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教育インタビュー

2012.05.22
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小林正幸 震災と「心のケア」を語る。 子どもたちの心のケアは被災地だけの問題ではない

東日本大震災から1年以上が経ちましたが依然、地震や津波で家族や友人を失った子どもたち、原発事故による放射線被害で移転を迫られた子どもたちの心の問題は解決していません。被災地の子どもたちの心のケアに取り組んでいる小林正幸東京学芸大学教授に、これから学校や教員がすべきこと、その留意点などをお聞きしました。

これから予測される子どもたちの心の問題

学びの場.com3・11の東日本大震災発生から1年以上が経ち、子どもたちの心の問題は現在どうなっているのでしょう。

小林正幸まず、津波被害の地域と福島第一原発事故による放射線被害地域とでは、全く事情が異なっています。津波被害地域では、家や仕事を失った人々はいまだに先の展望が見えてこないため、大人たちは力を失い、感情を外に表さず静かにしている方たちが多い。そのため、彼らの子どもたちも保護者や教員の前で泣かない良い子の演技をしている傾向があります。親にも先生にも気を遣っているという印象です。
一方、福島の放射線被害地域では、多くの大人たちは怒りや恨みの念を抱いており、これが子どもたちにも伝わっています。こちらも親や大人たちに気を遣って良い子を演じている傾向がありますが、心の中に(放射線被害で)排除された体験への怒りがあるため、それが逆に他者を排除することにつながり、例えば学校生活ではいじめ、非行など反社会的な行為を引き起こす可能性を内包しています。

学びの場.com被災した子どもたちは、保護者や教員に気を遣って自分を抑えている。その影響が今後、心の問題として出てくる可能性があるということでしょうか。

小林正幸ずっとがまんしていると、次第に感情のコントロールがうまくいかなくなるという問題が起こってきます。これには三つのパターンがあります。一つ目は、一見まじめで良い子だけれど、感情が爆発するとキレる、あるいは陰で悪いことをするようになってしまうパターンです。これは普段、感情を抑えているためです。
二つ目は、これは他地域に自主的に避難した家庭にみられることがあるのですが、情緒不安定でわがままになってしまうパターンです。親は子どもを気遣うあまり、子どもに不快な感情を与えないように先回り先回りして面倒をみます。また、転出先の地域にも気を遣って、周囲に迷惑をかけないよう子どもに言い聞かせます。このような場合、子どもたちはわがままになりやすい上、甘えることができないという現象が起こり得ます。甘えるという行動は、上下関係で成り立つもの。圧倒的な優位に立つ者がいて、その者が許可することで存分に甘えることができるのです。しかし自主避難し、子どもや周囲に気を遣う親はうまく上下関係を作れません。そのような親に子どもは甘えているようでいて、実は甘えられないのです。すると、子どもは情緒不安定でわがままになる傾向があります。
三つ目は、津波被害地域にも放射線被害地域にも共通しているのですが、非行化したり、トラブルメーカーになったりしやすいパターンです。親が生活に必死で子どもに構っていられない、あるいは、生きる意欲や働く意欲を失っていて、子どもがつらい思いをしていても、それに反応できない。こういう状況が続くと、ある意味仕方のないことですが、子どもは非行に走りやすくなると考えられます。

先回りせず、素直に子どもの心を代弁する

学びの場.com震災や原発事故による子どもたちの心の問題への対応は、これからが本番ということですね。しかし、実際にどう対応すればよいかわからず、多くの教員が悩んでいるようです。

小林正幸要は感情のコントロールと表出の問題です。「子どもたちに寄り添い、深く理解すること」を心がけている教員の方も多いと思いますが、一番良い例は「痛みに寄り添う」ことです。例えば、小さな子どもが転んだ時に母親が「痛かったねぇ」と言いますね。母親自身は痛くないのに、自分が痛かったような顔をして「痛かったねぇ」と言うことで、子どもと痛みを共有します。これと同じで、子どもが浮かない表情をしていたら、「浮かない顔しているね」と見たままを言葉にします。まず、子どもたちの感情をこちら側が代弁するのです。教員は教えることに慣れているから、先回りして何が嫌なのか、何が悲しいのか、原因を説明させようとするからうまくいかない。「嫌なんだね」「悲しいんだね」と言うだけでいい。
そして、子どもが何かやり始めたり話し始めたら、「先生はうれしいな」と言う。褒めるのではなく、自分が喜んでいることを子どもに伝えるのです。感情表現を豊かにする関わり方とは、こういう関わり方です。子どもの気持ちをそのまま受け止めること。子ども自身に説明を求めようとしないで、こちらが気持ちを代弁しようとしていれば、いずれ子どもの方から寄ってくるようになるでしょう。これが大原則です。

学びの場.com先ほど、保護者の無力感などが子どもに影響を及ぼしているというお話がありましたが、保護者に対して学校や教員はどう接すればよいのでしょうか。

小林正幸基本的には、学校や教員は保護者をどうにかしようというところで踏ん張らない方がよいと思います。保護者を変えるよりも、抑圧されている子どもが学校に来た時に、全く逆の体験をさせることです。その子は、自分を駄目な存在だと思っているかもしれない。その子どもに「自分は自分のままでよい」「自分は価値のある存在なんだ」と教えて欲しい。子どもは小3以降になると、学校での生活体験時間の方が家庭よりも長いのです。家庭で大変な思いをしているのであれば、学校でどういう体験をその子にさせたらよいのか、ということを考えてください。もちろん、ソーシャルワーカーなどと連携して家庭を何とかしなければならない深刻なケースもありますが。
不登校の子どもの支援に携わっているときに、親が登校させる気がない子どもほど、先生たちが直接働き掛ければ学校に来るというデータを得ました。そこで、「親を何とかするのではなく、子ども自身に会いに行く、子どもと仲良くなる、先生の魅力で子どもを学校に連れて来なさい」とアドバイスしました。こうやって学校に連れてきた方が、子どもの人生を応援することになります。
一方、その子だけ特別扱いしているという批判が他の子どもたちから出るかもしれませんが、子ども全員に公平に接することが公平ではありません。大変な子どもに手厚く接することこそが公平なのです。そう宣言してしまいましょう。そうすれば、子どもたちは納得するはずです。「大変な子どもをより手厚く面倒をみるというのが先生の考える平等だ」という平等感を哲学にして、それを子どもたちに示して学級経営をされればよいと思います。
例えば、発達障害のある子どもに向け授業を展開すれば、全ての子どもたちにとってわかりやすい授業になります。それと同じで、心の問題がある子どもに先生が手厚く接している姿は、他の子どもにとっても救いとなるはずです。似たような問題のある子どもは、「僕も助けて」と来るかもしれない。逆に、あの子ばかり構っていると批判する子どもは、心さびしい子どもなのでしょう。そうしたら、その子にも愛情を注げばよいのです。

「心のケア」は特別なことではない

学びの場.com中には、ソーシャルワーカーなど外部機関と連携しなければならない深刻な例もあるとおっしゃられましたが、どの段階でどんな外部機関と連携すべきか、という目安はあるのでしょうか。

小林正幸医療機関の場合は、保護者の了解をとって早めに連携すればよいでしょう。具体的には、保護者を介して「学校ではこんな様子です。こういうふうにしたいと思っています。これに対して意見をください」という手紙を医療機関に渡します。大事なことは医療機関に診断を求めるのではなく、「学校ではこんな対応をしていますが、この子どもに合っていますか」という問いかけをすることです。こういう聞き方をしたとき、初めて学校の教員が持っている専門性が医者たちに伝わるのです。学校や集団の中での子どもの姿を知っているのは教員だけですから。例えば発達障害の場合、教員にとって大切なことは、その子がアスペルガー症候群か学習障害なのかを知ることではなく、その子にどんな手だてを講じ、学ばせるかということです。ところが実際は、診断名が出るとほっと安心して手を引いてしまうことが多いようです。
外部機関との連携で難しいのは虐待の場合です。現在、学校に通告義務があることは教員のみなさんご存知ですが、みなさんが思っているほど児童相談所などの外部機関は実際には動きません。むしろ、保護者と日常的に付き合えるのは学校の教員なのです。ちょっと話は違いますが、保護者対応のうまい教員は、あの親は大変だという話を聞けば、4月の始業式が終わった段階ですぐに連絡するそうです。そこで、子どもを徹底的に褒める。避けるのではなく、とにかく積極的にこちらから関わっていく。そうやって良い関係を築いていけば、こちらから福祉機関の知り合いを紹介しましょうかという提案もできます。問題が起きてから対応しようとするので、難しくなるのです。

学びの場.comいままでのお話を聞いていますと、震災後の子どもたちの「心のケア」といっても特別なことではないような気がします。

小林正幸そうです。それは学校や教員にとって普通のことなのです。不登校を減らすためにやってきたことも、震災で心に傷を負った子どもに対応するのも、実は同じことなのです。子どもがしっかりと授業を受けられるようにすること、子どもの将来を応援すること、それらを第一に考え対応していただきたいと思います。

小林 正幸(こばやし まさゆき)

東京学芸大学大学院教育学研究科(教職大学院)教授。1957年群馬県生まれ。筑波大学大学院修士課程教育研究科修了。東京都立教育研究所相談部研究主事、東京都立多摩教育研究所研究主事、東京学芸大学助教授などを経て現職。専門は教育臨床心理学。不登校などについての教員向けのメール相談、不登校を減少させるプロジェクトなどを手がけるほか、現在は東日本大震災の被災地などで子どもの「心のケア」の活動に取り組んでいる。著書は『教師のための電話相談――悩み・疑問へのアドバイス』(教育出版)、『新版 もうひとりで悩まないで!教師・親のための子ども相談機関利用ガイド』(ぎょうせい)、『保護者との関係に困った教師のために――教師の悩みに答えます』(ぎょうせい)など多数。

インタビュー・文:斎藤剛史/写真:柳田隆晴

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