教育トレンド

教育インタビュー

2012.09.18
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平田オリザ コミュニケーション教育を語る。

演劇はどの子にも居場所を作り、意欲や自信を持たせる効力があります。

平田オリザ氏は劇作家であり、文部科学省コミュニケーション教育推進会議の座長として活躍されています。演劇の表現手法を通してコミュニケーション能力の育成に取り組む平田氏に、演劇の持つ力がなぜ有効なのか、学校現場で活用されている具体的な事例や実践方法なども含めて伺いました。

社会の変化がコミュニケーション教育を求めている

学びの場.com近年、「子どもたちにコミュニケーション能力が不足しているのではないか」という議論があります。

平田オリザ私は、今の子どもたちが、昔の子どもたちと比べてコミュニケーション能力が下がっているとは思いません。ただ、少子化や地域社会の変化があり、コミュニケーション教育について学校で取り組まざるを得なくなった。その認識が、まずは必要だと思います。 皆さんも記憶にあるのではないでしょうか。そもそもコミュニケーションは、基本的には友だち関係や遊びの中で自然に身についていくものであって、本当は学校で学ぶようなものではありませんでした。しかし今は、都市部を中心に、セキュリティのしっかりとしたオートロックのマンションに住み、学校から帰ってくると母親としか顔を合わせないという子も少なくありません。そのような生活環境では、友だち作りが苦手だったり、したこともなかったりという子も出てきます。そうなると、昔は生活の中で学んでいたようなことを、学校で意識的に学ばせる取り組みが必要になってきました。
もう一つは、学びを巡る社会の変化です。これまでの日本の教育は短期的な知識を問うことが多かったですよね。一時期、『分数ができない大学生』という本が話題となりましたが、これは厳密に言えば、「分数を忘れちゃった大学生」です。分数ができない大学生も、小学生や中学生の時には恐らく分数の計算はできたはず。つまり、分数は定期テストまでできればよい、英単語は高校入試や大学入試まで覚えていればよいというように、短期記憶を問う試験だけを通って、大学生になってしまったということです。
こうした教育の在り方も、かつては意味があったと思います。そこで問われていたのは、いわば「従順さと根性」だったからです。教師が「ここからここまでテストに出ます」と言ったことに従いそれを真面目に覚えれば、ある程度の点数は取れ、高評価を得られる傾向にありました。特に、高度経済成長下においては、それはとても重要な意味を持っていたと思います。組織のために粉骨砕身で働く「企業戦士」が求められていた時代ですから。しかし、労働人口の7割ほどがサービス業に就いている現代では、「発想」や「付加価値」、「コミュニケーション能力」が重視され、「命令に従順」だけでは職場で通用しないかもしれません。社会のグローバル化も一層進み、「多文化共生」を目指さなければならない時代でもあるので、多様な価値観を持つ人々と人間関係を形成できる力が求められているのです。

学びの場.com中教審答申でも近年、「知識基盤社会への変化」が盛んに言われています。全国学力・学習状況調査でも、学習意欲や、考える力を問う問題と、その回答率が注目を集めています。

平田オリザ私は、これからはたくさん覚えるのではなくて、「よく覚える」ことが大切になると考えます。子どもたちは、学校の教室で習う星座の名前よりも、キャンプ場で父親に教えてもらった星座の名前を「よく覚えている」でしょう? 理科の授業で植物の名前を学ぶよりも、母親から買い物の帰り道で教えてもらった道端の花の名前を「よく覚えている」ものです。
早く、多く覚えるよりも、よく覚える。川のせせらぎや、たき火の残り香、家族の笑顔と共に定着していく記憶のシステムに、心理学や脳科学も注目しています。例えば、ある匂いから懐かしさなどを連想することがありますね。どうも記憶というのは、体系的にとらえられたものよりも、ごちゃごちゃの中から取り込まれていく方が、意味のあるものになりやすいようです。
ただし、これは教える側である教師にとってみればとても大変なこと。計画的に取り組むには難しい指導法でしょう。ところが、総合芸術である演劇では「よく覚える」といった学びも可能です。学校教育と組み合わせていくことで、有効な実践が作れると思います。

演劇は学校教育をサポートする力がある

学びの場.comでは、なぜ演劇がコミュニケーション教育に有効なのでしょうか。

平田オリザ「居場所作り」をしやすいことが一番の理由だと思います。高校生の例ですが、ニュージーランドやオーストラリア、カナダなどから短期留学を終えて生徒が帰ってきた時に、教師が「どの授業が面白かった?」と聞いてみると、「演劇!」という答えが最も多いそうです。生徒たちは英語で授業を受けてきたはずですし、言葉もそれほど通じなかったはずなのに、どうして演劇なのだろう? と、教師は不思議に思った。しかし、演劇の授業こそが言葉のわからない子どもたちに、最も居場所を与えてくれていたのです。
日本の高校生が短期留学先に選ぶ治安のよいオーストラリアやカナダは、長く移民を受け入れてきた多文化共生の国でもあります。移民してきた子どもたちが社会に早くなじめるようにと考えられた演劇のプログラムがたくさんあります。その中には、私たち演劇業界でいうところの「おいしい役柄」「おいしいせりふ」がたくさん用意され、英語が上手でなくても、あるいは逆に英語が上手ではないことを生かしたような短いせりふ、それだけで場内がどっと沸くような役柄があるのです。
それら海外の学校には、日本の芸術科目に「美術」や「音楽」があるように、ごく普通に「演劇」の授業があり、専任の先生(ドラマ・ティーチャー)が指導に当たっています。

学びの場.com演劇を通じた教育では、具体的にどのようなことをするのですか。

平田オリザ例えば、「コミュニケーションゲーム」と呼ばれる、単純に体を動かしたり、声を出したりしてウォーミングアップするゲームがあります。簡単なものでは、「仲間を集める」という活動もあります。例えば、「好きな色は何?」という質問を教師がして、子どもたちが「青!」、「赤!」、「黄色!」とか言いながら仲間を探すゲームです。これは演劇のワークショップでよく使われる手法です。小学校でクラス替えをした後1週間くらい、朝の会や特別活動の時間に5項目くらいずつやると、子どもたちは「もっとやろう、もっとやろう」と興奮状態になって、教師が押さえるのが難しいくらいになるようです(笑)。
子どもたちが友だちを作る機会が少なくなってきている今、「好きな歌手」とか、「好きなマンガ」といった誰でも自分なりの考えを主張できるような質問をしていくと、関係性を作るきっかけになります。小学生では大変有効な手法です。
こういったゲームのあとに、テキストを使ったワークショップを行います。たとえば、「電車や飛行機の中で、どうしても誰かと会話をしなくてはいけない」というシチュエーションを設定し、「話しかけにくいけど、どうやったら話しかけやすくなるか」を考えた台本を作り、短時間の芝居にして演じるものです。
中学生以上の場合は、指導技術的に少々難しくなります。諸外国では専任のドラマ・ティーチャーが教えていますから、一般の教師では負担になるかもしれません。そこで、文部科学省では、平成22年度から外部講師として芸術家等を学校に派遣する事業を始めました。これは、鑑賞教室などの一方的に何かを見せる行事ではなく、芸術家と現場の教師が連携して、芸術表現体験活動を色々な教科に結びつけたワークショップ型授業を行うものです。

学びの場.com平田さんご自身は実際、どのような実践に取り組まれましたか。

平田オリザ一例ですが、ある年、私が支配人を務める「こまばアゴラ劇場」の近くにある区立中学校に、単発で3回ほど出張授業をさせていただきました。それが好評だったようで翌年、その中学校の生徒にこの劇場で1年かけて演劇に取り組んでもらうことになりました。これは「職場体験」の位置づけで、演劇の様々な仕事に取り組んでもらうものです。稽古をしたり、事務所でチラシを作ったり、劇場で大道具や照明、音響を体験したり、ロビーでチケットのもぎりなどもやってもらいました。この他、俳優班や作・演出班などもあり、作・演出班は私と一緒に台本を作ります。
生徒の中に、斜に構えてやる気のなさそうな男子がいました。いわゆる少々ヤンチャな子です。彼は、多分ラクだと思ったのでしょう、音響班を選んでいました。そんな彼が変化を見せ始めたのは、劇中、携帯電話が出てくるシーン。公立中学校ですから、普段は学校に携帯電話を持ってくることは禁止ですが、この仕事の時だけは許されます。それが嬉しかったのか、次第に意欲的になってきて、役者をしている子に「おい、そこ、間違えるなよ! 俺が携帯の音を鳴らすところと合わせるんだぞ!」と演出まで始めたのです。最後は、現場のチーフのような存在になって、積極的に劇作りに参加していました。これには、先生方もびっくり。これまで自分から仲間に入っていって、何かに積極的に取り組むなんてことがなかった生徒だったそうです。
この演劇活動には後日談があります。卒業文集では、例年は、毎年3分の2くらいの生徒が修学旅行の思い出について書くとのことですが、この学年だけは半分以上の生徒が、「演劇の思い出」について書いてくれたそうです。

学びの場.comよほど印象深かったのでしょうね。

平田オリザそうですね。演劇を通じた取り組みで、居場所作りができて、それが生徒の意欲を引き出すこともある。もう一つの効果は、この非日常体験が深化し、日常に定着していくということです。コミュニケーション教育で文部科学省が期待していることは二つあって、一つは学びのモチベーションを上げること。単純に面白い、印象に残るということです。もう一つは自己肯定感と自信の醸成。自分を大切にする気持ちを持つということです。演劇は万能薬ではありませんが、処方箋の一つとして学校教育をサポートすることができる、そういう役割を担えるものだと思っています。

平田 オリザ(ひらた おりざ)

1962年生まれ。劇作家・演出家。大阪大学コミュニケーションデザイン・センター教授。文部科学省コミュニケーション教育推進会議委員(座長)。小学校や中学校の国語教科書に、平田氏のワークショップの方法論に基づいた教材が採用され、多くの子どもたちが教室で演劇を創作する体験を行っている。他にも障害者とのワークショップ、自治体やNPOと連携した総合的な演劇教育プログラムの開発など、多角的な演劇教育活動を展開。(公財)舞台芸術財団演劇人会議理事長など、公職を多数務める。

インタビュー・文:坂本建一郎/写真:赤石 仁

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