2012.10.09
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「新たな教職員定数改善計画」の意味

35人学級は地方自治体の選択制に――。文部科学省は「新たな教職員定数改善計画案」を立て、来年度概算要求に初年度所要額を盛り込んだ。「12年ぶりの策定を目指す」という今回の計画案は、どのような意味を持っているのか。

幻と消えた「新・計画」

「新たな教職員定数改善計画案」(以下、「新たな計画案」)は、中学校3年生までの公立小・中学校全学年で35人以下学級を推進することを目指すのが主眼である。この他、いじめ問題への対応や教育格差の解消、インクルーシブ教育に向けた特別支援教育なども含めて、計画期間の5年間で計2万7,800人の教職員定数増を行いたい考え。この他、東日本大震災への対応で1,000人を別枠で要求している。

 ところで教職員定数改善計画といえば、文科省は2010年夏に「新・公立義務教育諸学校教職員定数改善計画(案)」(以下、「新・計画」)を打ち出していた。名前が似ているのでややこしいが、今回の「新たな計画案」はこれとは別物である。

 かつての「新・計画」は、計画期間8年のうち前6年間で小・中学校の一律35人以下学級を実現し、残り2年間で小学校1・2年生を更に30人に引き下げる、というものだった。2011年度概算要求では初年度分として小1と小2を一気に35人学級化すべく要求したのだが、小1しか認められなかったのは周知の通りだ。2012年度予算では小2の35人学級化を要求したが、予算折衝の結果、実際に35人以上となっている学級を解消する分に限って加配措置を行い、何とか小学校低学年の35人以下学級を実現する格好に落ち着いた。

 役人に言わせれば、2011年度予算折衝が決着した段階で既に「新・計画」の策定は幻と消えたのだと言う。ただし、つい先頃までそうした説明を公式に見聞きしたことはなく、計画案が残っているのか消えたのかさえ一般にはわかりにくかった。今回の「新たな計画案」を打ち出すに際して、やっと「教職員定数改善計画は第7次計画(編注:01~05年度で計2万6,900人を改善)以降策定されていない」「(同:01年度以来)12年ぶりの策定を目指す」と明記された。

教職員定数改善の必要性

 そもそも既に都道府県の独自判断で、一部学年などの35人以下学級は実現している。しかし地方財政は苦しくなる一方で、これ以上の充実は難しくなりつつある。そもそも教職員定数は児童・生徒数や学級数を基礎として算定され(標準定数)、その一定割合(現在は3分の1)を国が負担する仕組みだ。必ずしも財政が潤沢ではない地方が更なる学級規模の引き下げを行うには、やはり国の標準定数が改善されなければ限界がある。加えて、全国的に見れば第二次ベビーブーム時に大量採用された50代の教員(第一次ベビーブームの当事者である「団塊世代」とはズレがある)の大量退職が約10年間続くことが見込まれており、都道府県教委が年齢構成のアンバランスを最小限に抑えるための計画採用を行うにも、先を見通せる教職員定数改善の年次計画が切実な課題になっていた。

なぜ地方に任せるのか

 今回の計画案で最も注意しなければならないのは、必ずしも一律に35人以下学級を目指すものではないということだ。どの学年から手をつけるかは、都道府県の判断に任される。その上、市区町村教育委員会や学校の判断で、35人以下学級化のために配置された教職員を少人数指導やチーム・ティーチング(TT)に活用することも可能にするとしている。

 なぜこのようになったのかというと、小1の35人学級が決着して以後、小2以降の教職員定数改善の在り方を検討する中で、35人以下にすればすぐに学力が向上するといった明確なデータが得られなかったからだ。ただ、不登校の減少など生活指導上の即効性は見込まれるとともに、少人数学級を続ければ学力向上の兆しも見られるデータはあった。学級定員の引き下げか少人数指導・TTかの選択制を取り入れている東京都教育委員会では、どちらも甲乙つけがたく効果があったという調査結果も出ている。何はともあれ35人以下学級が実現できる分の教職員定数は国が措置するから、後は地方の判断で最も教育効果が出るように活用してほしい、というのが今回の計画案だ。

「証拠に基づく」教育政策を

 逆に言えば、一律35・30人学級を求めた幻の「新・計画」は「詰めが甘かった」ということになる。政権交代後の熱気のまま「行け行けドンドン」で策定を目指した向きも否定できない。

 しかし学校現場の感覚から言えば、たとえどんな理屈であっても教職員の数が増えなければ、これ以上立ち行かないことも確かだ。新学習指導要領に対応した授業改善と学力向上の要請に追われ、いじめ対応や安全対策など生活指導も課題は山積。増え続ける事務作業も加わって、教員の多忙化は深刻度を増している。

 そういう意味で今回の「新たな計画案」は、客観的なデータに基づいて教育政策を策定する試金石になろう。国の財政も厳しいため予断を許さないが、教育投資を行わなければ改善も期待できないことも、また確かである。

渡辺 敦司(わたなべ あつし)

1964年、北海道生まれ。
1990年、横浜国立大学教育学部を卒業して日本教育新聞社に入社し、編集局記者として文部省(当時)、進路指導・高校教育改革などを担当。1998年よりフリーとなり、「内外教育」(時事通信社)をはじめとした教育雑誌やWEBサイトを中心に行政から実践まで幅広く取材・執筆している。
ブログ「教育ジャーナリスト渡辺敦司の一人社説」

構成・文:渡辺敦司

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