教育トレンド

教育インタビュー

2008.09.02
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小野田正利 保護者クレーム問題を語る 親はモンスターじゃない、まず学校に「体力」と「体温」を取り戻すことが必要です。

モンスターペアレントと呼ばれる保護者の存在が、大きな問題になっています。これに対して、学校への苦情を「無理難題要求<イチャモン>」と名付け研究を続けている大阪大学の小野田正利教授は、「保護者をモンスターと呼ぶな」と訴えています。学校の苦情研究の専門家である小野田教授に、その真意をうかがいました。

保護者は「人間」です。排除しちゃいけない。

学びの場.com小野田先生はご自身が中心になって作成された大阪市教委の教員向け「要望・苦情等対応の手引き」や近著の中で、モンスターペアレントという言葉を使うのをやめようと訴えておられますが、それはどう意味なのでしょうか。

小野田正利「モンスター」という排除の対象として保護者をとらえたら、何の関係改善も生まれません。モンスターペアレントと言われるように保護者は怖い存在だと教員の間に広がってしまっているのですが、まず落ち着け、冷静になれということです。これは冗談ではなく、それだけ保護者のことを怖がっている教員がいるんです。でも、逃げたら出口は見つからない。しかし、向き合えば出口は見つかる。保護者はモンスターじゃない、人間なんです。

学びの場.com学校に対する保護者のクレームは本当に増加しているのでしょうか。

小野田正利クレームは主観の問題で、客観的には測れないのですが、1995年前後から学校に対する保護者の苦情の内容、そして苦情の持ち込まれ方が明らかに変わってきました。そして、2000年くらいからどっと苦情が学校に押し寄せるようになってきたと言うことはできると思います。

学びの場.comなぜ、保護者からのクレーム、苦情が増えたのでしょうか。

小野田正利まず一つ目は、学校に対して保護者の要求する水準、期待する水準が上がったことがあると思います。少子化により保護者は子育てに「失敗」ができなくなっており、「ここまでやってくれてもいいじゃないか」と学校に求めることが多くなった。  二つ目は、世の中全体から遠慮がなくなったこと。よく「敷居が高い」という言い方をしますが、現在は学校と保護者の間の敷居が低くなったのではなく、敷居そのものがなくなってしまったような感じです。  そして三つ目は、社会全体のいら立ち感です。教員というのは社会的に結構よい立場と思われがちですが、けっしてそうではありません。誰かが間違って「教員はサボっている」と言えば、「その通りだ」となってしまう。これは一種の「ねたみ」みたいなものですが、保護者の経済的あるいは精神的な苦しみによるいら立ちがねたみを背景に教員に向かってきているんだと思います。

こじれる原因の多くは初期対応の失敗から。

学びの場.comつまり、バブルによる社会の変質、小泉政権の「構造改革」による社会格差の拡大、安倍政権の「教育再生」が煽った学校不信が、保護者の苦情が増えた原因ということですか。

小野田正利加速度的にクレームが増えたのは、そのとおりと思います。他方で、教育不信―――教員不信はもっと昔からありました。保護者のクレームも昔からあるんですね。それがなぜ今問題になっているかというと、昔はクレームがあっても、「もう、やめときなさいよ」とその保護者の袖を引っ張る人が学校の外に必ずいたんです。同時に学校の中でも、苦情を言って来た保護者の話を聞きながら、「これは学校が本筋ではなく、家庭の事情が背後にあるな」と気付き、受け止めてあげることで保護者が引き下がることがあった。

これを私は「学校の体力と体温」と呼んでいます。体力とは「ゆとり」、体温とは「姿勢」ですね。その体力と体温が、昨今の無節操な教育改革により急速に学校から失われていった。保護者の苦情をきちんと受け止められる「体力と体温」が教員からなくなったので、苦情の初期対応でほとんどの学校が失敗してしまうわけです。保護者の苦情がこじれたケースの8、9割は、学校側の初期対応の失敗が原因であると思います。  学校から「体力」と「体温」がなくなり、保護者への初期対応がうまくできない。それで、最初は単なる要望だったものが、苦情となり、そして無理難題の「イチャモン」へと一段階ずつアップしていくんだと思います。

学びの場.com同じ保護者の立場として言えば、現在のようなクレームのつけ方で学校が良くなるとはとても思えないのですが。これでは、クレームをつける方も逆に損していることになるのでは。

小野田正利教育の直接的な当事者は、教員と子どもです。保護者が教員をたたけば、教員は萎縮してしまいますよね。そして、もし教員がたたかれてつぶれてしまえば、もっと質の悪い先生しか供給されない構造が生まれる。結局は、子どもにとっても楽しい学校でなくなっていきます。  医療ミスは適切に指弾されるべきですが、それ以上の過剰な損害賠償が広がったため、産婦人科や小児科の医者が足りなくなったのと同じ構造です。より高い教育を求めて要求したのに、結果的に質の低い教育しか返ってこないというジレンマに陥っている。それにもかかわらず、フラストレーションの高まりで、社会全体がより攻撃的になっているということなのでしょうが。

「対応力」があれば出口は見つかる。

学びの場.com保護者にとって現在の格差社会はそれだけ厳しいということでしょうか。

小野田正利経済的にはもちろんですが、逆に経済的に余裕のある層でも「失敗のできない子育て」という強迫観念がすごく強い。これは非常に大きな問題ですね。

学びの場.comでは、学校と教員はどのように保護者に対応していけばよいのでしょうか。

小野田正利学校側に全く落ち度がないという苦情も結構あります。例えば、クレームの根っこに嫁姑の教育方針の対立があったとか。家庭問題の意趣返しに学校を巻き込むなんてこともあるのです。  それでも保護者ときちんと向き合あえば、そういった背後にあるものが分かります。要するに保護者を敵視するなということ。いったん保護者をモンスターとして敵視してしまえば、本当に学校側に落ち度があった場合でも、それが消されてしまうんですね。仮に9割は保護者の理不尽でも、残り1割に学校が反省すべきことがあるかもしれない。それが相手をモンスターペアレントだと決めつけることによって、全部保護者の理不尽になってしまう。これは最悪のパターンです。保護者が苦情を言ってくるには、何か訳がある。そこを学校はきちんと見る必要がある。 そもそも学校の教員は、対応の仕方が下手なんですよ(笑)。不必要な対応の仕方で、事態をよけいにこじらせていくことが少なくない。保護者がどうしてこういうことを言ってきたのかが分かれば出口が見つかることが多いのに、ひたすら謝るか、学校に落ち度はないと突っぱねるか、でしょ? 基本的な対応方法は最低限身につけておくことが必要ですね。  話し合いの最中は子どもをそこから引き離すとか。あるいは、その場で結論を出す話なのか、それとも次に見送るべき話なのかを区別するとか。話し合いの場の設定ひとつにしても方法はいろいろあります。そして、少なくとも相手にお茶くらい出す(笑)。お茶が冷めたら取り替える。相手は飲まないかもしれないが、その学校側の姿勢は後々まで保護者の心に残るものです。  一番大切なのは相手の立場に立って考えること。そう考えようとするだけでも、ふっと違うもの――思いもよらぬ原因など、が見えてくるものです。すると、そこから出口が見つかる。  ですから保護者との話し合いのための訓練はやはり必要ですね。昔は、先輩から教わったり、やり方を見たりして学んでいた。でも、その余裕が学校からなくなってしまったんです。校内研修レベルでもよいので、保護者と教員の役を決め、ロールプレイングの訓練をやってみましょう。それにより、相手の立場に立って考え、対応するというスキルをぜひ身につけてください。

保護者は学校の最大の味方です。

学びの場.comけれども、多忙化が進んでいる教員の多くは、「そんなことやれと言われてもできない」というのが実情では。

小野田正利そうなんです。究極的には無節操な教育改革をやめる「ストップ・ザ・教育改革」しかないんですよ。でも、そんなことを待ってはいられないから、保護者はきちんと話をすれば、最大の味方になるかもしれないということを、教員の皆さんには伝えたいですね。私は、この6年間で通算550回くらい講演をしていますが、PTAからの依頼もよくあるんです。保護者の中にも教員と協力し合いたいと考えている人たちは多数いるんですよ。

学びの場.comモンスターペアレントをたたくマスコミは、教員と保護者の対立をあおっているような感じがしますね。

小野田正利保護者、子ども、教員が三すくみになっていて、それをマスコミは「ばかな親、だめな教師、愚かな子ども」とたたいて笑っているだけです。それが問題だと教員も保護者も気がつかないといけない。教員と保護者が協力しないと、これから教育の質は確実に下がっていきます。子どもの問題行動の対応などで、そういう面は既に出ています。例えば、非行の裏には両親の不仲があることを全く考えないで、校則違反1回につきイエローカードを即出すとか。  そりゃあ、問題行動の裏にあるものを考えずビジネスライクに対処するほうが教員も楽でしょうが、逆に教員にちょっと落ち度があった場合、今度は保護者がガァッーとくる。日ごろ、子どものことでたたかれていますからね。「教育はサービス業である」とビジネスライクにやれば、教員と保護者の関係は崩れ、公教育は崩壊します。  教員と保護者の問題は、公立学校ばかり取り上げられていますが、じつは私立学校でも深刻なんですよ。「お金をかければ、成績は上がるものだ」という考えを持つ保護者も多く、私学の教員たちもだいぶ苦しんでいます。学習塾など教育産業の教員はひどくしんどいですね

学びの場.com最後に保護者の苦情問題を解決するポイントをお聞きしたいと思います。

小野田正利まず保護者を学校の味方にすること、これが一番です。次に、
 (1)保護者のクールダウンを図る、
 (2)教員に対応できる「体力」をつける、
 (3)学校で解決困難なケースは外部機関に任せる
 ――の3つです。  実際、問題が学校以外のところにある明らかに不当な要求もあります。それは医療や法律の専門家など、外部の第三者機関に任せるべきでしょう。ただ、その見極めをする力が教員には必要です。それと忘れてならないのは、学校と保護者の問題解決の間、子どもを置き去りにしないこと。これはとても大事ですよ。

小野田 正利(おのだ まさとし)

大阪大学大学院人間科学研究科教授。教育学博士。1955年愛知県出身。専門は教育制度学、教育経営学。学校に寄せられる対応困難な苦情、クレームを「無理難題要求〈イチャモン〉」と名付け、学校現場へのインタビュー調査を続けている。作成に携わった大阪市教委の教師向け「要望・苦情等対応の手引き」は全国の教育関係者から大きな注目を集めた。近著に「親はモンスターじゃない!」(学事出版)、「悲鳴をあげる学校」(旬報社)など。

写真:言美歩/インタビュー・文:斎藤剛史

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