2011.04.05
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『岳 ―ガク―』 命の重さ、危機管理能力の大切さ

今回は命の重さ、危機管理能力の大切さを描いた『岳 ―ガク―』です。

山岳救助、その驚きの実態

この映画を見る前は、小栗旬演じる山岳救助ボランティアの「島崎三歩(さんぽ)」を主人公にしたものなのかと思っていた。実際はもちろん三歩も主人公ではあるのだが、もう一人主人公がいるのだ。それが山岳遭難救助隊に入隊した新人女性隊員の「椎名久美」(演じているのは長澤まさみ)。そう、この映画の大きな柱となっているのは、この久美の成長物語なのだ。
実は久美は山岳遭難救助隊員だった父親の影響を受け、父と同じ職務についたという経緯がある。しかし彼女は配属された時、まだ山の本当の意味での恐ろしさ、厳しさを全くわかっていなかった。

 でもそれがいいのだ。観る側もほとんどが本気登山なんぞしたこともない人のほうが多いだろうから、久美の目線で山の驚異を一緒に味わえるというわけ。

実際、筆者も驚いたことが多々あった。中でも一番目が点になったのは遺体の回収に関することだ。久美がたまたま一人で切り立った崖を登る訓練をしていた時、足を滑らせた男性が落下して岩棚のような所に引っかかった。急いで救助を試みる久美。救助隊の本部に無線で連絡をし、必死に担いで崖下に降りようと試みる。しかし、久美が男性を背負ってもがいているうちに、男性は彼女の背中で息を引き取ってしまう。初めて目の前で、しかも自分の背中で人が亡くなったことに動揺を隠しきれない久美。そこへやってくるのが三歩だ。毎日山の中で過ごしている三歩は、しばしば救助隊から連絡を受けては遭難者の救助をボランティアとして行っている。その時も救助隊から久美一人では荷が重過ぎると判断され、無線連絡をもらったのだろう。
実際、筆者も驚いたことが多々あった。中でも一番目が点になったのは遺体の回収に関することだ。久美がたまたま一人で切り立った崖を登る訓練をしていた時、足を滑らせた男性が落下して岩棚のような所に引っかかった。急いで救助を試みる久美。救助隊の本部に無線で連絡をし、必死に担いで崖下に降りようと試みる。しかし、久美が男性を背負ってもがいているうちに、男性は彼女の背中で息を引き取ってしまう。初めて目の前で、しかも自分の背中で人が亡くなったことに動揺を隠しきれない久美。そこへやってくるのが三歩だ。毎日山の中で過ごしている三歩は、しばしば救助隊から連絡を受けては遭難者の救助をボランティアとして行っている。その時も救助隊から久美一人では荷が重過ぎると判断され、無線連絡をもらったのだろう。

人の命を救う使命感と、旺盛な食欲

この一連のシーンには非常に驚かされた。まず、亡くなった者が生き返らないのはわかる。しかしだからといって崖下に突き落とすとは。もしも、愛する人が一緒に登山していた時に亡くなったら、自分はその愛する人の亡骸を崖下に落とすことができるだろうか……。回収するためとはいえ、山岳救助をする人は、時にはそんな非情な行為をもしなければならないのかと呆然となった。また、そんな思いまでして危険な任務に当たったのに、遺族に怒られ、しかも無抵抗で殴られるなんて……。

 ちなみに、エベレストなどの超ド級の山になると、遺体をどうやっても回収できないということがしばしばあるらしい。何年も前の死体がある日ひょっこり見つかったということも実際あるのだとか。それを考えれば、むしろ遺体が家族と対面できるだけでもありがたいということ。本当に常に危険と隣合わせなのだ、山に入るということは。

 さらに驚いたのはその後の三歩の姿だ。これだけいろいろな目に遭いながら、三歩はなじみの山小屋で山盛りのナポリタンを実に美味しそうにモリモリと食べる。まるで何事もなかったかのように。その様子に久美も呆れかえってしまうのだが、筆者も何とも言えない“わだかまり”というか、違和感を覚えずにはいられなかった。

 しかし、映画を見終えるまでには、その三歩の気持ちが理解できていくのである。いつ何時、再び救護者の要請が入るかわからないし、天候がすぐに変わる山では、登山中、下山するほうが危ないためテントを張って一夜をやり過ごすと判断せざるを得ない時だってある。そんな時にすきっ腹では自分の命を守るのはもちろん、怪我した相手を救うことは難しい。

 生きる=食べること。常に自分の力をパーフェクトに保つことはどんな時でも大事。山では食べられる時にしっかり食べることはとても大切なことなのだ。三歩はかつて遺体を背負って2日間かけて山を下りたが、その時も山に入る前に食べたナポリタンのことをずっと考えていたという。それはつまり、しっかり食事を摂ったという事実が苦しい状況を乗り越える自信と勇気を奮い起させた、ということなのだろう。無事に遺体を山の麓に下ろすという使命感が彼に旺盛な食欲を与えているのだ。

物語と役者自身の成長がリンク

本作にはそういった遭難者と久美、あるいは三歩とのエピソードがいくつか入っているが、とにかくそのエピソードを通して強く響いてくるのは、自分で自分の身を守ることの大切さと、命がいかに重く、いかに大切であるかということ。そして命を守るため、常に人間は前向きに日々頑張っていかねばならないということ。何もこのことは標高の高い山だけに限ったことではない。それは地上にいる我々にだって同じ様に言える。

 たとえばハイキング程度の山、東京の高尾山だって頂上まで行く気があるなら、登山用ウェアの着用と飲み水の携帯は必須だ。かつて筆者は、高尾山にヒールを履いて来た女性を見たことがある。確かに高尾山は途中までケーブルカーも走っているし、かなり楽な類の低山だ。それにしたってヒールはなめすぎってものだろう。高尾山でのヒールの転倒事故は多発しているそうだ。また調子にのって通常ルートではないコースで下山を試み、遭難してしまう人もいるとか。万が一、のんびりしていてケーブルカーの最終便を逃してしまったら、歩いて下りるしかないのだから、懐中電灯などもあったほうがいいに決まっている。とにかく何の準備もせず軽装で山を訪れることはやめたほうがいい。

 近年の登山ブームも手伝って、老いも若きも山に登りたがるが、本気で自分の身を守る意志のない人は山を登るべきではない。実際に遭難だけでなく、怪我なども含めたら山での事故は登山人口に比例して増えている。心構えのない人達を助けなきゃならない救助隊員は心底大変だと思う。

 3月の東日本大震災の時、関東圏内で起きた様々な買い占め騒動だってそうだ。危機管理能力がない人は、いざという時に慌ててしまいパニックに陥る。物流が落ち着けばいろんなものが売り場に戻ってくるはずなのに、慌ててしまうから米を何kgも買い占めたりしてしまう。常日頃から、自分の身は自分で守るという意識と準備を怠っていなければ、このような判断の誤りも起こさないはずだ。

 久美自身、自分の命を賭けるか否か判断を強いられる瞬間がある。そこで決断を下すのは誰でもない自分自身。相手が助かる可能性はあるのか? 自分の命と遭難者の命、二人とも生き残る道はあるのか? 救助隊員としての責任は? 状況を見て瞬時に決めなければならない。グズグスしている暇なんてない。繋がる命も繋がらなくなる。この映画を見ていると、的確な判断能力を養っておくことの大切さがグググッと胸に迫ってくる。

 これらきわどい山でのシーンを、俳優自身が代役を立てずに挑んだのも、この映画を盛り上げている大事な要素だ。三歩役の小栗は実は高所恐怖症だったが、過酷なクライミング訓練の結果、その恐怖症を見事に克服した。久美役の長澤まさみもクライミング訓練に参加。垂直の岩場での撮影をキッチリとこなしてみせた。

 また彼女は、八方尾根でソリを引っ張っていく救助訓練シーンで、雪に足を取られ男性陣のペースにうまく合わせられず苦労したが、弱音を吐かず、最後までやり通した。そういった役者自身が文字通り体当たりで挑み、いろいろ培ったことが演技を通して見えてくる。たとえば未熟なヒロイン・久美が次第にたくましくなっていく様は、演技者・長澤の成長とも合致し、臨場感たっぷりに味わわせてくれる。役者自身の成長がここまでリンクした作品もそうあるものではない。本作の見所でもある。

Movie Data
監督:片山修 
出演:小栗旬、長澤まさみ、佐々木蔵之介、石田卓也、矢柴俊博、やべきょうすけ、浜田学、鈴之介、尾上寛之、波岡一喜、森廉、ベンガル、宇梶剛士、光石研、中越典子、石黒賢、市毛良枝、渡部篤郎ほか
(c)2011「岳ーガクー」製作委員会 (c)2005 石塚真一/小学館
Story
長野県警北部警察署の山岳遭難救助隊に椎名久美という新人女性隊員が配属されてきた。やる気に満ちた彼女だが、実際の救助現場では過酷な出来事が待ちかまえていた。自分の無力さに打ちひしがれてばかり。そんな彼女を優しく見守ってくれるのは山岳ボランティアの島崎三歩だった。だが何にも動じず、おおらか過ぎる彼の言動に久美は反発を覚え……。

文:横森文

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(C) Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved.

文:横森文  ※写真・文の無断使用を禁じます。

横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

最近では新潮社主催の新潮講座で演劇の戯曲講座を2020年4月から開設。

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