2009.08.04
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『ボルト』 夢破れても現実に向き合う勇気を描く

今回はTVドラマのスター犬が撮影所を飛び出し、現実世界を冒険する物語『ボルト』です。

虚構のドラマ世界を真実と信じる犬・ボルト

『ボルト』は、ディズニー・アニメだから子ども向けと考えている人が多いと思う。ところがどっこい。この作品は子どもが楽しめるのはもちろんのことだが、大人にとっても痛いところをちゃんと突いてくる、いろいろ考えさせられる作品に仕上がっているのだ。
そもそもこの作品の主人公の犬ボルトは大きな勘違いをしている。彼自身は自分にはスーパーパワーが加わっていて、飼い主である少女ペニーと共に悪の総帥ドクター・キャリコと戦っていると信じている。もちろんそれはテレビドラマの中でのお話。が、撮影所のトレーラーの中から出ることなく暮らしていて、しかもカメラなども隠れたまま撮影しているため、ボルトはすべてを現実だと信じ込んでいる。ボルトが本気でペニーを助けようとするその迫真の演技をデ ィレクターが求めているからだ。だから自分が一歩外に出れば誰もが知っているようなスター犬であることも、本当はごく普通の能力しかないただの犬だなんて、これっぽっちも考えていない。

 一方、ペニーはペニーでボルトに愛情を注いでおり、せめて週末だけでもボルトを自宅に連れ帰りたいと願うのだが、現実をボルトに知らせたくないという演出の意図に加えて、今や大人気ティーン女優となったペニーは取材が目白押しでその願いは誰にも聞いてもらえないでいる。

 しかしボルトに人生の転機が訪れる。いつも番組の最後にはペニーとボルトはドクター・キャリコをやっつけていたが、高視聴率を目指してペニーがついにキャリコにさらわれるというシーンが作られたのだ。それをリアルな出来事だと思い込むボルトは、彼女を助けようと大暴れ。あげくにスタジオの外に飛び出し、しかもひょんなことから貨物便に乗せられ、西海岸のハリウッドから東海岸のニューヨークへ送り込まれてしまう。

かくして始まるのが“真実の世界”でのボルトの大冒険。これまではボルトが本気で吠えれば「スーパー・ボイスが来た!」と役者やスタントマンたちが吹っ飛んでいたが、リアルな世界ではボルトがいくら吠えたって何も変化しない。ドラマでは目から光線が出て、いろんなものをドロドロに溶かすけれど、現実世界ではただものを凝視しているだけ。だが、これまでのことをすべて現実だと思い込んでいるボルトは、悪の手先が自分からスーパーパワーを奪い取ったと思い込むのだ。そして勝手に悪の一味だと疑った黒猫のミトンズを強引に巻き込み、さらにボルトの大ファンでもあるハムスターのライノも加わり、ひたすらハリウッドを目指す旅に出るのだ。

現実に目覚め絶望するも、新たな夢を目指す

そんな現実の世界になかなか気づかず、勘違いパワーで突っ走るボルトの姿が面白いのだが、時には痛々しさも感じてしまう。それは、実は子どもの頃は何にでもなれると信じていたのに、ある日人それぞれに能力というものがあり、自分には自分が思うほどの、あるいは夢に見合うような能力がないことに気づく瞬間、いわば子どもが大人になる過程で直面する危機がボルトの身にも起きるからだ。
実際、私の友人の息子も、子どもの頃は顔を輝かせながらサッカー選手になりたいと語っていたけれど、中学になって部活に入ってから、自分にはサッカーの才能がないことに気づいてしまった。そしてその夢の行き場をどう変えたらいいのか、非常に悩んでいた。もちろん自分で勝手に自分の能力の限界を決めることがいいとは思わない。けれども現実を見極めるということも大切なことだ。ボルトもまさしくそう。自分にはスーパーパワーなどないことに気づかされた時に、彼は激しく葛藤する。思いっきり落ち込んだりもする。

しかし大事なことは、そこからどう自分の夢、自分の思いを成就させていくかだ。というのも、もし自分に能力がなかったとしても、自分の夢がなくなる=不幸とは限らないから。例えば漫画家になりたいという夢を持つ人がいたとする。もちろんそのまま漫画家になれたらこんなに良いことはないが、誰しもが魅力的な絵を描けるとは限らない。けれどももし描く才能がなかったとしても、アイディアやストーリーを練る力は人よりグッと優れたものがあるかもしれない。あるいは漫画を見る目は誰よりもすごいかもしれない。それならば漫画家とタッグを組む編集の仕事をするほうが本人にとって向いているのかもしれない。つまり、そういう夢の転換も可能だ……ということ。最初に見た夢通りにはいかなくたって、実は人生全体を振り返ったらそっちの方が良かった……というのはよくある話ではないか。

 ボルトの場合も現実と向き合い、自分には大好きなペニーを守るスーパーパワーはなかったと知る。けれどもだ、ボルトにとって本当に大切なことは、大好きなペニーを全力で守るということ。スーパーパワーがあろうがなかろうが、ペニーへの愛はホンモノだ。そして彼は自分に対するペニーの愛情も信じている。それはスーパーパワーに関係なくブレるものではない。つまり本作では現実をキチンと認識した上での夢の成立が描かれていくのだ。
これには正直驚いた。ディズニーといえば常に大団円なイメージがあるから。なにしろあの悲劇『人魚姫』の物語を、人魚姫が人間になった上に愛をも勝ち取る完璧なハッピーエンディングの『リトル・マーメイド』にしてしまうくらいなのだから。けれども『ボルト』では現実を貫き、何かを得る代わりに何かを失うこともあるという教えも含め(ネタバレしてしまうからすべては語れないけれど)、とにかく素晴らしいエンディングへと昇華させているのだ。そこがすごい。百年に一度の大不況なんて言われるこれだけ厳しい世の中になってくると、あまりに完璧なハッピーエンドは絵空事に感じられて逆に受け入れがたい。ディズニー・アニメらしいポジティブ思考や爽やかさを保ちつつ、キチンとリアルな世界にも目を向けた本作は、まさに新しいディズニー・アニメと言い切れるのではないだろうか。

信じ、信じられる心と、愛し、愛される心を描く

一方、現実も踏まえた上で“信じる心”の大切さが描かれていく点も素晴らしい。特にグッときたのは、メス猫ミトンズが抱える過去の物語。今でこそ彼女は気ままなノラ暮らしをしているが,かつては彼女にも飼い主がいた。しかしいろいろなことがあり、彼女は飼い主に捨てられてしまったのだ。それ以来、彼女は人の愛情を簡単には信じられなくなっている。だからボルトにも「ペニーはあんたを愛しているお芝居をしているだけで、あんたは騙されている」なんて発言をしてしまう。そう、愛情に対して絶望感を抱いている彼女は“信じる心”を失っている。そんな彼女が、次第に心を取り戻していく様も描かれていく。

 そして信じることの大切さはボルトとペニーの絆にも繋がり、ボルトとミトンズとライノの3匹の友情にも繋がっていく。例えばライノは絶望しきったボルトを見ても、ボルトを本物のヒーローだと信じて疑わない。ボルトなら大丈夫なのだと信じるその力が、ボルト自身を勇気づける友情にも繋がっていく。つまり相手を信頼するからこそ、友情が生まれるということだ。固い絆で結ばれた友情ほど強いものはない。それをまざまざと感じさせてくれる。

 さらに本作は、ただ「可愛い!」からと動物を飼い、最後まで育てることができない人間の身勝手さにも焦点を当てていく。実際、最近は無責任に動物の飼育を途中で放り投げる人がとても多いそうだ。生き物を育てるということは、最後までちゃんと責任を持つことである。それは、自分が飼った動物を“信じ”、その気持ちを裏切らないということでもある。また、自分に対して愛情を注げる人(決して自己愛ではなく)は、相手にも愛情を注ぐことができることにも気づかされる。そして「キチンと愛情を注ぐこと」とはどういうことなのか、そんなことも教えられてしまうのである。だからこそ、このアニメは大人が観ても楽しめるのだ。

このように良い映画というものは、さり気なく深いテーマを取り込み、その上にいろいろなものを構築していくものなのである。本作は、犬が主人公だったり、単純に面白い冒険物語だったりするけれど、一枚皮をめくれば、そこには鋭いテーマがいくつも潜在しているというわけ。ちなみに、本作はピクサースタジオの中心人物ジョン・ラセターが初めてディズニースタジオの製作総指揮を務めた作品でもある(ピクサーはディズニーに取り込まれる形で、ディズニーと完璧に提携した)。ラセター氏はそもそも「アニメ=子どもだけのもの」という感覚がなく、老若男女誰もが楽しめるものとしてとらえている。きっと今後のディズニー・アニメも、この『ボルト』のように、大人も楽しめる良い作品が次々と仕上がっていくに違いない。
Movie Data
監督:クリス・ウィリアムズ、バイロン・ハワード
製作総指揮:ジョン・ラセター
声の出演:ジョン・トラボルタ、マイリー・サイラス、スージー・エスマン、マーク・ウォルトン、マルコム・マクダウェルほか
(c)Disney Enterprises,Inc.
Story
ボルトは撮影スタジオのセットの中だけで育てられたハリウッドのスター犬。「使命はスーパーパワーで悪を倒し、少女ペニーを守ること」……そんな設定を彼は現実だと信じていた。ある日、ドラマの中でペニーが悪党にさらわれた。ボルトは必死に彼女を救おうとスタジオの外に飛び出し、ハプニングで遠く離れたニューヨークへ運ばれてしまう…。

文:横森文

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

子どもに見せたいオススメ映画
女の子ものがたり 10代で培った友情は一生の宝物
36歳の高原菜都美は漫画家。だが今は漫画がスランプ気味。昼間からビールを飲み、たらいで水浴し、ソファで寝るようなダメダメな毎日を送っている。おかげで新米編集者からも「先生、友達いないでしょ」なんて突っ込まれる始末。だけどそんな彼女のことを支えてくれているのは、記憶の中にある小学校時代からの2人の友達だった……。
西原理恵子の自伝的小説の映画化だが、これは是非とも中学生や高校生の女子に観ていただきたい映画だ。というのもこれを観れば10代で友情を培った相手が、いかに後の人生に大きな影響を与えるかがよくわかるからだ。

 大人になればなるほど、本気で腹を割って話し合える友人を得ることは難しくなる。それは、歳を取れば取るほど自分の欠点の隠し方がうまくなるし、相手に迷惑をかけたくないという気づかいも自然と生まれてくるから。でも10代の時は不器用にどんどんぶつかっていくし、だからこそ一生の友達になっていくものなのだ。そんな友達を持つことがいかに一生の宝になっていくか、この映画を観ていると切実に伝わってくるわけ。
あと面白いと思ったのは、結局は人間って自分が体験したこと、経験したことをベースにいろんなものを作るんだなぁってこと。その時には失敗したと思い、落ち込んだとしても、すべてが自分の肥やしになっていく。ましてやクリエイティブな仕事をしたいと思っている人はなおさら。人生、いろんなことに可能な限りチャレンジしてみるべきだと、この映画を観たら痛感するはずだ。
監督・脚本:森岡利行
原作:西原理恵子
出演:深津絵里、大後寿々花、波瑠、高山侑子、森迫永依、三吉彩花、佐藤初、福士誠治、風吹ジュン、板尾創路、奥貫薫、大東俊介、佐野和真、賀来賢人、落合恭子ほか
(c)2009西原理恵子・小学館/「女の子ものがたり」製作委員会

文:横森文  ※写真・文の無断使用を禁じます。

横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。

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