2019.10.30
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意外と知らない"保幼小接続"(第2回) アプローチカリキュラムとスタートカリキュラム

小学校に入学することは人生での一大イベントです。本人も家族も不安と期待が入り混じりながら迎えることと思います。かくいう筆者も今年4月に小学校に入学した子を持つ親の1人です。保育園を卒園し小学校に入るにあたってクラスメイトも、日々のやることも変わる中で新生活に馴染めるだろうか、と心配をしていました。適切な接続カリキュラムのおかげか、すっかり学校生活にも慣れ毎日元気に登校しています。第2回では、筆者が住む横浜市やその他の地域での具体的な事例も交えてご紹介します。

「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」(10の姿)

第1回でお伝えした通り、2018年3月に「保育所保育指針」、「幼稚園教育要領」、「幼保連携型認定こども園教育・保育要領」が同時に改定され、「保育所保育指針」の中で厚生労働省は「保育園は教育も行う」ことを明確に示しました。
これらには幼児期の教育の方向性を示すために「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」(10の姿)が共通して示されており、小学校学習指導要領の中ではこの10の姿を踏まえて生活科の中で発揮させ、各教科の活動につなげていくスタートカリキュラムを策定し、接続を意識することが明記されています。

その10の姿とは具体的にどういったものなのか、下表で「幼児期の教育と小学校教育の円滑な接続の在り方について(報告)」に掲載されている参考例をご紹介します。
【幼児期の終わりまでに育ってほしい幼児の具体的な姿(参考例)】
①健康な心と体 ・体を動かす様々な活動に目標をもって挑戦したり、困難なことにつまずいても気持ちを切り替えて乗り越えようとしたりして、主体的に取り組む。
・いろいろな遊びの場面に応じて、体の諸部位を十分に動かす。
・健康な生活リズムを通して、自分の健康に対する関心や安全についての構えを身に付け、自分の体を大切にする気持ちをもつ。
・衣服の着脱、食事、排泄などの生活に必要な活動の必要性に気付き、自分でする。
・集団での生活の流れなどを予測して、準備や片付けも含め、自分たちの活動に、見通しをもって取り組む。
②自立心 ・生活の流れを予測したり、周りの状況を感じたりして、自分でしなければならないことを自覚して行う。
・自分のことは自分で行い、自分でできないことは教職員や友達の助けを借りて、自分で行う。
・いろいろな活動や遊びにおいて自分の力で最後までやり遂げ、満足感や達成感をもつ。
③協同性 ・いろいろな友達と積極的にかかわり、友達の思いや考えなどを感じながら行動する。
・相手に分かるように伝えたり、相手の気持ちを察して自分の思いの出し方を考えたり、我慢したり、気持ちを切り替えたりしながら、わかり合う。
・いろいろな活動や遊びにおいて自分の力で最後までやり遂げ、満足感や達成感をもつ。
・クラスみんなで共通の目的をもって話し合ったり、役割を分担したりして、実現に向けて力を発揮しやり遂げる。
④道徳性・規範意識の芽生え ・相手も自分も気持ちよく過ごすために、してよいことと悪いこととの区別などを考えて行動する。
・友達や周りの人の気持ちを理解し、思いやりをもって接する。
・他者の気持ちに共感したり、相手の立場から自分の行動を振り返ったりする経験を通して、相手の気持ちを大切に考えながら行動する。
・クラスのみんなと心地よく過ごしたり、より遊びを楽しくするためのきまりがあることが分かり、守ろうとする。
・みんなで使うものに愛着をもち、大事に扱う。
・友達と折り合いをつけ、自分の気持ちを調整する。
⑤社会生活との関わり ・小学生・中学生、地域の様々な人々に、自分からも親しみの気持ちを持って接する。
・親や祖父母など家族を大切にしようとする気持ちをもつ。
・関係の深い人々との触れ合いの中で、自分が役に立つ喜びを感じる。
・四季折々の地域の伝統的な行事に触れ、自分たちの住む地域に一層親しみを感じる。
・友達同士で目的に必要な情報を伝え合ったり、活用したりする。
・公共の施設を訪問したり、利用したりして、自分にとって関係の深い場であることが分かる。
・様々な行事を通じて国旗に親しむ。
⑥思考力の芽生え ・物との多様なかかわりとの中で、物の性質や仕組みについて考えたり、気付いたりする。
・身近な物や用具などの特性や仕組みを生かしたり、いろいろな予想をしたりし、楽しみながら工夫して使う。
⑦自然との関わり・生命尊重 ・自然に出会い、感動する体験を通じて、自然の大きさや不思議さを感じ、畏敬の念をもつ。
・水や氷、日向や日陰など、同じものでも季節により変化するものがあることを感じ取ったり、変化に応じて生活や遊びを変えたりする。
・季節の草花や木の実などの自然の素材や、風、氷などの自然現象を遊びに取り入れたり、自然の不思議さをいろいろな方法で確かめたりする。
・身近な動物の世話や植物の栽培を通じて、生きているものへの愛着を感じ、生命の営みの不思議さ、生命の尊さに気付き、感動したり、いたわったり、大切にしたりする。
⑧数量・図形、文字等への関心・感覚 ・生活や遊びを通じて、自分たちに関係の深い数量、長短、広さや速さ、図形の特徴などに関心をもち、必要感をもって数えたり、比べたり、組み合わせたりする。
・文字や様々な標識が、生活や遊びの中で人と人をつなぐコミュニケーションの役割をもつことに気付き、読んだり、書いたり、使ったりする。
⑨言葉による伝え合い ・相手の話の内容を注意して聞いて分かったり、自分の思いや考えなどを相手に分かるように話したりするなどして、言葉を通して教職員や友達と心を通わせる。
・イメージや考えを言葉で表現しながら、遊びを通して文字の意味や役割を認識したり、記号としての文字を獲得する必要性を理解したりし、必要に応じて具体的な物と対応させて、文字を読んだり、書いたりする。
・絵本や物語などに親しみ、興味をもって聞き、想像をする楽しさを味わうことを通して、その言葉のもつ意味の面白さを感じたり、その想像の世界を友達と共有し、言葉による表現を楽しんだりする。
⑩豊かな感性と表現 ・生活の中で美しいものや心を動かす出来事に触れ、イメージを豊かにもちながら、楽しく表現する。
・生活や遊びを通して感じたことや考えたことなどを音や動きなどで表現したり、自由にかいたり、つくったり、演じて遊んだりする。
・友達同士で互いに表現し合うことで、様々な表現の面白さに気付いたり、友達と一緒に表現する過程を楽しんだりする。

幼児期の教育と小学校教育の円滑な接続の在り方について(報告)より作成

小学校入学前のアプローチカリキュラム

各自治体ではアプローチカリキュラム、スタートカリキュラムをあわせて策定し、幼児期から児童期への教育の接続を図っています。
アプローチカリキュラムとは、小学校への接続を意識した、年長児(後半)のカリキュラムです。どのような活動をしているのでしょうか。たとえば、千葉県の「5歳児の学びのカリキュラム」には、次のような実践例が掲載されています。

時期活動名主に育った「姿」小学校教育とのつながり例
10月 収穫祭をしよう
(さつまいもを収穫・調理)
⑦自然との関わり・生命尊重 植物の栽培は探究の学習へ。
10~12月 みんなで相談しよう -なかよし発表会-
(オペレッタ)
⑨言葉による伝え合い どんな発表内容にするかの話合いは特別活動や学級活動へ。
11月 レストランごっこ ③協同性 チケットや品物の数を数えたり、比べたりする活動は算数へ。
友達と助け合ったり、友達に親切にする活動は道徳へ。
焼き芋会をしよう ②自立心 分かったこと、感じたこと、新たな発見などを他者に伝えることは国語へ。
12月 こま回しをしよう
(小学校を訪問し、1年生と)
④道徳性・規範意識の芽生え 大会のルールを守り、うまくいかなくても自分の気持ちをコントロールして折り合いを付けたり、友達を応援したりすることは道徳へ。
1月 郵便やさんごっこ ⑧数量・図形、文字等への関心・感覚 数、文字、言葉の感覚は、並ぶ、数える、配るなどの活動へ。
指人形劇 ⑩豊かな感性と表現 役になりきって声や動きを変えていくなど表現活動を工夫することは言語活動へ。
友達の作った指人形の作品を見合うことは、図画工作の鑑賞へ。
いろいろな種をしぼろう ⑥思考力の芽生え 必要な仕事を相談して役割を分担したり、友達と力を合わせて活動することは道徳へ。
搾り出した油の量を量ることは算数へ。
最後まで頑張ろう
(小学校校庭でマラソン、縄跳び、ボール投げ)
①健康な心と体 運動遊びの楽しさに触れ、進んで取り組むことは体力の向上や技能の習得へ。
2月 お店やさんをしよう ③協同性
⑨言葉による伝え合い
お店やさん作りのためにみんなで協同して取り組むことは特別活動や国語へ。
必要な品物の数を数えたり、数で表したりすることは算数へ。
ドッジボール大会に向けて ③協同性 作戦会議で攻め方の工夫等を話し合うことは国語、思考力・判断力・表現力へ。
乗り物体験ツアー ⑤社会生活との関わり 公共交通機関を利用する体験を通して、そこで働く人々に感謝の気持ちをもって利用することができるようになることは、生活や道徳へ。

実践例1つ目の「収穫祭をしよう」を詳しく見てみましょう。「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」の表れとして、1回の活動の中で、⑦自然との関わり・生命尊重や③協同性(自分たちで育て収穫したさつまいもや色々な野菜には、命があることを知り、感謝の気持ちをもちながら、みんなで調理し食すことを楽しんだ。煮炊きをするために、かまどで火を起こす体験を通して、火は自分たちが生活していく上で必要なものであることを感じ取った。)、⑧数量・図形、文字等への関心・感覚(仲間と相談したり、活動の流れの一覧表を文字や数、絵等を学びながら理解して4歳児、3歳児に言葉で伝えたりした。)、⑩豊かな感性と表現(誰かを喜ばせることが、自分たちの喜びという感覚を味わった。色々な野菜に触れ、固さや色、匂いの違いを感じた。)など多様な姿が育まれていることがわかります。
これが小学校にどのようにつながっていくのでしょうか。植物の栽培やそれらを活用した活動で「面白い。」「不思議だな。」「どうすれば よいだろう。」「どうしたらこうなるのか。」などを考えることは小学校の探究の学習へとつながっていきます。また、クラス全体で同じ目的に向かって活動することで育まれた③協同性や⑨言葉による伝え合いなどは、小学校生活の基礎となることを意識し整理されています。

小学校入学後のスタートカリキュラム

入学当初における生活科を中心とした合科的な指導:スタートカリキュラムとは、どのようなものなのでしょうか。たとえば横浜市では、2011年度に「横浜版接続期カリキュラム 育ちと学びをつなぐ」を策定し、全ての市立小学校でスタートカリキュラムを実施してきました。
新入生の保護者にも説明の資料が配られたことを覚えています。

  • なかよしタイム
  • わくわくタイム
  • ぐんぐんタイム

という3つの学びの時間帯を定義しており、「なかよしタイム」では環境に慣れること、「わくわくタイム」では年長までに身に着けたことを発揮すること、「ぐんぐんタイム」ではその興味関心をうまく学習へつなげることと定義されていて、ぐんぐんタイムの時間を少しずつ増やしていくような時間割が示されていました。

横浜市の3つの学びの時間帯
なかよし
タイム
一人ひとりが安心感をもち、担任や友達に慣れ、新しい人間関係を築いていく時間です。自分の居場所を学級の中に見出し、徐々に集団の一員としての所属意識をもち、学校生活の基盤である学級で、安心して自己発揮できるように工夫していきます。
わくわく
タイム
幼児期に身に付けた力を発揮し、主体的な学びをつくっていく時間です。生活科を中心として、様々な教科等と合科・関連を図り、教科学習に円滑に移行していくための時間として位置付けています。幼児期における遊びを通した総合的な学びを生かし、子どもの思いや願いに沿った学習や、具体的な活動や体験をきっかけにして各教科等につなげる学習を大切にすることで、主体的に学ぶ意欲を高めます。
ぐんぐん
タイム
わくわくタイムやなかよしタイム、日常の生活の中で子どもが示した興味や関心をきっかけに、教科等の学習へ徐々に移行し、教科等特有の学び方や見方・考え方を身に付けていく時間です。
横浜版接続期カリキュラム平成29年度版」P.46より転載

4月の1週目、2週目と、なかよしタイムの時間を徐々に減らしていき、連休前には通常の時間割で実施するようにし、その後は連休明けや夏休み明けなど、生活リズムが変わる時期にだけなかよしタイムを行う学校が多いようです。
親ながら「うまく考えているなぁ。これなら自然に学校生活に溶け込めるのではないか。」と感心しました。実際、家に帰ってくるとたくさんの友達の名前が出てきて楽しく通えていることに安心しました。

横浜市では、スタートカリキュラム導入前の2009年度には小1プロブレムの発生率が35%だったものが、導入後は半減し、2018年度では8%にまで減少しているそうです。

生活科を中心とした合科的な指導とは

国立教育政策研究所「発達や学びをつなぐスタートカリキュラム~スタートカリキュラム導入・実践の手引き~」には、スタートカリキュラムの実施期間を取り出した「単元配列表(例)」が掲載されています。生活科の単元「がっこうだいすきみんななかよし」を中心として、二重線(合科)や矢印(関連)でつなぐことで、生活科と各教科等との合科的・関連的な指導の工夫について示されています。学校探検との関連から、国語科の「みつけたよ」や「よろしくね」、算数科の「なかまづくりとかず」、図画工作科の「すきなものいろいろ」、体育科の「ゆうぐあそび」などとのつながりを考えて単元が配列されています。
各教科等の内容の関連を想定しておくと、例えば学校探検で「見付けたことを家の人に伝えたいな」「先生たちに名前カードを渡したい」「校庭の遊具で遊びたいな」など、授業の中で児童から発せられる言葉を受け止め、次の活動につなぎながら、学びを展開し、児童の意欲の高まりや主体性の発揮が期待できるそうです。

このような取組を実施している自治体は年を追うごとに増えてきており、今後は、取組自体は当たり前のものとして地域の特色を生かしながら根ざしていく、深堀りされていくことが求められていくのかもしれません。幼児教育・保育無償化というコスト面だけでなくこのような取組に注目し、未来を担う子どもたちの教育の質の向上を見守っていきたいと思う次第です。

構成・文:内田洋行教育総合研究所 研究員 村山 秀幸

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