前川貴行 動物写真家が語る自然・命との対峙~山中で強大な野生動物と遭遇したときの衝撃は忘れられません。
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動物写真の巨匠に師事、撮影の具体的なプロセスを覚えた。![]() 学びの場.com(以下、学びの場) 高校卒業後、サラリーマンを経て、動物写真の道に入ったそうですが、なぜ動物写真家に? 前川貴行(以下、前川) 動物が好きで写真も好きだったから、というシンプルな理由です。僕の場合、スタートが遅く、趣味でカメラを持ち始めたのは26歳のとき。もともと山歩きが趣味だったので、そのお供にカメラを持つようになり、最初は風景写真を撮っていました。そのうち自然のなかでときどき動物と出あうことが楽しみになって、動物をメインに撮りたいと思うようになったのです。 学びの場 趣味からのスタートですか? 前川 最初は趣味ですが、カメラを持ち始めたときから「どうせやるならプロになりたい」と思っていました。でも写真家という職業が、どうやってなるものか皆目わからなくて。そこで、当時活躍している動物写真家たちの経歴を調べました。すると、みんな「田中光常の助手をしていた」とあるのです。 学びの場 田中光常氏は、日本の動物写真のパイオニアといわれる方ですね。 前川 そうです。いま85歳ですが、世の中のほとんどの人が彼の動物写真を目にしたことがあるでしょう。まさに第一人者なのですが、当時の僕は田中氏のことをまったく知りませんでした。ただ、みんなの経歴に書いてあるってことは余程すごい人なのだろうと思って、まずはその人の助手になろうと、田中氏に会いに行きました。 学びの場 それで田中氏の助手に? ![]() 前川 いや、はじめは「いまは助手がいるから」と断られたのです(笑)。ところが、半年後に連絡があって、「前任者が辞めたから助手をやってみるか?」と。それが27~28歳のときですね。 学びの場 助手時代にはどんなことを学ばれましたか? 前川 動物写真家というのは、単独撮影が基本。だから助手といっても、撮影のアシスタントではなく、写真の貸し出し業務が中心でした。でも、それを経験するうちに、動物写真とはどういうものか、なんとなく肌で感じられるようになっていきました。最初は「動物を撮りたい!」という思いだけで、どこで・何を撮るのか、何の発想もなかったのですが、助手を経たことで撮影に対してより具体的なプロセスを踏めるようになりました。それが大きかったですね。 はじめて野生のクマと遭遇、恐怖で身体がしびれた。学びの場 前川さんの作品といえば、野生のクマやハクトウワシが印象的です。 前川 自分で作品を撮りはじめるにあたり、まずクマに取り組もうと思いました。単純に野生のクマに遭ってみたかったことが一つ、そしてはじめに強くて撮影の難しい動物と向き合っておけば、これから先、怖いものはないだろうと考えたからです。 世界にはトラやライオンなど強大な力を持った野生動物がいますが、例えばライオンの場合、生身で近づくのは危険すぎて同じ土俵ではとても撮影できません。一方、クマは同じ土俵に立ってギリギリ撮影できる最強の生き物なのです。 学びの場 はじめてクマの撮影に行ったのは? ![]() 前川 29歳のころ、助手時代の先輩と二人で初夏のアラスカに行きました。ボートをチャーターしてアラスカの南のほうを旅しているとき、海岸沿いではじめてブラックベアーに出あったのです。相手は一頭ですし、200~300mくらい離れていたのですが、やっぱり怖かった。それ以上は自分から近づけませんでした。写真も撮るには撮ったけど、ブレてるし、動揺が出ているのですよ。このほか、グリズリーにも 遭遇できましたが、これも恐ろしさで身体がしびれるようでした。はじめての撮影はそんなもんです(笑)。 学びの場 翌年からはカナダのハドソン湾でホッキョクグマを、国内でもツキノワグマなどを撮影されていますが、恐怖心を抱えながらも、クマを自分のテーマとして追い続けようと思った理由は? ![]() 前川 確かにクマを目の当たりにしたら怖かったけれど、世の中にはクマの写真を撮っている人はいます。他の人にできて自分にできないことはないだろうと思ったのです。「どうしたらクマのすごい写真を撮れるのか?」そればかり考えていました。恐怖心を克服するというのは大きな問題でしたが、それは何度も遭遇を繰り返すたびに薄らいでいきました。やはり積み重ねが大事ですね。 また、対象となる被写体とどう馴染んでいくかも重要です。時間をかけないと動物写真は成立しないものなのです。それはハクトウワシ 、イノシシ、どんなケースでも同じです。 自然への畏怖の念、生き物との対峙、その衝撃が忘れられず。![]() 学びの場 子どものころから動物は好きだったのですか? 前川 はい、ただ僕は生まれ・育ちが東京ですし、好きといっても犬や猫レベルです。よく小・中学生の男子で、昆虫博士や動物博士といった子がクラスにいますが、僕はそういうタイプでもありませんでした。 とはいえ、僕が育った頃はまだお寺や公園にたくさんの木々が生え、池があったり大きな岩があったり、遊び場に自然の気配が在ったのです。木下闇といった感じの、鬱蒼と茂る木々の下に、自然の気配を何か感じていたような気がします。 学びの場 怖いけれど惹かれてしまう感じ? 前川 そうです。いまも単独で山に入るとやっぱり怖いですよ。雪崩や落雷への恐ろしさとは異なり、自然が持つ気配に対してです。それに気づいたとき、僕のなかで自然への畏怖の念が生まれました。同時に、一人で山に入ったとき、ばったり野生動物に出あったときの衝撃も忘れられません。それが面白くて続けているのでしょう。 学びの場 衝撃とは、具体的にどんな気持ちなのですか? 前川 リスなどの人間よりも小さい生き物の場合はそれほどでもないのですが。細い獣道を歩いていて、前方から大きな角を持ったシカやクマなどが現れた場合です。同じ場所に、あっちも動物、こっちも動物、まさに一対一の状況。お互い相手の目を見ながら「どうしようかな?」と考える。この瞬間、ものすごく対等なのです。そして、いい写真が撮れたとなれば、これはもう何とも言えない快感に満たされます。この充実感や感動が忘れられないのです。 ![]() 前川貴行氏の著作。右:写真集『Bear World クマたちの世界』(2007年、青菁社)、左:写真集『地球の旅人 新たなネイチャーフォトの挑戦』(2007年、東京都写真美術館) 学びの場 そんな前川さんの作品は写真集や展覧会などで拝見することができますが、フォトジャーナリストの桃井和馬氏や動物写真家の小原玲氏とともに『EYE WITNESS目撃者たち』というプロジェクトに参加し、作品を学校や教育機関などに無償で貸し出していますね。 前川 環境問題をはじめ、いま日本や世界で起こっていることを写真で子どもたちに伝えようという目的でスタートしたプロジェクトです。桃井さんや小原さんを中心にいろんなジャンルの写真家が集まって、それぞれの作品をパネルにし、美術館、百貨店、公民館などさまざまな場所で写真展を開いたり、講演を行ったりしています。 学校で開催すると、写真家たちの体験談やリアルな写真に接した子どもたちは、かなり感じるものがあるようです。写真との出会いが、子どもたちの地球環境や世界情勢について考えるきっかけになってもらえたらうれしいですね。 日本人ほど自然と付き合うのが上手な人々はいない。学びの場 動物写真家としてさまざまな場所で撮影され10年余り。前川さん自身は、地球環境をどう感じていますか? ![]() 前川 よく尋ねられますが、キャリア10年ではわからないというのが正直な答えです。ただ、海外でも日本でも地元の人たちと話していると、50年前、30年前と比べるとだいぶ様子が違うという話しは耳にします。例えば、ホッキョクグマの 生息地に関しても、北極海の氷が張りにくくなって陸地で見かけることが多くなったとか、四輪駆動車でもスタックしやすくなったとか。僕も、今後30~50年スパンで自然の変化を見続けていきたいと思います。 学びの場 日本の山にはまだ元気な動物がいるのでしょうか? ![]() 前川 日本の自然は本当に豊かですよ。これは海外に出て、日本を振り返って感じることですが、例えば海外の場合、国土も広いし、国立公園も巨大です。そこにクマがいたりオオカミが生息しているわけですが、それに比べて日本なんてこんな小さな島国で、東京やら大阪やら大都市もたくさんあるのに、本州にクマが何千頭もいたりするわけです。そんな国は世界中探しても日本以外にない。最近、そんな日本の野生動物たちの作品をまとめてみたいと思っています。 学びの場 前川さんから見ると、日本人はその豊かさに気づいていない? 前川 僕自身も最初は気づきませんでした。この仕事を通して徐々にわかったことです。日本人ほど身近な自然と付き合うのがうまい人々はいません。自然と付き合うテクニックは世界一でしょう。例えば、日本には「裏山」という言葉があり、里の人たちは山の自然とのせめぎあいをずっと続けてきたわけです。日本人はそういう動物や自然とのふれあいの技術を、もっと大事にしていったらいいのです。 アメリカのように広い国土で、人と野生動物の棲み分けができる国と、日本のようにごちゃごちゃした狭い土地で一緒に共存している国とでは環境が全然違うのですから。日本は本当に稀有な国。我々は自然との共存力にもっと自信を持っていいと思います。
インタビュー・文:寺田薫/写真:柳田隆晴(動物写真4点は前川貴行氏の作品) |













