2016.09.07
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グアテマラの教育事情

第88回目は今年6月、ユニセフ・アジア親善大使として視察したグアテマラ共和国の教育事情をお伝えします。グアテマラは貧富の差が激しく、貧困層の子ども達の多くは発育阻害に陥っていました。実は、先進国の中で日本は最も新生児に低体重児が多い国。他人事ではありません。今回は、子どもを発育阻害から守るための対策もリポートします。

貧富の差が激しい国、グアテマラ共和国

今年6月、ユニセフ・アジア親善大使として中南米にあるグアテマラ共和国を訪問しました。この国は1821年にスペインの植民地支配から独立しましたが、その後も植民地時代にこの国に渡ったヨーロッパ人や、先住民とヨーロッパ人とのハーフの人達が残り、彼らに有利な国の仕組みも残ったため、こうした植民地支配をしていた人々と先住民との間で、貧富の差がとても大きくなっています。

先住民族は全人口の46%。このうち、およそ40%が貧困状態であり、先住民の子どもに限ってはそのおよそ8割が貧困層であると言われています。先住民族の子ども達は十分な栄養を摂取できておらず、その結果、「発育阻害」に陥っている子どもが多いという問題が表面化しています。ユニセフの支援現場を中心に、現地の状況をリポートします。

発育阻害が起きる背景

急性栄養不良の男児

急性栄養不良の男児

発育阻害とは栄養不良状態の一つで、特に誕生前後1000日間(母親のお腹にいる時期から2歳頃まで)に適切な栄養を与えられなかったために、身体的・精神的に十分な成長ができないことを指します。同性・同年齢の平均身長よりも著しく低いことが特徴です。そして、発育阻害に蝕まれた身体は、元に戻ることがありません。

グアテマラの5歳未満の子どもの、実に二人に一人が発育阻害であるとのデータがあります。これは世界ワースト6位、ラテンアメリカ・中央アメリカ地域ではワースト1位です。栄養が不十分であると、脳の発達にも影響があると見られており、ユニセフのデータによれば、学齢期になった発育阻害の子どもの退学や留年率が、健常児よりも高くなっています。

なぜ発育阻害という現象が起きてしまうのか、その背景を知るために、トトニカパンという、住民の90%以上が先住民の県に行きました。ある家族は、ちょうど1歳になる男の子がいましたが、彼が体調を崩し、下痢が続くため病院で受診した所、平均より10cmも身長が低いと言われ、母親はそこで初めて我が子の発育阻害を知ります。なぜそれまで気づかなかったのか? 元々、先住民が多く住む地区のため、貧困率が高く、多くの子どもが小柄であり、我が子が特別に小さいとは思わなかったとのことです。

トトニカパンのある家族の食料

トトニカパンのある家族の食料

この家庭の食事を見ました。主食は大豆ととうもろこし。とうもろこしの粉を練ったものや、それを焼いてパンケーキにしたもの、それに豆のペーストです。大豆ととうもろこしは栽培に手がかからないので、自分達で作っています。その他の野菜は栽培する習慣がなく、現金収入があった時だけ市場に買いに行き、たまに食べると言っていました。

鶏を飼っていますが、自分達が食べるためでなく、卵を市場で売るため。卵が食卓に上るのは2週間に1回くらい、肉は1か月に1回くらいだそうです。また、ユニセフでは赤ちゃんが生後8か月くらいまでは母乳だけで育てることを推奨しているのですが、その月齢まで母乳を与える習慣はないようでした。離乳食という文化もないのか、大人が食べるものを細かく切っただけのものを小さな赤ちゃんに与えていました。どの子どもがどれだけの量を食べているかの把握もしておらず、食事の内容、与え方共に問題がありました。

貧困層の家庭では、子どももそうですが、大人自身も必要十分な栄養を摂れておらず、それに加え、子どもにきちんと食べさせ、育児するという意識が欠けており、それらが発育阻害の背景となっているように感じました。

グアテマラの対策、そして日本も

妊婦を検診する助産師

妊婦を検診する助産師

グアテマラ政府は2012年から、この発育阻害問題を解決すべく、胎児から幼児期にかけての1000日間の栄養状態を充実させるため、国を挙げて対策に取り組んでいます。

私は今回、この問題の解決に取り組む二つの女性団体を訪問しました。一つの団体は、1か月に1度、小さい子どものいる母親や祖母に集まってもらい、栄養素に関する授業やビンゴゲーム、衛生や料理講習を行っていました。子どもには、脳に刺激を与えることによって発育が促されるというゲームをやらせていました。参加型のこの講習はとても人気が高いようです。

もう一つの団体は、水の衛生について講習していました。不衛生な水による子どもの下痢が発育阻害の原因の一つとなっているからです。トトニカパンでは、上下水道の整備が遅れており、川の水質を上げるため、下水がそのまま流れ込まないようゴミを減らす、外で排泄しない、トイレの作り方を教える等の衛生教育をしていました。

このように、発育阻害の被害が大きいグアテマラでは、解決に向けて様々な活動が行われています。実は、この日本でも発育阻害は他人事ではありません。先進国の中で日本は最も新生児に低体重児が多い国なのです。

日本は昔、自宅出産が主流だったので、母体の安全のため、子どもはなるべく小さく産んで大きく育てることが推奨されていました。その意識が現在も残り続けていますが、今は病院で出産する人がほとんどで、昔よりも安全性は格段に上がっています。ですから、妊娠中はもっと栄養を摂って、「大きく産んで、丈夫に育てる」という意識に変えるべきでしょう。

日本人女性は細身の人が多いので、妊娠中はきちんと食べなければ、赤ちゃんと母親、二人分の栄養は賄えません。赤ちゃんは小さく生まれると、臓器が未熟である場合も多く、消化や体温調節、排便などが困難になり、すぐ不機嫌になる、免疫力が低く病気になりやすい、といった症状の可能性も高まります。すると、育児にとても手がかかり、親は忙しくなり、ストレスがたまるという影響も出てきます。

発育阻害による影響は一生続き、その子の学習や勤労収入の可能性が大きく妨げられるという事実を多くの人に知ってもらいたいです。そして、子どもが伸び伸びと育っていけるよう、様々な面で大人の意識改革を進めてほしいと思います。

アグネス・チャン

1955年イギリス領香港生まれ。72年来日、「ひなげしの花」で歌手デビュー。上智大学国際学部を経て、78年カナダ・トロント大学(社会児童心理学科)を卒業。92年米国・スタンフォード大学教育学部博士課程修了、教育学博士号(Ph.D.)取得。目白大学客員教授を務め、子育て、教育に関する講演も多数。「教育の基本は家庭にある」という信念のもと、教育改革、親子の意識改革について積極的に言及している。エッセイスト、98年より日本ユニセフ協会大使、2016年よりユニセフ・アジア親善大使としても活躍。『みんな地球に生きるひと』(岩波ジュニア新書)、『アグネスのはじめての子育て』(佼成出版社)など著書多数。2009年4月1日、すべての人に開かれたインターネット動画番組「アグネス大学」開校。2015.6.3シングル『プロポーズ』release!!(Youtubeで公開中)

AGNES CHAN OFFICIAL SITE ~アグネス・チャン オフィシャルサイト

構成:菅原然子/イラスト:あべゆきえ

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