2012.07.10
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「東大秋入学」提言の波紋 グローバル化時代における高等教育の行方

東京大学の「入学時期の在り方に関する懇談会」が2012年3月29日に「報告書」を公表し、「大学秋入学」への移行を提言した。これまで入学式といえば、桜が咲き誇る季節の風物詩であったが、今後はどうなるのだろうか。

12の大学で「秋入学」を検討

 東京大学はかねてより秋入学の可能性を検討してきており、「秋入学」に移行したいという意思も昨年12月の段階ですでに学内でまとめられていた。

 年が明けて1月20日、大学入試センター試験が終了した絶妙のタイミングで、東京大学は「中間まとめ」を世間に公表し、秋入学に移行したいという意思をアピールした。そして、中間まとめに学内の意見を反映した最終的な報告書は年度末の3月29日に出された(東京大学:入学時期の在り方についての検討などの総合的な教育改革―【「報告書」全文】)。

 現在は、東京大学の呼び掛けに応えた、北海道大学、東北大学、筑波大学、早稲田大学、慶應義塾大学、東京工業大学、一橋大学、名古屋大学、京都大学、大阪大学、九州大学の計12大学で議論する「教育改革推進懇話会」が設置され、東京大学だけの問題ではなく、大学全般の在り方として、秋入学の導入について検討が進められている。

ねらいは「よりグローバルに、よりタフに」

 報告書は、秋入学が求められる理由として、(1)国際的な大学間競争に対応するため、学生の流動化を高める、(2)現在の4月入学は、学部生の海外留学に制約をもたらしている、(3)高校卒業後に多様な体験を積むことは有意義、(4)国際的な体験を積ませることが有効――といった事柄を挙げている。

 いずれの理由も、その前提条件となっているのは国際化時代における大学のあり方である。とりわけ、東京大学においては、国内だけに目を向けていては、今後、大学としては存在感を持って存続していくことはできないという危機感がある。

 学生によりグローバルな視点を持ってもらいたい、また、そうした中で、よりタフな人材として大学を出てから活躍してほしい、そういった切実な願いも透けて見える。

 一方、企業においては昨今、規模の大小にかかわらず、生産・販売・資金調達等も含め、日本国内だけで完結する事業は減少している。また、経済自体がグローバル化し、欧州で信用不安が起きることで中国の経済活動が停滞し、そのことが日本の中小企業に影響を与えるといった「風が吹けば桶屋が儲かる」式の経済情勢は、このところの日本経済の状況に長引く円高・株価低迷という帰結となって影響をもたらしている。

 このため、経済のグローバル化の波を受ける企業の中には、すでに新卒社員の一定数を日本人以外に割り当てたり、幹部社員を日本人以外から登用したりするなどの取組を本格化するところも現れている。このような企業は、今回の秋入学を前向きに捉えている。

 経済同友会が2月の段階で新卒採用について、秋入学を見据えた通年採用を提言しており(経済同友会:新卒採用問題に対する意見)、今後さらに社会のグローバル化は進むことは間違いない。東京大学が突破口を開き、「大学のグローバル化」を進めることができるかどうかは、高等教育の今後のあり方のみならず、日本社会全体がグローバル化に対応できるかどうか、という側面も持っている。

支持が広がるかが「カギ」

 しかし、裏側から見れば、今回の秋入学については、グローバル化がさほど求められていない大学では、あるいは、諸外国との連携がさほど意識されない学問領域においては、それほどインパクトをもって受け止められていないということでもある。

 実際に、高等教育の国際競争力を意識する大学や学部などで秋入学が前向きに検討されている一方で、国内で制度が完結する資格を基礎とする学部、例えば、医学部や教育学部を中心とする大学は慎重な態度を見せている(時事ドットコム:秋入学、総合大5割が前向き=国際化期待、資格系は慎重)。

 秋入学については、高校生や世論の支持も今後の成否のカギを握る。実際に、1998年度から始まった「飛び入学制度」は、現在に至るまでさほど広がってはおらず、継続して取り組んでいる大学数も少ない(文部科学省:大学への飛び入学について)。

 秋入学に、一部の大学が前向きになったとしても、そこに魅力を感じ、高校生が実際に動かなくては、飛び入学制度と同じように、一定数以上には広がっていかないだろう。実際に現時点では、民間の調査機関が6月28日に発表した調査結果を見ると、秋入学に賛成の意見を持つ高校生は約3割にとどまっている(リクルート進学総研:高校生価値意識調査2012「秋入学およびグローバル化に対する高校生の意識―高校生の4人に3人が秋入学を認知。うち、4割弱が導入に賛成―」)。

 他方、秋入学が一部の大学だけにとどまることには反対であり、導入するのであれば、大学の足並みはそろえてほしいという調査結果もある(Yahoo!ニュース:大学の秋入学、賛成42%=反対を上回る‐一部実施には賛否逆転・時事世論調査《時事通信》)。

 高校生や世論の支持が得られるかどうか――。このあたりに秋入学の成否があると思われる。また、この成否は、高等教育のあり方にとどまらず、日本社会が今後どの方向に向かうのか、その選択にもつながるだろう。

坂本建一郎(さかもと けんいちろう)

時事通信出版局出版事業部次長 編集委員
1971年愛知県春日井市生まれ。北海道札幌市育ち。1997年東京学芸大学大学院教育学研究科修了、教育学修士。大学院修了後、教育専門出版社で主に教育学等の学術書と月刊誌の編集に携わる。2004年に時事通信出版局に移り、2005年2月より2010年3月まで時事通信出版局『教員養成セミナー』編集長。2010年から教員養成および教員採用についての研究を進める(科研費挑戦的萌芽研究 研究協力者)。

構成・文:坂本建一郎

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