2012.08.07
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日本はこれから「複線型学校制度」となるか?

日本の学校教育制度は、これまで「単線型」であったが、高校の早期卒業制度の創設が提言されるなど、「複線型」への変化を予感させるような動きもある。これからの日本の学校教育制度はどのように変わっていくのだろうか。

学校種の接続は柔軟になりつつある

 近年、小中一貫教育や、すでに制度的に実現している中高一貫教育校など、学校種のあいだをより円滑に融合していこうという動きが進んでいる。

 中高一貫教育については導入当時、「選択的導入」という言葉がさかんに用いられたが、修業年限は、中等教育学校、併設型、連携型のどれをとっても、6年間であることに変わりはなかった。

 ところが、今回提唱された「高等学校の早期卒業制度」は早ければ2年間で高校を卒業できるという制度である。すでに「大学の飛び入学」という制度が始まっているが、これは高校をスキップして(高校の卒業資格を得る形ではなく)大学に入学するものである。形の上では同じではないかと思われるかもしれないが、大学に飛び入学する際には、高卒資格が取れない。

 これは小さなことのようで、実は大きな違いである。2年間で高校を卒業できるということは、現在の学校制度が前提としている「学年制」や、その背後にある日本の社会構造(例えば、新卒一括就職や年功序列賃金等)の変化に踏み込む可能性を持つ点で、これまでとは質的に異なる。

 つまり、これまで「単線型」であった学校教育制度を、事実上「複線型」へと軌道修正していく端緒となる可能性を秘めている。

「単線型」「複線型」とは

 単線型学校制度と複線型学校制度の違いについて確認しておこう。辞典による「単線型・複線型学校体系」の説明は以下の通りである。

「初等教育から高等教育までの学校体系を、重要な選抜・振り分けの時期やカリキュラムを異にする学校系列への分化時期に着目して類型化する理念型。このうち単線型教育制度とは学校系列の分化がなく、上級学校への進学機会がすべての下級学校修了者に開かれたシステムを指す」(『新版 学校教育辞典』教育出版)

 つまり、単線型学校制度とは、小学校や中学校の段階は修業年限や学習内容も共通で、高等学校においても修業年限では他に選択肢がない(=単線)学校制度である。

 これに対して、複線型学校制度とは、小学校や中学校の段階から、異なる修業年限、学校種が併存している(=複線)学校制度である。先に引用した辞典では、「重要な選抜・振り分けの時期やカリキュラムを異にする」とあった通り、主に進学型か就職型かという違いによって分かれる。

 学校教育制度は図を見ると一目瞭然なので、文部科学省『教育指標の国際比較』(平成24年版)を見ていただきたい。説明も含めて、この図がとても分かりやすい。

 62ページから、日本、アメリカ合衆国、イギリス(連合王国)、フランス、ドイツ、ロシア連邦、中国、韓国の学校系統図が掲載されている。この図の縦軸は年齢である。「横幅」は、同世代における人数のうち、どれくらいがその学校種に通っているかを反映している。日本や韓国、中国は、小学校と中学校が共通で、高等学校から少し横幅がせまくなり、選択肢が増える。

一方、イギリスやドイツは、日本でいう中学校段階で、学校の選択肢が増え、早い段階から、学習内容に質的な違いがある。

「単線型」のねらいは「教育の機会均等」だった

 単線型学校制度が日本に導入された理由は、『我が国の教育水準』(文部科学省、昭和45年)に説明されている。一部引用してみよう。

「第2次世界大戦後,わが国は,教育の機会均等の理念の実現のため,6・3・3・4制のいわゆる単線型の学校制度を採用した。この新制度の下で戦後4半世紀を経た今日,わが国は,教育の普及と水準の高さにおいて,先進諸国の中でも高い地位を占めるにいたつた。」(原文ママ、一部記号等修正)

 戦前の日本は、複線型学校教育制度をとっていた。そのため、家庭の経済的な事情など、さまざまな要因によって、教育機会は必ずしも国民に均等に与えられていたわけでなかった。戦後、「教育の機会均等理念の実現のため」に単線型学校教育制度が導入され、小学校と中学校が義務教育となり、新制の高等学校が発足したわけである。

 ところで、先ほど引用した文章は、こうつながっている。
「しかし,近年教育の機会均等の理念のよりいつそうの実現と,近代産業社会の諸要請にこたえるという観点から,現行制度の再検討を望む声が高まつてきた。特に,年々増加する後期中等教育進学者の多様な能力と適性に応ずる教育の制度上の保障が大きな問題となり,すでに,昭和37年には,中学校卒業者を収容し,5年間の一貫教育を行なう技術者養成のための高等専門学校が設置された。また,最近では,学校系統を,児童,生徒の発達過程から再検討することが要請されている。」(原文ママ)

 興味深いことに、今から40年前の段階でも、「学校系統」の再編を検討することが示唆されている。実際に、「46答申」と呼ばれる、上記『我が国の教育水準』と同じ時期に出された、中央教育審議会答申「今後における学校教育の総合的な拡充整備のための基本的施策について」(1971〔昭和46〕年)が、今日の小中一貫教育や中高一貫教育の原点であると指摘されることもあり、学校教育制度をどうするかという問題は、実は新しいようで古くからある問題の一つである。

潮目にある、現在の教育改革

 先が見通せない時代が長らく続き、学校教育のあり方も模索が続いている。従来の「単線型」の教育制度が、もし“制度疲労”を起こしているのであれば、「複線型」も含め、新しい方向性を打ち出していくことは必要である。しかし気をつけなくてはいけないのは、複線型教育制度は、リカレント教育や生涯学習といった概念で説明される、人生における学び直しや、何度でもチャレンジできることを可能とする

 社会とセットであるということだ。果たしてそれが今の日本社会や、これからの日本社会において準備されているのかどうか。

 日本の教育改革は、明治の学制に始まる一連の改革を第1の教育改革、終戦後の焼野原から立ち上がった改革を第2の教育改革とすることが多い。その後は、何度も第3の教育改革がいわれてきたが、現時点から考えれば、先述の「46答申」ないしは、中曽根内閣時代の臨時教育審議会が第3の教育改革の端緒と位置づけられるだろう。

 現在、進みつつある制度改革は、形としては小さいものかもしれないが、第3の教育改革の延長線上にありながら、踏み出すことができなかった一線を越えつつあると思われる。学校教育制度は、日本において近代国家を立ち上げ、また、一度崩れ去った国土を世界有数の工業立国にまで再興した。長らく続く低迷の時代を抜けて、日本社会が再び、世界に存在感を示すことができる国となれるだろうか。その潮目に現在の教育改革はある。

坂本建一郎(さかもと けんいちろう)

時事通信出版局出版事業部次長 編集委員
1971年愛知県春日井市生まれ。北海道札幌市育ち。1997年東京学芸大学大学院教育学研究科修了、教育学修士。大学院修了後、教育専門出版社で主に教育学等の学術書と月刊誌の編集に携わる。2004年に時事通信出版局に移り、2005年2月より2010年3月まで時事通信出版局『教員養成セミナー』編集長。2010年から教員養成および教員採用についての研究を進める(科研費挑戦的萌芽研究 研究協力者)。

構成・文:坂本建一郎

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