2008.12.09
  • twitter
  • facebook
  • はてなブックマーク
  • 印刷

新任教員の依願退職と管理職の希望降任が急増

新任教員の依願退職者が急増している。文部科学省の「公立学校教職員人事行政状況調査」の結果によると、条件付採用期間を経て正式採用に至らなかった公立学校教員が2007年度に301人いたことが分かった。これは過去最高の数字だ。とはいえ、採用者全体から見れば1.38%に過ぎない。さて、この数字は軽いのか、重いのか?

正式採用前に辞める新採教員が増加

 文部科学省の「公立学校教職員人事行政状況調査」については、多くのマスコミが指導力不足などによる不適切教員の認定数(2007年度は371人)について取り上げ、多いとか少ないとか、これは氷山の一角に過ぎないとか、いろいろな論評をした。しかし、この中で正式採用に至らずに辞める新採教員が増加していることを取り上げたところはほとんどない。取り上げたマスコミも一部にあったが、正式採用前に辞めていくような能力や熱意のない者を採用した教育委員会の責任を問うという趣旨で、大分県教委の教員採用汚職事件に絡めた扱いだった。

 だが、これは的外れな指摘だ。なぜなら、最近になって教員採用試験が大幅に改善されたという話は聞かない。従来通りの試験をして、従来通りの人材を採用しているのに、なぜ正式採用前に学校を去る新採教員が年々増加しているのか。ましてや、新採教員は教育という仕事にあこがれ、高い倍率の採用試験を通るほど努力を重ねた若者たちだ。そんな若者たちが学校を去っていくのは、採用試験の欠陥だけではない別の理由があるはずだ。

 ここで本論に入る前に少し制度的な説明をしておこう。採用・雇用されて仕事に就いても、一定の期間を「条件付採用期間」として、これを過ぎないと正式採用にはならないというのは民間企業も公務員も同じだ。一般公務員の場合、条件付採用期間は「6カ月」となっている。これに対して公立学校教員は、新規採用者に1年間の初任者研修が法律で義務付けられている関係から、条件付採用期間も「1年間」となっている。

 では、条件付採用期間を経て正式採用にならなかった新採教員は、成績不良や勤務態度不良などで「解雇」されたのかというとそうではない。解雇に当たる「不採用」となるのはごく少数で、ほとんどは「依願退職」だ。

 文科省の調査結果によると、正式採用に至らなかった新採教員は、2007年度で301人いた。その内訳を見ると、「不採用」が1人、「依願退職」が293人、「死亡退職」が5人、「懲戒免職」が2人となっている。依願退職の中に「不採用決定者」が12人いるが、これを足しても実質的な不採用で辞めた新採教員は301人中13人しかいない計算だ。過去の調査結果と比較しても、不採用、依願退職中の不採用決定者、懲戒免職などの人数は、ほとんど変化が見られない。つまり、自ら去っていく新採教員が増えているのだ。

「辞める」理由は「病める」?

  正式採用に至らなかった新採教員の人数、採用者全体に占める割合の推移を見ると、2003年度が111人(0.61%)、2004年度が191人(0.98%)、2005年度が209人(1.00%)、2006年度が295人(1.36%)、2007年度が301人(1.38%)で、人数、割合ともに年々増加している。

 増加の原因は、依願退職者が増えているためだが、そのなかで注目されるのが「病気」を理由に依願退職する新採教員の急増だ。「病気」を理由に依願退職した新採教員は、2003年度が10人、2004年度が61人、2005年度が65人、2006年度が84人と増え続け、ついに2008年度は103人となり100人を突破した。

 文科省の調査結果からは「病気」の内容を知ることはできないが、おそらくその多くが「精神性疾患」であることは容易に想像がつく。心を病んで教壇を去る若者の増加が、正式採用に至らずに辞めていく新採教員が増えている原因だと言って間違いないと思う。

 新採教員が心を病む理由は、さまざまなことが考えられる。多様化する子どもたちへの対応、「モンスターペアレント」などに代表される保護者への対応、多忙化の中でたまってく雑務、同じく多忙化のため新採教員の面倒をみる余裕がないという教員集団における同僚性の喪失――などなどだ。

 その一方で、ほとんどの新採教員が正式採用され、子どもたちの教育に励んでいることも事実だ。大きめ目で見れば、正式採用に至らずに辞めていく新採教員はたかが1.38%にすぎない。しかし、その割合は年々増加している。これを「たかが1.38%」と放っておいてよいものだろうか。

教員のメンタルヘルス対策は放置状態

 疲労やストレスによる心身の変調は、新採教員の問題に限らない。文科省の「教職員懲戒処分等状況調査」の結果による、精神性疾患のため休職した公立学校教員は、2003年度が3,194人、 2004年度が3,559人、2005年度が4,178人、2006年度が4,675人で、調査のたびに過去最高を更新している。今年の調査結果は年末に公表の予定だが、おそらく今回も過去最高を更新するのは確実だろう。

 校長や教頭などの管理職を取り巻く状況も深刻だ。先の人事行政状況調査によると、管理職の希望降任制度を設けている59都道府県・政令指定都市教委の中で、校長や教頭から「希望降任」した者は、2003年度66人、2004年度81人、2005年度71人、2006年度84人、2007年度106人と増加傾向を見せている。また、2007年度の106人のうち70人が「教頭から教諭へ」の希望降任だった。校長と一般教員の間で板挟みになりやすい教頭の環境の厳しさがうかがわれる。

 一方、このような教員の厳しい状況に対して教育委員会の対応はというと、お寒い限りだ。全国の教育委員会などを対象に東京都教職員互助会が民間企業と共同で実施した調査によると、教員のメンタルヘルス対策について、78.6%の教委が「必要」と回答したが、実際に取り組みを見ると「十分に取り組んでいる」と回答した教委は0.8%しかない。

 また、教員対象調査では、精神的疲労の原因として「保護者対応」と「多忙化」を訴える声が多かった。このほか、民間企業対象の調査データと比較すると、仕事で「とても疲れる」と回答したのは、民間企業が14.1%だったのに対して、教員は44.9%に上っている。

 「教員バッシング」など社会の風当たりは依然として強い。しかし、疲労やストレスにより倒れる教員が増え続けている事実を座視すれば、子どもたちの教育にも大きな影響が出てくるはずだ。では、疲労やストレスの原因は何か、どんな対策が必要なのか。それを考える手始めとして、正式採用に至らずに学校を去る新採教員がいるという事実をもっと真剣に受け止める必要があるのではないだろうか。「1.38%」の持つ意味の重さは、どの程度なのだろうか。

参考資料

構成・文:斎藤剛史/イラスト:あべゆきえ

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

ご意見・ご要望、お待ちしています!

この記事に対する皆様のご意見、ご要望をお寄せください。今後の記事制作の参考にさせていただきます。(なお個別・個人的なご質問・ご相談等に関してはお受けいたしかねます。)

pagetop