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教育インタビュー

2014.03.18
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渡部 潤一 天文学への道を語る。

わからないことだらけの学問だから、その謎を解きたいと思ったのです。

国立天文台副台長の渡部潤一氏は、最新の天文現象を易しく解説してくれる天文学者。ここ数年、小惑星探査機はやぶさの帰還や金環日食等、宇宙関連のトピックスが話題を呼んでいることもあり、渡部氏の年間講演回数は40回を超え、多数のメディア出演や執筆活動等で活躍されています。そんな渡部氏はいつ、なぜ天文学の道に進んだのか? 渡部氏が夢中になった天文学の魅力とは何か? そして、今の子どもたちの「理科離れ」と言われる現象への見解まで大いに語っていただきました。

小学6年生の“あの日”から、天文学への道を歩み始める

学びの場.com昨年末はアイソン彗星の天体ショーに期待が集まりましたが、予想に反して突然消滅。残念な結果になってしまいました。

渡部 潤一言い訳をするわけではないですが、彗星はわからないことだらけで、こちらの予測通りになってくれません。しかし、そこが面白い所。私が天文学者になろうと思ったのも、予測の大外れがきっかけです。

学びの場.com当たったことではなく、外れたことが?

渡部 潤一忘れもしない、1972年10月8日。私が小学6年生の時、「ジャコビニ流星群」が大出現すると日本中が大騒ぎになったのです。当時私は福島県会津若松市の小学校に通っていて、担任の先生に頼み込み、理科好きの友だち数名と一緒に夜の校庭で星空観測会を開かせてもらいました。テレビで偉い天文学者が「今夜が見頃」と断言していたので、私たちは期待に胸を膨らませながら夜空を見上げ、流星群を待っていました。
ところが、予測は大外れ。流れ星はたったの1個も降らなかったのです(苦笑)。がっかりしました。けれど、同時にワクワクし始めたのです。「人間には、まだまだわかっていないことがある。教科書にも載ってない謎があるのだ!」と。そして、「自分にもできるのでは」とも思いました。偉い天文学者が、「今日は流れ星が出る」と予測していたのに出なかった。ということは、逆もあり得るわけで、流星が降る予報が出ていないときに、大出現することもあるはず。「自分でそれを見つけたい!」と思い、「よし、天文学者になろう」と決意したのです。小学校の卒業文集に「将来は天体物理学者になる」と書いたのをよく覚えています。

学びの場.com12歳でもう、将来やりたいことと出合えたのですね。

渡部 潤一はい。しかし実際、天文学者になるための道を調べてびっくり。当時は、天文学を学べる大学は旧帝大しかなかったのです。特に、当時の東京天文台(現在の国立天文台)は東京大学の附属機関でしたから。そこで、東大合格を目指してがむしゃらに勉強を始めました。と言っても、東大入試のための勉強ばかりで、学校の授業はほとんど聞いていなかったため、定期テストの順位が360人中150番くらいまで落ちたこともありました。ただ、私の出身校の会津高校には、当時3年生の問題を全学年が解く「全学年統一テスト」というのがあって、私は1年生ながら全校で10位以内になりました。
また、入試対策用に某通信教育も受講していたのですが、これが実に難しくてね。全然解けないので高校の先生に質問したら、「これは大学の教養課程で学ぶくらいのレベルだぞ」と、先生も匙を投げるほどの難問ばかり。おかげで「わからなくても、しがみつく」ことは身に付きました。

学びの場.com猛勉強の日々、くじけそうになりませんでしたか?

渡部 潤一人間、目標があると頑張れるもの。好きな天文学への道ですから、苦にはなりませんでした。とは言え、定期テストの成績が悪かったときはやはり落ち込みました。そんなときは、旧会津藩の藩校にある天文台跡の石垣に登って夜空を眺めました。反省すると共に、初心を思い出してやる気を奮い立たせていました。

学びの場.com天文台跡で反省会、さすが天文少年ですね。中学・高校時代は勉強漬けということは、天体観測はお預けだったのですか?

渡部 潤一いやいや(笑)。毎晩一人で天体観測するのが日課でした。ジャコビニ流星群が降らなかった小学6年生の“あの日”から、星が見える日はしばらくは毎晩星空を観測していました。自宅の近所の田んぼで、1時間くらい肉眼で夜空を見上げ、流れ星を数えて、観測ノートをつけるのです。冬の時期は風邪をひいてばかりいました(笑)。それでも続けたのは面白かったからですね。

学びの場.comそれらの観測結果は、どこかに発表したのですか?

渡部 潤一『日本流星研究会』という団体に観測報告を投稿していました。機関誌に名前や観測結果等を掲載してくれるのです。大人と同列に扱ってくれることが嬉しかったですね。天文学はアマチュアも貢献できる学問ですから、プロの天文学者もアマチュア愛好家に一目置いてくれます。『日本天文学会』も約100年前の創立当初から、アマチュア会員を受け付けているのですよ。

学びの場.com渡部さんも、アマチュア時代から学会に入られていたのですか?

渡部 潤一実は、中学生のとき年齢をごまかして入りました(笑)。本来は高校生からしかアマチュア会員になれないのに。入会すると学会誌が届き、ワクワクしながら読むのですが、子どもだから内容はさっぱりわからない。それでも、天文学の雰囲気に浸れました。つい最近、そのときの私の申し込みハガキが学会事務局から出てきまして。汚い字で、しかも年賀状の残りを使って書いていました(笑)。

天文学への道の途中、何度かの“決断”

学びの場.comそして、念願の東大に現役で合格。天文学科で学び、大学院へ。目標に向かってまっしぐらですね。

渡部 潤一しかし、大学院に入った頃、ある教授から「専門分野を変えた方がいい」と忠告されたのです。「君が勉強したい流星や彗星の分野は良い先生もいないし、この研究を続けても就職先がないぞ。それより、私の研究を手伝わないか」と誘われました。悩みましたが、流星や彗星は私が天文学を目指すようになった最初の一歩。また、予測できない不思議さや面白さは、何物にも代え難い……。結局、お誘いをお断りしました。今思えば、人生の分かれ目でした。

学びの場.comでも、正解でしたね。結局、1988年に東京天文台(当時)に就職され、’94年には初代広報室長になられます。なぜ広報の仕事をすることになったのですか?

渡部 潤一それまで国立天文台には広報室がありませんでした。このため、記者会見すら満足に開いたことがなかったのです。しかし、90年代に入って国立天文台がハワイに巨大な「すばる望遠鏡」を建設するビッグプロジェクトがスタート。巨額の予算を使って建設する以上、国立天文台も広く情報発信をしていかなければと広報室を立ち上げる気運が高まり、当時の天文台長から「広報の仕事をやらないか」と打診されたのです。しかし、この時は断りました。

学びの場.comなぜですか?

渡部 潤一広報の仕事をすると、自分の研究時間が大幅に削られてしまいますから。以来、広報の仕事に就くことを数年断り続けていました。が、ある日、私の妻が国立天文台の正門前で守衛さんに追い返される高校生を目撃したのです。恐らく、修学旅行か何かで上京してきて、天文学が好きだから天文台を見学しようとやって来たのでしょう。なのに、けんもほろろに追い返すなんて……。当時の国立天文台は部外者が気軽に入れない場所でした。研究の邪魔になるから、一般人には入って来てほしくないという風潮だったのです。これではいけない。天文学を学ぶ後進が育たないし、天文ファンも増えないと危機感を持ちました。
それに、恩返しをしたいという気持ちもありました。少年時代の私は、東京天文台(当時)に憧れて、先生方が書いた本を読んでワクワクしました。このワクワクを、多くの人たちに味わってもらいたい、天文学の魅力を知ってほしいと思ったのです。だから、「私が広報をやります!」と手を上げ、広報室を立ち上げて初代室長になりました。周りからは「お前、貧乏くじ引いたな」と同情されましたが、会津生まれは頑固なので一度決めたらもう迷わなかったですね。

学びの場.com今では国立天文台は一般の方にも広く門戸を開放し、ガイドツアーや定例観望会も開催されるようになっていますね。しかし、広報をやると自分の研究ができなくなるという葛藤はどうされましたか?

渡部 潤一私にも研究仲間ができていましたから、研究は仲間たちが主導で行ってくれればいい。私が直接かかわる機会は減るけれど、アイデアを出して関与はできる。どんな形であれ、研究は続けられます。それに対して、広報をやれる人間は私しかいないという自負がありました。学者というのは専門以外のこと、例えば日常必要な書類を書いたり、人に話したりするのが苦手なことが多いのです。私自身のキャラクターを社会でどう活かすかを考えたとき、広報が適任だと考えました。
実は10代の頃、私にはなりたい職業が三つありました。第一はもちろん天文学者だったのですが、漫才師にもなりたかったのです。人前で話して笑いを取るのが大好きで、全校生徒を前にした応援演説で爆笑の渦を起こしたこともあります。今も講演をする際、多くの方が笑って下さるのを楽しみにしているのです。
もう一つは作家。文章を書くのが好きで、純文学、ミステリー、旅行記等、色々なコンクールに応募していました。島根県の出雲日御碕(ひのみさき)灯台について書いた紀行文は、日本交通公社(当時)主催の日本旅行記賞をいただいたのですよ。
このような自分の特性からも、広報普及活動は私に向いている仕事だと思っています。

学びの場.com広報の仕事は、第二・第三の“渡部少年”を育てる仕事と言えますね。

渡部 潤一今ハワイの観測所で広報をやっている藤原君は、中学・高校時代に私の著書を読み、また私の講演を聞いて「天文学者に絶対なりたい!」と思い、この道に進んだそうです。他にも、このような若者がいるかもしれませんね。

理科離れ? 子どもはもともと理科が大好き

学びの場.com子どもたちの「理科離れ」が問題視されて久しいですが、天文学、そして自然科学に興味を持たせるには、どうすればよいでしょうか?

渡部 潤一そもそも私は、「理科離れ」という言葉自体に違和感があります。もともと子どもは実験や観察が大好きなはず。けれども、授業では受験勉強のための理科が優先されるので、その先入観から理科嫌いになっているのではないでしょうか。
今の子どもには、実験や観察等を始めとする本物体験、科学を面白いと思える体験が不足していると思います。本物に触れ、科学の本当の面白さに気づけば、子どもは必ず食いついてくるでしょう。米村でんじろうさんを始め、ガリレオ工房の方々の取り組み等は、その好例ですよね。

学びの場.com渡部さんも、ジャコビニ流星群の予測が外れる、という実体験をきっかけに天文学にのめり込んだわけですものね。

渡部 潤一天文学に限らず、自然科学にはまだまだ謎の部分が多くあります。しかし、教科書には現段階でわかっていることしか書いていません。だから面白くないのです。「ここから先は解明されていません」と書いてあれば、夢やロマンが広がるのにね(笑)。実際、私も自分で彗星や流星の謎を解きたいと思い、この道に入ったのですから。
今はインターネットで何でも調べられるので、わかっているつもりの子どもが多い気がします。“わからない”ことを実感できにくい時代だからこそ、大人が、「まだわかっていない」と伝えることが大切だと思います。

学びの場.com教師や親って、子どもに「わからない」とは言いづらいのですが。

渡部 潤一「先生にはわからない」ではなくて「人類にはまだわかっていない」と言えばいいのですよ。例えば、人類は遺伝子の組み換えはできても、それを一から作り直すことはできません。人工光合成もまだできません。我々の文明はまだまだ未熟で、伸びる余地はもっとあるのです。それを子どもたちに伝え、ロマンを感じさせてほしい。
中でも、天文学は最も身近な未知の世界の一つ。金環日食や流星群などは、望遠鏡がなくても肉眼で観測できますし、誰でも手軽にできます。宇宙を入り口に、自然科学への関心を広げてくれると嬉しいですね。

学びの場.com今年はどんな天体ショーが期待されていますか?

渡部 潤一10月8日に皆既月食があります。日本全国で午後7時25分頃から1時間ほど観測できます。前回の月食は真夜中だったので子どもには見づらかったですが、今回は良い時間帯なのでぜひ親子で見てほしいですね。ちょうどその翌日がジャコビニ流星群の極大日に当たるので、月食の観察中に流星を見つけることができるかもしれませんが……でもまぁ、出ないと思いますよ(笑)。

学びの場.comでは、もし流星が見られたら、「渡部先生でも予測を外すのだから、天文学って面白い!」と思ってもらえばいいですかね(笑)。

渡部 潤一そうですね(笑)。天文学は、最初の予測は外れて当たり前。外れたら、その原因を究明し、さらに研究を進めていく。間違いや失敗からたくさんのことを学びます。それは天文学に限らず、科学全般で同じこと。子どもたちも間違いや失敗を恐れず、「だから面白いのだ」と思えるようになってほしいですね。

学びの場.comでは最後に、渡部さんの現在の“夢”は何ですか?

渡部 潤一約50年前の南極観測隊がインド洋で見た、「ほうおう座流星群」の研究です。この流星群は一度出たきり姿を見せず、長らく「幻の流星群」と呼ばれて正体不明だったのですが、その謎を数年前に私たちが解き明かしました。謎が解けると、予測が立つ。計算によると、今年12月2日に現れるはず。その調査が、直近の夢です!

渡部 潤一(わたなべ じゅんいち)

大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 国立天文台 副台長(総務担当)・教授。1960年福島県生まれ。1983年東京大学理学部天文学科卒。1988年東京大学にて学位取得(理学博士)、国立天文台・光学赤外線天文学研究系・助手となる。その後、初代広報普及室長等を経て現在に至る。専門は、流星や彗星等の太陽系内の小さな天体の観測的研究。数多くの講演やテレビ出演、著作等で天文学の広報普及活動にも尽力。著書に『ガリレオがひらいた宇宙のとびら』(旬報社)、『新しい太陽系』(新潮社)等。

インタビュー・文:長井 寛/写真:赤石 仁

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