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教育インタビュー

2020.10.05
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澁谷 智子 〜さまざまな事情を抱える子どもたち〜(前編)

「ヤングケアラー」の支援と教育

超高齢社会の現代において、家庭内で介護を担う「ヤングケアラー」の存在が注目されている。ヤングケアラーとは、家族にケアを要する人がいるため、家事や家族の世話、介護などを担っている18歳未満の子どものことだ。大人が担うようなケア責任を引き受けているがために、その影響が彼らの日常生活や学校生活にも及んでいることから、一刻も早い支援体制づくりが求められている。ヤングケアラーを調査・研究している成蹊大学文学部教授の澁谷智子氏に、ヤングケアラー支援の現状や、学校教育の現場で求められるヤングケアラー支援などについて伺った。

ヤングケアラー支援の現状

成蹊大学文学部教授 澁谷智子氏

学びの場.com 日本で「ヤングケアラー」という言葉はどのように広まっていったのでしょうか。

澁谷智子(敬称略 以下、澁谷)「ヤングケアラー」はイギリスで生まれた言葉です。世界に先駆けてヤングケアラーの問題に取り組んできたイギリスでは、1980年代末からヤングケアラー調査や支援が行われてきました。

日本では2000年頃から研究者の間で少しずつ知られるようになりました。しかし、ある言葉の概念が理解されたり、当事者が「自分の体験を語るのにぴったりくる言葉だ」と思うまでには時間がかかります。ヤングケアラーも、2010年頃まではネットで検索してもほとんどヒットしませんでした。

「ヤングケアラー」という言葉が広まるきっかけをつくったのは、元ヤングケアラーであったAさんによる語りです。2013年、Aさんがケアラーズカフェの来訪者ノートに自らの介護体験を綴ったことから、Aさんの話が各方面に広まり、「ヤングケアラー」という言葉がテレビや新聞などでも取り上げられるようになりました。

学びの場.com2013年以降、ヤングケアラーの支援づくりはどのように行われてきたのでしょうか。

澁谷行政が支援体制をつくっていくには、まずヤングケアラーがどれくらいの数で存在しているのかを把握する必要があります。そこで、私もメンバーの一員である日本ケアラー連盟ヤングケアラープロジェクトが、ヤングケアラーの実態調査を開始。2015年以降、新潟県南魚沼市や神奈川県藤沢市で、公立小中学校の教員を対象にアンケート調査を行いました。

学びの場.comアンケート調査ではどのような結果が出ましたか。

澁谷2015年に新潟県南魚沼市の公立小中学校26校の教員に行った調査では、271人が回答を寄せ、そのうちの4人に1人が、「これまでに教員としてかかわった児童生徒のなかで、家族のケアをしているのではないかと感じた子どもがいる」と答えています。

2016年に神奈川県藤沢市の公立小中学校55校の教員に行った調査では、回答者1098人のうち、48.6%が同様の回答を寄せました。

子どもがしているケアの内容でもっとも多かったのは、「家事」と「きょうだいの世話」でした。子どもの学校生活への影響においては、「欠席」「遅刻」が多かったです。

現在、埼玉県では公立・私立高校の2年生5万5千人を対象にヤングケアラー実態調査を実施しています。この結果が分析されれば、より詳細な実態が見えてくるでしょう。

学びの場.com調査後の支援体制づくりはどのように行われましたか。

澁谷教育委員会やスクールソーシャルワーカー、福祉保健部、子ども・若者育成支援センター、社会福祉協議会など、各機関と連携しながら、地域の支援策や体制づくりを進めています。日本にはヤングケアラーの支援を一手に引き受けられる団体がまだありませんが、地域の実状に応じて、「この内容なら子育て支援課」など、必要な支援一つひとつをどこなら引き受けられそうか検討し、割り振ることで、実質的なサポートはできるのではないかと思っています。

ヤングケアラー支援の方向性

学びの場.com南魚沼市や藤沢市の事例を受けて、今後他の地域がヤングケアラーの支援づくりを進めていこうとした時、どのような方向性で行っていけばよいのでしょうか。

澁谷ヤングケアラー支援の先進国であるイギリスの事例から、私が必要だと考えた支援の方向性は3つ。まず、子どもがケアについて安心して話せる相手と場所をつくることが必要です。イギリスのヤングケアラー支援で重要な役割をはたしているウィンチェスターでも、実態調査を受けてまずつくられたのが、定期的に集まってケアについて話せる場でした。

私のイメージでは、今の日本でその役割を担えるのは「子ども食堂」ではないかと考えています。大事なことは「ヤングケアラー」という名前を冠しているかどうかではなく、子どもが自分の足で歩いていけるところに、頼ったり相談したりできる大人がいることです。

子ども食堂は現在日本に3,000以上あります。子ども支援にかかわる人たちのなかで、ヤングケアラーかもしれない子どもの存在が認識できれば、必要な支援につなげられる可能性があります。たとえば、ヤングケアラーの子どもから「家では宿題ができない」といった相談があれば、子ども食堂の学習支援教室でサポートしたりできるでしょう。学校の先生につなげ、休み時間や放課後に、学校で宿題ができる時間と場所をつくってもらうこともできるかもしれません。

学びの場.com2つ目の支援の方向性を教えてください。

澁谷家庭でヤングケアラーの担うケアの作業や責任を減らす必要があります。日本では、子どもが負ってはいけない負担の基準がまだなく、「これ以上やると成長の途中にある子どもにとっては危険かもしれない」というラインを引く人が誰もいない状態です。しかし、ヤングケアラーは「ケアラー」である前にまずは「子ども」であり、その責任や作業がその子どもの年齢や成長の度合いに合わない不適切なものになっていないのかを考慮する必要があります。

意外と効果を発揮するのは、「ヤングケアラー」という言葉を大人が知ることです。親は、仕事と介護の両立でいっぱいいっぱいで、子どもの負担が大きくなり過ぎていることに気付けていないことがあります。日本では「家族が助け合うのはすばらしい」とヤングケアラーの問題が美談になりがちです。しかし、「子どもが年齢の割に大きな負担を背負っているのかもしれない」という気づきが家族の側に生まれると、今まで子どもが負っていたケアの負担量や内容への疑問が生まれ、外部の支援とつながる可能性があります。

学びの場.com3つ目の支援の方向性を教えてください。

澁谷 ヤングケアラーについての社会の意識を高める必要があります。学齢期の子どもや若者、家族、教育関係者、福祉の専門職、医療関係者などが「ヤングケアラー」という言葉を知り、ヤングケアラーにはどんなサポートが必要なのか、またその地域ではどんなサポートが受けられるのかなどを知識として共有することで、よりヤングケアラー支援の体制が整いやすくなると思います。ヤングケアラーは小学校高学年くらいから増え始めるので、子ども向けに知識を伝えるツールも必要だと考えています。

学校現場で求められるヤングケアラー支援

学びの場.com学校では、どのように支援体制づくりを行っていけばよいのでしょうか。

澁谷学校のなかで、ヤングケアラー支援をシステム化する体制づくりが必要です。先生方も忙しく、ヤングケアラー以外の事情を抱えた子どもも大勢います。そのため、「なんらかのシステムがあって、ヤングケアラーの存在に気づいた先生はそこにつなげればいい」という風にしていくと、「ここまで自分がすればいい」という境界線がはっきりし、先生方もかかわりやすくなる部分があると思います。

南魚沼市の事例でいうと、教育委員会の指導主事の先生が教育相談として「子どもの問題なら何でも引き受ける」というワンストップの役割を引き受け、スクールソーシャルワーカーのケースワーク力を活用して、その問題から子どものSOSを発見するシステム作りを進めています。その一つとして、ヤングケアラーの存在の発見があり、支援につなげる試みを学校と共に行っています。

他の地域でも、「ヤングケアラーの問題について誰に話せばいいのか」を学校内で明確にすることをおすすめします。イギリスでは、そうした先生の名前と肩書きを生徒手帳や学校のホームページに載せるなど、生徒や保護者にも知ってもらっています。そのようにすれば、「自分はヤングケアラーかもしれない」と感じた子どももSOSが出しやすくなると思います。

学びの場.com担任の先生など、子どもたちと一番近い距離で接している先生方へアドバイスをお願いします。

澁谷多くの先生方は、「この子最近遅刻が多いな」「成績が下がってきているな」ということに気付いていると思います。その時に、守らなければならない秩序を守れていないことを罰するのではなく、「なぜそれができないんだろう」という視点をもち、話を聞いてあげることが大事です。「最近遅刻多いけれど、なにかあった?」という聞き方だけでも、子どもたちの反応は違ってきます。

とはいえ、あまり大ごとになるのは怖いと子どもたちも思っています。その子にとっての日常や普通ができるかぎり脅かされないかたちで、でも必要なサポートや声がけがされているのが理想です。スーパーなどの宅配サービスの存在を知らずに、自転車で片道40分かけて買い物に行っていたというヤングケアラーの事例もあります。

最初のうちはケアをがんばっていても、長期化するうちにこれ以上は無理だと学校生活をあきらめていくヤングケアラーも少なくありません。でも、不登校が長期化する前に先生が気づいてあげられれば、必要な支援につなげられる可能性が高まります。

子どものSOSを受け止めるうえで、学校の先生の存在は重要です。先生方も忙しいとは思いますが、子どもたちを見る時に「ヤングケアラーである可能性があるかもしれない」という視点を加えていただきたいなと思います。

澁谷 智子(しぶや ともこ)

東京大学教養学部卒業後、ロンドン大学ゴールドスミス校大学院社会学部Communication,Culture and Society学科修士課程、東京大学大学院総合文化研究科修士課程・博士課程で学ぶ。学術博士。日本学術振興会特別研究員、埼玉県立大学・立教大学非常勤講師などを経て、成蹊大学文学部教授。専門は社会学・比較文化研究。
主な著書に、『コーダの世界――手話文化と声の文化』(医学書院、2009 年)、『ヤングケアラー――介護を担う子ども・若者の現実』(中公新書、2018年)などがある。

取材・構成・文・写真:学びの場.com編集部

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