財政制度等審議会が教員給与引き下げを提起 

 公立学校教員の給与が高いというのは、一般社会で定着した見方だろう。それに民間よりも高い年金と退職金、そして終身雇用と揃えば、今のご時勢、一般社会からうらやましがられ、批判を受けるのもある意味、仕方ない面もある。もちろん教員にしてみれば、「民間の方が高い」という思いは少なくないだろうが、大企業の正社員などを別にすれば、公立学校教員の給与よりも低い中小企業の雇用者の方が圧倒的に多いのが現状ではないか。だが、どちらが多いかという泥仕合をしていても意味はない。問題は、この国の教育にとって教員の給与はどうあることが望ましいのかということだろう。

 教員給与の引き下げが政府レベルの議論となった発端は、2005年10月に財務省の財政制度等審議会が、公立学校教員の給与は一般公務員行政職よりも11%も高いと指摘し、財政再建のためにその削減を提案したことだ。これに対して文部科学省はただちに、同審議会の試算には認識の間違いがあると反論し、しばらく両省の間でつば競り合いを続けた結果、公立学校教員の給与は一般公務員よりも「2.76%」高いという結論に落ち着いた。

 これを受けて、政府は「骨太の方針2006」と行政改革推進法の中に教員給与を「2.76%」引き下げると同時に、教員給与の抜本的な見直しをすることを盛り込んだ。ただし、教員給与をどう見直すのか具体的方策が決まらなかったため、実質的な給与削減は見送られており、今年夏までに結論を出すことになっている。このため文科省は、今年5月に「学校の組織運営の在り方を踏まえた教職調整額の見直し等に関する検討会議」を発足させ、教員給与の見直しを検討しているというのが現在までの経緯だ。

 まず、教員給与の議論をするに当たって障害となるのは、教員の給与や勤務の仕組みが一般社会ではあまり理解されていないということだ。やや堅い話になって恐縮だが、教員給与の基本な仕組みを少し説明しておこう。教員給与は、本給と部活指導手当など各種手当のほかに「教員特別手当」と「教職調整額」がある。「教員特別手当」は、教員に優秀な人材を確保するため1972年に成立した「人材確保法」により創設された手当だ。また「教職調整額」は、本給の4%を時間外勤務手当の代わりに一律支給するという制度だ。

 ここで重要なのは、教員には時間外勤務手当、いわゆる残業手当がないということだ。“子どもの教育”という勤務の線引きが難しい教員の特殊事情から、教員には一般公務員のような残業手当は支給されず、代わりに一律4%の教職調整額がいわば残業代として支給されている。このため法的には(1)生徒の実習に関する業務、(2)学校行事に関する業務、(3)教職員会議に関する業務、(4)非常災害等のやむを得ない場合の業務、の4つの場合を除いて、教員に時間外勤務を命じてはならないとされている。

 しかし、現実は教員の多忙化が年々増すばかりで、教員給与見直しの検討材料とするため文科省が約40年ぶりに実施した2006年度教員勤務実態調査によると、公立学校教員の時間外勤務時間は月平均34時間にも上っている。ちなみに厚生労働省の調査結果によると民間事業所の時間外勤務は月平均10.7時間となっている。

一律支給見直しに内閣法制局が待った

教員給与制度の見直し~削減されるべきなのか?

 教員給与制度の見直しでは、当然、「教員特別手当」と「教職調整額」の2つの扱いが大きな課題となる。一番簡単なのは、財務省などが主張しているように人材確保法を廃止して本給ごとを引き下げる方法だが、これには文科省が強く反対している。中央教育審議会も教員給与の在り方に関する答申(2007年3月)の中で、優秀な人材を教員に誘導するためにも、本給を一般公務員より高くするという人材確保法の理念を守ることを提言している。

 このため文科省は、教員特別手当を削減して勤務評定などによるメリハリをつけるとともに、現在一律支給になっている教職調整手当を個々の教員に応じて差を付けるという方法で、給与問題を解決しようという戦略を練っていた。特に教職調整額は、残業してもしなくても一律4%支給のため、教員の間でも「働く者が損をしている」という批判も根強くあり、教員ごとに差がつくことに抵抗感が少ない部分と言える。

 ところが、この文科省の戦力は思わぬことで破綻してしまった。内閣法制局が待ったを掛けたのだ。立法作業の番人である内閣法制局は、教職調整額の支給率に差をつけることについて「勤務全体を対象として支給される性格上、法律的に困難」という見解を文科省に示した。ある意味、文科省が設置した「学校の組織運営の在り方を踏まえた教職調整額の見直し等に関する検討会議」という会議の名称は、同省が抱える問題の困難さをよく表している。人材確保法を存続させるとしたら教職調整額を見直すしか有効策はない。しかし、教員の勤務実態に応じて支給率に差をつけることは内閣法制局によって否定された。では、どうするのか。

 同検討会議の資料を見ると、教職調整額を廃止して教員に残業手当を導入することが一つの案として検討されているようだ。これを「教員に残業手当導入へ」と報道したマスコミもある。しかし、月平均34時間といわれる教員の時間外勤務に残業手当を出すことが可能だろうか。いかに時間外勤務の範囲を絞っても、おそらく現在の教職調整額よりもはるかに経費が増えることは確実だ。財政再建のための給与見直しということから見れば、明らかに本末転倒であり、財務省が認めるわけがない。

 もう一つは、教員に1年間変形労働時間制を導入することも案としてあるようだが、労働基準法の適用を受けない公立学校教員に変形労働時間制を導入するのは、法律的にあまりにハードルが高い。法人化された国立大学教員のように「非公務員化」しなければ難しいだろう。

 このように文科省の教員給与の見直し作業は現在、八方ふさがりの状況だ。教員特別手当の削減で済ませるのか、それとも教員への残業手当導入となるのか。最悪の選択は、教員特別手当も教職調整額も廃止した上で残業手当を導入しても、その対象となる業務範囲を限りなく狭くし、実質的にいくら働いても微々たる残業手当しかもらえなくなるということだろう。だが、ここで原点に返って考え直してもらいたい。教員給与は一般公務員に比べて高いということが、教員給与見直しの発端だが、では、教員の給与が高くてなぜいけないのか。

 もちろん、指導力不足など問題のある教員もいるが、それと給与制度とは全く別の次元の議論ではないか。そもそも教員と一般公務員との給与差と言われる「2.76%」にしても、実は単なる数字合わせに過ぎない。仮に教員の給与が安くてもよいというならば、教員に授業以外の仕事を求めることはやめるべきだろう。

 子どもたちの教育にとって教員の仕事とはどうあるべきなのか、また、どこまで教員に求めるべきなのか。教員給与の在り方を考えるために必要なのは、単なる数字合わせではなく、教員とは、教員の仕事とは何かという「教師論」ではないのだろうか。

 それにつけても痛感するのは、現在の教員の実情があまりに社会に知られてないということだ。ある意味、これは教育界全体にも責任があるのかもしれない。

【参考資料】
 文部科学省の学校の組織運営の在り方を踏まえた教職調整額の見直し等に関する検討会議
 文部科学省資料「教職員給与に関する諸制度等について」
 中教審・今後の教員給与の在り方について(答申)

構成・文:斎藤剛史/イラスト:あべゆきえ