2018.08.08
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『ペンギン・ハイウェイ』 ファンタジア国際映画祭受賞作

カナダ・モントリオールで開催された第22回ファンタジア国際映画祭。この映画祭は1996年に始まった北米最大のジャンル映画祭で、今敏賞は2010年に亡くなったアニメーション監督・今敏の功績をたたえ、2012年よりベストアニメーション賞から名称を変更した賞だ。

その今敏賞(長編部門)を獲得したのは、『ペンギン・ハイウェイ』という作品。これがなんとも不思議なアニメーション。

海沿いではない田舎の街で、ある日、突然ペンギンたちが現れる

なぜこんなところにペンギンが!? そこで毎日学んだことを細かくノートにつけている、超真面目にしてやや生意気な小学生のアオヤマ君は、その謎に挑んでいく。やがてアオヤマ君は、自分が密かに思いを寄せている歯科医院に務めるお姉さんにその原因があったことを知る。そのお姉さんが投げたコーラの缶が、ペンギンに変わるところをたまたま目撃してしまったからだ。ではなぜお姉さんが投げると変わってしまうのか!? それを追求していくうちに、さらにとんでもないものを発見してしまう…。

このアニメーションでは、小学生のアオヤマ君から観た世界観がすべてのベースになっている。投げた缶がペンギンに変わる。それはもうどうしたって不思議なことだ。大人はそんな事象が本当に起きているのかと疑いの目を向けたくなる。それはこれまで培ってきた常識や知識で物事を測るから。金属製の缶が生命体になるわけがないと思うからだ。

だが、まだ小学校四年生で生まれてからわずか10年しか経っていないアオヤマ君にとっては、数ある謎のうちのひとつでしかない。実際に目の前で変わったのだから、自分には知らない何かの法則があるのかもしれない。そんな風に素直に事象をとらえることこそが、観ている大人の自分の心が揺り動かされる瞬間なのだ。いつから自分はアオヤマ君のように物事を素直に受け取れなくなったのか…と考えさせられてしまうのだ。

例えばあなたは初めて恋に落ちた時、胸が苦しいと思わなかっただろうか。その人のことを思う度に心が震えたり、あるいは失恋した時に驚くほどの慟哭を味わったことはないだろうか。その時に好きな人と一緒に何かをした時のどうしようもない高揚感や、あるいは相手を失った時のコントロールができないほどの闇に落ちる感覚に驚かされたことはなかったか。次に恋をする時に「こんな思いはしたくない」とどこかで考え、何かブレーキをかけてしまうようなことはなかったろうか。

多分、いや確実に誰もが、いろんなことに驚きながら、そこで知識を得て育ってきているはずなのだ。アオヤマ君のように毎日学んだことをノートにつけてないから忘れているだけの話。

と、ここまで書いてきて、筆者もあることを思い出した。子供の頃は怪獣が大好きで、『ウルトラマン』やテレビで放送されていた映画『ゴジラ』シリーズなどをワクワクしながら観ていた。が、ある日父親が「怪獣のように炎を吐いたり、光線を出したりはしないけど、大昔には“恐竜”というものがいたんだ」と言い出した。それにビックリ。その後に図鑑をもらってさらにビックリ。さらにさらに恐竜の骨が展示されている博物館に行って、大きさに度肝を抜かれて大興奮して帰れなくなったことがあった。それをキッカケになぜ恐竜がいなくなったのかを知りたくなり、絶滅した要因を知ってそれが自分の身に起こることがあるのか、さらにはじゃあ死んだらどうなるのかと、パパパパパーッといろんな疑問を抱き、それが様々な世界を知ることにもなっていった。

行動することで世界は広がる

実はそういった「知りたい」と思うことがものすごく大事なのだ。ニュートンは「なぜりんごは木から落ちるのか」と誰もが当たり前の事象として受け止めていたことに疑問を持ったから、引力というものを発見できた。遠くから見えてくる船の姿を見て、もしかしたら地球は丸くない!? と思ったり、ひょっとしたら地球が動いているんじゃないの!? と考えたり。そうやって今では常識となったことでも、誰かが考察し証明したことで新しい世界を開いてきたのだ。

モノを知るということは、世界を知るということ。その基本的なことを、アオヤマ君の純粋な好奇心と欲求を通して、改めて突きつけられてしまうのである。つまりそういう「考える」ことを忘れていやしないかと。なぜなら今は、スマートフォンなどで簡単に疑問が解決してしまうからだ

「✕✕って食べ物が美味しいんだって」と聞いたら、簡単に検索して写真でその食べ物を見て「へぇ、美味しそうだね」で済ませてしまう。それを食べに行こうとはせず、認識するだけで満足してしまう。本気で探求しないから、体験しないから、世界が広がらないのだ。本当に考えたこと、追求したことは身になるけれど、そうしないことは忘れてしまう。その怖さをも本作は教えてくれる。

また本作の中でペンギンたちは様々な事情があって、その街から違う場所には行けない。それは実はお姉さんもそうだったりする。でもその法則を壊していくのが、アオヤマ君の追求する「行動力」だ。行動することでそんなペンギンやお姉さんに新たな道を与えていく。

そうなのだ。実は一見するとややこしく見えるかもしれないが、本作の中身は実はとてもストレートであり、王道中の王道なのだ。行動することで世界を知り、行動することで世界は広がるということ。そして行動することは様々な出会いや喜びをもたらすけれど、同時に苦しみや別れをともなうということ。でもそうすることで人は成長するし大人になる。

アオヤマ君はペンギンの誕生を知ることで、ひとつ大きな大人へのステップをも踏むことになる…。そういった普遍的なことを、SF的な構造、ファンタジーな構造を用いながら描ききることで、不思議な世界観を漂いつつもなんだか親近感を覚え、そしていつの間にか感動で心が満たされてしまうのだ。

ちなみに本作が長編アニメーションのデビュー作となる石田祐康監督も「行動ありき」の人だ。実は石田監督は、今現在、筆者が非常勤講師を務める京都精華大学のマンガ学部のアニメーション科出身だ。偶然だけれど、監督が大学時代に作ったという短編、09年の『フミコの告白』はネット上で見ていて、「また面白い才能のある人が出てきたな」と思っていた。まさかあの短編が石田監督のものだったとは!! 正直、この原稿を書く時点で初めて知ったし、精華大学マンガ学部の出身であることも同様に知った。

でもそうやって本気で挑んだ『フミコの告白』は私だけではなく、いろんな人の心も揺さぶったようで第14回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門優秀賞など数々の賞を獲得。さらに卒業制作で発表した「rain town」は第15回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門新人賞を獲得した。大学の課題だから適当にこなすのではなく、本気で行動した作品だから本気の価値がついてきて、それが彼の世界を押し広げた。そんな監督だからこそ、行動するアオヤマ君の人物描写もリアルなのだろう。

とにかくしのごの言わず、まずは観ていただきたい。セリフで説明するのではなく、画や音で、観ている人に体験させることで、誰もがアオヤマ君と同じ成長や大人の階段を登る切なさを感じ取ることができるはずだから。

Movie Data

監督:石田祐康 原作:森見登美彦 脚本:上田誠 キャラクターデザイン:新井陽次郎 制作:スタジオコロリド 声の出演:北香那、蒼井優、釘宮理恵、潘 めぐみ、福井美樹、西島秀俊、竹中直人ほか
(C)2018 森見登美彦・KADOKAWA/「ペンギン・ハイウェイ」製作委員会

Story
小学四年生のアオヤマ君は、世界について学び、それをノートに記録している。毎日努力を怠らないから、自分でも「将来は偉い人間になる」と自負を。そんな彼が今最も気になるのは歯科医院のお姉さん。気さくで胸が大きくて自由奔放でミステリアス。そんなお姉さんを巡る研究も続けていたが、ある日、彼女がペンギンを生み出していると知って…。

文:横森文

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

子どもに見せたいオススメ映画

『インクレディブル・ファミリー』

スーパーヒーローを題材に家族愛を描く

小学生〜中学生にとても観ていただきたい作品が、このピクサー/ディズニーが放つアニメーションだ。第77回アカデミー賞の長編アニメ映画賞を獲得した『Mr.インクレディブル』の14年ぶりの続編。
父ボブも母ヘレンも特殊能力を持ったスーパーヒーローで、生まれた子供たちのヴァイオレットもダッシュも、まだ赤ん坊のジャック・ジャックも、みーんな特殊能力を持っているスーパー一家。スーパーヒーローたちが暴れ回ると街が壊れたりするため、活動を禁止されていた彼らだが、今回も冒頭で大暴れ(ちなみに前作のラストと繋がるので未見の方は要チェック)して、またまた政府から睨まれることに。ところがそんなヒーローたちの状況を助けたいという人物が現れ、“イラスティ・ガール”こと母ヘレンが働きに出ることになり、ボブが子育てや家事に専念をすることになる。

前作と違い、マーベル人気でスーパーヒーロー話が当たり前になった感があるが、そんな中で今回はあえてヒーロー話より家族の話に焦点を絞ったのがミソ。どんなに能力を発揮しようが、活躍を魅せようが、能力の発揮の仕方を間違えたら、恐ろしい敵になってしまうことを教えてくれるし(武器なども使う人間側の問題であることを感じさせる)、一番大切なのは家族同士の愛や助け合いの和であることを謳いあげている。

家事や育児を完璧にこなす母親のすごさや、思春期の若者の気持ちを知ろうと努力することの大切さなど、父母の立場になった大人が見ても学ぶべき点の多い作品だ。

中でも見どころは次々と能力を開発していくジャック・ジャックの変化とその愛らしさ。赤ん坊で悪気がないだけに手は焼くが、それが子育ての素晴らしさにも直結している。ユーモアも含め、エンターテイメントとして本当によくできあがった傑作だ。

監督・脚本・声の出演:ブラッド・バード 製作総指揮:ジョン・ラセター 声の出演:クレイグ・T・ネルソン、ホリー・ハンター、サラ・ポーウェルほか(日本語版)三浦友和、黒木瞳、綾瀬はるかほか
(C)2018 Disney/Pixar. All Rights Reserved.

文:横森文 ※写真・文の無断使用を禁じます。

横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

最近では新潮社主催の新潮講座で演劇の戯曲講座を2020年4月から開設。

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