2008.11.11
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続・教員給与制度の見直し 中教審で残業手当導入を審議

教員給与制度の見直しを文部科学省が検討していることを、7月の当コーナーで紹介した。その議論の中で公立学校教員に時間外勤務手当(残業手当)を導入する可能性が強まってきた。残業手当の導入を歓迎する教員は少なくないだろう。しかし、問題はそう簡単ではない。なぜなら文科省は、残業手当の導入に伴い教員の勤務の在り方全体を見直す方針だからだ。

文科省検討会議が残業手当導入を示唆

 以前に述べたことの繰り返しになって恐縮だが、教育関係者以外にはなかなか分かりづらい話なので、公立学校教員の給与の仕組みと、文科省が給与の見直しに着手した経緯をもう一度まとめておこう。

 教員には残業手当が支給されない代わりに、本給の一律4%が教職調整額として支給されている。これは仕事の内容の線引きが難しいという教員の特殊性によるものだ。一方、文科省の調べによると、公立小・中学校教員の1カ月の残業時間は「平均34時間」にも上っており、残業手当を求める教員の声も多い。

 財政再建を進める財務省が、公立学校教員の給与が高過ぎると批判したことが発端となり、政府は「骨太の方針2006」の中で公立学校教員の給与を「2.76%」引き下げることを決定した。これを受けて文科省は、学識者らによる「学校の組織運営の在り方を踏まえた教職調整額の見直し等に関する検討会議」を設置し、公立学校教員給与の見直しを開始した。

 教員の給与引き下げは、財務省などが主張するように教員給与の優遇を定めた人材確保法を廃止して本給の引き下げを図るのが一番簡単だ。しかし、教員の意欲や社会的地位の維持、向上のため本給に手をつけたくない文科省は、一律4%支給になっている教職調整額の支給率を教員ごとにめりはりつけるという方式で対応することにした。

 ところが、政府の法律の監視役である内閣法制局が、教職調整額は教員の職務全体にわたって支給されているもので、教員ごとに支給率を変えることはできないとの見解を示したため、文科省の戦略は事実上崩れてしまった。ここまでが、以前にも当コーナーで紹介した話だ。その後、教員給与の見直しはどうなったのだろうか。

 結論から言えば、文科省の検討会議は今年9月8日、教職調整額を廃止して残業手当を教員に支給することも方策として考えられるという趣旨の報告書をまとめた。当初の方針である教職調整額の支給率にめりはりをつけるという方策が取れなくなったため、最終的な結論を見送ると同時に、残業手当の導入を選択肢として掲げるという、いわば苦肉の策と言ってよいだろう。

職務命令との関係で問題が複雑化

 平均して月34時間にも上る残業をこなしたうえに、自宅への持ち帰り仕事も多い公立学校教員にとって、残業手当の導入は歓迎すべきことだろう。しかし、忘れてはならないのは、もともとが「給与引き下げ」のための見直しであるということだ。教員の時間外勤務のすべてに残業手当を適用すれば、現行の教職調整額より財政負担が増えてしまう。そんな話を財務省が飲むわけはないので、残業手当の上限が設定され、適用条件も厳しくなることは間違いない。

 だが、もっと大きな問題は、残業手当の対象となる時間外勤務は「職務命令」によるものでなければならないという原則だ。逆に言えば、校長など管理職が命じた、あるいは承認した仕事でなければ、いくら時間外に働いても残業手当はつかない。校長など管理職の職務命令による教員の時間外勤務は現在、法的には(1)実習、(2)学校行事、(3)職員会議、(4)非常災害、などに必要な業務――の4つの場合(いわゆる超勤4項目、歯止め4項目)しか認められていない。

 では、“普段の時間外勤務”とは何かと言えば、それは教員による「自発的行為」であると解釈されている。これは、教員の仕事がすべて職務命令によってなされるものではないという実態と、教育という活動には教員の自主性、自律性、創造性が不可欠であるという考え方が背景にある。

 時間外勤務が職務命令によるものとされれば、教員の自主性・自律性などが損なわれると懸念する向きもある。また、教員がどんな仕事を時間外にしているかをすべて把握している校長は少ないが、残業手当が導入されれば職務命令との関係で、教員全員の時間外勤務の中身を精査することが、校長の職務として求められることになるだろう。

 そうなれば、今以上に教員組織の支持命令系統を“ピラミッド型”にしていかないと対応できない。このように、財政削減を目的とした教員への残業手当の導入は、これまでの教員の仕事の性格ばかりでなく、教員組織の在り方についても大きな変革を迫られることが予想される。

教員の職務の在り方を中教審で審議

 このため文科省は、教員給与見直しの論議を学識者らの検討会議で結論を出すことを断念し、中央教育審議会(中教審)に議論の場を移すことにして、初等中等分科会の中に「今後の学校の在り方・教員の職務の在り方等及びそれらを踏まえた教職調整額の見直し等に関する作業部会」を設置した。これは、中教審で審議しなければならないほど今回の教員給与の見直しが、教員や学校教育の在り方に大きな影響を及ぼす可能性があること意味している。

 教員への残業手当の導入について、教育関係者などの反応は現在のところ、ほぼ3つに分かれている。
 一番目は、職務命令の強化や教員組織の改編によって教員の自発性が阻害されるという否定的見方。
 二番目は、残業手当の導入が勤務実態の給与への反映だけでなく、時間外勤務の抑制で多忙化の解消につながるという肯定的見方。
 そして三番目が、結果的に教員のサービス残業が増えるだけだという冷めた見方だ。

 いずれにしろ、2010年度の概算要求に教員給与の見直しを盛り込むため、中教審は来年夏までに報告をまとめる見通しで、どのような結論が出されるのか注目される。

 それにしても、“言い掛かり”とも思える財務省の批判から始まった教員給与の見直しは、財政削減という単純な動機によるものだった。その後、教職調整額の支給率にめりはりをつけるという文科省の戦略が、内閣法制局の見解によって崩壊したあたりから事は思わぬ方向に転がり始め、気が付いてみれば、中教審で教員の職務の在り方を根本的に見直すという事態に至っている。
 つくづく巡り合わせとは不思議なものだと思わざるを得ない。

構成・文:斎藤剛史/イラスト:あべゆきえ

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