2011.09.27
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野田内閣における教育行政の行方は?

今年9月で民主党が政権を取ってから丸2年が過ぎた。その間、衆議院で絶対多数の議席を獲得して政権交代を果たした民主党政権が、ここまでつまずきを繰り返すとは予想もしなかったが、管直人前首相に替わり新首相に就任した野田佳彦氏は早期解散を否定しており、民主党政権はまだ当分の間続くことになりそうだ。野田政権の発足によって、今後の教育行政はどうなっていくのだろうか。

注目される鈴木前副大臣の動向

 野田内閣の発足により文部科学省の官僚や全国の都道府県教育委員会関係者らが最も注目していたのは、政権交代以来ずっと文部科学副大臣を務めていた鈴木寛参院議員の去就ではなかっただろうか? 旧通商産業省の官僚、慶應義塾大学助教授などを経て政界入りした鈴木氏は、野党時代の民主党で「次の内閣」の文部科学相を担当し、民主党衆議院選挙マニフェストの教育関係部分を作成した。政権交代以降、民主党政権による教育改革を牽引してきたのは鈴木氏だと言っても過言ではない。結局、教育改革のキーパーソンであった鈴木氏が文科副大臣を退任し、教育行政の表舞台から去ったことで、今後の教育改革の論議は軌道修正を迫られるのではないかという見方がある。

 教育改革の中でも鈴木氏が強く主導してきたのが、電子教科書の導入を含む学校教育のICT化、「新しい公共」を理念としたコミュニティ・スクールなどの推進、そして現在、中央教育審議会で論議されている教員養成の「6年制化(修士化)」と専門免許状創設などの教員養成・免許制度の改革だ。これに対して文科省は、電子教科書の早期導入などに慎重な姿勢を示していたほか、コミュニティ・スクールの拡大にも積極的とは言えなかった。また、教員養成・免許の改革にしても、中教審は民主党マニフェストに沿った審議経過報告をまとめはしたものの、依然として「6年制化(修士化)」などに疑問を持つ声は中教審委員の間でも少なくない。鈴木氏が副大臣を退任したことで、これらの政策にブレーキがかかる可能性は高い。ただ、鳩山、管の両内閣と異なり、「党高政低」の野田内閣では党重視の方針の下で政調会の権限が強くなっている。その中で政調副会長に就任した鈴木氏がどれだけ教育行政に対する存在感を示すかが、今後のポイントになりそうだ。

焦点は「35人学級」拡大の是非

 一方、野田内閣における教育行政の直近の課題は、今年末の2012年度政府予算案の編成で、「35人学級」の拡大を図れるどうかだろう。文科省は11年度予算案の編成に当たり、公立小学校の1、2年生を「35人学級」とするよう要求したが、財政事情の悪化を理由に当時財務相であった野田首相に2年生分を削られ、1年生のみとなった経緯がある。その1年生が2年生となり、「35人学級」から「40人学級」に戻れば、学校運営に大きな支障が出ることは確実だ。また、11年度は中学校で新学習指導要領が本格実施に入る時期であり、ここで「35人学級」を実現できなければ、少人数学級の導入自体が中学校では難しくなるとの見方もある。9月末の概算要求から年末の予算編成にかけて、文科省は難しい選択を迫られることになろう。

 だが、それ以上に、文科省の「35人学級」要求を財務相として“小学校1年生のみ”に値切った野田首相は、教育行政に対する関心はあまり高くないとも言われているほか、東日本大震災という不測の事態も財政に大きな影を落としており、「35人学級」の拡大が一切認められないという可能性も十分にあり得る。

 中川正春文部科学相は9月21日付の記者会見で、35人以下学級の小中全学年での実施に意欲を示し、来年度の小2での導入にあたり必要経費を予算案の概算要求に盛り込むと明言した。ただし、「一気に進めたいが、予算の制約がある」とも付け加えている。
 いずれにしろ、年末政府の予算案編成における「35人学級」の扱いが、今後の教育行政の行方を占う意味で、大きな争点となることだろう。

高校無償化のカギを握る公明党

 「35人学級」に次ぐ争点は、いわゆる「高校無償化」の扱いだ。「子ども手当」と共に民主党マニフェストの最大の柱であった高校無償化は、政権交代によって早々に具体化されたものの、「ねじれ国会」の打開を図るための民主・自民・公明による「3党合意」で、高校無償化も見直し対象となることが決まっている。しかし、廃止が明記された子ども手当や高速道路無料化などと異なり、高校無償化は「12年度以降、政策効果の検証を基に必要な見直しを検討する」という表現になっている。これについて文科省は「実質的には存続」と受け止めている。また、あくまで廃止を主張する自民党に対して、公明党が高校無償化に理解を示していることも大きい。

 実際のところ、民主党がマニフェストで掲げた子ども手当、高速道路無料化などは「ばらまき」と批判されても仕方のない政策だった。これに対して高校無償化は、改正学校教育法という「恒久法」によって規定されたもので、その意味は子ども手当などとは明らかに性格が異なる。高校進学率が98%に上り、高校が実質的に義務教育化している中で、高校の授業料を無償化することは、日本の学校教育制度の根幹を形づくる政策であると言ってもよいだろう。

 まさか高校無償化が「廃止」になることはないだろうが、懸念されるのは、臨時国会における会期設定のごたごたなどもあり、政府・与党に対する公明党の反発が予想外に強まっていることだ。公明党の出方次第では、高校無償化の扱いがもめることも予想される。

廃止時期を逸した免許更新制は存続へ

 最後に、学校関係者にとっては最大の関心とも言える教員免許更新制の行方だが、これは結局、現状維持となりそうだ。鈴木前副大臣をはじめ文科省の政務三役は、政権交代直後から更新制廃止を打ち出していたが、参議院選挙での民主党大敗による「ねじれ国会」を受けて実質的に方針を修正した。さらに今年8月、制度創設後初となる免許更新対象者9万4488人のうち、免許を失効したのは0.1%に当たる98人のみという「妥当な結果」(文科省幹部)が明らかになり、文科省内部でもわざわざ制度を廃止する理由がないという意見が大半を占めている。自民・公明の両党が自分たちの政権当時につくった更新制の廃止を認めるわけもない。政権交代直後ならば、確実に教員免許の更新制を廃止することはできたろう。しかし、鈴木副大臣ら政務三役が教員養成・免許制度との一体的な改革という「原則論」にこだわったばかりに、廃止のための唯一の機会は失われてしまったと言えそうだ。

 鈴木前副大臣の動向、「35人学級」・「高校無償化」の扱い、教員免許更新制の行方は、これから野田内閣が執り行う教育行政の中でも、学校関係者が特に注目すべき点であり、今後の教育改革の論議を左右するものになるだろう。

斎藤剛史(さいとう たけふみ)

1958年、茨城県生まれ。法政大学法学部卒。日本教育新聞社に記者として入社後、東京都教育庁、旧文部省などを担当。「週刊教育資料」編集部長を経て、1998年に退社し、フリーのライター兼編集者となる。現在、教育行財政を中心に文部科学省、学校現場などを幅広く取材し、「内外教育」(時事通信社)など教育雑誌を中心に執筆活動をしている。ブログ「教育ニュース観察日記」は、更新が途切れがちながらマニアックで偏った内容が一部から好評を博している。

構成・文:斎藤剛史

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