2012.04.10
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大阪が問題提起するものとは? 新しい教育の形を模索するきっかけに

大阪の教育が注目を集めている。発端は、地域政党「大阪維新の会」(代表・橋下徹大阪市長)が昨年9月に府議会に提出し、3月23日に大阪府議会で可決・成立した「大阪府教育行政基本条例」(以下「条例」)だ。そこでは、教育委員会制度の根本にかかわる提案が当初含まれており、波紋を呼んだ。学校教育を良くするために、本当に「条例案」が必要なのか。

法的には不要な「条例」

 法的な見地からの今回の「条例」については、すでに市川昭午国立教育政策研究所名誉所員が各条文について詳細な検討を加えている(『大阪維新の会「教育基本条例案」何が問題か?』教育開発研究所 2012年1月)。市川氏はそこで今回の「条例案」は「必要性/適法性/有効性/効率性/公平性/協働性」の六つの観点から評価できないとしている(本稿では「条例案」の詳細には立ち入らないので、興味のある方はぜひそちらを参照していただきたい)。ちなみに、この中の「適法性」については、「条例案」の論点の一つ「首長が教育目標を設定できる」がその後、「府議会の議決を必要とする教育振興基本計画で設定する」と修正されたため、文部科学省は「ただちに違法と判断されることはない」という法制上の見解をまとめている。

 昨年10月、教育長を除く教育委員5人が記者会見を開き、「条例案」が可決した場合、辞任する意向を表明した。委員の一人、陰山英男氏によれば、9月当初の条例案は「知事が学校目標を定め、それに従う校長や保護者で学校体制を作るというもので、私から見ればまさしく独裁的であり、認めるわけにはいかなかった」が、修正案では「学校への直接関与はない点で本質的に異なる」ためにようやく帰着点が見えてきたとしている(『内外教育』2012年2月24日「教育条例顛末記」)。 

 実は、大阪維新の会が提唱する教育改革は、現行制度の枠内でも運用次第によっては実現できるものが少なくない。

 例えば、話題となった「小中留年」(原級留置)も実は現行法令の中でも学校長の判断で実施できる(実際に原級留置について「管理規則」などで明文化している自治体も多い)。しかし実際はほとんどが行われてこなかった。なぜ現状で成績不良や長期欠席があっても原級留置をしてこなかったのか、そこには学校現場における、法的規定とは別のレベルの一定の教育的配慮があったことが推測される。

 今回の「条例案」は、本当に学校を良くするためのものとなるのだろうか。

「民意」はどこにあるか

 大阪維新の会が進めている情報公開や透明性を高める方策については、歓迎の声もある。自らの子弟が通う学校がどのような教育活動をしているのか知りたいという気持ちは、保護者の立場からすれば普通の感覚であろう。3月2日に大阪府の中西正人教育長は府議会本会議で、6月に実施する予定の学力調査で学校別の情報を提供する考えを明らかにしている。すでに市町村別結果は府のホームページでこれまで公表されてきたが、それに加え、児童生徒への結果通知の個人票に、通学する学校の正答率などを掲載する見込みだ。

 そもそも、ここ数年、小学校を中心に、地域住民や保護者の支持を積極的に取り付け、「開かれた学校」として日頃から連携することが文部科学省の政策として学校に求められてきた。全国で成功しているコミュニティ・スクールの事例を見れば、地域住民や保護者の力をうまく学校教育に取り込むことは、学校の教育力を高めるだけではなく、無用なトラブルなどの予防的回避につながることがわかる。そこでは、地域住民と保護者と学校がスクラムを組み、協働しながら子どもを育てようという意思がある。

新しい教育の形を模索するきっかけに

 「民意」を背景に大阪維新の会が勢いを増していることは疑いがない。近畿圏では「教育委員会の廃止など教育改革」に賛成としている有権者は複数回答ながら59%もあり(読売新聞調査 2012年3月19日)、大阪維新の会の政策の中で、教育改革が一定の支持を得ていることがわかる。既存政党の多くが次期衆院選をにらみ、大阪維新の会を意識せざるをえない状況において、今後ますます大阪維新の会の発言力は増すだろう。

 そうした中で、教育関係者に求められるのは、学校の普段の活動について保護者や地域住民に理解してもらえるようしっかりと連携を進めていくことだ。その際、教育界内部だけに通じる論理や意見としてではなく、「民意」を背景にした外部に対しても説得力のある説明をどう展開していくか。これが問われている。私が知る限りでは、教育のこれまでの営みや成果を大切にしながら、教育界の外部に通じる論理で声を上げているのは、小野田正利・大阪大学教授である(朝日新聞大阪版 2012年2月10日、および『内外教育』2012年2月21日「信頼の構築ではなく仲たがいへ」など)。

 この条例が大阪の教育を良くするものかどうかは今後の判断を待つこととなる。学校で日々汗を流している教師にとって、また学校に通う児童生徒にとって、より良い教育環境となることが一番だと思うが、今回の「条例」が、これまでの教育の形に一石を投じたことは間違いがない。この問題提起が今後の新しい教育の形を模索する良いきっかけとなるかどうかは、私たち教育に関わる者に大きくかかっている。

坂本建一郎(さかもと けんいちろう)

時事通信出版局出版事業部次長 編集委員
1971年愛知県春日井市生まれ。北海道札幌市育ち。1997年東京学芸大学大学院教育学研究科修了、教育学修士。大学院修了後、教育専門出版社で主に教育学等の学術書と月刊誌の編集に携わる。2004年に時事通信出版局に移り、2005年2月より2010年3月まで時事通信出版局『教員養成セミナー』編集長。2010年から教員養成および教員採用についての研究を進める(科研費挑戦的萌芽研究 研究協力者)。

構成・文:坂本建一郎

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