2012.11.13
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教職員のメンタルヘルス対策の遅れ

文部科学省の有識者会議が、教職員のメンタルヘルス(心の健康)対策について報告書(中間まとめ)を公表した。精神疾患による休職の増加の問題が指摘されて久しく、各教育委員会などでも対策が進められてきたはずだが、実際はどうだったのか。

置き去りにされた労働環境

 今年1月から9月までの7回にわたる会合を傍聴していて、強く印象付けられたことが2点ある。まず1点目は、民間企業などと比べて、教育界はメンタルヘルス対策が格段に遅れているということだ。

 もちろん企業のすべてで実際の取り組みが進んでいるわけではないが、少なくとも厚生労働省が詳細な指針などを示しており、大手企業を中心にシステマチックな対策が進んでいる。労働生産性が業績に直結するからだ。しかし学校は以前から、労働安全体制の整備の遅れが指摘されてきた。聖職者か労働者か、という議論が古くからあった割には、労働環境という点に十分注意が払われてこなかったのではないか。

 そんな風潮の中でメンタルヘルス対策も、必然的に遅れていったのだろう。吉川(きっかわ)武彦座長(清泉女学院大学長=精神医学)の「教育だけが特別だと言うことは、やめなければいけないかもしれない」という発言(第6回会合)を、教育関係者もかみしめるべきだろう。

復職のためのプログラムを新たに提案

 もともと会議が始まったのは、全般的な予防的取り組み策とともに「効果的な復職支援の在り方」を検討するためだった。逆に言えば、これまで復職支援が不十分だったということでもある。今回の報告の目玉も、病気休暇の取得から職場復帰までのプロセスを示しながら、復職支援の必要性を示したことにある。

 とりわけ「復職プログラム」の提案が重要だ。主治医の判断も仰ぎながら、休職期間中に「試し出勤」などの取り組みを求めている。それも、(1)通勤し職場に慣れる、(2)仕事の内容に慣れる、(3)復職に向けて具体的な準備をする――といった段階を追いながら、復職時期を探っていくことが必要だとしている。さらに、復帰後も仕事の軽減や勤務時間の調整といった配慮を検討するよう求めている。

 やはり学校には、民間企業とは違った働き方の特殊性がある。年度を単位に学校運営や教育指導が行われていること、一人の教員がオールマイティーな仕事を求められることなどだ。そのため休職後の職場復帰も年度初めから、それも教科指導に生徒指導に校務分掌に、とフル稼働を期待されるケースがほとんどだ。しかしメンタルな問題はゼロか1かで割り切れる単純なものではない。復職直後に無理をしてしまえば、再発の危険性が大きい。だからこそ復職支援ではステップを踏んだ「慣らし」を重視しているのだ。

 もちろん、現場の努力だけでは限界がある。報告でも、休職者の代替として任用された教職員を、休職者が復職した後も一定期間継続して任用することが望ましいとの考えを示している。財政措置も含め、国や都道府県を挙げたメンタルヘルスの総合対策が不可欠だ。

教職の特殊性に理解を

 さて、特に印象深く感じたのは2点目だ。それは、教職という仕事自体にメンタルヘルスの不調を誘発する要因があふれている、ということである。

 教職は、医療や介護、サービス業などと並んで「感情労働」だとされる。業務に感情のコントロールが必要で、それだけに精神的な負荷が大きい。しかも教職は子どもの感情に訴え掛けて発達や成長を促すという点で、更に負荷が掛かる職業だと言えるだろう。「民間だって厳しい」という一言では、決して済ませられない。しかし世間のみならず、本人たちもそのことを忘れがちなのではないか。

 報告では「教職員のメンタルヘルス不調の背景等」として、教職の特殊性が指摘されている。教職に就いている者にとっては、一つ一つがうなずけるところだろう。ただ、文章にしてしまうと無味乾燥にさえ見えてしまうのが若干残念だ。実際の会合ではスクールカウンセラーや臨床医などの専門家委員から、現場教職員に寄り添った同情的な指摘が相次いでいたように感じた。感情労働としての教職に困難性が増していることを、もっと世間にアピールできたらいいのに、と思う。

 教職をめぐっては、教職員定数が抑制される中での新学習指導要領の本格実施と定着、社会が求める人材育成など新たな課題への対応、子どもや保護者の変化と社会の目の厳しさ、校内の年齢構成のいびつさ、増える事務量など、ストレス要因はますますかさむばかりだ。むしろメンタルヘルスの危機は今後ますます高まっていく、と見るべきだろう。

 何より「先生」の存在自体が、子どもに大きく影響する。それこそ「精神論」では、メンタルヘルス対策と呼べないだろう。報告をきっかけに、各教委や学校で総合的かつ効果的な取り組みの検討が始まることを期待したい。

渡辺 敦司(わたなべ あつし)

1964年、北海道生まれ。
1990年、横浜国立大学教育学部を卒業して日本教育新聞社に入社し、編集局記者として文部省(当時)、進路指導・高校教育改革などを担当。1998年よりフリーとなり、「内外教育」(時事通信社)をはじめとした教育雑誌やWEBサイトを中心に行政から実践まで幅広く取材・執筆している。
ブログ「教育ジャーナリスト渡辺敦司の一人社説」

構成・文:渡辺敦司

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