教育トレンド

教育インタビュー

2013.09.17
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阿部 彩 子どもの貧困を語る。

子どもの問題行動の背景には「貧困」があるかもしれません。

阿部彩氏は国立社会保障・人口問題研究所で貧困問題を中心に研究されています。今年6月「子どもの貧困対策法」が成立し、ようやく社会からも「子どもの貧困」が問題視されるようになりましたが、阿部氏はすでに2008年『子どもの貧困』を出版。日本の子どもの貧困問題について、多くのデータを用いながらわかりやすく解説しています。そもそも「子どもの貧困」とは何か? という定義から、それは子どもの育ちにどのような影響をもたらすのか? そして学校ではどのような対応ができるのか等について伺いました。

そもそも「子どもの貧困」とは?

学びの場.com「子どもの貧困対策法」が今年6月に成立した際、日本の子どもの貧困率は先進国の中でも高く、15.7%であること等が多くのメディアで報道されました。この数値の高さに驚きながらも、そもそも子どもの貧困とはどのような状態を指すのか、知らない人も多いと思います。まず、子どもの貧困の定義について教えていただけますか。

阿部 彩15.7%という数値は、2009年の子どもの相対的貧困率です。相対的貧困とは、人がその社会の中で生活するために、通常得られるものが得られない、できることができない状況のことを指します。
例えば、修学旅行には数万円の費用がかかり、それだけを見ればかなりのぜいたく品のように感じますが、学校では修学旅行へ行くことを前提にカリキュラムが組まれていますし、何よりクラスの中で一人だけ、お金が出せないから修学旅行に行けないというのは、その子に非常な孤立感、疎外感を持たせる原因になります。そう考えると、修学旅行は子どもにとって必要な機会であると言えます。高校進学についても、義務教育ではないので教育費が工面できないのであれば進学できないのは仕方がない、と考える方もいるかもしれませんが、今の日本社会では、9割以上が高校進学をしますし、労働市場においても期待されている最低学歴はほぼ高卒であると言えるでしょう。すると、高校進学というのはぜいたくなことではなく、今の日本社会では必要最低限の学歴であると考えられます。つまり、修学旅行や高校進学の機会が奪われた状態の子どもは、現在の日本社会の中では貧困である、と考えるのが相対的貧困の概念です。

学びの場.com相対的貧困率の数値は、具体的にどのように算出しているのですか。

阿部 彩世帯所得の中央値の50%以下の層を貧困と定義しています。2009年度の場合、中央値は250万円なので、125万円以下(一人世帯の場合)です。この 125万円のラインを貧困線といいますが、このライン以下の所得の世帯に属する子どもが全子どもの何%であるかというのが子どもの貧困率です。
1990年代に入ってから、日本の子どもの貧困率は大きく上昇しています。’95年は12.7%だったのが、’98年14.2%、2001年には15.2%となっており、上昇率は他のどの世代よりも大きいのです。国際比較をしてみると、アメリカ、イギリス、カナダなどに続き、先進諸国の中でも日本は高い率となっています。

子どもの貧困は、経済、少子化など多方面に影響する

学びの場.com子どもの貧困率が15.7%というと、6~7人に一人が貧困ということですが、それだけの人数の子どもたちが貧困の中で育ったら、将来、社会にはどのような影響が出てくるのでしょうか。

阿部 彩15%もの人間が自分の可能性を最大限に活かせなければ、経済活動に影響が出るでしょう。優秀な子が経済的理由で大学進学ができなくて、よい職につけなかったり、それほど能力のない子が社会のトップになったりすれば、国の全体的なレベルが下がってくるという弊害もあります。また、貧困は連鎖することが様々なデータからも明らかになっています。つまり親が貧困であれば、その子が大人になってからも貧困から抜け出せず、その子の子ども、次世代まで貧困が連鎖します。また、貧困の若者は、結婚確率も低いので、少子化にも影響します。

学びの場.com貧困は連鎖するのですか。

阿部 彩そうです。私は2006年に「社会生活に関する実態調査」を東京近郊の地域で20歳以上の男女2,600人を対象に行いました。その調査の中に「15歳時点での生活状況」という項目を設けたのですが、その結果からわかったことは、15歳時点での貧困は現在の所得の低さと強い関連があるということでした。つまり、15歳という義務教育の最終年齢時において貧困だった場合、限られた教育機会しか得られず、その結果恵まれない職に就き、低所得で低い生活水準となってしまう、という図式です。子ども時代の貧困は、その時点だけではなく、将来にわたってもその子にとって不利な条件を蓄積させてしまうものなのです。そしてそれは、次世代にも受け継がれていく場合が多いのです。

教材費を減らすだけでも貧困家庭の大きな助けに

学びの場.com学校現場では、不登校、学力の低下、集金が滞る、空腹による無気力や暴力的態度など、貧困が原因と思われる子どもの様々な教育問題に直面されている教員が多くいます。ただそれが貧困に起因するものかもしれない、と気づいている人といない人がいるようです。

阿部 彩教員の皆さんには、児童生徒に問題が起きた時、「もしかしたら背景には貧困があるのでは」と想像力を働かせていただきたいと思います。というのも、今までは日本社会全体が「貧困など、この社会にはない」という前提でしたので、その存在が問題化されにくかったからです。まず貧困の存在を社会で認めること、それが法整備等へとつながり、貧困問題の解決への一歩になります。
例えば参観日に全く親が来ない子を、ただ「かわいそうに」と思うのではなく、もしかしたら生活が苦しく、親は参観日に休むこともできないほど仕事を入れているのかもしれない、と考えていただきたいのです。特に母子家庭の50%は200万以下の収入しかありません。祖父母と同居していない母子家庭の生活は厳しく、昼も夜も仕事を掛け持ちしているケースが少なくありません。そうすると参観日だけでなく、日常的にも子どもに手をかけられる時間がなく、勉強も見てあげられず学力が落ちたり、満足に食事も与えられずに給食が命綱になったりと、様々な弊害が出てくるはずです。健康についても、自己負担が払えないとか、病院に連れて行く時間がないといったことで、病気になっても満足に医療を受けられないケースもあります。ですから、学校現場では常に、頭の隅に「貧困」という言葉を置いておいてほしいと思います。

学びの場.com貧困だとわかった児童生徒に対して、教員が具体的にすべきことは何でしょうか。

阿部 彩例えば、貧困家庭の保護者の中には、就学援助費や生活保護費などについて知らない方もいるので、これら制度があることを教えるだけでも違うと思います。専門的な知識が必要な場合や、先生方の手に余るケース等は、スクールソーシャルワーカーにその家庭をつなぐ、という方法もあります。
また、公立学校でも、授業料や教科書は無料でも他に様々なお金がかかるもの。それらのうち教材費だけでもなくそうと努力している学校があります。1年間しか使わないものは学校で購入して毎年使い回すとか、朝顔のプランターは新品を購入せず、段ボールやペットボトルを再利用するとか、知恵と工夫で家庭負担の教材費を減らしている事例があります。
北欧の学校では、鉛筆1本さえも学校負担です。極端な話、子どもは何も持たなくても学校に行きさえすれば、学ぶ環境が整っているのです。日本も予算の問題で限度があるかと思いますが、当たり前のように新品を全員に購入させることをやめるだけでも、家計は助かると思います。

阿部 彩学力については、できれば早い段階、小学校低学年の頃につまずきのある児童へは丁寧に対応していただければと思います。貧困家庭で育った子どもの中には、中学生でも九九ができない、分数の足し算は分母の数字が異なるともうお手上げ、といった子が少なくありません。そうした子どもでも、中学校は留年や落第がないので卒業できます。しかし、いざ高校進学をと言われても、「これ以上勉強なんてしたくない」となるケースが多々です。その子の将来の選択肢を増やすためにも、貧困の連鎖を断ち切るためにも、最低限高校進学は実現させたいことの一つ。そのためには学力格差をなくす対策は欠かせません。ただこれは、教員の加配など、制度的な問題もあるのですぐには難しいかもしれませんが……。

自己肯定感の低い貧困層の子どもには一対一で向き合って

学びの場.com貧困家庭の子どもには学習態度だけでなく、生活全般においても投げやりな行動や、自暴自棄に陥っている子もいます。このような態度と貧困とはどう関係するのでしょうか。

阿部 彩子どもが自己肯定感を持つためには、乳幼児期に特別な大人と一対一の関係を持つことが非常に大切であることは、よく知られています。自分に愛情を注いでくれる人がいることで安心感を得て、自分の存在の肯定につながるのです。少し大きくなってくると、例えば積み木のおもちゃで何かを作り上げた時に褒められる経験をすると、達成感を得て、チャレンジ精神ややり遂げる意欲を身に付けていきます。しかし、貧困家庭に育つ子は親が生活に追われていて、子どもとゆったり接する余裕がないため、このような経験がほとんどないままに育ってしまう傾向があります。その結果、自己肯定感が低く、学力も低いまま「どうせ自分は頭が悪いから」などと自己否定してしまうのです。乳幼児期の貧困が後々まで一番影響が強いのはこのためです。

学びの場.comそのような子どもが成長の途中からでも、大人との信頼関係を築けば変わりますか。

阿部 彩変わると思います。子どもにとって先生と一対一の信頼関係を築くことは、とても大切な機会です。自分のために親身になってくれる人がいる、ということは、自分の存在が認められているという安心感にもつながるでしょう。先程、高校進学が今の日本ではあらゆることの最低条件になっていると言いましたが、勉強でつまずいている子どもは「高校進学なんて……」と考えがちです。そして、多くは「少しでも家計を助けたいから」と、中学卒業後は就職を希望します。そんな時、例えば中学校で信頼できる先生と出会い、将来のこと、つまり高校進学をすることで開ける未来のことを語ってもらえたら、その子の意識はかなり違ってくると思います。
国がとるべき対策はたくさんあり、例えば低所得層への所得の再分配や、教員の加配等は早急に取り組むべき課題です。ただ、日常的に子どもと接している教員の皆さんが貧困について知ろうとして下さること、知ったことを仲間と共有していただくことも大事。社会全体が貧困に苦しむ子どもたちから目をそらさずに、まずはその子たちの存在を知ることが、解決への第一歩だと思いますから。

阿部 彩(あべ あや)

国立社会保障・人口問題研究所社会保障応用分析研究部長。マサチューセッツ工科大学卒業。タフツ大学フレッチャー法律外交大学院修士号・博士号取得。国際連合、海外経済協力基金を経て、1999年より現職。研究テーマは、貧困・社会的排除、公的扶助論、社会保障論。1990年代、通勤途中に新宿の段ボール村が行政の撤去により突然消えたのを目にしたことが貧困問題の研究に入るきっかけとなった。主な著書に『子どもの貧困』『弱者の居場所がない社会』。小学校3年生双子の男の子の母。

インタビュー・文:菅原然子/写真:赤石 仁

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