2010.09.21
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教職員増員に必要なのは社会の支持 35人学級実現に向けた課題

「新・公立義務教育諸学校教職員定数改善計画」(2011~2018年度)の案を文部科学省は8月27日発表した。6年間で公立小・中学校の現行「40人学級」から「35人学級」にして、さらに次の2年間で小学校1・2年生を「30人学級」にするという8年間にわたる計画だ。久々の教職員の本格的増員、30年ぶりの学級定員の引き下げに対する教育関係者の期待は大きい。だが、その実現には課題も山積している。今回は、計画案の中身とその課題について考えてみたい。

「新・公立義務教育諸学校教職員定数改善計画」(2011~2018年度)の案を文部科学省は8月27日発表した。6年間で公立小・中学校の現行「40人学級」から「35人学級」にして、さらに次の2年間で小学校1・2年生を「30人学級」にするという8年間にわたる計画だ。久々の教職員の本格的増員、30年ぶりの学級定員の引き下げに対する教育関係者の期待は大きい。だが、その実現には課題も山積している。今回は、計画案の中身とその課題について考えてみたい。

2011年度から35人学級がスタートへ

 「教職員定数」とは、学校の規模や状況に応じて教職員を何人置けばよいかを示した基準で、これによって各学校の教職員数が決まる。改善計画案によると、小学校は2011年度の1・2年生からスタートし、順次学年を広げて2015年に全学年を35人学級に、中学校は2014年度の1年生からスタートし、2016年度で全学年を35人学級にする。さらに、2017年度は小学1年生、2018年度は小学2年生を30人学級にする。このため、8年間で教職員を5万1800人増やすというのが改善計画案の柱だ。学級定員の引き下げは、現行の40人学級が導入された1980年度以来、じつに30年ぶりとなる。これだけでも、改善計画案がどれだけ現在の学校教育にとって大きな意味を持つかがうかがえる。

 改善計画案は、年末の政府予算案編成、来年1月からの通常国会における関係法案審議などを経て、正式な改善計画となるが、その前には課題が立ちはだかる。一つ目は、マスコミ報道などでも指摘されているように財源の問題だ。文科省の試算によると、少人数学級に必要な国の予算は1100億円、給与水準が高い団塊世代教員の退職、教員数の自然減などを差し引いても実質400億円に上る。このため、国の財政事情から財務省が反対することは必至だ。二つ目の課題は、社会一般の支持が得られるかどうかだろう。景気対策、社会保障の充実など財源がいくらあっても足りないなかで、教員を増やすことを社会全体がどこまで許すだろうか。

 結論からいえば、少人数学級のための定数改善計画はおそらく策定されるだろう。教職員組合を支持団体に持つ民主党にとって、小泉内閣以来、削減・抑制が続いてきた教職員定数の本格的改善は至上命題だ。また、民主党政権の先行きという不安定要素を考慮すると、小学校で新学習指導要領が本格実施される2011年度は、少人数学級度導入の時期として絶対に見送ることができないタイミングでもある。この機を逃せば、少人数学級の具体化はより困難になるだろう。さらに、大敗北を期したとはいえ、先の参院選マニフェストで少人数学級の実現を掲げていることも民主党政権としては無視できない。与党が参院で過半数割れしている国会審議を乗り切れるがどうかも課題ではあるが、少人数学級に限っては社民党や共産党なども反対しないだろう。

 その一方で、少人数学級の実現に社会全体が大きな関心を持たない、または批判の声の方が強い場合、財務省の圧力が強まって、定数改善計画の完成年度の延長、定数改善規模の縮小など予算圧縮のための措置が取られる可能性が高い。結局のところ、これから策定されるだろう定数改善計画の中身は、子どもたちの学習環境の改善や教員の多忙化解消のため少人数学級が必要であるという文科省の主張を、社会全体がどう受け止めるかにかかっているともいえる。

少人数学級とは別に教員4万人増を計画

 ところで、少人数学級実現のための定数改善計画は、財源難にかかわらず策定されるだろうという見通しを述べたが、実際はそれだけで問題は済みそうにない。というのも、じつは改善計画案には少人数学級のため8年間で教職員を5万1800人増やすという計画とは別枠で、2016年度から2018年度までの5年間で教育水準向上などのため4万人の増員を図るという計画が含まれているからだ。そして、少人数学級分の5万1800人は、定年退職者や自然減など考慮すると差し引き1万9400人増に収まり、経費も実質400億円なのに対して、もう一方の4万人はすべて「純増」で、その経費は900億円と試算されている。つまり、少人数学級のための定数改善より教育水準向上などの定数改善の方が、実際には大きなウエートを占めているのだ。

 4万人の中身を見ると、新学習指導要領に伴う授業時間数の増加への対応、小学校理科などの専科教員の充実など「教育水準向上のための基礎定数の充実」が2万4800人、多様化する生徒に対応する「生徒指導(進路指導)担当教員の定数改善」が2万1000人、発達障害など特別支援教育に対応する「通級指導の充実」が5000人などとなっており、いずれも現在の学校現場にとって必要なものばかりだ。逆にいえば、たとえ少人数学級が実現しても、別枠の4万人が認められなければ、教員の多忙化などの解消は難しいだろう。

 ところが、文科省は定数改善計画案のなかで、この4万人増について「必要となる恒久的財源確保について理解を得ることが必要」というコメントをわざわざ付けている。これは、現段階において具体化が極めて困難であることを文科省自身が認めているのに等しい。あくまで推測だが、今年末の予算編成段階ではたぶん少人数学級に必要な定数改善計画だけを切り離して策定し、別枠の4万人は消費税論議などの模様を眺めながら2014年度の政府予算案編成まで先送りしたいというのが文科省の本音ではないか。だとしたら、少人数学級がスタートしたとしても、別枠4万人の定数改善のゆくえを注視していく必要がある。

 また、少人数学級にしても実現後の課題がある。公立小・中学校教員の人件費は、国が3分の1、残り3分の2を都道府県が負担する仕組みになっている。もちろん、都道府県の負担分相当額は地方交付税の中で措置されているわけだが、文科省の調べによると、教員人件費が国の算定基準を下回っている自治体が22県(2009年度)もある。要するに、正規教員の代わりに非常勤講師などを充て、浮いた人件費を教育以外の予算に回しているのだ。地方交付税は自治体が自由に使えるもので、算定基準通りに配分しないからといって一概に批判はできない。しかし、地方財政の悪化よってこのような自治体は今後も必ず増えるだろう。地方交付税全体の伸びが低ければ、さらにこの傾向に拍車が掛かる。少人数学級が実現しても、教壇に立っている教員の多くが非常勤講師ではなんの意味もない。

 厳しい財政状況のなかで、35人学級や30人学級が実現すれば、それは子どもたちや教育関係者にとって大きな福音となることは間違いない。だが、その後の学級定員以外の定数改善のゆくえ、実際の学校現場での運用などを注意深く見守ることも忘れてはならない。そして一番大切なことは、文科省だけでなくすべての教育関係者が、子どもたちの学習環境を改善するため教職員定数の改善が必要であることを社会全体に向けて丁寧に説明し、必要性を理解してもらう努力をしていくことだろう。いくら民主党政権であっても、国の財政状況を考慮すると、世論の支持なしに大幅な定数改善をすることは不可能に近いからだ。

斎藤剛史(さいとう たけふみ)

1958年、茨城県生まれ。法政大学法学部卒。日本教育新聞社に記者として入社後、東京都教育庁、旧文部省などを担当。「週刊教育資料」編集部長を経て、1998年に退社し、フリーのライター兼編集者となる。現在、教育行財政を中心に文部科学省、学校現場などを幅広く取材し、「内外教育」(時事通信社)など教育雑誌を中心に執筆活動をしている。ブログ「教育ニュース観察日記」は、更新が途切れがちながらマニアックで偏った内容が一部から好評を博している。

構成・文:斎藤剛史

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