教育トレンド

教育インタビュー

2005.11.08
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増田太郎 「できないこと」より
「できること」に目を向けていきたい

増田太郎さんは20歳の時に視力をなくした。その後も大好きな音楽の道を歩み、コンサートやラジオで活躍中。悩める子どもたちへ、前向きに生きるためのメッセージを送ります。

今の中高生は、「なにをやってもおもしろくない」「やりたいことが見つからない」人が多い、という話をよく聞く。そんな人にぜひとも読んでもらいたいのが今回のインタビューだ。増田太郎さんは20歳の時に視力をなくしたが、その後も好きな音楽の道を歩み、各地のコンサートやラジオで活躍中。子どもたちと接する機会も多く、悩める子どもたちに前向きに生きるためのメッセージを発信している。


学びの場.com最近は学校でのコンサートが多いんですか?

増田太郎《講演ライブ》といって、お話もたっぷりさせていただきながら、企業や自治体、学校で歌う機会も増えてきました。それでいろいろな学校に行くわけですが、自分が生徒で通っていたときとは、違った目で学校を見ることができます。 たとえば、学校の校門をくぐっただけで、その学校のだいたいの雰囲気がわかります。職員室に案内されて「よくいらっしゃいました!」と元気よく声をかけてくださるところは生徒も元気。逆に先生方に活気がないところは、生徒も元気がないという場合が多いですね。最近ニュースでは、学校に関する色々な事件も取り上げられていたりするので、おじゃまするまでは、「みんな、ちゃんと聴いてくれるかな」と、不安になることもありますが、実際にコンサートが始まると、みんな集中して聴いてくれるんですよね。 この前、母校で歌ったときには、終わったときの拍手がとてもよかった。みんなの表情は見えなくても、拍手の質で感情は伝わってきます。控え室に戻るとたくさんの生徒たちが押しかけてきて、皆、話かけてくれるんです。「自分も音楽をやりたいと思っているんですけどぉ……」とか(笑)。 コンサートでの反応がおとなしかったから「良くなかったか」というと、そういうわけでもありません。終わって家に帰ると、生徒からたくさんのメールが届いています。会場では隣の子が気になったりして大声を出せなくても、家に帰ってひとりになったときにメールで思いをぶつけてくるんです。その内容も、ただ「よかったです」だけではなく、「自分は今部活でこんなことで悩んでいますが、こんなふうに頑張っています」と、自分自身のことを率直に書いてあるので、読んでいてうれしくなります。

「自分だけじゃない」と気づける場をつくりたい

学びの場.comコンサートでは反応がなくてもメールがたくさん来る、という話がありましたが、今の子どもはなにかに夢中になることを恥ずかしがっているように感じませんか?

増田太郎今年と2年前に、北海道の別海高校というところに行きました。きっかけはひとりの女の子からのメールです。内容は「私たちは『歌声プロジェクト』というのをやっています。自分たちで感動できるような何かを求めて、コンサートを開こうと思うのですが、増田さん、歌いに来てくれませんか?」というもの。即答で「行く!」と決めました。あとでわかったんですが、保健室に集まってくる子どもたちが中心だったんです。 彼らは人と話をするのも苦手なのに、コンサート開催のために街に出て寄付を集めるなど、本当に一生懸命やってくれました。コンサートが終わって、ひとりの女の子が話していた言葉が忘れられません。「キモい、と言われることが怖くなくなった」。これはすごいと思いました。 今の子どもたちは"一生懸命になにかをするとキモい"と言われる。自分が他人からどう見られるか、それを考えると確かに怖いでしょう。でも、きっかけさえあれば、きっと誰でも吹っ切れるんですね。そのことを彼らから教わりました。そして、多少なりともそのきっかけになれたことがうれしいです。 ラジオの番組で悩み相談を半年していたことがあって、そのとき高校生からたくさんメールをもらいました。「別にいじめられているわけではないんだけど、学校に行くのが《なんとなく》いやだ」というのがものすごく多くてビックリしたんです。だって、僕は学校が大好きだったから。で、リスナーに問いかけたんです。「みんなはどう思う」って。そうしたら深夜にもかかわらずたくさんのメールが来た。「じつは自分もそうです」って。ほかにも「自分もそうだったけれど、学校を卒業した今になってそのことをものすごく後悔している」とか。それをみんなに紹介しました。すると、今度は最初の相談者から「私だけじゃないんだと知って気持ちが楽になりました」とメールが来たんです。 そういえば高校ぐらいの年頃って、なんでも自分だけ特別だと思いがちになりますよね。 「こんなに辛い思いをしているのは自分だけ」とか、「こんな小さなことで悩んでいるのは自分だけだから人には相談できない」とか。

じゃあ、「自分だけが特別ではない」と、気づくことができる場所があれば、少しは楽になれるんじゃないかな、と考えたんです。
僕の学校でのコンサートも、そんな場面のひとつになれたら、と思っています。 子どもだけでなく、先生も悩んでいる人が多いですね。いろいろなメールを読んで感じるのは、先生も先生である前に人間なんだ、ということです。また、先生同士で悩みを打ち明ける関係ができていない、ということも感じます。先生も子どもたちと同様、「自分だけではない」と感じられる機会があればいいなと思います。「私は教師なんだから」と思った時点でいろいろな縛りが出てくると思いますが、「自分は生徒より少し先に生まれた先輩」くらいのスタンスでいいんじゃないでしょうか。

引きこもりから脱出した男の子からのメール

学びの場.comこれまでもらったメールで、 どんなものが印象に残っていますか?

増田太郎いちばん印象に残っているのは、ある日、ホームページの掲示板に書き込まれていたもので、「お礼が言いたいです」というタイトルでした。 そのころ僕は深夜のラジオでしゃべらせてもらっていて、差出人は、中学のときのいじめをきっかけに9年間引きこもりをしているという、男性リスナーでした。ラジオの中で僕は「やれるんだよね。今の自分でも」というフレーズを、くり返し連呼していたんです。それを聞いて彼は最初、「なにきれいごと言ってるんだよ」と思ったそうです。でも、何週間か続けて番組を聞いているうちに、「もしかしたら自分でも、何かできるかもしれない」と思うようになって、「自分も引きこもり生活をやめて、外に出てみようと思います」と言うんです。 引きこもりをしていたときは、『2ちゃんねる』に嫌がらせを書き込むぐらいしか、楽しみがなかった。それが、番組を聞き終わってから9年ぶりに外に出て、深夜の道を通っていた中学校まで歩いてみたそうです。「それから家に帰って布団をかぶってずっと考えたんだけど、もう引きこもりはやめて、外に出て動いてみようと思いました」という書き込みをもらって、すごくうれしかったですね。彼からはその後も、ガソリンスタンドで働き始めたとか、ひとり暮らしを始めたとか、通信制の高校で勉強をはじめたとか、節目ごとにメールが届いていて、そして、なんといま、彼は高層ビルのとある会社で正社員として働いているそうです。

学びの場.com小学校の時の先生が印象的だったと本には書いてありましたが……。

増田太郎すごくいい先生と巡り会えたなぁ、と今でも思います。その先生は問題の答えを教えるんじゃなくて、「どうしてそうなるんだろうね?」といって、答えに達するまでの道のりについて考える時間を与えてくれたんです。 算数で言えば、公式を教えて終わりではなくて、公式の作り方を教えてくれたんです。たとえば分数の2分の1+3分の1は6分の5になることを説明する絵本を生徒に作らせてみたりね。 その先生のおかげで、今でも人に会って相手を見たときに、どうしてこの人はこんなふうに感じているんだろう」と考える癖がつきました。今思い返してみると、何を教えてくれたか、ということよりも、どんなふうに教えてくれたか、ということの方をよく覚えています。 先生は、ひとつひとつの授業を、いつもニコニコしながら楽しそうにしていました。それを見て僕たちは、「先生は本当に算数を愛しているんだな」と感じました。「算数ってこんなにおもしろいんだよ。だって、こんな答えの出し方があるんだよ」という気持ちが伝わってくるんです。そんな先生と出会えて幸せでした。 その先生が算数を通して教えてくれたように、自分も歌を通して自分の周りにある楽しいことを、答えという形ではなく伝えていきたいですね。

大人になるのにずっと憧れていた

学びの場.comご家族からはどんな影響を受けましたか?

増田太郎今の自分をつくるうえで、周りの影響はとても大きかったと思います。自分は目が悪いということがありましたが、家でも学校でも「目の悪い子ども」ではなく、普通の子どもとして育てられたように思います。「××をしてはダメ!」と言われた記憶はありませんし、いいところをずいぶんほめてもらいました。 子どものとき、うちの父親って、いつ見ても楽しそうだったんです。それを見て「大人っていいなぁ」とずっと思っていました。「大人になったら、あんなに楽しそうに仕事ができて、お金がもらえて、早く大人になりたいなぁ」って。実際大人になってみたら、とんでもなかったですけど(笑)。でも、大人になることに憧れさせてもらえました。憧れる力ってとっても大事だと思います。

学びの場.com今の時代は、大人に元気がないから子どもたちが将来に夢を持てないって言いますよね。そういう意味では、ウソでもいいから楽しそうにしないとダメですよね。

増田太郎やっぱり大人の意地を見せたいですよね。意地になって楽しいことを見つけていきたい。どんなことの中にも楽しいことってあると思うんですよ。あとは、その楽しい、ということの中身です。そのときワーッと楽しむだけじゃなく、自分で噛んで味わう時間を持つことが大切だと思う。少し乱暴な言い方をすると、コンサートは、持ち時間にあわせて、適当に曲順を決めても(決めさえすれば)、それなりにやれちゃうものだけど、準備段階から本番まで、ひとつひとつのプロセスをどう楽しむかっていうのが醍醐味だったりするんです。 取材を受けると、よく、見えなくなったときにどうして絶望しなかったのか、と聞かれることがありますが、<出会い>があったから絶望に至らなかったんだと思います。見えなくなるとできなくなることは増えるけど、全部ができなくなるわけじゃないし、人と会えなくなるわけじゃないから、それでいいんじゃないの、という感じです。むしろ、見えなくなって出会いは増えたくらいです。電車に乗っていると親切な人が声をかけてくるので、そんなときはコンサートのチラシを渡しちゃったりもします(笑)

「~だから」を「~だけど」に変えてみる

学びの場.com今、中学生や高校生で「何をやっていいのかわからない」と言う生徒が増えていますが、そういう人たちに何を伝えたいですか?

増田太郎世界は自分が思っているよりずっと広い、ということですかね。その年代は悩むことがたくさんあると思うんです。たとえば「大学に行くか、行かないか」。そうやって考えると、人生が2通りしかないような気がするじゃないですか。でも実際には、大学に行っても何億通りもの人生があり、行かなくても何億通りもの生き方があるはずなんです。だから、「大学に行ったから、こうなんだ」とか「大学に行かなかったから、ああなんだ」というのは違うと思う。自分でも「これをやろうか、やめようか」と2通りしか見えなくて悩んだ時期もありましたが、いや、もっと別の生き方もあるはずだと考えるようになってから、結構いい加減な人生を歩むようになりました(笑)。 たとえば、引きこもっても何通りもの生き方があり、引きこもらなくても何通りもの人生がある。そう考えると、引きこもっているかそうでないかは、何通りもあるうちのひとつの違いでしかない。それは、目が見えるか見えないかというのと同じ次元だと思いますね。
「自分は引きこもっているから、これができない」と考えるんじゃなくて、「自分は引きこもっているけど、これができるぜ」と思った瞬間から、なにかが変わるんじゃな いでしょうか。僕の場合なら、「目が見えないから、これはできません」ではなくて、「目が見えないけど、これならできる」というふうに、「~だから」を「~だけど」に変えてみる。 これはとても大切なキーワードだと思います。自分の状態を、<言い訳>にするか<動機>にするかは本人次第。僕自身、自分でも歌を歌うようになるとは思っていませんでした。音楽に関わるにしても、もっと裏方的な仕事でよかった。でも気がついたら歌っていたわけで、そんな意味では、あんまり自分のやりたいことに固執するのもどうなの? という気がします。「僕はこれになるから、これはやりません」じゃなくて、とりあえずやってみて、合わなかったらやめればいいと思います。「目標がなければ人生、生きていけない」ではなく、とりあえずやっちゃえば、みたいな感じでしょうか。

関連情報
インタビューにもあるように、増田さんは地方の学校などでコンサートをすることが 多い。「みなさんのところにも、ぜひ呼んでくださいッ」 とのことなので、興味のある方はぜひ増田さんのオフィシャルホームページの「増田太郎に出会ってください」までアクセスを。ホームページからメールも送れるようになっています。なお、増田太郎さんのCD、著書を購入希望の方は、ホームページの楽曲試聴、CD&BOOKSまで。

増田太郎(ますだたろう)

5歳よりヴァイオリンを始め、ピアノ、ギター、ヴォーカルもこなす。20歳の時にそれまでの弱視から全盲に。ヴァイオリンを弾きながら歌う、という独特のスタイルで音楽活動を展開。1997年、楽曲《雲》が、NHK《みんなのうた》にて放送。2002、3年、ニッポン放送「ラジオ・チャリティ・ミュージックソン」で森山直太朗さんとともに全国のラジオ局に出演。2003、5年、北海道の高校生から届いた一通のメールをきっかけに、別海高校歌声プロジェクトに参加。新聞各紙をはじめ、テレビのドキュメンタリー等にも取り上げられる。2003年4月から1年間、『オールナイトニッポンレコード』にて悩み相談コーナーなどを担当。ヴァイオリニストとして、森山直太朗さんやより子さんをはじめ、様々なアーティストのレコーディングやコンサートにも参加。2006年1月には、楽曲《花星賛歌》を、沖縄出身の普天間かおりさんがカヴァーしたCDが発売予定。

著書に、エッセイ『毎日が歌ってる』(すばる舎刊)があり、コンサート活動のほか、
自治体や学校、企業に向けた《講演ライブ》も展開し、全国を飛び回っている。

聞き手:高篠栄子/構成・文:堀内一秀/PHOTO:岩永憲俊

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