2009.10.13
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年収の多い家庭の子どもは学力が高い 学力と経済力の関係をどう考えるか

「年収の多い家庭の子どもは学力が高い」という事実を証明した文部科学省による委託研究の調査結果が、全国的に大きな話題となった。一方、保守合同による「55年体制」以降、初めて自民党以外の政党が単独で衆議院の過半数を制するという本格的な政権交代が起こり、教育行政にも大きな変化が予想される。今回は、同省の委託研究の結果を基に、今後の教育の行方を考えてみたい。

「年収の多い家庭の子どもは学力が高い」という事実を証明した文部科学省による委託研究の調査結果が、全国的に大きな話題となった。一方、保守合同による「55年体制」以降、初めて自民党以外の政党が単独で衆議院の過半数を制するという本格的な政権交代が起こり、教育行政にも大きな変化が予想される。今回は、同省の委託研究の結果を基に、今後の教育の行方を考えてみたい。

なぜ年収の多い家庭の子どもは学力が高いのか

 話題になった調査は、文科省の委託を受けてお茶の水女子大学の耳塚寛明副学長を中心とした研究グループがまとめたもので、昨年春に実施された全国学力学習状況調査(全国学力テスト)のうち、5政令都市の約100校の小学6年生とその保護者、教員に対して実施した。家庭の年収と全国学力テストの平均正答率(単位%)との関係を見ると、以下のようになっている。
家庭の年収
国語A
国語B
算数A
算数B
200万円未満

56.5

43.2
62.9
42.6
200~300万円未満

59.9

44.2
66.4
45.7
300~400万円未満
62.8
47.3
67.7
47.6
400~500万円未満
64.7
50.9
70.6
51.2
500~600万円未満
65.2
51.6
70.8
51.2
600~700万円未満
69.3
55.1
74.8
55.5
700~800万円未満
71.3
57.6
76.6
57.1
800~900万円未満
73.4
59.6
78.3
60.5
900~1000万円未満
72.8
58.4
79.1
59.7
1000~1200万円未満
75.6
62.5
81.2
62.8
1200~1500万円未満
78.7
64.9
82.8
65.9
1500万円以上
77.3
64.3
82.5
65.6

 年収1500万円未満までの世帯については、年収が高い世帯の子どもほど概ね正答率は高いということが見てとれる。もちろん、年収が低い家庭でも学力の高い子どもはいるし、その反対の場合もある。算数・数学と国語のみの全国学力テストの正答率をもって学力を論じるのも乱暴だ。しかし、統計による平均値で見る限り、年収の多い家庭ほど子どもの学力が高い――ということを調査結果は裏付けていると言わざるを得ない。

 では、なぜ家庭の「経済力」と「学力」は関係するのだろうか。最もわかりやすい理由は、学習塾など学校以外の教育費だ。調査結果によると、「算数A」の場合、学校外教育支出が「月5000円未満」の家庭の子どもの平均正答率は68.9%、これに対して「月5万円以上」の家庭の子どもは87.6%となっており、大きな開きがある。

 だが、理由はそればかりではなさそうだ。分析結果によると、高正答率層の子どもの保護者の特徴として「本(マンガや雑誌を除く)をよく読む」「新聞の政治経済欄を読む」「テレビのニュース番組をよく見る」「家で手作りのお菓子をつくる」「学校の行事によく参加する」「子どもが小さいころから絵本の読み聞かせをした」などが挙げられている。

 逆に、正答率が低い子ども層の保護者の特徴としては「携帯電話でゲームをする」「テレビのワイドショーやバラエティ番組をよく見る」「スポーツ新聞や女性週刊誌を読む」「パチンコ・競馬・競輪に行く」「カラオケに行く」などがある。

 耳塚副学長らの研究グループは、「学校での学習になじみやすい家庭環境」が子どもの学力形成に大きな影響を及ぼしていると指摘している。要するに、家庭の「文化力」とも言えるものだろう。学習塾など学校外教育費支出に加えて、経済力のある家庭ほど「文化力」が高い傾向があることが、年収の多い家庭ほど子どもの学力が高い理由だ。

学力の「底上げ」に成功した学校の特徴とは

 一方、大手マスメディアではあまり取り上げられてないが、同調査は学力の「底上げ」に成功している学校の特徴なども分析している。これは、全国学力テストの平均正答率が高い学校という意味ではなく、就学援助家庭の子どもが多いなどのハンディを抱えているにもかかわらず、同様の学校と比べて平均正答率が高い学校という意味だ。

 分析結果によると、学力の底上げに成功している学校は、同様の条件にある他の学校と比較して、次のような違いがあった。

「児童は熱意をもって勉強している」(成功校40.0%、他校15.5%)
「学習規律の維持を徹底している」(各65.0%、41.4%)
「学校や地域であいさつするよう指導している」(各90.0%、63.8%)
「国語の指導として、書く習慣をつける授業をよくしている」(各50.0%、15.5%)
「国語の指導として、さまざまな文章を読む習慣をつける授業をよくしている」(各40.0%、15.5%)
「国語の授業で、教科担任制を実施している」(各15.0%、1.7%)
「PTAや地域の人が学校の諸活動にボランティアとしてよく参加してくれる」(各60.0%、37.9%)
「模擬授業や事例研究など実践的な研修をよく行っている」(各75.0%、46.6%)
「授業研究を伴う校内研修を年間15回以上実施している」(各40.0%、24.1%)

 これらを見ると、学習意欲の向上、学習規律の徹底、国語の授業改善、実践的な教員研修などが学力底上げのポイントであることがうかがえる。

 また、教員調査の結果によると、学力の底上げに成功している学校の教員は、「自作教材を使う国語の授業をする」「他教科の内容と関連づけた算数の授業をする」「授業でやり残した作業や課題を宿題として出す」などの割合が高い。さらに、「平日の退勤時間が午後8時30分以降である」という教員の割合は、成功校が34.0%、他校が13.6%という違いも目立っている。保護者や地域との関係が良好という割合が高いことも見逃せない。

 要するに、学習規律を徹底し、実践的研修を重ねて授業改善を図り、地域と保護者との良好な関係を築ければ、経済力の低い家庭の子どもが多い学校でも学力の底上げはできるということだ。

「社会保障」としての教育予算の拡充を

 ところで、ここまで書いてきておきながら、話をひっくり返すようで恐縮だが、家庭の経済力が低くても、あるいは学区の環境が良くなくても、努力次第で何とかなると言われて、心の底から納得できる保護者、学校関係者がどれだけいるだろう。厳しい経済環境の中でわき目も振らずに働いている保護者、業務の増加により年々多忙化するばかりの教員が、本当に対応できるのか。同時に、子どもの教育に無関心な家庭も増加している。子どもの教育に価値を見いだせない保護者に、家庭の「文化力」などと言っても無駄だろう。

 批判を承知で言えば、経済力の高い家庭では、教育の価値を理解できるだけの成功体験を持っている保護者が多い。だから、教育に力を入れる。それに対して、経済力の低い家庭では、教育に価値を見いだせるような成功体験に乏しい保護者が少なくない。高度成長期には、それが「逆バネ」になって子どもの教育に力を入れる者も多かったが、大きな成長が望めない成熟社会では、保護者の成功体験の少なさは学校教育への無関心となって表れがちだ。そして、社会格差の中でもっとも恐ろしいのは、格差の固定化による親から子への「格差の再生産」だろう。

 このような状況の中で同研究グループの調査結果は、「子どもの学力を左右しているのは家庭の経済力だけではない」「経済力の低い家庭の子どもが多い学校でも学力の底上げはできる」――という2つの可能性を提示していると読み取りたい。ならば、これらの可能性を現実のものとするための条件整備(教職員定数の大幅な増加、公財政教育費支出の増額、教育予算の返済の必要のない給付型奨学金制度の充実など)が急務と言える。

 学力低下批判に端を発した一連の教育改革の多くは、新自由主義的な小泉政権の「構造改革」による教育予算の削減とセットになり、結果的に学校現場を疲弊させてしまった。学習指導要領の改訂など教育内容の改革が一区切りした現在、民主党を中心とする連立政権に求められるのは、必要以上の教育内容や教員政策の改革ではなく、学校が持っている機能を十分に発揮できるようにするための条件整備だろう。

 政権交代が実現したいま、「社会保障」としての教育予算の充実という選択をしなければ、日本は本当に金持ちだけが成功する社会になってしまいかねない。

構成・文:斎藤剛史

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