2011.06.14
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小1の35人学級法制化、その顛末と今後の課題

公立小学校の第1学年を35人学級にするための改正義務教育標準法が4月15日、参院本会議で全会一致により可決、成立した。学級定員の引き下げは約30年ぶりで、高く評価される。しかし、成立が新年度にずれ込んだため、東京都などでは学級編成のやり直しをするなどの混乱も起こった。また、学校現場や地方教育行政に投げ掛けられた課題も少なくない。なぜ、法律の成立が遅れたのか。そして、教員定数や教員配置をめぐる今後の課題とは何だろうか。

曲折をたどった改正法案

 昨年夏、文部科学省の政務三役らは、民主党政権が掲げた少人数学級の導入を具体化するため8年間で公立小・中学校を35人学級にする「新・公立義務教育諸学校教職員定数改善計画案」を策定し、その初年度分として2011年度から小1・2を35人学級とするための経費を概算要求に盛り込んだ。しかし、財政難を理由に年末の予算折衝では小1のみの導入となり、新改善計画の正式策定も認められなかった。ここまでは周知の事実だ。

 ところで、改正義務標準法は予算関連法案で、新年度予算執行の必要性から通常なら今年3月末までに国会で成立していなければならない。にもかかわらず、成立は4月半ばにずれこんだ。東京都は法案の成立自体を危ぶんで、今年度当初の小1学級編成を従来通りの40人学級で行った結果、多くの小学校で新学期早々に再び学級編成をやり直すという混乱を招いた。

 文科省をはじめ多くの関係者は当初、今年度政府予算の成立のめどさえつけば、義務教育標準法改正案の国会審議はスムーズに進むと考えていた。ところが、小1・35人学級の政府案に対して、35人学級よりも教職員加配の充実の方が優先するという理由で、野党の自民党が独自の義務教育標準法改正案を国会に提出する準備を始めたことから、事態が一変した。単なる予算関連法案だった同改正案は、一転して「ねじれ国会」における実質的な与野党対立法案となってしまったのだ。このため、同改正案をめぐる国会審議はこう着状態となった。東京都が年度当初から小1を35人学級にすることに慎重姿勢を取った背景には、このような国会状況があったと見られる。

 しかし、一時は法案成立さえ危ぶむ声もあった同改正案の扱いは、3月11日の東日本大震災で、さらに急変する。被害の甚大さから教員定数の早期決定が必要と見た野党の自民党と公明党が与党の民主党に歩み寄り、自民党は独自法案提出の方針を撤回。民主、自民、公明の与野党3党による共同提案という形で、震災被災地などに特別な教員加配を行うこと、小学校の技能教科も加配対象に含めること、特別支援教育のための加配を行うことなどの修正を施したうえで、同改正案は3月15日に全会一致で衆院を通過し、ようやく4月15日に参院で成立することになった。もし、東日本大震災がなかったら自民党の独自法案が国会に提出されており、同改正案のゆくえもどうなっていたかわからなかったろう。

問われる地方自治体の姿勢

 改正義務教育標準法は小1の35人学級について、今年4月1日から適用すると付則で明記しており、年度当初から35人学級に踏み切っていた道府県教委の関係者は、同改正法成立によって35人学級の法的裏付けができたことで、胸をなで下ろした。しかし、今後の課題も少なくない。

 一番目は、小2以降の35人学級のゆくえだ。同改正案の付則では、小2以降の35人学級の導入を検討し、政府はそのための財源確保に努めることとされているが、現在の財政状況、一般国民の教育に対する関心の低さなどを考えると、その道のりは非常に険しいと言わざるを得ない。当面、今年夏の来年度予算案の概算要求で、文科省が小2の35人学級のための経費を盛り込めるかどうかが一つの焦点となるだろう。

 二番目の課題は、加配教員の確保だ。今年度からの小1の35人学級導入のために必要な教員定数を、少人数指導などのために教員を余分に配置するための「加配定数」から取り崩す形で文科省は予算措置した。しかし、少子化による児童減、都道府県独自の予算による少人数学級の導入などで、全国の公立小学校の1年生の多くが35人学級となっているのが実情で、小1の35人学級法制化による恩恵よりも、少人数指導などのための加配定数が削減されることの弊害の方が大きいと指摘する声もある。さらに、補正予算が組まれたとはいえ、東日本大震災の被災地の学校や被災児童を受け入れた学校に多くの教員加配を行うことになれば、全体の加配定数はさらに窮屈になることは明らかだ。これは実際の学校現場にとって、実質的に最大の課題と言えるかもしれない。

 そして、三番目の課題は、二番目とも関係するが教員配置に対する都道府県など地方自治体の姿勢だ。独自の予算で少人数学級を実施している自治体は多いが、小1の35人学級が法制化されたことで、小1の少人数学級のための独自予算分の人件費を廃止したら結局、学校現場の教育条件は変わらない。それどころか、悪化するかもしれない。また、改正義務教育標準法では、定数算定基準などの弾力化が盛り込まれており、教員を手厚く配置するか、安上がりに配置するか、都道府県などの裁量の範囲が広がっている。これを受けて文科省は、鈴木寛副大臣名による通知『公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律及び地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部改正等について』の中で「今回の改正により増加する教職員定数を活用して、他の学年の少人数学級やその他の教職員配置の改善に努めるとともに、各都道府県における教職員配置の改善の状況を適切に情報公開するなど説明責任を果たすことが重要である」と求めていることを忘れてはならないと思う。

《追記》
 前回の記事から4か月も経ってしまいました。新教職員定数改善計画や教員免許更新制のゆくえなどの予測が外れ、結果的に読者にご迷惑をおかけしたことに責任を感じていたところに、東日本大震災です。被害はほとんどなかったものの、気分的に落ち込んでしまいました。この担当を降りようとも考えたのですが、わずかながらでも読者の方々のお役に立てることがあるかもしれないと思い直し、続けることにしました。コーナー名も『教育情勢ウォッチ』と変更されましたので、今後は今まで以上に軽い気持ちでお付き合いいただければ幸いです。

斎藤剛史(さいとう たけふみ)

1958年、茨城県生まれ。法政大学法学部卒。日本教育新聞社に記者として入社後、東京都教育庁、旧文部省などを担当。「週刊教育資料」編集部長を経て、1998年に退社し、フリーのライター兼編集者となる。現在、教育行財政を中心に文部科学省、学校現場などを幅広く取材し、「内外教育」(時事通信社)など教育雑誌を中心に執筆活動をしている。ブログ「教育ニュース観察日記」は、更新が途切れがちながらマニアックで偏った内容が一部から好評を博している。

構成・文:斎藤剛史

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