道府県市による偏りも大きい。3~4倍程度は決して安心できない数値だ。

 全校種を合わせた競争倍率で推移を振り返ると、4.7倍だった1992年度から上昇が始まり、ちょうど2000年前後は10倍を超え、時には15倍近くになるという「超狭き門」だった。それが2002年度に9.0倍と一気に落ち込んだ後は漸減傾向に。2012年度は5.8倍と20年前の水準に戻っている。

 ここで、教員の採用数がどうやって決まるかを確認しておこう。 言うまでもなく学校の教員とは、子ども相手の仕事である。公立学校の教員の総定員(専門用語では「教職員定数」と呼ぶ)は児童・生徒数、大まかに言えばクラス数を基礎にしてはじき出される。子どもの数や学校・クラスの数が減れば、当然それだけ定数は減り、既に採用されている教員も過剰になる。

 その上で採用数の動向は、退職者がどれくらい出るかによっても左右される。世間では2007年度から2009年度にかけての「団塊世代の大量退職」が社会問題となったが、子どもを相手とする教育の世界では、団塊世代の子どもである第2次ベビーブームに対応して大量採用された教員が、まだ50代として残っている。教育の世界では5~10年遅れで「大量退職」問題が進行中なのだ。

 新規採用の需要は、今後も増えることが予想される。実際、2012年度の採用者総数は前年度比4.4%(1297人)増の3万930人だった。3倍以上の競争倍率が維持できているのは、採用枠の拡大を見越して私立大学が教員養成学部を新設するなど、教員志望者が増えていることの表れでもある。

年齢構成のいびつさが、採用後の育成にも難

 他方、学校現場では1990年代以降、とりわけ2000年前後に新規採用数が極端に抑制されたことで、教員の年齢構成がいびつになっている。

 公立小・中学校に限って見ると、2011年度末現在の平均年齢は44.4歳。54歳をピークに50歳以上が4割を占める一方、40代は3割を切り、30代は2割ほどしかいない(文科省調べ)。新規採用教員に近い立場の中堅層が薄い上に、多忙化により他の教員に構っている余裕は昔ほどなくなっている。若手教員が悩みを抱えたまま、誰にも相談できず孤立している姿も珍しくない。

採用「試験」というシステム自体が質の低下を生む?!

 そうした状況の下で、採用試験というシステム自体が教員の質の保証に役立たなくなっているという指摘もある。本欄の前任担当者である坂本建一郎氏もメンバーである研究グループ(研究代表=布村育子・埼玉学園大学准教授)による「教員採用の市場化をめぐる、大学・教育委員会・教員採用試験産業のダイナミクス」だ。

 教員採用の1次試験が競争テストである以上、受験者は教員になりたい一心で過去問を解き、各自治体の「傾向と対策」に沿った勉強をするようになる。採用後に指導力を発揮できるような勉強は、つい二の次になりがちだという。いくら2次試験で人物本位の選考をしようとしても、1次合格者の質がペーパーテスト偏重では限界がある。教員採用の拡大を見越して大学側が「面倒見のいい」採用試験対策に力を入れ過ぎるのも、望ましい教員を育てるという教員養成機関の本来の在り方にとっては逆効果にもなっている。

 しかも研究メンバーによると、近年の「広き門」を敏感に受け止め、教員志望者が「あの先輩が受かったぐらいなら、私も……」と甘く考える傾向すら見受けられるという。採用枠の絶対数が増える中、倍率だけでは語れない「質」低下の懸念があるのだ。

 言うまでもなく教員の質は、子どもの教育を左右する。保護者や国民の期待に応えるためにも、建前や政治的思惑だけでなく、実証的かつ本音の議論が必要なように思う。

渡辺 敦司(わたなべ あつし)

1964年、北海道生まれ。
1990年、横浜国立大学教育学部を卒業して日本教育新聞社に入社し、編集局記者として文部省(当時)、進路指導・高校教育改革などを担当。1998年よりフリーとなり、「内外教育」(時事通信社)をはじめとした教育雑誌やWEBサイトを中心に行政から実践まで幅広く取材・執筆している。
ブログ「教育ジャーナリスト渡辺敦司の一人社説」

構成・文:渡辺敦司

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